
土生氏の祖先が眠る円福寺
明治5年元津県提出由緒書。江戸期を通して、土生
氏は藤堂藩の無足人(郷士)であった。(無足人免状は
元禄五申年十二月三日付けのもの)
土生氏由緒書
先祖土生三郎太夫、木造左衛門尉具政与力にて、地方七拾石賜り一志郡本村に居住仕り候処、戸木乱之砌同郡矢野村に退身、其後、五代目三郎左衛門島貫村へ来り、元禄五申年一二月三日帯刀御免許御書付頂戴仕り候、以上。
一志郡島貫村無足人 壬申三月 土生喜一郎
縁故の地
・一志郡元村(現久居市本町)
木造氏家老柘植氏の領地か?土生氏と柘植氏については続編をご期待ください。
・一志郡矢野村(現一志郡香良洲町)
戸木乱の後に退身したとされる地。一説に土生氏の一族とされる土性(どしょう)姓が多く見ら れる。
・一志郡雲津島貫村(現津市島貫町)
土生氏が明治初期まで生活の本拠としていた地。矢野村、木造村とそれぞれ隣接している。
こんなことも 〜伊勢の源氏土生氏〜
国立国会図書館蔵「諸家譜」に土生氏を北畠氏系木造氏の一族と位置づけたものがある。その系図は、現地古老からの聞き取りにあった、土生氏を国司家の一族とするものと整合するものであったが、現実の土生氏の過去帳(円福寺蔵)との接点は見出せなかった。しかし、土生氏の由来を調べる一助となるのでは?
続編「土生氏と柘植氏」(仮題)、

伊勢国「土生(はぶ)」姓調査について 掲載しました。
仮説を含めて掲載しております。ご助言等いただけましたら幸いです。
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