捨て猫の交番 

 ミント

 梅雨もあけ、本当に夏らしい日のこと。ゆみこが学校から帰ると、チロリンの姿が見えない。チロリンは、そろばん塾の帰りに、ゆみこが拾ってきたドラ猫だ。

 ゆみこは、チロリンを庭の隅にある土蔵でこっそり飼っていた。暗くてじめじめしていて、土蔵に入るのは苦手だったけれど。猫嫌いのおばあちゃんに見つからないためだ。

 「チロリン、チロリン」

 ゆみこは家のまわりを捜しまわった。家の裏は畑になっていて、畑仕事をしているおばあちゃんが見えた。

 「ゆみこ、ちょっとこっちへおいで」

 おばあちゃんの声は、怒っている声だとすぐわかった。ゆみこはほっぺをふくらませて、おばあちゃんのところへ行った。

 「黙って、猫を飼っていただろ?犬や猫を飼っちゃ行けないって、前に言ったのは忘れたのかい」

 「おばあちゃん、捨てたんじゃないの!」

 「二度と、このうちに帰ってこれないように遠いとところへ捨ててきたよ」

 「ひどい!おばあちゃんなんか嫌い!!」

 ゆみこは、泣きながら走っていった。涙があとからあとから流れてくる

(こんな時に、お父さんがいたらな)

 ゆみこは、おばあちゃんとふたりっきりで暮らしていた。おかあさんはゆみこがまだ小さい頃、死んでしまっていたし、カメラマンのおとうさんは、遠くに仕事に行っている。

 どっぷりと日が暮れるまで、ゆみこは家に帰らなかった。真っ暗な夜道をトボトボ歩いていると、土蔵のまわりがほんのり明るい。

 「あれっ!?」

 ゆみこはびっくりした。土蔵の入り口に、赤いランプがチカチカ点滅している。ランプは、町の交番の入り口についているのとそっくりだった。看板までかかっている。「捨て猫の交番」と書かれていてた。

 なんだか狐につままれているようで・・・。ボーっとそこにつっ立っていると、土蔵の扉が開いて、帽子をかぶり、ちゃんと制服も着たおまわりさんがでてきた。

 「あっ!おとうさん!!」

 おまわりさんは、ゆみこのおとうさんとおんなじ顔をしている。違っているのはおまわりさんの顔には、猫のひげのようなピンと伸ばしたヒゲが、何本もはえていることだった。

「おじょうちゃん、猫を捜してるんじゃないの?今日、一匹ドラ猫が保護されたけど、この子じゃないかな」

 おまわりさんが、ニコニコしながら抱っこしてきたのはチロリンだった。

 「チロリン!よかったぁー。ずーっと捜してたのよ」

 ゆみこはチロリンをおもいっきり抱きしめた。チロリンは、ゴロゴロのどをならした。

「チロリンというんだね。かわいい名前だ。」このへんをウロウロしていたんだよ。飼い主が見つかって、よかった、よかった」

「あの・・・、ここは『捨て猫の交番』なんですか? 私の家の土蔵じゃないんですか?」。

 「ドゾウ?看板の書いてあるだろう。ここは『捨て猫の交番』だよ」

 おまわりさんの言うとおり、机や椅子、電話まであって、ちゃんとした事務所になっている。ゆみこは夢を見ているんじゃないかと、ほっぺたをつねってみたけど痛かった。

 「ゆみこ、ゆみこ」

 おばあちゃんの声がする。ゆみこはぺコッとおじぎすると、交番を出て家に入った。

 「あのね、あばあちゃん、とっても変なの。

 土蔵が、いつのまにか交番に変わっているの」

 「何を言っているんだか、この子は!こんなに遅くまで帰ってこないなんて。本当に年寄りを心配させるんじゃないよ」

 「あの・・・おばあちゃん、この猫なんだけど。」

 おばあちゃんは、ふうっとため息をついた。

 「しかたないね。ゆみこのとうさんもそうだった。よく捨て猫を拾ってきたよ。あたしゃ、猫は嫌いだから、ゆみこがしっかり世話をすることだね」

 「えっ?飼ってもいいの?」

 ゆみこが弾んだ声で言うと、おばあちゃんは黙ってうなづいた。それから、エプロンのポケットから封筒を取り出して見せた。

 「ほれこれ、とうさんから手紙が届いたんだよ。家に帰って、写真屋を始めるそうだよ」

 「おとうさんが帰ってくるの!?」

 ゆみこは嬉しくて、その夜はよく眠れなかった。朝になって、チロリンを連れてもう一度、捨て猫の交番をのぞいてみた。

 ところが、どうしたことだろう。赤いランプも看板もなくなっている。土蔵の扉を開けてみた。おまわりさんはいなかった。そこは、暗くてじめじめしたいつもの土蔵だった。

 ゆみこは首をかしげた。腕の中にいたチロリンが「ニャーン」と甘えた声で鳴いた。