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独り言
 私の水彩画(9・15) 植田重雄(9・12) モクモクファーム(8・29)      
枕草子(九十四段)・口惜(くちをし)きもの 2018・9・21(金)
 「口惜」とは「期待して待っていたことが実現せず、あるいは報われてしかるべき自分の努力が報われなかった時の、満たされない気持」((新日本古典文学大系・枕草子より) 
 雪を期待したのに雨だったことの「口惜」から始まり、期待したいろいろな行事や物事が実現しないときの残念さを列挙する。清少納言は雪を愛し雨を好まなかったと言う。原文は94段を参照してほしい。
(九十四段・口語訳)
 残念なもの  五節(ごせち)や御仏名(おぶつみょう)に、雪が降らずに、暗く降った時。節会などに、然るべき宮中の物忌がぶつかった時。準備して今か今かと待っていた催しが、支障があって、急に中止された時。遊びたかったり、見せたいものがあって、呼びにやった人が来ないのは、とても残念である。
 男でも女でも法師でも、宮仕への場所などから、似通った気の合う人が一緒にお寺にお参りしたり、一緒にどこかに行くのに、派手な衣装が車からこぼれ出ている。その衣装は良く言っても常識はずれであり、一般の人からは見苦しいとさえ思われるものだが、然るべき人(衣装の嗜好・魅力を知る人)が、馬でも車でも通り過ぎてしまって、その派手な衣装を見ないままに終わったのはとても残念である。情けない話としては、物好きな下層の人で噂話をするような口の軽い者でもいいから、(その目立つ衣装を見てもらいたいのでどこかで誰かと)行き合わないかななどと思うのも、とても常識外れである。
逆鱗(げきりん) 2018・9・20(木)
 「逆鱗に触れる」とは、目上の人物の激怒を買う行為を言う。逆鱗は伝説上の神獣である「竜(龍)」の81枚の鱗(うろこ)のうち、あごの下に1枚だけ逆さに生えるとされる鱗のことをいう。竜(龍)は、元来人間に危害を与えることはないが、逆鱗に触れられることを非常に嫌うので触れた者を即座に殺すとされた。ここから帝王(主君)の激怒を呼ぶような行為を指して、「逆鱗に嬰(ふ)れる」と比喩表現されたという。
 故事の出典は、「韓非子」の「説難(ぜいなん)」篇。
 「逆鱗に触れる」ことを一度だけした。飲み歩いて雨の降っている夜明けに家の前で寝ていて近所の人に起こされたときである。それまでは精神的に弱っていた素空の悪行を見逃してくれていた父を、その時の反抗で激怒させてしまった。結果は勘当だった。その勘当が解けるまで数年かかったが、その間も父はずいぶん心配していたと言う。今はもう亡くなっていないが、親とはいいものだ。
望郷・第1首(会津八一) 2018・9・19(水)   解説
  はる されば もゆる かはべ の をやなぎ の
                おぼつかなく も みづ まさり ゆく

 春になって水かさの増した故郷の川と川辺の緑美しい柳を詠う。22歳で東京に出て65歳まで新潟に帰らなかった八一の懐かしさにあふれた歌である。
骨粗鬆(しょう)症52・脆弱性骨折
           2018・9・17(月)
 脆弱性骨折とは、骨密度が低下してもろくなっていると普通では骨折しないような軽い力(転倒などの軽い衝撃など)で骨折することを言う。起こりやすい場所は、背骨(椎体)、大腿骨頸部、手首(橈骨・とうこつ)」など。気をつけましょう。


 (明日第3火曜日は独り言を休みます)
シニア展2 2018・9・16(日)
   朝7時に鳥取から到着した義姉の息子夫婦が義兄と一緒に来てくれた。また、同級生の仲間もきてくれて根付に挑戦、根付は結構時間がかかって、一緒に昼食をした後も作業は続いた。
 沢山の人が根付とバードコールに挑戦してくれたので、夕方にはほとんど無くなった。
 兄も愛知県から来てくれていろいろと手伝ってくれたので助かった。
 作った作品を多くの人に見てもらえるのは嬉しいことだ。
   
  
シニア展 2018・9・15(土)
 仏像教室の先輩に誘われて今年も香薬師像と野仏(刻字)を出品した。先輩は来客のために簡単な
根付とバードコールの提供をしている。先輩が用事のため退出している間、そこを担当しいろいろとお話をして過ごした。 
 中には外国人の方も見えて、バードコール(木に挿したネジを回すと鳥の鳴き声になる)を一緒に作った。ほかにも沢山の方が根付に挑戦されたので楽しい時間を共に過ごした。(展示は明日まで)

香薬師

根付

バードコール

参加者

参加者
    私の水彩画(9・15) 
鹿鳴集・望郷(会津八一) 2018・9・14(金)   
 「いつの頃よりか大正十四年七月に至る」と但し書きがある20代半ばから40代半ばまでの望郷・7首である。

1 望郷(第1首) 
    はる されば もゆる かはべ の をやなぎ の
                おぼつかなく も みづ まさり ゆく
2 望郷(第2首)
    あさり す と こぎ たみ ゆけば おほかは の
                しま の やなぎ に うぐひす なく も
3 望郷(第3首) 
    ふるさと の ふるえ の やなぎ はがくれ に
                ゆうべ の ふね の もの かしぐ ころ
4 望郷(第4首) 
    よ を こめて あか くみ はなち おほかは の
                この てる つき に ふなで す らし も 
5 望郷(第5首) 
    かすみ たつ はま の まさご を ふみ さくみ
                か ゆき かく ゆき おもひ ぞ わが する
6 望郷(第6首) 
    すべ も なく みゆき ふり つむ よ の ま にも
                ふるさとびと の おゆ らく をし も
7 望郷(第7首) 
    みゆき ふる こし の あらの の あらしば の
                しばしば きみ を おもは ざらめ や 
昔のブログ・107 2018・9・13(木)
お茶 2015・7・10(金)
 先月、車から茶畑を眺めながら、「2番茶の時期ですか」と言うと先輩が「価格の低迷で刈らないのだよ」と言うので、びっくりした。価格の低迷で採算が合わないことが原因だと言う。母の実家がお茶屋だった。幼いころからお茶は生活の一部だったので、生産者の苦境に心が痛む。
 食事の時、お茶を入れるのは素空の役目、湯ざましをしてじっくりと入れたお茶はとても美味しい。時々注ぐのを忘れて苦くなるけれど。
 ところで、価格の低迷は急須でお茶を入れる家庭が少なくなったと言うことが一つの理由だが、何千トン単位で注文する大手ドリンクメーカーの存在の影響も大である。大量購入で値が下がった上に、ブレンド技術や抽出技術が進歩して、少ない原料でも良質の製品を作れるようになったからだと言う。産地は供給過剰に陥り、需給バランスが崩れて値下がりしたのだ。
 母の実家は経営者が体調を崩し、お茶やタバコも売れなくなったので、閉店セールをしている。寂しいことだ。
           
私の水彩画(9・13)
植田重雄先生6(完) 2018・9・12(水)  
 SURUMEのペンネームでネット上に会津八一の解説を始めたのは2002年、2014年12月9日に全886首の解説を終えた。ネームは途中で素空に変更した。
 すべては植田先生の導きだったが、ネットでの解説のことは先生には言わなかった。何時かはと思っていたら、2006年にお亡くなりになった。

 上京してお別れ会(日本キリスト教団早稲田教会)に参加した時、八一の解説の件を内緒にしたことを悔やんだ。
 威厳があって近づきにくい面もあったが、手紙やお会いした時のやさしさはとても素晴らしかった。

 植田 重雄(うえだ しげお、1922年ー2006年5月14日)は、日本の宗教学者、早稲田大学名誉教授。 静岡県生まれ。早大文学部卒。1976年、「宗教現象における人格性・非人格性の研究」で文学博士(早大)。早大商学部助教授を経て、教授。1983年に定年退任、名誉教授。 ヨーロッパの宗教民俗学や、キリスト教神秘主義を研究した他、師事した会津八一の著作の編纂・多くの評伝研究を著した。

   植田重雄・1~6 (9・12) 
ペットが欲しいのに(つれあいにもの申す)
               
2018・9・11(火)
 ホームセンターに立ち寄った時のこと。ペットコーナーでかわいい子猫を見て「飼ってみたいな!」と言ったら、「世話はあなた一人だけで十分よ!絶対に飼わない」と妻。(俺は動物かよ・74歳)

 我家ならこうなる。「世話は愛犬くるみだけで十分よ!自分のことは自分でしなさい」 
2歳児発見 2018・9・10(月)
 名を呼びて 山道のぼる 尾畠さん 棒もて藪を 突く警察
         (長野市)原田浩生   9月9日朝日歌壇より
 この歌を見て「忘れられた日本人」(宮本常一)の「対馬にて」の一節を思い出した。以下に引用する。
 対馬の山道で同行の村人に遅れ、待っていてくれた村人に困ったというと「それには良い方法があるのだ。・・・声をたてることだ」という。どんな声?と聞くと「歌をうたうのだ。歌をうたっておれば、同じ山の中にいる者ならその声をきく。同じ村の者なら、あれは誰だとわかる。・・・行方不明になるようなことがあっても誰かが歌声さえきいておれば、どの山道でどうなったかは想像のつくものだ」  
 (1950年の話)
 2歳児は歌えなかったが、尾畠さんは棒ではなく名前を呼び歩いた。
身体の話いろいろ25・骨の再構築 
               2018・9・9(日)
 骨は絶えず生まれ変わる。そのことを「再構築(リモデリング)」と言う。骨が古くなった時や骨から身体にカルシウムを供給するときなどに骨の一部が壊され、そこに新しい骨を作り出している。だから骨の強度や健康が保たれている。
 こんなことを知ると人間の身体は素晴らしいと改めて思う。神様を信じてはいないが、予想外の力を想像してしまう。
      月下美人 1輪
震余・第8首(会津八一) 2018・9・8(土)   解説
 淡島寒月老人に
  わが やど の ペルウ の つぼ も くだけたり
             な が パンテオン つつが あらず や


 淡島寒月は若き八一が親交した20歳ほど年上の人。趣味人であった寒月の全てがことごとく焼失したと言う。
 震災の惨状を8首で表したこの震余は未経験の我々に送られたメーッセージと考えている。
栄養ドリンク 2018・9・7(金)
 本家のHさんの49日の法要の中休みに、お寺さんにお茶とお菓子、栄養ドリンクが出た。
「50年余、法事に参加して栄養ドリンクが出たのは初めてです」とおっしゃってドリンクだけ飲んで、次のお経を開始した。
 昨年末、倒れた仏像制作の安達先生は奥さんの献身的な介護で起き上がることが出来るようになり、時々昼食を共にできるようになった。最近はお伺いするときに栄養ドリンクを持っていくことにしている。ひょっとすると少しは効き目があったかな?と思っている。
 また、猛暑の夏場は自分も時々飲んでいた。夏を乗り切る一助にはなったかもしれない。
昔のブログ・106 2018・9・6(木)
力を抜く 2015・7・8(水)
 歯医者で治療を受けると知らない間に力が入り、身体がこわばったようになる。意識して力を抜き普通の状態に戻すのだが、行くたびに同じことを繰り返す。
 幼いころから運動神経が皆無に近かったのでスポーツでは苦労した。何をしてもリズムの無い力任せのスタイル、力もないのに。
 ところが高校生の時に自分より小さい同級生が見事なバッティングをするのをよく観察すると力を抜いたきれいなスイングだった。その真似をすることによって少しはボールに当たるようになった。ゴルフも同じ、なじみのキャディさんが「力が抜けましたね」と言った時にスコアが良くなっていた。
 “足腰の力で滑る”と思っていたスキーは己の体の重心を常にスキーのまん中に置くように身体を動かし、バランスを取るようにしたら人並みに滑れるようになった。
 歯医者の椅子でそんなことを考えていたら、次はもう来なくていいですよと言われた。歯が悪かったのではなく、定期的に見てもらっていたのだが、心配なくなったのか見放されたのかはわからない。
 ところで最近は野球は腰に悪く、スキーは持久力が無く、ゴルフは力が抜け過ぎて飛ばない。情けない年齢になった。
骨粗鬆(しょう)症51・椎体(ついたい)
                2018・9・5(水)
 椎体は背骨の前側(お腹側)にある短い円柱の形をした骨。骨粗鬆症で骨折しやすいのは体重のかかる腰のあたりで、ここにある椎体を腰椎(ようつい)と呼ぶ。腰椎は椎体の中でも大きな骨で、上半身を支える大事な役目をしている。
 素空は腰痛の持病があるが、腰痛の原因になるのは、主に腰の部分にある5個の腰椎の変形による。力がかかるときはコルセットをするし、腰痛体操を心掛けるがなかなか治らない。
      月下美人 1輪 
台風 2018・9・4(火)  
 結構大きく、2階は揺れるので1階で過した。さらに停電になったので夕方、店に家族で避難。復旧を待って帰るつもり。
 街では同級生の衣料品店のシャッターが壊れ、その前のビルの看板が落ちかけていた。店の前の道路には隣の無人の店舗のトタンが4枚ほど落ちていた。
 もっとびっくりしたのは諏訪神社の松が折れていたことだ。
  
植田重雄先生5 2018・9・3(月)  
 先生は恒文社から八一の
三部作を出版した。
    ・「秋艸道人会津八一の生涯」(1988年)
    ・「秋艸道人会津八一書簡集」(1991年)
    ・「秋艸道人会津八一の芸術」(1994年)
 「秋艸道人会津八一の生涯」を購入したが、難しかった。しかし、尊敬する先生の著書だと思い時間をかけて読んでいくうちに没頭するようになった。この本が会津八一との出会いである。植田先生の本、会津八一の本、その他の解説書を手に入れてさらに読み込んでいった。
 八一の分骨されている東京練馬の法融寺にお参りし、植田先生宅をお伺いしたこと。関東在住の友人Yと上野公園で先生とご一緒したのは1999年だった。国立博物館を訪れ、伊豆栄でうなぎを御馳走になった。
 「大兄とY君と博物館、伊豆栄と楽しい一日でした。もっとゆっくりすればとも思いました。・・・」と手紙をいただいたが、その時別れを残念がられた先生のことはよく覚えているし、とても嬉しかった。 
日録 20世紀(1960・昭和35年) 2018・9・2(日)
 1960年のグラビアは
  ・安保闘争、運命の6月15日
  ・10年で月給2倍!「所得倍増論」の狙い
  ・“社会派推理”松本清張ブーム
  ・独立一週間で内紛、コンゴの悲劇
 その頃、安保闘争の意味はわからなかったが、樺美智子の死と名前はよく覚えている。後に怪我をして死にかけた時、看護の友人に樺美智子みたいと言われてびっくりしたことがある。
 この年に社会党委員長の浅沼稲次郎が右翼少年・山口二矢(おとや)17歳に刺殺されたが、なぜか、樺美智子と山口二矢の名はずっと脳裏にあった。
 所得倍増論は安保の時の岸首相退陣後の池田首相が言ったが、唐突な印象を覚えている。安保後の混乱を消すためにあったが、10年後に実際に所得が2倍になった時、いろいろなひずみが広がっていった。
9月の始めに 2018・9・1(土)
 君待つと 我が恋ひをれば 我が宿の 
              簾動かし 秋の風吹く
  額田王
 まだまだ暑いけれど9月は秋、秋を意識すると元気が出てくる気がする。あれもしたい、これもしたいと意欲的でありたい。
 先輩の勧めで9月15~16日の第68回四日市市民芸術文化祭のシニア趣味の作品展に以下を出すことにした。 
   〇 香薬師如来立像 (仏像彫刻・木彫り) 
   〇 野仏 (刻字)
 香薬師を拝して・会津八一(第2首)         
  ちかづきて あふぎ みれども みほとけ の 
             みそなはす とも あらぬ さびしさ
 
香薬師