心を映すコンタクトレンズ

ミントママ


 コンタクトレンズをはめたことのある人なら、きっと経験があるでしょう。
落としてしまったり、こわしたりしてガッカリしたこと。
 この春に中学一年生になったばかりのルミも、
買ったばかりのコンタクトレンズを落としてしまいました。
 「強い風が吹いた時には、気をつけないとポロンと落っこちてしまうんだったわ。
ああ、どうしよう。こんな草むらでは、見つからないかもしれない」
 それでもルミは体をかがめて、草に顔を近づけて一生懸命捜しました。
 「あった!」
 思わず大きな声をあげました。けれどもそれは、
草についた雨のしずくがキラリと光っただけでした。
一時間くらいは捜したでしょうか。ルミは泣きそうになりました。
 「ねぇ、きみきみ」
 声のするほうを見ると、れんげの花の中から小人が出てきました。
真白い帽子をかぶり、虹色の服を着ています。
ルミはびっくりして、目をパチパチさせました。
 「さっきから何か捜してるみたいだけど」
 「コンタクトレンズを落としてしまったの。
それがないと、とても困るのよ。いろんなものがよく見えなくて」
 「ふうん・・・、コンタクトレンズって、どんなかたちをしているの?」
 「まあるくて小さくて、薄いガラスでできた玉みたいなものかな」
 小人はフンフンとうなずきながら、ルミの話を聞いていましたが、れんげの中にまた入っていきました。今度出てきた時には、ピンク色の玉を持っていました。
小人の顔の大きさくらいの玉です。
 「れんげの汁で作ったコンタクトレンズだよ。
これを目の中に入れてごらん」
 ルミはこわごわ小人の言うとおりに、ピンク色の玉を瞳の上にのせてみました。
するとどうしたことか、よく見えるのです。
小人の顔もはっきりみえました。
とび色の瞳をしたかわいい男の子でした。
 「さあ、もう帰ったほうがいいよ。
日が暮れてきた。僕も花のベットでひと休みさ」
 ルミは小人にお礼を言うと、草原を出て家へ帰りました。
仕事から帰ったばかりのお父さんがいました。
 「あっ!お父さんの目!」
 お父さんの瞳がレンズのようになって、そこに映っていたのは桜の木でした。
 「桜、桜が見えるわ」
 「会社の昼休みに、公園へ花見に行ったんだ。
どうしてルミにわかったのかなあ」
 お父さんは、不思議そうに首をかしげました。
弟のタケシが帰ってきました。
タケシは、なんだかうれしそうにニヤニヤしています。
 「なあに、タケシったら。何をにやけてるのよ」
 ルミは、タケシの瞳をのぞいてみました。
瞳に映っていたのは、サッカーボールをキックして、ゴールを決めたタケシの姿でした。
ガッツポーズをしています。
小人のくれたコンタクトレンズには、どうやら不思議な力があるようです。
誰かの瞳を見つめると、その人の心の中を映し出してしまうのです。
それからというもの、ルミはいろいろな人の瞳を見つめるようになりました。
 「お母さん、若草色のスーツ、バッチリ似合っているわよ」
 「まあ、ルミちゃんたらどうしてわかったの。
今日、デパートで買ったこと、あなたにしゃべったかしら」
 お母さんは目をまんまるくしました。
学校でも、友達の心の中が手にとるようにわかりました。
ルミは、クラスメートで好きな男の子がいました。
ちょっぴり無口ですが、心の優しい男の子です。
 (私のことをどう思っているのか知りたいな)
 ある時、男の子の瞳をじっと見つめました。
そこに映っていたのは、ルミではありませんでした。
他の女の子の姿を男の子の瞳に見た時、ルミの心は悲しみでいっぱいになりました。
人の心の中を見てしまうことが、初めてつらく感じられました。
 ルミは、小人と出会った草原へもう一度行ってみました。
小人にコンタクトレンズを返してしまおうと思ったのです。
季節は春から夏に変わりもうれんげは咲いていません。
 「小人さーん、とび色の瞳の小人さーん」
 ルミは、何度も何度も呼んでみました。けれど。
小人は現れませんでした。小人は、れんげの花にしか住めなかったのです。
 あなたがもしも誰かの心の中を見たいと思ったら、れんげの咲いている草原へ行ってみてはどうですか。とび色の瞳の小人と出会えるかもしれません。
「コンタクトレンズを作ってくれませんか」
 小人はきっと、ピンク色の小さな玉をあなたにくれるでしょう。