貧乏神は押入れが好き

ミントのママ

 ぼくが押し入れをあけると、ねずみ色の服を着たおじいさんが、ドスンと落っこちてきた。これにはぶったまげた。

 「どろぼう!」

 叫び声をあげると、おじいさんはあわてて「ちがう! ちがう! わしは、どろぼうなんかじゃないわい」

と言い、ぼくの口を手でふさいでくる。

 ぼくは、エーイと力をこめて、おじいさんの体をつき倒した。

 「あいたたた。年寄りになにをするんじゃ」 柱に腰をぶつけたおじいさんは、痛そうに腰をさすりながら、涙声になった。

 「ここは、ぼくんちの押し入れだよ。どろぼうじゃなかったら、こんなとこでなにをしてるのさ」

 「昼寝じゃよ。せっかく気持ちよく寝ておったのに、いきなりあけるもんじゃから、落っこちてしもうた」

 「昼寝だって!?」

ぼくは、またまたぶったまげた。この押し入れは屋根裏部屋にあって、長いあいだ使われていなかった。

 どうしても取り出したいものがあってあけてみたら、まさか知らないおじいさんが昼寝をしているなんて・・・。おまけに、おじいさんの着ているねずみ色の服はボロボロで、つぎはぎだらけ。体もやせっぽちで、骨と皮の鳥ガラみたいだ。これじゃあ、ねずみのほうがよっぽどりっぱにみえるよ。

いったい、いつからここに入ってたんだい? こんなかびくさい押し入れで、昼寝なんて変わっているな」

 「ずーっと昔からじゃよ。ずっとここに住んでおる。わしは、これでも神様なんじゃから、そまつにあつかうことは許さんぞ」

 おじいさんは、コホンとせきばらいをして、いばってみせた。神様だって!? それってもしかしたら・・・・、

 「貧乏神じゃなの?」ぼくがそう聞くと、

 「おお、そうじゃ。世間では、わしのことをそう呼ぶ。ぼうず、よくわかったのう」と言って、ニッと笑った。笑うと前歯がかけていて、ますますみすぼらしくみえた。

ぼくは、腕ぐみをしてウーンと考えた。この家に引っ越してきたのは、ちょうど五年前。ぼくが、小学校に入学した時だった。思えばそのころから、ぼくの家はどんどん貧乏になっていった気がする。

 おとうさんは、つりぐ店をしていたんだけれど、お客さんが来なくなって、店をしめてしまった。今では、出かせぎに行っている。海女の仕事をしていたおかあさんは、体をこわして、もう海にもぐって、あわびやさざえをとることができなくなってしまった。今は、家で内職をして、夏のあいだだけは<海の家>の食堂で働いている。

 「ぼうずは、なにかを捜そうとしたんじゃないのか?そうでもないことには、こんなしけった押し入れをあけたりはせんじゃろうから」

 貧乏神にそう言われて、そうそうおかあさんに頼まれていたんだっけと思いだした。ぼくは、押し入れから氷かき機をみつけると、「これをすぐに<海の家>に届けないといけないんだ。おかあさんが働いている食堂で、使っているのがこわれたそうだから。ぼくがもどってくるまでに、どっかへ行っとくれ」 と貧乏神に言った。

 「それはないじゃろう。こんなおいぼれを暑いおひさまの下へ放りだそうってのかい。ひからびたホタルイカみたいになるわいな」 

 貧乏神は文句を言っていたけれど、ぼくは無視して家を出た。貧乏神は、あとをついてきた。

 「ぼうずはみたところ、親孝行者のようじゃのう。わしにもせがれがおったんじゃが、あとをつぐのをいやがって、いくえをくらましてしもうた」

 夏のひざしはにがてだと言っていたくせに貧乏神はずっとしゃべりっぱなしだった。土手に来ると、オレンジ色のゆかたを着た女の人が手まねきをしていた。

 「ぼうや、こっちへいらっしゃい。とってもおもしろいお話を聞かせてあげる」

 貧乏神は、ぼくの背中をポンとたたくと、「あれはオニユリじゃよ。オニユリやアヤメは、おとなの女に化けて、子供に話かけてくることがあるんじゃ」

と言った。はっとして、もう一度ゆかたの女の人をながめてみた。女の人の姿はいない。まだらな黒いはん点をたくさんつけたオニユリが、土手に咲いていた。

 貧乏神は、ホッホッホと口をすぼめて笑っている。ぼくは、また歩きだした。

 「ねえ、きみ、きみ」まただれかがぼくを呼んでいる。今度は、上のほうから声がする。

 「わっ!」 ぼくが見たのは、小枝にすわっている小人だった。小人は、きらきら光る青い服を着て、足には赤いタイツをはいている。

 「ぼくね、はらぺこなんだ。きみ、なにか食べ物を持っていない?川魚が今日はみつからなくて、困っているんだよ」

 小人が川魚なんか食べるんだろうか。首をかしげていると、貧乏神が小人に言った。

 「おい、カワセミ!こどもをからかうんじゃない。おまえの魔法なんか、このわしがといてしまうぞ」

 小人は目をパチパチさせた。次の瞬間には、ぱっと空に舞っていた。いつのまにか、小人は青い小鳥とになっている。

 小鳥は、ぼくたちの頭の上をグルグル回った。しばらくすると、どこかへ飛んでいってしまった。

 それからまた、ぼくは歩きだした。貧乏神は、ぼくの横にぴったりとくっついて、親不孝な息子の話をしている。

 「せがれは、わしの仕事をきらっておるが、こんな楽な仕事はないんじゃ。なにしろ、ここぞと決めた家の古い押し入れや納戸で、ひっそりと暮らしておればいいわけじゃから。金持ちになるばかりが、いいとはかぎらん。この世の中には、わしのような貧乏神も必要なんじゃ。それを、せがれはわかっとらん」

 本当に、勝手なことばかり言う神様だ。ぼくはむっとなって、

 「おじいさんのせいで、迷惑している人がいっぱいいるんだからね。どっかへ消えちまえ!」 とどなり、<海の家>へむかっていっしんに走った。もう貧乏神は、あとをついてこなかった。

<海の家>に着くと、おかあさんが食堂で働いている姿が見えた。タオルを肩にかけて、ふきだす汗をぬぐいながら、カレーライスやオムライスをお客さんに運んでいる。ほくは、氷かき機をおかあさんに渡した。

 「ありがとう。たすかったわ。ラムネでも飲んでいったら」

 「いいよ。すぐに家にもどるよ」

本当はラムネを飲んで、休けいしたかったのだけれど、こんなところでのんびりしている場合じゃない。あのあつかましい貧乏神が家の押し入れで、昼寝の続きをしているかもしれないからだ。

大急ぎで、家に帰った。ドキドキしながら、押し入れをあけてみた。ねずみ色の壁のしみがみえた。そのしみは、貧乏神が着ていた服と同じ色だ。もしかしたら、貧乏神は壁のしみになってしまったんだろうか?

 それ以来、押し入れを時々あけてのぞくようになった。貧乏神の姿はない。ねずみ色のしみも少しずつ薄くなって、冬が来る頃にはすっかり消えてしまった。

 そんなある日、おかあさんがニコニコしながらぼくに言った。

 「おとうさんがね、家に帰ってくるのよ。まとまったお金をかせいだんですって」

 おとうさんが帰ってきてから、おかあさんは健康をとりもどした。来年の春からは、海女の仕事をまたすることになった。やっと、ぼくの家も貧乏とはおさらばだ。バンザイ!

でもあの貧乏神は、どこかの家で押し入れにいすわっているのかもしれない。貧乏神とはいえ、なんとなく憎めないところのあるおじいさんだった。女の人に化けたオニユリや、小人に化けたカワセミを見たのも初めてだった。不思議な夏の思い出として、ぼくの心にずっと残っていた。

 それから何年かたって、高校生になったぼくは、夏休みに<海の家>でアルバイトをすることになった。最初のアルバイトの日、<海の家>に行くと、ねずみ色のヨレヨレのTシャツを着た男の人がいた。ぼくを見ると、その人はニッコリ笑って話しかけてきた

 「やあ、きみもアルバイトの人だろ。ぼくも、ここで働くことになってね。よろしく」

 前歯がかけていた。だれかに似ている。男の人の名前は、タスクといった。タスクは働き者で、どんな仕事でも一生けんめいにした。ぼくたちは、夏のあいだにすっかり仲良しになった。 

 夏休みも今日で終わりという、アルバイト最後の日に、ぼくはタスクに言った。

 「よかったら今夜、ぼくの家に晩ごはん、食べにこない? おかあさんが海でとってきた、あわびやさざえをごちそうするよ」

 タスクは、ちょっと困ったなという顔で、ぼくを見つめた。

 「うーん、行きたいのはヤマヤマなんだけど・・・・。きみの家には、やっぱり押し入れがあるよね。」

 「もちろんあるよ。押し入れがどうかしたの?」

 「押し入れを見ると、ついムラムラっと中に入ってしまいたくなっちゃうんだ。一度入ったら、出てくるのがおっくうになってしまう。なさけない話だけど、やっぱり血は争えないよ」

 タスクは頭をかきながら、歯のぬけた顔でエヘヘと笑った。えっ! きみってもしかしたら・・・・!? ぼくがまだ小学生だった頃の、あの夏のできごとを思い出した。押し入れの中から、ドスンと落っこちてきたおじいさん。

 「わしもせがれがおったんじゃが、あとをつぐのをいやがって、いくえをくらましてしもうた」

 貧乏神のおじいさんのことばが、ぼくの頭の中でクルクル回っていた。