夢まくら

ミントのママ

 だれだって夢をみるよね。ぼくもみるよ。こわい夢をみた時なんか、夜中にオシッコに行けなくなっちゃう。そんな時はママを起して、トイレにつきあってもらうんだ。

 「ケンタ、またこわい夢をみたね」

 「うん。すっごくこわい夢。蜘蛛がでっかくなって、ぼくを食べにくるんだ」

 「ふふふ。ケンタの夢の中では、小さな蜘蛛も大きなモンスターに変身しちゃうのね」

 ある日、ぼくはママに聞いてみた。

 「ママもこわい夢をみたりするの?」

 「うーん、そうねえ・・・・。 大人になってからは、あんまりみないわね」

 どうして大人になったら、こわい夢をみる回数が減るのかな。こわいものが、ひとつふたつと減っていくのかもしれない。忙しすぎて、夢をみてもすぐにわすれてしまうのかもしれない。ぼくが大人になるなんて、ずーっと先のことだし、パパに相談してみよう。パパは、真剣にぼくの話を聞いてくれた。

 「なるほど、なるほど。それならいいものがあるよ。夢まくらをして寝るといい」

 「夢まくらってなあに?」

 「ケンタのおじいちゃんが、発明家だったことを話したことがあっただろう。夢まくらはおじいちゃんの発明品で、それをまくらにすると、楽しい夢をみることができるんだ」

  パパも子供の頃は、こわい夢に悩まされていたらしい。死んだおじいちゃんが、そんなパパのために発明したのが夢まくらだという。押し入れをゴソゴソやっていたらママが持ってきたのは、なんだかボロっちいまくらだった。小さくて青くて、まんまるいカタチのまくら。

 「青は地球の色をあらわしている。こわい夢をみると、まくらは音をたてるんだ。グォ―ン、グォ―ンってね。それはブラックホールに、こわい夢が吸いこまれていく音なんだ」

 パパは大まじめで言っていたんだけれど、ぼくは半心半疑だった。おじいちゃんは、自称発明家だった。だけど、発明品が採用されたことは一度もなかった。「猫の会話がわかるウォークマン」だとか、「おねしょを絶対しない魔法のパンツ」だとか変てこな発明品ばかりだったんだから、無理もないか。

 その夜、ぼくはいちおう夢まくらをして寝ることにした。気がつくと、銀色のあみの中にぼくはいた。いや、ちがうぞ。これは銀色のあみなんかじゃない。蜘蛛の巣だ!ぼくの手に足にも蜘蛛の糸が巻きついて、身動きがとれない。

 「おや、まあ。まるまるとして、おいしそうなうなぼうやだこと」

 でっかい蜘蛛が、スルスルと近づいてくる。もうダメだ!と思った次の瞬間、音が聞こえた。グォーン、グォーン。突風が吹いて、蜘蛛も蜘蛛の糸もそしてぼくも、クルクルと回りながら地上に落ちていった。

 いつのまにか、ぼくは銀河の中にいた。ママもいっしょだった。ぼく達は天の川を歩いていた。ママはかごを持っていて、まわりで光っているピンクや青色、黄色といったさまざまな色の星を、ひとつずつかごの中にいれていった。かごをのぞいてみると、あれれ、星がこんぺいとうに変わってる。

 「ケンタは小さい頃、こんぺいとうが好きだったのよ。ママも、このお菓子好き」

 ママはほほえんだ。ぼくはかごの中から、両手いっぱいにこんぺいというをすくった。

 「ケンタくーん」

 なつかしい声がする。女の子が、天の川を渡ってくるのが見えた。

 「きみは・・・・・・サユキちゃん!?」

 幼なじみのサユキちゃんだ。サユキちゃんと、最後に遊んだのはいつだっただろう。お父さんの仕事の都合で、サユキちゃんは突然引っ越していってしまったのだ。

 「サユキちゃんにまた会えてうれしいよ」

 「あたしも。ケンタくんと遊んだ頃、とっても楽しかったな」

 ぼくはあることを思いだして、胸がキュンとなった。サユキちゃんがいじめっ子の男の子達に、泣かされていたことがあったっけ。だけどぼくは、助けてあげなかったんだ。物陰からじっと見ていただけだった。

 「あのね、ぼく、サユキちゃんにあやまらなきゃいけないことがあるんだ。ずっと前、サユキちゃんがいじめられていた時、ぼくは、弱虫だった。なんにも言えなかったんだもん」

 サユキちゃんはニコッと笑った。

 「ケンタくんは弱虫なんかじゃないわ。だって、もうひとりでトイレに行けるでしょ」

 「えっ、トイレ?」

 そうだ!ぼくは今、オシッコがしたい。モーレツにしたい。なんだってこんな大切な時に、オシッコがしたくなるんだろう。

「ママ、ぼく、オシッコちびりそうだよ」

 いつものクセで、ママに言っていた。だけど、そばにいるはずのママの姿が見えない。あせってしまって、掌のこんぺいどうを落っことしてしまった。こんぺいとうは流れ星のように空一面に散らばっていく。

 「わあ、きれい!!」

 サユキちゃんが、思わず声をあげた。

 

 「ケンタったら、四年生にもなっておねしょをするなんて、どーいうことなの」

 あきれた顏のママに起された。

 「しょうがないなあ。『おねしょを絶対しない魔法のパンツ』ってのがあっただろう。ママ、あれを捜して持ってきなさい」

 パパが言った。それからしばらくして、

「ケンタに手紙がきてるわよ」

と、ママが一通の手紙を持ってきた。差出人はサユキちゃんだった。

 「これって、夢の続きをみているんじゃないよね」

 ぼくは風船みたいに胸をふくらませながら、ほっぺをつねっていた。