雑記帳 2001 その2
2001年11月1日
「ボクは悪くない」
アイツ、根はいいヤツなのにな。きっと友達が悪いんだろうな … おひとよしで感化されやすく、純粋誠実で品行方正実直真面目なボクの回りには、昔からどういうわけか悪い友達が集まってくる。昔からのことばに『類は友を呼ぶ』という言葉があるが、あれは少なくともボクだけには当てはまらない。なぜならボクは心底真面目であり、集まる仲間はまず例外なく、悪いやつだからである。
実例をあげて説明したほうが良いであろう。彼らの名誉のために仮名を使うが、新興宗教を布教しているN氏やバイク乗りのI氏は、いかがわしい絵を多数制作しているし、ステンパイプの魔術師の名を欲しいままにするC氏のバイクはナンバープレートを天井向けにし、パトカーを振りきって逃走するのを至上の喜びとしている。一見おとなしそうなR氏は日常生活に16進数と機械語を取り入れ周囲に迷惑をまき散らしている。しかも本業をしごくあたりまえのごとく欠勤し職場放棄の日々を送っていると聞く。年齢が少し上がるがU氏に至っては道路沿いである自宅の玄関扉に『ウンコの話はしない事』などと白昼堂々と貼り紙をする豪傑で手のつけようがない。津に在住する長距離ランナーのT氏は、海外にまでいかがわしいソフトを買い付けに行っているらしく、そのカモフラージュにマラソンにも参加していると聞く。女王様の異名を欲しいままにするY嬢やヤク中のS氏やB氏。ミツバチを繁殖させることにより世界征服をたくらむK氏。まだまだ悪い仲間は大勢いるのだが書きだすときりがない。
かくのごとく、私を取り巻く環境はすこぶる悪い。最近、さすがの私もこれらの一種異様の強大なパワーと、彼らが放つオーラを受け、私も感化されてきているのではないかと心配である。
『アイツ、根はいいヤツなのにな。きっと友達が悪いんだろうな』
今の私にはこの言葉だけが救いである。
楽屋落ちversion / Review 1991/ for Mr.R
2001年10月26日
「立ってなさい!」
廊下・バケツ・水・砂・運動場走る・エスケープ・放課後の校長室掃除・草むしり・親呼出・ゲンコツ・おやつ没収
このキーワードを聞いて「ふふ〜ん」と納得している方は、かなり年代が近いと思われる。しかも奔放な学校生活を送られていた方とお見受けする。
[1] 宿題やってこない or 授業中ふまじめ or さわぐ or 消しゴムのカスを飛ばして遊ぶ
∴ 先生怒る → 廊下に立ってなさい![2] 廊下で騒ぐ
∴ 先生また怒る → バケツを持って立ってなさい![3] 廊下を走る or 廊下でケンケンをする
∴ 先生さらに怒る → バケツに水を入れてきて立ってなさい![4] 廊下の窓越しにクラスメートにわるさをする or バケツの水で遊ぶ
∴ 先生うんと怒る → 防火バケツ(砂入り)を持って立ってなさい![5] 反省の色なし。廊下は走るわ、わるさはくりかえすわ…
∴ 先生カンカンに怒る → チャイムが鳴るまで運動場を走ってなさい![6] 外へ出られてうれしい。しかも運動場をおとなしく走っているようなタマではない
当然エスケープ。近くの小川でシジミとり or 校舎裏のタバコ畑を散策
クラスメート:「先生、藤戸君たちが運動場にいません」
∴ 先生激怒 → 放課後、職員室にいらっしゃい![7] 放課後のお説教。そのあと季節により職員室前花壇の草むしりだったり、校長室のぞうきんがけだったり
いつものことなので、なれた手つきでさっさと草むしり or ぞうきんがけをクリア
∴ 釈放 → 道草しながら約4kmの道のりを1時間以上かけ帰宅[8] 次の日 → [1]へ (ふりだしにもどる)
[1]〜[8]を繰り返す → [9] へ進む
[9] 母が学校に呼び出される
∴ いつも通り母怒る → ゲンコツ and 当然おやつ没収悪たれメンバーはたいてい決まっていて、べつに「いけない事」をしていたわけでもないが、毎日のことなので先生はさぞ苦労なさったことだろう。このスパイラルは私が通っていた小学校のごく日常だった。そう、日課と言えるかもしれない。
そういえば、最近はこういった話を聞かない。うちの子が「立たされた」とか「げんこつ食らった」とか「運動場を走らされた」とかいうのを聞いたことがないのだ。4人も子供がいればそういった話があってもいいのじゃないかと思うのだが、全くないのである。不思議に思い、患者さんの中に学校の先生がいたので聞いてみると、なんと「廊下に立たせるとクビが飛ぶ」そうだ。「体罰」だそうである。中学生のとき、悪さをするたびこわい先生にビンタを食らったものだが、そういったことは、いまは「もってのほか」なのだそうだ。
ところで、「学校で立たされた」という事を、家で言えば、むかしは「あんたが悪い!その後、母よりゲンコツ」だが、現在もしあったとすれば、「うちの子になんという事をするの!と、学校にねじ込む」ということになるのだそうだ。
さて、最近は「なってない」親が多い。常識はずれで「バカみたい」なことを、人前で平気で言い放つ親も多い(このネタはまた後日)。テーマから外れるが、少子化のせいか核家族化の弊害かなんか知らんけれども、この国の未来は暗たんたるものを感じる。お隣りの韓国に抜かれる日もそう遠い将来ではないだろう。おっと顰蹙。
さらにテーマから外れるが… ろくに考えもせず、相手の立場でものを考えない、いわゆる「なんでも言いたい人」って結構いるもんだ。最近、めまいがするような質疑応答があった。内容は控えるがグチを一つ。
あんたの質問の解答は最初から そこのプリントに書いてあるじゃろが。恥ずかしいやっちゃなぁ〜
ちゃんと読んどかんかい!てめぇの目ん玉はビー玉か!
ちっとは考えてから発言せえや、てめぇの脳ミソはヌカミソかぃ!
あらあら、私としたことが ガラの悪い
2001年10月9日
「叔父の密葬」
先日、叔父の密葬があった。叔父のことを話せば長くなるが、ひとことで言ってしまえば、わがまま放題の子供のころの私(いまでもそう変わりはないが)を支えてくれた人で、いわば恩人である。この人がいなければ私は薬剤師にはなっていなかった。親戚関係もかなり多く、馳せ参じる人数も「ごく身内だけの密葬」というには莫大な人数だった。どれだけ慕われていたかがよくわかる。ところで満86歳だったというから、まあ大往生であろう。私も人生の終わりはこういうふうに迎えたいと思うが、徳を積まねばこうはいかないだろう。すでに手遅れに近い。ちぇっ
私にはいとこがやたら多い。というのも母は8人きょうだいで、みんな子沢山なのである。しかも子供のころから係わり合いが多かったので、いとことはうんと仲がよい。密葬のあと精進落としという事実上の「宴会」では、不謹慎にもおもいっきり盛り上がった。まあ叔父は細かいことにこだわらん「酒飲み」だったから、きっと喜んでいたことだろう…と思うようにしておこう。
2001年9月23日
ワンドーズ・ワンパッケージ、一回分包などと呼ばれるこの処理、患者さんによっては大変喜んでいただける「一包化処理」とよばれる分包方法だ。
きちんと薬を飲んでいるつもりでも、なぜか薬の数が合わなくなる…そういった経験はないだろうか。何を隠そう私でさえ、いや私だからというべきか、数種類の薬をプラスチックシートのままで自己管理していると、まず、3〜4日あたりから数が合わなくなってくる。当然のことながら最近では自分の薬は今回のテーマの「一回分包」を行っている。こんな人間が薬剤師をやっていて、
「用法用量をきちんとまもって下さいね」
なんて、うんちくをたれているのだから患者さんはいい面の皮である。
一包化処理といっても、業界の方以外はピンとこないかもしれないが、患者さんがお薬を服用するとき便利なように「朝の分」・「昼の分」・「夜の分」・「寝る前の分」というように、そのときに飲む一回量の薬を一つの袋に入れてしまう分包処理のことを言う。
当地の広域病院の、ある患者さんの場合は、かなり煮詰まった処方で、たくさんのお薬が出ていた。ある日を境にその病院も院外処方せんに切り替えたようだが、「薬を服用するのに毎回苦労していた」らしい。以前の処方をみると、なるほどこりゃすごい。その処方の一部を再現してみると大体こんなふうだった。
しかもこの状態のまま(プラスチックシート)でもらっていたというではないか。患者さんは高齢のこともあり、かなり苦労してのんでいたのは想像に難くない。
ということで、2週間後に少し処方が変わったが、このようにしてさしあげた。
ごちゃごちゃして見にくいけれども、左半分は薬を分包機の錠剤投入口にセットして分包する前の状態で、1回分の服用分だけマスに入っている。右半分は実際に一包化された状態。
いくら完全一包化といっても、やはり吸湿性の高い(湿りやすく分解しやすい)薬などは、原則としてアルミやプラスチックの包装から出せない。
やむをえず右上のアルミシートの薬(バファリン)は湿りやすいのでそのままにし、右下の寝る前の薬(アルタット)は「朝の分」・「昼の分」・「夕の分」のどれでもないうえに1種類だけなので、これまた元包装のままのお渡しとなる。
また睡眠薬(ハルシオン)は1/2錠ということなので、これも半分に割って分包してさしあげる(ハルシオンは半錠分の規格の錠剤があるのだが、この病院はこの規格をご指名)。下剤(カマ)は必ずしも毎回飲むわけではないので、これまた別の袋となる。
めでたく一回分包後、患者さんに説明のうえお薬をお渡し。大変喜んでいただき、お礼状までいただいた。
後日談。
その2週後、「全部いっしょにいれてほしい」という強いご希望、主治医の診察・処方変更のときに、「寝る前の薬(アルタット)も夕食後でいいよ」ということだったので、問題は湿りやすいアルミシートの薬(バファリン)だけとなった。知人の薬剤師に聞くと、けっこうアルミシートからはずしているらしく、2週間くらいでは「どうってことないぜ(すっぱいにおいもしてこないしぃ〜)」らしいので、患者さんに説明のうえ、こいつもつっこんでしまうことに決定。
患者さんは大喜びである。現在のところ、バファリンも「潮吹き状態」にならず、無事のようだ。
さて、一回分包に欠かせない作業、プラスチックシートから押し出して分包機に入れる作業、これはけっこう時間がかかる。しかも指先が痛い!ヘタをすると指先と爪がはがれ血が出る(う〜痛い!)。血がついた錠剤は当然使いもんにならないし…。
はっきり言ってボクはこの作業は大嫌いだ。だが仕事に好きも嫌いもないこともよくわかっている。自分が患者さんで、調節する余地のない薬ならば、やはりこうしてもらいたい。「この前みたいに ぜーんぶ 袋につっこんどいてね
ほんま、便利いいわぁ あーしてもらうと」錠剤の数が多いとき、処方せんを薬局のカウンターに出す際、ひとこと言ってみよう。
「一回分包にしてください」
う゛
う ゛う ゛…(こればっかり)
2001年9月20日
「くさったお薬」
ガラガラ(入り口の音) いつもの患者さんの来局でした
開口一番 …
患「くすりがくさってるみたいだから かえてくださいね」
私:「はい?」
【原因】
その薬は骨粗鬆症のお薬で、最近になって外観が変わった薬でした。
薬をお渡ししたときに患者さんと世間話で盛り上がっていたため、お薬の確認作業がおろそかになり『お薬の外観が変わる』という説明を怠り、さらに外観が変わる旨の説明用紙を入れ忘れたためにおこったことでした。【思ったこと】
前回と同様、患者さんとの信頼関係がなければ…
「あほんだら!
おんどれの店では くさった薬だすんか〜
責任者出てこいワレ〜」です。
『いくら親しく話せる相手でも、薬剤師としての立場を忘れてはいけない』ことを失念していました。
この場合も、信頼関係ができていなければ、この患者さんは、私に苦情すらくださらなかったでしょう。まったく不幸中の幸。ありがとう、そしてごめんなさい。
たしか…あのあと、投薬窓口のへんに外観変更の説明書が落ちていたっけ。そのときは気が付かず、なにげなくかたづけた事があったっけ(そのとき気づけよ マッタク!)。
リクエストにお答えして責任者出てこい シリーズ 第2弾でした
すみませんが、こんなネタばかりリクエストしないでください(たたけばだれでもホコリのひとつやふたつ…)
2001年9月6日
「カミさんの誕生日」
誕生日…この不思議な響きから何を想像するだろうか。バースデーケーキ?プレゼント?パーティー?残念ながら私はそのどれでもない。誕生日だからといって特別に祝ってもらった思い出もないし自分もそれを望んでいなかった。自分の育った家庭ではそういう習慣もなかった。
こどものころ友だちの誕生日パーティーに「およばれ」した事があった。そこでは異和感だけが残ったのをおぼえている。うまく表現できないが、いつも普通の友だちが誕生日という偶然の理由でその時だけヒーローとなる。どういうわけか運動会でトップでテープを切りヒーローとなることと比べてしまい、なんとも不自然でイヤだった。考えればそんなにアレルギーを持たなくてもよかったのに…と、いま思う。融通のきかぬ頭の悪いガキだったのだろう。
「およばれに行く」ということは「誕生日プレゼントをもっていく」ということと同義語であることを知らなかったことなど、いうまでもない。さて、昨日9月5日は何を隠そう、我がカミさんの誕生日だった。彼女曰く『女の年齢は17歳から22歳を往復する』のだそうだ。なんとも不思議なことである。この前まで17歳だと言っていたから、昨日、はれて18歳になった。これで長男と同い年となった。女の歳はわからない。
お誕生日おめでとう。
蛇足になるが、彼女は今年で18歳だそうだが、ビールはOkなのだそうだ。治外法権。
2001年7月30日
「たまごっち」
4年ほど前に子供から没収した「たまごっち」が出て来た。すでにブームは去り、いま頃たまごっちで遊んでいる人はいないだろうが、さっそく電池を入れてみた。これが家族ではけっこう好評で、
「おっ 呼んでる呼んでる。 おー よしよし、お菓子をあげよう」
「お菓子は食べさせちゃだめ〜 しつけをしなくちゃ
きゃー 1歳で99g? だれなの!?こんなにブタにして!」
などと、みなで楽しく「子育て」をエンジョイしている。
自慢ではないが 私が少し世話をするとこうなる
2001年7月18日
「カプセルせんべい」
このまえあったこと。
いつもの患者さん。いつものように「朝」・「昼」・「夜」と一回分を一袋にする処理(1回分包処理)を終え、患者さんの目の前にお出しして患者さんと一緒にお薬を確認したあとのことでした。
私:「えーっと、最近 胃のほうはいかがですか?」
患:「ヘソ出して寝とったら ハナたれになってしもた。この胃薬はカゼにも効くんかぃ?」
私:「あははっ ○○さんならばカゼが治っちゃうかもしれませんねぇー」
…っと、そんな事言ってる場合じゃなくって…
「いまごろの時間にのみ忘れに気がついたら、昼の薬はとばしてくださいね」
患:「おぉ わかった。 そうそう、よくのみ忘れるんやわ
先生のところ 夜は子供さんが(電話に)出るやろ
そん時は先生の携帯に電話するわ、たのむナ」
私:「あ、そうしてください。でも酔っぱらってたらごめんなさいね」
患:「先生は今晩飲みに行くんかい?」
私:「今のところ その予定はないんですけど…」
患:「わっはっはっはっは」
私:「 σ(^◇^;) 」
患者さんは 薬をかばんに入れながら…患:「あのさ」
私:「はい?」
患:「先生、途中でカプセルが一個こなれとるけどさ 効き目は一緒だわね」私:「こなれてる?? 申しわけありませんが、もう一度確認させていただけませんか?」
患:「ほれほれ ここ…」
う ゛う ゛う ゛…(こればっかり)
薬包紙のミシン目の部分にカプセルが…それに、となりのカプセル(右下の部分)には白い部分がない。
これって… 二人で今まで確認していた作業って、いったい何?今回のように「袋の中に落ちきる前に熱圧着してしまう」というシーンに出会ったのは初めてでした。散剤(こな薬)がミシン目の部分につき、熱で少し焦げ目がついてしまうことは、まれにあるのですが、カプセルをまともに砕きつぶすというような事はめったにおこらないものです。
これまた、お詫びのうえ 交換させていただきました。信頼関係がすでに構築されていて、しかも寛大な患者さんでよかったと心底思います。
【原因】
分包機の構造の話になってしまいますが、分包機には錠剤やカプセルが通る漏斗のようなところがあります。ここを錠剤やカプセルが通って薬包紙の中にころがり込むことによって分包ができるのです。ところが、現実はカプセルや錠剤の大きさや重さ、形などがひとつひとつ異なるために、落ちていくタイミングは、おのおの違うのがふつうです。特に「いびつな形」の錠剤は転がるのが遅いし、「硬いもの」は良く「はねまわる」ために、結局は分包紙のところまでたどりつくのが遅くなるので、隣の袋(次の薬包)に入ってしまったりすることがあり、とても困ります。
【思ったこと】
患者さんとの信頼関係がなければ…
「責任者出てこいワレ〜!(責任者は私でございます。すでに あなたの目の前に立ちすくんでおります…)」の世界になったかもしれません。
いまさらですが、私どもの仕事は信頼関係のうえに成り立っていることを思い知りました。当然のことながら、お薬をお渡しするときは、1に確認、2に確認、3・4も確認、そのあと確認です。それでもこういうことがおこるのです。患者さんは帰りぎわにひとこと
患:「ハラん中に入っちまえば いっしょやけどな! わっはっは!」
私:「う゛う ゛う ゛…(最近こればっかり)」
2001年7月12日
「水浴び」
昨日だったかテレビのニュースによると関東地方の梅雨があけたそうだ。当地四日市はいまだその気配はないが時間の問題だろう。今日はとにかく暑かった。
ところでタイトルの「水浴び」は夏の日課である。といっても、いい歳のおっちゃんが庭で水浴びをするなど近所迷惑の極みだから当然風呂場が「水浴び」のスイートスポットである。2〜3分間、行者よろしく手を合わせ冷水シャワーを頭から浴びるのだ。手など合わせて少しうつむき加減の体勢をとり、なにやら意味ありげな念仏もどきの言葉を発すれば「単に涼んでいるだけ」には見えないだろうからなおポイントが高い。特に就寝前の行水はたいへん気持ちがよい。
あー涼しい!と風呂場から帰る途中に「ちゃんと体を拭いてからにして! 廊下が水びたしでしょ!」とカミさんの声。うーむ、なるほど。後ろを振り返ると今歩いた廊下に水滴がたくさん。ビタビタのほうが涼しいのになぁ。