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 ダイナランド&高鷲スノーパーク(2・19) 雛人形(2・18) そーた君(2・16)  
昭和32年頃の繁華街(四日市) 2018・2・24(金)
 近鉄四日市駅前の中心繁華街である一番街通りは昔、電車が走っていて、そこにあった諏訪駅の北が繁華街だった。今はなくなったが駅前の「武蔵野園」が母方の実家だった。すぐ近くに素空の自宅が載っており、今でもそこで営業している。当時は小学生だったが、友人の多くはここで育った。
 この時あった商店は1割ぐらいしか残ってないのが残念だが懐かしい思い出がよみがえる。ここで育った仲間や高校までの友人たちはここでよく遊んだと思う。
 一番街通りで、この当時の写真が沢山展示していたので撮ってきた。
昔のブログ・81 2018・2・22(木)
自閉症の僕が跳びはねる理由 2015・2・20(金)
 自閉症の東田直樹が中学生の時に書いた本(世界の20カ国以上で翻訳出版)を友人から借りて読んだ。いつも一緒にあそぶN君を思いながら読んだが、彼らの奥深さに驚く。

 足りない言葉(ちょっと言わせて)
 僕らが話す言葉は、いつも足りないのです。
 足りない言葉は、みんなの誤解を生みます。
 例えば……
「ねぇ、今あの子が、『みんなで』って言ったよ」
「それは、一緒にやりたいってことでしょ」
「そうかな?みんなでやるのを聞いているんじゃないの?」
 実のところはその子の言っている『みんなで』は、以前先生が「明日は、みんなで公園に出かけます」と言った言葉の中で、自分が言える単語を繰り返すことで、出かけるのはいつかを聞きたかったのです。
 僕らの足りない言葉は、みんなの想像力をかきたて、思ってもみなかった方向に話が進みます。
 ホント、僕らの言葉はミラクルだね。
民族楽器・チャランゴ 2018・2・21(水)
 チャランゴは、南米アンデス地方周辺の民族音楽・ フォルクローレに使われる40から60cmほどの小型ギター。スペインから移入されたギターの一種が起源とされている。胴体部分がアルマジロの甲羅でできているもののほか木製のものもある。
 チャランゴもアルマジロも初めて知った。
    
サラリーマン川柳 2018・2・19(月)
 今年の100選が発表された。いつものように選んで投票をした。期間は2月15日~3月16日。気に入った川柳を以下に記載する。
 効率化 進めて気づく 俺が無駄 (さごじょう)
 スポーツジム 車で行って チャリをこぐ (あたまで健康追求男)
 俺ん家も 長期政権 嫁一強 (やす)
 断った 上司と酒場で 鉢合わせ (地底人)
 玩具(おもちゃ)屋で 孫に隠れて 値札見る (だんかい2号)
 記憶にない 夫のどこに ほれたのか (まるこ)
 ノーメイク 会社入れぬ 顔認証 (北鎌倉人 )
 小腹すき ダンナに言えば 小腹どこ? (大阪ビューティペア)
 人生が 100年となり 大慌て (老行燈)
 父さんの 苦労知ってる 靴の底 (可可子)


    ダイナランド&高鷲スノーパーク(2・19)

   (明日第3火曜日は独り言を休みます)
 
サンドラッグ(四日市野田店)ーエディオンートミジャスーA家ーニトリーバロー
骨粗鬆(しょう)症28・ロコモ 2018・2・18(日)
 ロコモ(ロコモティブシンドローム・運動器症候群)とは骨や関節が変形したり、筋肉の動きを伝える神経などが衰えたりして「立つ」「歩く」といった動作がが困難になることをいう。
 運動器の不調を訴える人、骨がもろくなる人は50歳を過ぎて急増しそのピークは70代だという。
 ロコモにつながる運動器障害の原因は2つ。
 1 運動器の疾患
    骨粗鬆症、変形性関節症、変形性脊椎症、脊柱管狭窄症
 2 加齢による運動機能の低下

 ロコモ チェック (以下の7つのうち一つでも当てはまれば可能性あり)
 ・ 片足立ちで靴下がはけない
 ・ 家の中でつまずいたり滑ったりする
 ・ 階段を上がる手すりがいる
 ・ 横断歩道を青信号で渡りきれない
 ・ 15分ぐらい続けて歩けない
 ・ 2kg程度の買い物を持ち帰れない
 ・ 布団の上げ下ろしなど重い仕事が困難
 素空は最初の「片足立ち靴下」がちょっとしんどいかな?
心に残る人・Sさん 2018・2・17(土)
 阪神・淡路大震災(1995年1月17日・死者6434人)で亡くなったSさんも心に残る人だ。すし職人だった彼は素空の店に就職し、長い間手伝ってくれた。彼からいろいろな料理を教わった。
 退職後すぐに自転車で交通事故にあって半年入院した。相手が100%悪かったので、素空が交渉して入院費も慰謝料も払ってもらった。ただ、大金を手にしたので職が手につかず遊ぶようになり、挙句に借金も出来たようで、突然四日市から姿を消した。
 震災の被害者数が6千人を超すころ、新聞の三重版に津出身の氏名不明の人の記事が載った。彼によく似ていたので、早速、警察に連絡すると同時に奥さんからも連絡があり、Sさんだと判明した。震災でアパートが崩壊しそこで亡くなったという。びっくりするとともにとても悲しかったことを覚えている。
怖くて言えなかった(朝日新聞・いわせてもらお)
              
2018・2・16(金)
 先日、10歳年上の妻が「今日は女子会があるから、帰りは遅くなります」と言ってきた。私は思わず「女子会じゃなくて、ババ会だろ」と言おうとした。でも怖くて言えなかった……。
  (横浜市・年上妻には頭が上がらない・69歳)

 「ババ」と面と向かっては死んでも言ってはいけない。「太った」も禁句かな?
      そーた君と「あいうえお」(2・16)
鯛の鯛(たいのたい) 2018・2・15(木)
 鯛の鯛(たいのたい)は、硬骨魚類の骨の一部で、姿が鯛に似た部位のこと。魚が胸びれを支えたり動かしたりするときに使う骨の俗称。鯛中鯛(たいちゅうのたい)とも呼ばれる。 魚がサバでも「サバの鯛の鯛」と呼ばれている。
 鯛之鯛という名の居酒屋もあるようだ。
 名古屋港水族館の標本でしっかり観察してきたが、この名を知ったのは初めてだ。
       奥伊吹カップルDAY(2・14)
昔のブログ・80 2018・2・14(水)
永世中立国・スイス 2015・2・11(水)
 同級生から電話で「なぜ日本はスイスのような永世中立国にならないのか」問われた。突然だったのでびっくりしたが、「スイスは侵略はしないが強力な軍隊を持っているよ」としどろもどろに答えた。
 永世中立国・スイスは国家としての権利や義務について、特定のグループに属さないことを信条ににしているが(中立)、他国からの侵略に備えて強力な軍隊を組織している。ただし、自らの侵略を放棄している。
 日本は9条によって戦争放棄をしているが、永世中立国ではない。自衛隊(軍隊)を持ってアメリカと安保条約(軍事同盟)を結んでいる。今回の後藤さんの事件の背景に、日本はアメリカと手を結ぶ敵だとイスラム国が考えることがある。
 さらに質問があった。「あれほど60~70年代に反戦運動に力を入れた団塊の世代を中心にした人達はどうなったの?」これにも返事に窮した。
 「当時の大半の学生たちは就職して社会(利益追求が第一である資本主義の社会)にでた。彼らは企業戦士になり、生きて行くために“反戦活動”とは無縁になったんだろうね」と答えておいた。
 海外派兵を考え憲法の改悪を考える安倍政権に強い危惧をこの同級生は持っているのだ。驚くほど右傾化した今の日本社会で彼女のような平和を希求する人もいることにほっとするし、とても嬉しいことだ。
バレンタイン・こころ&えみより 2018・2・13(火)
 スージへ
  一生懸命作ったよ!!ハッピーなバレンタイン
  を過ごしてね ^_^             こころ
  なんと こころが総て1人で作ったチョコチップクッキーです。
  どうぞお召し上がり下さい ♡      え み


 孫・こころ、えみママからの手紙と一緒に届いた。最高の贈りものだ。ちょうど兄夫婦が来ていたので一緒に食べた。やって来た隣のあーちゃんに少し上げ、後はカコバーが食べると言っていた。
     

        バレンタイン・くるみ(2・13)へ
村荘雑事・第10首(会津八一) 2018・2・13(火)
 あめ はれし きり の したば に ぬれ そぼつ    解説
             あした の かど の つきみさう かな

 太宰治の言葉から月見草を意識するようになったが、この歌からこの花への思いが深くなった。
鳥たち 2018・2・12(月)
 三滝川の川原に行くと沢山の鳥がいる。今年はカモメの姿が目に付く。オシドリ、いろいろなカモ、サギ、鳩やムクドリと一緒に烏も多い。となりの海蔵川にいる鳥たちはまた違う鳥たちだ。
 くるみと一緒に散歩しながら鳥たちの姿を楽しんでいるが、くるみは烏が苦手なのか遠くから見ているだけだ。
  
  
    
身体の話いろいろ11・BMI 2018・2・11(日)
 肥満はBMI(Body Mass Index)という数値で判定される。
  計算方法は
   
体重(kg)÷{身長(m)×身長(m)}
 数値が25を超える(肥満)と、脂質異常症や糖尿病などのリスクが2倍以上になり、30を超えると積極的な減量治療が必要となる。
 痩せている素空の数値は20、だけど血糖値は高い。
思わず一言(いわせてもらお) 2018・2・10(土)
 認知症検査で年齢を聞かれた母(86)が「65歳」と答えた。思わず「それやったら、僕はお母ちゃんが4歳の時に生んだ子か!」と言ったら、「ご家族の方は突っ込まないで」と医者にたしなめられた。横にいた妻(60)は、声を立てずに笑っていた。
     (堺市・大阪人の性分で聞き流せなかった・61歳)

 75歳での免許証更新は認知症検査があるという。まだ先だがその検査が恐ろしい。
朝日歌壇より(1月8日) 2018・2・9(金)
  闘争の痕跡もなき本郷に医学部教授ママチャリを漕ぐ
               (羽昨市)  三宅 立美
 東大・安田講堂が学生によって封鎖されていた時、何度も中に入ったことがある。今は平和、でも本当に平和なのだろうか?

  被爆国口を閉ざすも被爆者は世界に向けて口を開きぬ
               (横浜市)  村田  卓
 抗議の声を失った時、愚かな為政者たちは勝手な理由で戦争への道を走る。

  ワックスをしっかり効かせ初滑りキロロゲレンデ新雪が舞う
                (鎌ヶ谷市) 羽島 健一郎
 たった一つと言っていい趣味の世界、キロロうらやましい。
枕草子(八十七段)・細太刀に平緒をつけて 2018・2・8(木)
 束帯(朝廷の男子の正服)に細身の太刀を平緒(ひらお)で身につけた男の姿は優美だという。太刀と平緒は写真参照。
(八十七段)
 細太刀(ほそだち)に平緒(ひらを)つけて、きよげなるお(を)のこの持(も)てわたるもなまめかし。
 細太刀に平緒を巻きつけて、こざっぱりした小者が持って通るのも優美な感じだ。
       


        スキー(2・3-4)
骨粗鬆(しょう)症27・クッシング症候群 2018・2・7(水)
 副腎で作られるホルモン(副腎皮質ホルモン)の一種であるコルチゾールが過剰に分泌されると顔のむくみや腹部肥満など起こる。そうしたクッシング症候群になると作られた大量の副腎皮質ホルモンが骨芽細胞(骨を作る細胞)のバランスを壊す。その結果骨粗鬆症になりやすくなる。
       
スキーツアー 2018・2・6(火)
 今年も豊橋のS医師が主催するツアー(2月3~4日)を6人で楽しんだ。ただ、ニュージーランドから毎年参加するNさんが欠席、蟹江のMさんは風邪で参加できなかったのが残念だ。
 1日目はブランシュたかやまスノーリゾート、2日目はピラタス蓼科スノーリゾート、泊りはホテルハーベスト蓼科だった。
 年とともに筋力が低下してきたのでブランシュたかやまの上級コースは難しかったが、2日目のピラタス蓼科はよく整備されていたので滑りやすかった。また全長4kmの林間ロングコースは疲れたけど気持ちよく滑れた。
 S医師が会員のホテルハーベストは居心地がよく、料理も素晴らしく料金も安い。S医師提供のワインで楽しい夜を過ごした。何年も続いてほしいと思っている。 
  
昔のブログ・79 2018・2・5(月)
斑鳩物語(高浜虚子) 2015・2・1(日)
 高浜虚子は明治40年(1907)「ホトトギス」に「斑鳩物語」を発表し、そこで機織りの音を印象的に表現する。翌年、会津八一は初めて奈良を訪れ、斑鳩で歌を詠む。
 法隆寺村にやどりて(八一)
     いかるが の さと の をとめ は よもすがら 
            きぬはた おれり あき ちかみ かも
  解説
     (いかるがの里の乙女は夜もすがら衣機織れり秋近みかも)
 この歌について、堀辰雄は「大和路」の中でこう書いている。
 會津八一はこの「筬(おさ)を打つ音」を詠み、鹿鳴集自註で解説する。
 “夢殿に近き「かせや」といへる宿屋にやどりて、夜中村内を散歩して聞きしものなり。高浜虚子君が『斑鳩物語』(イカルガモノガタリ)の中で、同じ機の音を点出されしは、この前年なりしが如し”
 
 「大和路」は何度も読んだが、「斑鳩物語」ははじめて読んだ。友人・鹿鳴人がブログで紹介し、青空文庫のアドレスを掲載してくれたおかげだ。以前から八一の歌との関連で、斑鳩物語を読みたかったのでとても感謝している。面白いし、短文ですぐに読めるのでお薦めする。  
日録 20世紀(1953・昭和28年) 2018・2・2(金)
 1953年のグラビアは
  ・銃剣で土地を強奪された「軍事基地・沖縄」
  ・伊東絹子、ミス・ユニバース世界第3位!
  ・ヒラリーとテンジン、最高峰エベレスト征服
  ・“テレビと力道山”時代始まる!    
 沖縄の惨状はアメリカの軍事基地が未だに無くならないため解決は難しい。
 伊東絹子は日本の八頭身ブームを巻き起こしたという。残念ながらまだ小さかったので知らなかった。
 エベレスト初登頂は知っていたが、名前までは知らなかった。
 力道山はテレビなしには語れない。この年2月に初めてテレビは放送されたが一般の家庭にはなく、街頭テレビや電気屋さんの店頭にあった。とりわけ、力道山の活躍を電気屋の前で大勢の人と見たことは鮮明に覚えている。四日市高校甲子園優勝(1955・昭和30年)の時は実家の前の大型店舗が入場料を取ってテレビを見せていたことも思い出す。

     ー都合により明日明後日は休みます
バレンタインデー 2018・2・1(木)
 「昭和40年代末から50年代にかけて、女性のこころを捉えて徐々に盛り上がり、今日のように盛んな行事」になったという。素空の若い頃にはまだまだだったが、チョコをもらう人がうらやましかった。新聞の投稿を読んで若い頃を思い出した。
 甘くて苦いチョコの思い出 高校教員 久原 弘(山口県 58)
                朝日新聞 声 1月21日 より
 もてる高校教師をあまり知らないが、一人だけもてまくるT先生がいた。バレンタインの日は大きなバッグを持ってきて、チョコでパンパンにして帰った。周りの教師はため息をついたものである。
 放課後、私が帰ろうとすると、暗がりから一人の女子生徒がものすごい勢いで飛び出してきた。私が帰るのを待っていたようだ。うつむき加減で、顔は真っ赤。そして手には何と赤い包み箱。これはどう考えても決定的である。
 私は思いっきりさりげなく「何か用ですか」と聞いた。すると彼女は赤く染まった顔をさらに赤く染めて言った。「先生お願いします。これをT先生に渡してください」。まさに奈落の底に落とされたような気分。それでも私は気を取り直して、笑顔で答えた。「いいよ」と。
 女子高生とは世にも残酷である。甘く苦い思い出のひとコマであった。