雑記帳 2003
2003年12月20日
「いそがしい」
ふだんは【忙しい】というのが一般的だが、【急がしい】とも書くようだ。
さて先週、若くてきれいな近所のAさんちの若奥さんが、とある隣町の医院前の薬局で薬を作ってもらい、そこでは何も聞かずそのまま帰りに来局した時のこと。
A 「こんにちわ! 藤戸さ〜ん お薬の事を聞きたいのぉ〜」
F 「こんにちは いつもおきれいですね〜、はいはい 何でござんしょ?」
かわいらしい笑顔に一瞬癒されるボクA 「これ なんの薬? どんなことに気をつけたらいい?」
お〜若いかあちゃんのいう事はなんでもききましょう。 なになに・・・?F 「え゛?! 今日のお薬ですよね、これって。」
A 「そうなのよ、忙しそうで聞けなかったので、藤戸さんの所でと思って」
F 「次からは うちの薬局でもお薬をお作りしますよ」
A 「それがね…
横のB薬局で薬を貰ってくださいってB医院の受け付けのお姉さんが言ってたし、いつもビニールに紙(処方せんの事)を入れてくれるから、契約してるB薬局へ行かないといけないんじゃないかと思って」
F 「そ… そんなことはないですけどね」
う゛〜 契約してるB薬局ってなんなのよぉ〜
契約なんかしたら保険薬局指定取り消しになっちまうよぉ〜
そんなのあるんかよぉ〜A 「看護婦さんが
ほかの薬局に薬はないから、となりのB薬局へネ」って親切におしえてくれるのよ
F 「そぉですかぁ〜 そりゃ親切だ。 しかたないから説明をはじめる
えーとね、 この薬って下痢しやすいから…」
うー なんで よその薬を説明してんだよぉ〜
若くてかわいいかあちゃんとお話ができるからいいか…
その後の会話。
A 「そこの薬剤師さんってば 忙しそうだったから、
藤戸さんの所で聞けばいいと思いながら薬をもらったのよ」
う゛ー それじゃ オラはヒマに見えるのか。 じっさいヒマには違いないがさて、「いそがしい」とは国語辞典(Shogakukan 1988/国語大辞典)によると
いそがしい【忙しい・急がしい】と書き、
1.急ぎの用事が多く重なって暇がない。多忙である。
2.せかされるような感じで落ち着かない。
いかにも急いでいるという様子である。
せわしい。
3.ものごとが次から次へとたえまなく続くさまにいう。
とめどない。とある。 さらに、
いそがしわざ【忙し業】
忙しさのあまり物事をぞんざいにするさま。ともある。 忙しい時は仕事がぞんざいになる可能性があるということだ。
さて、Aさんとの会話(けっこう楽しかったりしたのだが)の中で、薬剤師さんが忙しそうにしてるのはなぜ?というのがあった。
薬局でスタッフが忙しそうにしているのは…
1.マジ いそがしい場合
ほかに2.不勉強なため質問されたくないので「しらんぷりしたい」ので忙しそうにしている場合
さらに3.やる気がなく「質問されるのがわずらわしい」ので忙しそうにしている場合
これなんかはよくあるパターンだ。
ここには「勉強もしたくないし、やる気もない」場合も含まれる
とどめに薬局では調剤室の中が待合い室から見えるつくりが一般的だが、調剤中の薬剤師に声をかけるのは、薬を間違える原因になるのでよしたほうがいい。親しい人の薬をとっちらかしてしまうのは、自分の場合ほとんどこのパターンであるといっていい。
時は師走。 世の中、とりわけ「師」と呼ばれる人は忙しいはずなのだが、うちはなぜかヒマである。
さら地にらない事を祈っている。
2003年9月20日
「6万年ぶり?」
先月からテレビや新聞などで「火星大接近!」・「6万年ぶりの大接近」となかなか賑やかだ。タブロイド級の雑誌では「天変地異の前触れ」とか、「戦いの星、marsの大接近は戦争の香り」とか。井戸端では「今年の異常気象は火星の大接近のせいだ」など・・・なかなか楽しませてくれている。ところで去る9月9日に、見かけ上での話だが、月と火星が非常に接近して見えた。
一三夜の月のすぐ近くに、オレンジ色の火星が輝いている姿はなかなか美しい眺めだった。今回は望遠鏡を出さずに望遠レンズだけで撮ってみたが、望遠鏡を使わないでもけっこう写るもんだ。写真では火星がオレンジではなく白っぽく写ってしまったのが残念。
さて、下の写真は8月10日の午前0時ごろに望遠鏡で撮った火星だ。
2003-08-10 00:03
Meade LX200-25 f10 Or.5mm Nikon Coolpix990
Registaxで30枚スタックテレビなどで放映している映像は、天文台設置の超弩級望遠鏡の映像や、ハッブル宇宙望遠鏡などの映像で、小市民の所有できる望遠鏡での像は、よく見えてせいぜいこの程度のものだ。スーパーやメガネ店で売っている「望遠鏡」では。模様が見えるかどうかも疑わしい。
「お買い得! 200倍の望遠鏡がこの価格!」…こういった広告にまんまと乗せられ、衝動的に2万円近くもオモチャ望遠鏡に投資した方を数名知っているが、まさに安物買いの銭失いという言葉がピッタリとあてはまる。天文ファンが数名確実に減って行った瞬間だ。望遠鏡をスーパーで買うこと自体がまちがっている。コンビニで薬を買うのと同じぐらいだ。
2003年5月1日
「ドッグフード」
以前ラジオで聞いた話では「アメリカでは不景気になるとドッグフードがよく売れる」のだそうだ。その時は何も思うことなく、ほぉーっと感心しただけだった。不景気なのにペットを可愛がることを忘れないということのか、はたまた豪華なものを食べさせていたのだが、不景気のためドッグフードに切り替えたのだろうか...などと思って聴いていたら、コラムニストのいう原因というのは、なんとも意表をつくものだった。
「ドッグフードは人間が食べる」のだそうだ。細かい話は割愛するが、たとえば貧困層などが食料として確かに利用するという。
ドッグフードは比較的安価で、しかも栄養のバランスもそこそこ取れているかららしい。なんとも複雑な気持ちだが興味深いものはある。ぜひともドッグフード(キャットフードも)を食したことのあるお方、情報提供をいただければありがたい。なお、おいしいドッグフードの銘柄情報ならびにマイランキングを提供いただければ、この上なき幸いである。このおいしいというのは人間が食べた場合のことなので、そこのところよろしく。
残念ながら現時点では、ドッグフードを食べた経験はないが、もしかして非常食としての機能を果たすことができるのだろうか?近いとされる東南海大地震に備え、買っておいた方がよいのだろうか? 大震災の際にあきらかに非常食とわかるように置いておくと略奪ターゲットとなるだろうが、ドッグフードをさりげなく縁の下に隠しておいてもきっと取られはしないだろう。 ただ非常食とはいえ、ドッグフードを一家でほおばる姿には悲しいものがある。
さて、とあるドッグフードの広告には、
「原材料の良さがそのまま伝わるしっかりした素材」
「たくさんの野菜が入ったヘルシーバランス」
「ビーフだけでなく、野菜入りやチキン、魚など、素材も各種選べます」
「理想的な栄養バランス」なんだそうだ。 さらに、
「お肉などに含まれている良質なタンパク質が、たくましい筋肉をつくります」
「お肉などに含まれている良質な必須脂肪酸が、美しい毛並みをつくります」
「牛骨などに含まれているカルシウム・リンが、健全な骨格をつくります」
「緑黄色野菜などに含まれているビタミンAが、輝く目をつくります」
「新鮮な野菜などに含まれている繊維質が、腸の働きをたすけます」と続いている。 藤戸家の現状といえば、毛並みを作る必要までは必要ないものの「栄養バランス」といわれると、この時点で負けている(かも)。
特定銘柄のデリシャスペットフードしか食わんグルメ犬がいると聞くがほんとうか?ちょっと信じ難いことだが、もしいるとすれば飼い主に言ってやる。 なーにがデリシャスなペットフードだ。 あほんだら、犬なんざ残飯食わしとけ。
ひさしぶりの更新なのに なんてお下品。
2003年2月5日
「休日加算」
最近、業界紙に載ったちょっと気になった記事があった。 たしかこんな内容だったと思う。
地元の休日当番でのこと。喘息薬が処方されていた小児の母親が言うには週末いつもの病院に行くのを忘れたので同じ薬を出してもらうために休日診療所にかかったのだそうだ。そのとき以前に薬局でもらった薬の説明書を持っていたので、すぐに医師も薬がわかり大いに助かった、とも。
ちなみに患者(子ども)は公費補助で最終的には自己負担ゼロ。休日調剤だから保険請求では休日加算が算定されていて、その財源は保険や税金である。
すべては、平日にきちんと病院に行かなかった母親の怠慢である。しかし自己負担がゼロだから母親は何とも思っていない様子だ。
別の地区では平日が混んでいるから、あえて休日当番に平日の処方せんを持参する患者も多いと聞く。このような患者に対して、いずれ誰かが何かを言わなければならないだろう。
では、いったい誰が言うのか?
だいたいこんな内容だったと思う。さらに、とある掲示板では、ベンツで乗りつける「インチキ生保」と、父親が薬をとりに来る「インチキ母子」の話題で盛り上がっていた。さすがにこの表現はいかがなものかと思うが、解せない方々がいるのも事実だ。 おかしいんじゃない?と思う人たちは確かに存在する。
閑話休題
最近、とくに休日や夜間の患者さんが多くなった。
もちろん急に症状が悪くなり受診する方がほとんどなのだが、問題は昼間から高熱があったが、昼間は患者が多く混んでいるので、わざわざ時間外に(ゆっくりと)受診するパターンが目立って増えていることだ。
医療従事者は正当な事由がある場合以外は患者の求めに応じなければならないことが法律で義務付けられている。義務とかそういったこと言われるまでもなく対応するのはあたりまえだが、一部の身勝手な言い分を聞いていると内心おもしろくない。もちろん時間外加算が算定されるため料金は割高になるのだが、全く気にする様子もない。自己負担分は後で戻ってくるため、痛くもかゆくもないといったところか。
医療従事者も一介の生活者としてプライベートの時間はやはり欲しい。まっ昼間っから酒を飲みたい休日もあるのだ。今年の年末年始は大晦日・元旦など全く関係なく「薬を作らせて頂いた」ため、まったく平日と変わらない年末年始となった。
仕事があるほうがまだマシ… ヒマになったら食っていけないもんナ。 気を取り直し、ありがたいことだと思うようにしよう。
2003年1月30日
「365日24時間対応」
2001年より、うちの薬局で調剤済みとなった患者さんに対し携帯電話番号開放による365日24時間対応で、薬に関する電話相談をはじめた。最初のうちは、うるう年はどうするの?とか、酔っぱらってるときはだいじょうぶ?(酔っぱらってたら きっと危ないかも)とか、結構冗談ももらったが、主力の小児科の処方せん患者さんに対する服薬方法などでの困り事や飲み薬に関する相談や、複数の坐薬の間隔・くすりののみあわせの相談などなど…けっこう便利に薬剤師を使ってもらっている。むろん料金が発生するわけではないので、一銭にもならないうえに責任だけは生じる(専門職によるアドバイスになる)わけで、ひとことで言って「バカなサービス」と言われればそれまでだが、感謝の言葉やお礼状などをいただいたりすると「やってて良かったな」と感じる事も多く、それなりにやりがいがあるものだ。
しかし、どうしようもない相談を持ちかけられた場合、とくに医師に聞くべき事や、昼間にあった事などを何でわざわざ今ごろ…と思う事を深夜に持ちかけてこられた場合、単なる困りごとや錯乱状態でのグチのお相手になることもあり、こんな場合はとても困る。特にこのたぐいの電話は深夜にかかることが多いため、寝つきの悪い私にとっては睡眠不足のため次の日はつらい。こんな事が続いた場合、もうやめようかと思うこともある。患者さんにとって薬剤師は気軽に話せるようで、誤解を恐れずに言えばはっきり言ってクダラナイものも多い。しかし、こちらがクダラナイと思うことでも相談する側にとっては一大事なのだろうから、まじめに聞くようにはしているが、内容によってはハラも立つ。
必要なボランティアだと思いはじめたことなのだが、足掛け3年目で息切れ状態になりつつある。気が短い私には薬剤師という仕事が向かないだけなのかもしれないが、いまさら薬剤師をやめるわけにもいかないわけで、まだまだ修行が足りないということなのだろう。
365日24時間対応。これは近い将来、必ずあたりまえとなるだろう。 しかし個人薬局で行うのはきつい。