こわい夢を食べるバク
ミントママ
あかねが初めてバクを見たのは、ひがしやま動物園です。動物園の入り口にいちばん近くのおりに、おすのバクが一匹いました。ゾウよりも短くて、ブタよりも長い鼻をしています。名前はぺぺです。
「バクが、夢を食べるってほんとう?」
あかねがおそるおそるたずねると、ぺぺはこたえました。
「ほんとうさ。でも、ぼくが食べるのはこわい夢だけだよ」
あかねはなんだかうれしくなって、それからときどき、ぺぺに会いに動物園へ行きました。今までに食べたこわい夢の話を、ぺぺが聞かせてくれることもありました。長い鼻で、木の芽や葉をひきよせて、食べているのを見ていることもありました。
ある日曜日の朝のことです。パパとママが、新聞を見て話しをしていました。
「かわいそうにな。あかねと同じ小学生なのに」
「ほんとうね。この子はきっと、こわい夢をみているのね」
新聞には、戦車が家をこわして、にげるおとなやこどもの絵がのっていました。絵を書いたのは、外国に住む小学生で、その国では戦争がおこっているのでした。あかねも、絵を描くのが好きです。でも、こんなこわい絵は描いたことがありません。
ぺぺは、その日はのんびり昼寝をしていました。あかねにおこされたぺぺは、ふぁーとあくびをしながら言いました。
「せっかくのんびりしてたのに。ああ、ねむいなぁ」
「ぺぺに食べてもらいたい夢があるの。ほら、これを見て」
あかねは、新聞のきりぬきを見せました。
「戦争で、家をこわされてしまった子が描いた絵なのよ。家がなくなって、キャンプをしながら暮らしているんだって」
ぺぺは、その絵をじっと見つめました。ぺぺの目から、涙がぽとぽととこぼれ落ちました。
「悲しい絵だなぁ。この子は、毎晩こわい夢を見ているよ。ぼくにはわかるんだ。夢の中でも、戦車が走っているし、飛行機がばくだんをおとしているのがね」
ぺぺは長い鼻をのばして、その絵をひきよせました。むしゃむしゃ。なんと絵を食べてしまったのです。
「これでだいじょうぶ。この子は、もうこわい夢を見ることはないさ」
そのあとぺぺは疲れたのか、昼寝の続きをしました。
「ありがとう、ぺぺ」
あかねはぺぺの寝顔に、ささやきました。
それから何日かして、外国でおきていた戦争が終わりました。もう戦車は走らないし、空からばくだんがおちることもないのです。早くぺぺに知らせてあげようと、あかねは動物園へと急ぎました。ところが、ぺぺの姿が見えません。おりの中はからっぽです。あかねは飼育係のおじさんに、ぺぺのことをたずねてみました。
「もうここにはいないよ。消化不良をおこして、別の場所へうつされたんだ」
「ショウカフリョウって何ですか?」
「食べすぎたりして、おなかをこわすことだよ」
あかねは、泣きたくなりました。こわい夢を、食べすぎたのがよくなかったのかもと思いました。毎日、あかねは動物園へ行きました。ぺぺのいたおりは、からっぽのままです。
ある日突然、そのおりに新しいバクが入っていました。めすのバクで、名前はルルです。
「前にここに、ぺぺってバクがいたんだけど、もう戻ってこないの?」
あかねが心配そうにたずねると、ルルは長い鼻をふくらませました。
「ぺぺのことなら知ってるよ。生まれた国に、帰っていったよ」
それを聞いてあかねのがっかりしたことといったらありません。ぺぺの生まれた国が、日本から見て、地球の裏側だと知っていたからです。
「もうぺぺに会えないんだ・・・ねえ、ルル、あなたも夢を食べるんでしょう?」
ルルは、鼻をもっとふくらませて、ふあっふあっと笑いました。
「あたしは食べないよ。食べたって、おいしくないからね」
大きくなっても、あかねは心の優しいぺぺのことを忘れることはありませんでした。生まれた国で、今でも夢を食べているんだと信じています。おなかをこわしてないかな、とちょっぴり心配なんですけどね。