大きくなったら


ミントママ


 「ぼく、早くおおきくなりたいなぁ」
 おかあさんが、朝ごはんのしたくをしていると、あつくんが言いました。
あつくんの名前は『あつゆき』というのですが、幼稚園のお友達からは、
あつくんと呼ばれています。
 「どうして、おおきくなりたいの?」
 おかあさんが、フレンチトーストを作りながらききました。
 「だって、おとなはおサイフに、いっぱいお金持ってるもん。
ぼくも、お金いっぱい集めたいな。おもちゃ、いーっぱいほしいんだ」
 「おもちゃなら、いっぱい持ってるでしょ」
 「もっともっと、ほしいんだ。おもちゃ屋さんになるんだよ」
 おかあさんは、くすっと笑いました。
 「おかあさんは、大きくなったら何になりたいの?」
 あつくんは、お母さんの瞳を、のぞきこむようにしてたずねました。
 「うーん・・・。おかあさんは、もう大きくなってるし、
これ以上大きくならないのよ」
 大きくなったら・・・。そう、おかあさんも、あつくんくらいの時には、
よくそんなことを考えたものでした。
 『わたしは、大きくなったら、アイスクリーム屋さんになりたいです』
 作文に、そう書いたことがあります。おかあさんは、アイスクリームが大好きでした。
今でも大好きです。だけど、ちょっぴり太りぎみなので甘いものは食べないようにしているのです。
 寝るときに、あつくんはまくらのそばに、大好きなおもちゃをいっぱい並べます。
そして、おかあさんに、絵本を読んでもらいながら眠るのです。
 今夜も、あつくんの寝顔を見ながら、おかあさんは、しあわせな気持ちになりました。
アイスクリーム屋さんにはなれなかったけれど、
あつくんのおかあさんになれただけで、じゅうぶんだと思いました。
 朝になりました。びっくりすることがおこりました。
なんと、おかあさんはおおきなっていたのです!
寝ているあいだに、身長が十五センチも伸びてしまっていました。
パジャマが小さくて、きゅうくつです。
パジャマの上着は、Tシャツみたいになっていましたし、
ズボンは、ショートパンツみたいになっていました。
 「まあ、どうしましょう。こんなに、大きくなっちゃって。着るものがないわ」
 困っていると、あつくんが
 「そんなの、どうってことないよ。お父さんの服を、かりればいいんだよ」と言いました。
おかあさんは、おとうさんのポロシャツとズボンをかりることにしました。
自分と同じ背の高さになった、おかあさんを見て、おとうさんは、首をかしげました。
 「おとなになっても、背が伸びることもあるんだなあ。
あしたも、大きくなっていたら、着るものがなくなってしまうよ」
 「ほんとうねえ。
でも、まあいいわ。その時は、大きな服を、デパートに買いに行くことにするわ」
 いつものように、おとうさんは会社に行き、あつくんは、幼稚園に行きました。
ふたりをおくりだした後で、おかあさんは、いいことを思いつきました。
 「そうだわ!せっかく大きくなったんだから、アイスクリーム屋さんになろう!!」
 あつくんのおもちゃ箱をさがすと、ありました、ありました。
アイスクリームを作るおもちゃです。おもちゃといっても、材料をいれると、ちゃんとしたアイスクリームが作れるんです。おかあさんは、なんだかわくわくしてきました。
アイスクリームパウダー、牛乳、卵をさっそく準備しました。
 (せっかくアイスクリームを作るんだから、お客さんに食べてもらいたいわ
 ねえ)
 さっそくおむかいの奥さんと、おとなりのおばあちゃんに声をかけました。
おむかいの奥さんには、バニラアイスクリームを、おとなりのおばあちゃんには、
まっ茶アイスクリームを作りました。
ふたりとも、とても喜んでくれて「おいしいねえ」と声をそろえて言いました。
 すっかり自信を持ったおかあさんは、
『本日開店・アイスクリーム屋』と書いた旗を、玄関の門のところにあげました。
近所の人がおおぜいやって来て、アイスクリーム屋さんは大はんじょうです。
あつくんは、幼稚園から帰ると、飛びあがって喜びました。
 「すごいや、おかあさん!大きくなって、アイスクリーム屋さんになったんだね」
 幼稚園のお友達や先生もやって来て、アイスクリームを食べました。
夕方になる頃には、アイスクリームの材料がなくなってきました。
 「そろそろ、お店をしめることにしましょう」
 アイスクリームは、一個十円で売りました。
おかあさんはこどもの頃、アイスクリームは一個十円で売っていたのです。
たくさん売れたので、集まった十円玉は、ジャラジャラ音をたてました。
 「うふふふ。本日の売り上げ、九百八十円なり。
あつくんのおもちゃを、一つくらい買えるかな。
ああ、おもしろかった」
 おかあさんは、うれしくてたまりません。
 「いいなあ。おかさんは、大きくなれて。
あしたも、アイスクリーム屋さんになるの?」
 あつくんは、ほんとうにうらやましそうです。
 「あしたも、大きくなっちゃうのかしら・・・。そうそう、おかあさんね、
アイスクリームを作るのにいっしょうけんめいで、ひとつも食べてないのよ。
あつくんも、いっしょに食べましょう」
 おかあさんは、ダイエット中なのも忘れて、ストロベリーアイスクリームを食べました。
あつくんには、チョコミントアイスクリームを作ってあげました。
 その日の夜も、おかあさんはあつくんに、絵本を読んであげました。
読んでいる途中で、あつくんは、スースー寝息をたてました。
あつくんの寝顔を見ていると、あったかい気持ちになります。
 「さあ、わたしも寝ることにしましょう。
今日は小さい頃の夢もかなったし、最高にし・あ・わ・せ!」
 朝になりました。
借りてきていたおとうさんのパジャマが、ダブダブになっています。
おかあさんは、大きくなっていませんでした。
それどころか、背がちぢんで、もとの身長にもどっていたのです。
 「なーんだ。おかあさん、大きくなってないや」
 あつくんは、がっかりしました。
 「よかったじゃないか、あつゆき。
おとうさんより、おおきくなったらどうしょうかと、実はちょっぴり心配していたんだ」
 おとうさんは、ほっとしているようでした。
ふたりをおくりだした後、おかあさんはアイスクリームを作ったおもちゃを、
じっと見つめていました。昨日、大活躍したおもちゃです。
 「べつに大きくならなくたって、アイスクリーム屋さんになれるのよ。
おとなになってからでも、夢はかなうってこと、どうして今まで気づかなかったのかしら」
 おかあさんは、そうつぶやくと、アイスクリームを作るおもちゃを、
そっとおもちゃ箱にしまいました。
それから何日かして、本物のアイスクリームを作る機械を買ったのです。
もっとおいしいアイスクリームを、お客さんに食べてもらおうと、いろいろ勉強しました。
 おかあさんのアイスクリーム屋さんは、もうすぐまた開店します。
いつの日か、あつくんのおもちゃ屋さんが、
アイスクリーム屋さんのとなりに開店したらいいな、とおかあさんは思っています。