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「音楽の力」に導かれて

研究年 音楽にかかわってから現在までの歩み 海外を見て聴いて確かめて
1966 高校三年の夏休みのある日・・昼寝をしていました。ふと夢をみました。
竜が二匹空を飛んでいる夢です。・・・私は一生懸命追いかけました。
すると古い門にたどり着きました。竜はそこで見えなくなったのです。
私は探しました。すると・・・なんとその竜はいつの間にか門に絡みついていたのです。「なぁんだこんなところに・・・」と門をくぐって竜をまじまじとみているところで目がさめました。
その話を母親にしました。すると母親は「それは竜門と言ってその門をくぐれば自分の思っていることが何でもかなうのよ・・・あなたの今一番やりたいことをやりなさい。」といいました。私は進学のことで悩んでいましたので・・・考えました。・・・「私の今本当にやりたいことはなんだろう・・」それは歌うことでした。でも進学の準備をしていない私は夢にも音楽大学など考えていませんでした。・・・でも竜門を見たのだから・・・
たったこの夢だけを頼りに自分の進路を決めました。
1967 徳島女子短期大学音楽科入学
中川牧三 松本寛子先生の指導で本格的に音楽の勉強がしたくなったため中途退
学。

1968〜
1972
徳島女子大学(現在の徳島文理大学)音楽部音楽学科声楽専攻入学
松本寛子先生の指導で本格的に音楽の勉強をはじめる。
高校音楽2級 中学校音楽1級免許取得
ヨーロッパ1970
ヨーロッパ1971
1972 新任で名古屋市立松栄小学校へ勤務
NHKコンクール出場予選落ち
CBCこども音楽コンクール優良賞
ヨーロッパ 
シエナキジアーナ王立音楽大学 
中川牧三先生と共にイタリア音楽
協会研修に参加

ジョルジュ ファバレット教授のレッ
スン
1973 NHKコンクール出場予選落ち
CBCこども音楽コンクール優良賞

1974 NHKコンクール出場
名古屋代表愛知県大会二位
CBCこども音楽コンクール優秀賞
中部日本大会出場

1975 結婚
引き続き夢の話です。
ある日昼寝をしていました。どこかでお弁当を食べている夢でした。おにぎりは私の持っている一つだけでした。隣に座っている人がほしそうに見ていました。私はその人と分け合って食べました。夢から覚めてこの話を母親にしました。すると母親が「とてもいい夢をみたのよ。それは一粒万倍といって一緒に食べた人から万倍となってあなたにもどってくるわよ。今結婚したいと思った人がいたらその人とするときっと幸せになれるわよ」と言われました。
1976 出産 育児休業 病気入院
1977 NHKコンクール出場予選落ち
CBCこども音楽コンクール優良賞
1978 出産 育児休業 佛教大通信教育にて小学校免許2級取得
佛教大学 通信教育
このころ私は音楽の教師として自分に何か不足している部分があると気付き始めていました。それが何であるかは分かりませんでしたが、「何はともあれ他教科との関連をもっと勉強しよう。」と思い育児休業を利用して通信教育を始めました。
1979 CBCこども音楽コンクール優秀賞
中部日本大会出場
音楽の授業研究を始める。
「音楽に興味を持ち、自ら進んで活動できる子の育成」
1980 名古屋市立千音寺小学校に転勤
「音楽に興味を持ち、自ら進んで活動できる子の育成」
「リコーダーに挑戦」で論文を出し佳作となる。
NHKコンクール出場予選落ち
CBCこども音楽コンクール優良賞
ブラスバンドを結成名古屋祭りに出場
ブラスバンド
ブラスバンドを結成した理由は、眠っていた楽器が音楽室に転がっていたからです。トランペットが5本位でしたが・・・今まで町の中心部にある学校で大きな音を出すことが出来なかったストレスも手伝いました。音楽好きの理科の先生が古いトランペットを直してくださり、その先生と共にブラスバンドを始めました。
1981 「音楽に興味を持ち、自ら進んで活動できる子の育成」の論文
で教育派遣員となる。
NHKコンクール出場予選落ち
CBCこども音楽コンクール優良賞。
組合教研で発表
「タイム・パネル授業の試み」
音楽専科の私には、自分の持ち時間内で自分が伝えたいこと、子ども達に身に付けてもらいたいことを効率よく学習させなければなりません。そのために考えたのが、年間子ども達に身に付けていってほしい事柄を縦割りにして、それぞれの到達目標を決めパネル化しました。一時間の授業で今日はこのパネルとこのパネル・・・という風に授業内容を書いたカードをはじめにおくのです。子ども達はそれを見てどんどん授業を進めていく・・・・。これを研究授業で発表した時は「授業が忙しすぎる」や「効率的にはいいが音楽性を身に付けさせるには授業展開があまりにも奇抜すぎる。」との批判を受けました。
名古屋祭りに出場
バスケット部顧問になり合唱・ブラス・バスケットを駆けずり回る。
1982 音楽専科教員を打ち切られ普通担任となる。5年担任
「音楽の合同授業の試み」で論文提出
音楽をたくさんの子ども達に伝達したい苦肉の策で、3クラスを三人の先生で音楽をすることにしました。一人の先生はどちらかというと音楽の苦手の先生でしたので・・・子ども達が音楽の授業に臨む態度を中心にみていただきました。もう一人の若い先生は音楽好きで、ギターがうまく・・・子ども達にギターで伴奏をしてあげたり、作曲したものをギターで伴奏付けをしたりしていただきました。私は音楽全体を通しての企画運営をしました。今思うとTTというのはこのころから私達は始めていたんだ・・・と・・・
名古屋祭りに出場
NHKコンクール出場予選落ち
CBCこども音楽コンクール優良賞
1983 6年担任
「行事の曲作り」で運動会の歌や、卒業の歌を創作して卒業式をする。
NHKコンクール出場予選落ち
CBCこども音楽コンクール優良賞
バスケット中川区ベスト8
転勤を決意
このころ中学校はとても荒れていました。5・6年と担任をしてみて今目の前の子ども達が中学へ行くとどうして荒れてしまうのだろう・・・私も中学に赴任してその実態を知りたい。という理由と・・・変声期を過ぎた男性の声が入った混声合唱を手がけてみたい。この二つの理由で中学校へ赴任することを決意しました。
1984 名古屋市立大高中学校へ転勤

合唱部を結成
CBCこども音楽コンクール優秀賞
中部日本大会出場
1985 「音楽に興味を持ち、自ら進んで活動できる子の育成」
生徒の勧めでシンセサイザーやコンピュータミュージックを始める。
コンピュータミュージックとの出会い。
授業の試みとして・・・授業の始めの5分ぐらいを「ミニ・コンサート」と題して自由に自分を表現できる場を作っていました。ある日・・・どちらかというと不登校気味の彼がパソコンを持ってきて音楽を紹介したのです。テレビではちょうどTMネットワークとかが活躍していて、パソコンの音楽が流行り始めていたころです。この生徒も合唱部に入ってきてその仲間達も工業高校に進み、それが専門になったため卒業後もDTMのセットの仕方等を教えてもらいました。私が始めてDTMにはまった記念すべき年です。
NHKコンクール出場予選落ち
CBCこども音楽コンクール優良賞
1986 「音楽に興味を持ち、自ら進んで活動できる子の育成」
NHKコンクール出場予選落ち
CBCこども音楽コンクール優良賞
転勤を決意
大高中学校はとても素晴らしい生徒に恵まれた学校でした。しかし、コンピュー
タミュージックにはまってしまった私は、これをもっと知りたい、教育に導入たい
という希望が強くなりました。でも、音楽の授業に対してロックなんか入れるこ
とは生徒を不良にしてしまうのでは・・・と・・・。新しい音楽に対して非常に抵抗
する先生方に囲まれていたため、(中には応援してくださる先生もいました
が・・・)これ以上前に進むことは出来ない・・・と考え、自分の勉強もできるよう
な通勤時間、進路・・進路・・・とあせらないようなのんびりとした環境を求めて
転勤を決意しました。
ニューカレドニア・・・
 ヌーメア マレー島
1987 名古屋市立供米田中学校に転勤
「音楽に興味を持ち、自ら進んで活動できる子の育成」
合唱部・バンド部を結成
NHKコンクール出場予選落ち
CBCこども音楽コンクール優良賞
「コンピュータを取り入れた音楽の授業」研究会で発表 無視された。
カナダ・・・
バンクーバー トロント ビクトリア
カナディアンロッキー ナイアガラ
カルガリー バンフ  
1988 「音楽に興味を持ち、自ら進んで活動できる子の育成」
「DTMを活用した音楽教育」で発表 やはり無視された。
コーラスバンド部を結成
中国 上海・北京
1989 「音楽に興味を持ち、自ら進んで活動できる子の育成」
「DTMを活用した音楽教育」で発表 ちょっと興味のある人がでてきた。

1990 「音楽に興味を持ち、自ら進んで活動できる子の育成」
「DTMを活用した音楽教育」で発表 状況は進まなかった。
 名古屋市教育委員会B委託を受ける。

1991 「音楽に興味を持ち、自ら進んで活動できる子の育成」
「DTMを活用した音楽教育」で発表 
名古屋市教育委員会B委託で発表 音楽科の校長からコンピュータで音楽なんかで
きるか・・・と非難の手紙をいただく。

事例集ローランドVo3

1992 「音楽に興味を持ち、自ら進んで活動できる子の育成」
「DTMを活用した音楽教育」で発表
愛知県教育派遣の論文が通り、イギリスへ派遣される。
佛教大通信教育にて中学校英語免許2級取得。
英語免許
なぜ英語免許を取得したかというと、教育派遣員になるためには英会話が出来
なければならないと要綱に書いてありました。そこで、英会話教室に通おうと費
用を聞いたら五十万近くかかるとのこと・・・・英会話は忘れてしまえば何も残ら
ないが、教員免許は残るし、勉強する費用が五分の一ですむ・・・という理由で
とりました。
ヨーロッパ
フランクフルト イギリス パリ(愛知
県教育派遣でイギリスの教育事情
を視察する。)
1993 「音楽に興味を持ち、自ら進んで活動できる子の育成」
「DTMを活用した音楽教育」で発表
音楽の授業と1年の英語教育を担当

1994 「音楽に興味を持ち、自ら進んで活動できる子の育成」
「DTMを活用した音楽教育」で発表
音楽の授業と2年の英語教育を担当
「生き生きスクール」に応募して2,000万の予算でDTMシステムが放送室から
使えて野外ステージでライブミュージックができるようになる。
オーストラリア
シドニー・・・ホームステイ
1995 「音楽に興味を持ち、自ら進んで活動できる子の育成」
「DTMを活用した音楽教育」で発表
音楽の授業と3年の英語教育を担当
バンド活動に重点をおいて野外ステージを利用したライブを実践。
小学校に転勤決意
小学校12年、中学校12年と経験してきた私は日に日に広がるインターネットに
興味を持ち始めました。インターネットで世界中の人と、音楽交流できるように
なれば素晴らしいなぁー・・・・でも・・・今の中学校で音楽でコンピュータを独占
することはできない・・・小学校ならばまだ脈はありそう・・・小学校へ行こ
う・・・・と決意しました。
ヨーロッパ
ウィーン ザルツブルグ ミューヘン
フランクフルト
作曲家の足跡をたどって 
1996 名古屋市立長須賀小学校に転勤
「音楽に興味を持ち、自ら進んで活動できる子の育成」
「DTMを活用した音楽教育」で教育研究大会(区、県)で発表
ブラスバンドで名古屋祭り出場
佛教大通信教育にて小学校免許1種取得。
ヨーロッパ
パリ ブリュセル ルクセンブルグ
作曲家の足跡をたどって
1997 「音楽に興味を持ち、自ら進んで活動できる子の育成」
「DTMを活用した音楽教育」教育研究大会(区、県)で発表で発表
部活動「ミュージカル部」結成。
ミュージカル部結成のきっかけ
音楽専科で子ども達を客観的に見ていると、子ども達が息をつけるところが学
校にも家庭にもないなぁー・・・子ども達が自由に選択できて・・・自由に発想し
たことを実現出来る場を作ってあげよう。@いつきてもいいA自分のしたいこと
をする。Bプレッシャーをかけない。ミュージカル部を結成しました。
ヨーロッパ
イタリア 
クリスマスの教会音楽を聴きに
1998 名古屋市教育委員会促進プランに「音楽を通して、世界の子どもたちと手をつ
なごう」「音楽室から発信」で応募500万でピアノ、DTMシステム・インターネッ
トやテレビ電話を設置。ホームページを立ち上げる。

名古屋市教育センター支援で3万円の研究補助を受ける。
ヨーロッパ
スペインの音楽をたずねて
1999 「音楽を通して、世界の子どもたちと手をつなごう」
「音楽室から発信」
「音楽を通してコミュニケーション能力を育てよう」
名古屋市教育センター支援で4,5万円の研究補助を受ける。
マイクロソフトの支援でシカゴの情報展示会場を視察
ミュージカル部創作ラップミュージカル「ジンデレラ」名古屋市市民会館で公演。
アメリカ
シカゴ
メディア研究のため(マイクロソフト
社の研究派遣)
2000 第3次補正予算の「先進的情報教育ネットワーク」に応募しモデル校となる。
名古屋市教育センター支援で17万の研究補助を受ける。徳島文理大学文学部コミュ
ニケーション学科で実地研修。音楽の授業のためのデータベース制作。

マイクロソフトの教員支援に応募一年間支援を受ける。
シアトルのマイクロソフト本社にてアメリカの情報教育の実態を研修。
ミュージカル部「小さな村の小さなお話」現代教育新聞チームワーク賞
中国 世界遺産黄山
中国の文学をたずねて
アメリカ 
シアトル(マイクロソフト社の研究派
遣)
2001 NECAで最終審査に残る。
「音楽を通して、世界の子どもたちと手をつなごう」
「音楽室から発信」
「音楽を通してコミュニケーション能力を育てよう」
平成13年度名古屋市立学校教育研究推進事業の共同研究支援の補助金20万円を
頂いて、一年間校内の先生方5名の代表として研究発表(2月)。研究主題は「子ども
達にネット社会の仮想体験をさせよう」


シカゴで開かれるNECCにリサーチャーとして参加。
NHK大河ドラマ「北条時宗」のテーマ音楽に興味を持ちました。あのような声でなぜ歌
うのか自分の肌で感じたいと思いモンゴルを訪問することにしました。

ミュージカル部「小さな村の小さなお話」現代教育新聞プロセス賞
ヨーロッパ
ウィーン ブタペスト プラハ
アメリカ(NECAの研究派遣補
助)


シカゴ

モンゴル・北京・天津
2002 「21世紀未来基金」90万円を頂いて「絵の中に飛び込もう!そして,アニメと一
緒にミュージカル」のプロジェクトに取り組む。(2002.1〜2003.3)

JAPET夏のIT研修の音楽講師担当・・・



ヨーロッパ
イギリス フランス スイス ベルギ

マレーシア 
ペナン島 クアランプール
2003 第10回 iEARN国際会議で「音楽を通して世界の先生方と手を繋ごう」と思い,7/24,
25日ワークショップを開く予定です。

ワークショップのテーマは「日本の音楽に触れてみませんか。」です。

音楽の15年度のテーマは
「子どもたちでつくる オリジナル ミュージック ポートフォリオ」です。
平成15年度名古屋市立学校教育研究推進事業の個人研究支援の補助金45.000円
を頂いて、一年間研究をします。



ただ今算数TTの指導法の研究もしています。平成15年度名古屋市立学校教育
研究パイロット事業
(400万円)に応募しましたが,残念ながら採用されませんでした。
従って15年度は小さい規模で実施をしています。

テーマ「算数学力向上のための新しい学習スタイルを求めて
サブタイトル「学年とPC教室をトライアングルに結ぶ学力向上算数
教室」


全日本音楽研究会東海・北陸 名古屋大会が開かれました。そのCD制作に全面協
力をしました。

「キューブ活用コンテスト」で「審査賞」を頂きました。
子どもたちには「学校賞」を頂きました。
活用の内容が載っています。

イタリアフレンツェの楽譜屋さんにイタリア歌曲の楽譜を買いにいったとき,お店の人
に「南と北とでは音楽が全然違うんだ」というお話を聞いて,ナポリやソレント,カプリ島
には行ったことがあったのですが,その頃のことをあまり思い出せません。そこで,ど
のように違うのかもう一度肌で感じたいとその時思いました。次の日すぐにでも行きた
かったのですが,時間がなくやっと今回主人と二男と私で訪れることができました。い
まいち音楽に浸ることはできませんでしたが,何となく北と南の文化や気候風土の違
いを感じました。もっと時間をかけて訪れた場所の研究をしたいと思っています。




























ヨーロッパ
南イタリア
シチリア島
 パレルモ
アグリジェント
タオルミーナ
アルベロベッロナポリ
カプリ島
2004 ☆音楽療法士になろう・・・音楽療法士になろうと思い,療法士の基礎資格を大学で取得しようと考えました。そこで,まず資格の取れる大学の近くの学校へ・・・と転勤願いを出し,転勤しましたが大学ははるか遠く・・・おまけに授業は満タンなので休暇を取って講義に出ることもできず・・・「せっかく志したのに・・・」と思いました。「何とか勉強する手はないか・・・」そこで,勤務校となった柳小学校の障害児学級の音楽を1時間だけ無理やりやらせてもらうことにしました。

☆JEARN「防災世界子ども会議」に参加しよう・・・・・一方,年度当初柳小学校の職員会で「国際交流をどうしたらいいか」という話があり,私はJEARNの話をしました。JEARNのホームページを見て5年の先生方が「テディーベアの交流みたいなのがしたい」と言ってきました。私は1万円の会費を払って会員登録をし,淡路の世界大会以来ご無沙汰していたJEARNの総会に兵庫県の灘にあるJAICAに事務があるJEARNまで出向きました。その後,もう一度会がありました。そこで,「防災世界子ども会議」を成功させるためのワークショップがありました。そのワークショップで「防災頭巾」を提案したらそれが話題になりました。また,「和太鼓で大会最後をしめくくる」の提案も話題になりました。その話題に対して,三重の先生が早速「防災頭巾をかぶった防災くまちゃんを作ってWeb上に発表しました。和太鼓は鈴木楽器が20台貸してくれることになりました。・・・もう抜けられなくなりました。最後の発表の時だけ手伝うということでプロジェクトを手伝うことになりました。どうせ手伝うのなら柳小学校も参加すすればいいのに・・と提案書を校長に提出しましたが1週間ぐらいして「却下」されてしまいました。席がとなりの6年生担当の先生に「防災プロジェクト」の話をしたら「やりましょう」といってくださいました。5年の世界交流に興味のある先生方も「やってみんとわからん・・・やりましょう・・先生指示出してください。何でもやりますから・・・」といって下さいました。6年の後2人の先生方も「指示してくださいやりますから・・・」こうして9月1日「防災世界こども会議2005年」プロジェクトがスタートしました。
プロジェクトは無事終了しました。
はっきり言って苦しいぐらい忙しく,そして,楽しい実践の取り組みでした。
最後の「防災世界子ども会議」の夢舞台国際会議場での発表は私が総プロデュースしました。一生の内にこんな機会は絶対ないだろうと頑張りました。色々な人との出会い!素晴らしかったです。自分のホームページが更新できなかったのが残念でした。
2005 国際交流部発足
「愛・地球博」のイベントで「防災教育を通したICT国際交流」「防災ポストベアの冒険」
で昨年度の実践をミュージカルタッチで発表するために国際交流部を発足させまし
た。8月27日(土)


「防災世界子ども会議2006in台湾」に参加
9月1日から昨年度に引き続き「防災世界子ども会議2006in台湾」に参加するために
10月からは「NDYS情報部!」を発足させ,文部科学省の居場所づくり100校プロジェ
クト「パソコン子どもフォーラム」とドッキングさせ,台湾発表を目指します。

ヨーロッパ
交流校やユネスコをたずねて
音楽家の足跡をたずねて
ウイーン,アイゼンシュタット,グラー
ツ,スロバキア(コシツェの交流
校),パリ(ユネスコ),チェコ(プラハ
の交流校),チェスキークルムロフ,
ザルツブルグ,リンツ
2006



へのリンク
台湾発表は無事終了しました。お土産として2007年の「防災世界子ども会議」を名古
屋で開催させることを引き受けてきました。その理由は本校の児童全員に「防災世界
子ども会議に参加」体験を味わってもらいたかったからです。この会議にはじめから参
加している学校は名古屋では本校だけです。これを機会に,「防災教育を通して,ICT
国際交流」を名古屋にも広げてゆきたいと思っています。
台湾
「防災世界子ども会議2006in台湾」
の会議に柳小学校の6年生2人と栄
養士の中村先生と共に参加しまし
た。バスで台湾を横断。台湾中部
の地震の被災地も見学をしました。


2006年4月から,4年生の担任になりました。
その理由は,中日新聞の1月中旬に記載された記事の中に「3年たっても担任を持たない先生はダメ先生!」と書いてあったためです。まだまだ現職であり続けたいと思っている矢先の記事でしたので,色々な仕事を抱えているにも関わらず,「私担任しま〜す。」と手を挙げてしまいました。
私の抱えている仕事・・・@学年主任であること A合唱部を結成し,NHK全国学校コンクールに出場すること。(7月30日)B文部科学省「居場所づくり」インターネットフォーラムと,同じくビデオフォーラムを授業後活動すること。(8月〜3月)Cちゅうでん教育助成金25万円で「防災教育を通して,ICT国際交流」の活動実践をする。(4月〜3月)D名古屋市と,愛知県で教師と保護者を対象とした,組合の教育研究発表をする。(10月7日名古屋大会教育館講堂・21日名古屋市国際会議場白鳥ホール)E「防災世界子ども会議inあいち」の実行委員長なので,子どもの国際会議ができるように準備委員会を発足しないといけないのです。
オランダ「iEARNオランダ国際会議2006」に4年生の子どもたちを連れて参加しました。
最終日にフランスのユネスコ本部で子どもは「国連防災子ども大使」として,スイスの
ダボスで開かれる「国連防災2006inダボス」に招待され,防災会議の報告を「ユネス
コ特別ゲスト」として,舞台発表することになりました。(6月30日〜7月9日)


スイスのダボスで開かれる「国連防災2006inダボス」に招待され,防災会議の報告を
「ユネスコ特別ゲスト」として,舞台発表することになり,子どもたちとフィンランド航空
でヘルシンキへ,そして,チューリッヒ,ダボス,チューリッヒ・・・と忙しい旅でした。(8
月24日〜8月31日)

毎日新聞「ぼうさい甲子園」奨励賞を頂きました。
ヨーロッパ(アイアーンオランダ
国際会議に参加発表)

アムステルダム
エンセヘデ
フランス(パリ)

ヘルシンキ・スイス(「国連防災
2006inダボス」に参加発表)

ヘルシンキ
チューリッヒ
ダボス
2007 4月NDYS&合唱部発足!
文部科学省の「学校居場所作り」の2つのフォーラムが修了し,今まで入っていなかった子ども達がもっと続けてほしい!と訴えてきました。
そこで,この部活動が発足したわけです。
コンピュータ操作になれ,「防災教育を通したICT国際交流」をする部活であり,朝はみんなで合唱を楽しむために早朝より大きな声で歌っています。
●主な活動報告:
・通常の活動:朝合唱部
・放課後:コンピュータ室にてマルチメディア創作と,ICTを使った国際交流。
・アメリカの小学生とテディベア交流
・「防災世界子ども会議2007inあいち」に参加5月
・神戸学院大学で「避難所体験学習 やれ場」に参加10月
・「食育フェスタ2007」港国際会議場に参加10月
・コモンビートのミュージカル観賞<招待>12月
・2008年1月10日校内発表会
・2008年1月26日文部科学省 「地域の防犯マップづくり」に参加
・キューブコンテストに作品応募


「防災世界子ども会議2007inあいち」
5月3日〜5日(愛知県美浜少年の家)を開催しました。
愛知会議は無事修了しました。
世界の子どもたちはもとより,本校の児童や保護者,卒業生が参加し私が願った「小学生からの国際会議参加」が少し実現しました。参加の子どもたちは英語の必要性を感じ,今から取り組みたいという意欲に燃えています。私もその必要性を痛感しました。
2008年はトリニダードトバゴで開催されます。今度はテレビ会議で参加したいと思います。詳しくは・・・こちら。。。

「防災世界子ども会議」後は「環境防災」に取り組んでいます。

毎日新聞「ぼうさい甲子園」再び奨励賞を頂きました。2008年1月
2008 教員最後の年でしたが,4年生の担任になってしまいました。それなのに,何と!足の手術をする羽目となってしまいました。
「頚骨高部骨切り術」・・・おかげで半年間休んでしまいました。
計画していた国際会議や,国際交流の扉は全部閉められました。

新たに出来るようになったことは・・・教員になってはじめて身体が動かない生活を送り,車椅子と松葉杖での走行が大変うまくなりました。ちょっとした段差や,手すりがどんなに大切な意味を持っているのか体験してみてよく分かりました。

そんな時,大正琴協会の理事の方が,「大正琴演奏会のDVD」をたくさん送ってくださいました。
私は,大正琴は知っていましたが,弾いたことも触ったこともありませんでした。
大正琴の知識はまったくなく,名古屋が発祥の地でありながら,子どもたちに知らせることもしていないことに恥ずかしさを覚えました。

私は,退職後は,トワイライトの先生になろうかと考えていましたが,急遽進路を変更しました。
今年から音楽専科非常勤講師が新たに位置づけられたので,「今からでも遅くない。最後の仕事として名古屋発祥の大正琴を名古屋市の子どもたちに教えていこう。」

無事,退職いたしました。
37年間楽しい教員生活でした。
関係の皆様・・・本当にありがとうございました。
そして,今後も応援のほどよろしくお願いいたします。
2009 還暦を迎えました。
今年からはバタバタせずに,1つずつやりたいことをやっていくつもりです。
時の流れに逆らわず,いままで培ってきた経験を生かして「やってすっきりすること」をやってゆく
のがいいのかなぁー。。。と思っています。
今年は,音楽専科として戸田小学校で週26時間子どもたちと音楽を楽しんでいます。
また,昨年やろうと決めた「大正琴の普及活動」も出来る限りでやってゆきたいと思っていま
す。
7月4日(土)「ひょうご子どもサミット」でブラジル,ペルー,ベトナム,中国,韓国の子どもた
ちに,大正琴のワークショップを開きました。
戸田小学校では,10月〜12月まで3年以上6年生までの全クラスで大正琴の授業をし
ました大正琴を通して,地域や,環境,防災についても学習をしていってもらおうと思ってい
ます。
大正琴の授業は思ったよりも大好評でした。でも,環境や,防災についての学習は,朝日
新聞「地球教室」のテキストとアースゲームを使って,授業実践しました。
スペイン・ポルトガル<9月>
「夫婦でお仕事卒業旅行」
バルセロナ,バレンシア,クエンカ,マド
リード,トレド,ラ・マンチャ地方,コスエ
グラ,メスキータ,グラナダ,ミハス,セビ
リア,エボラ,リスボン,シントラ,ロカ岬
<ヨーロッパ大陸最西端の地到達証
明書を取得>   

エジプト<12月>
「夫婦でお仕事卒業旅行第二弾!」
ルクソール,アブシンベル,アスワン,ア
レキサンドリア,カイロ
2010 今年はどんな年になるかなぁ。。。?
まずは,3月26日に「頚骨高位骨切り術」の手術の時にボルトと添え金を入れてあるのを取り除きました。今年度は豊治小学校です。今年からまたアイアーンで活動することになりました。「大正琴プロジェクト」のいよいよ海外での活動です。5月15日ジェイアーンの総会で「大正琴プロジェクト 3つの楽しみ」のプレゼンをしました。次は7月12日から1週間アイアーン国際会議でのワークショップが無事終わり,3台の大正琴は現在,アメリカ,カナダ,ヨルダンの学校を訪問しています。
11月27日東京でアイアーン国際会議カナダ報告会がありました。
私は,会議に出席して一番感じたことを発表しました。それは,予算を確保しないと何もできないということです。パンフレットの一番最後に書いてある「今後実現したいこと」を会場で伝えました。詳しくは・・・<大正琴プロジェクトパンフレット
カナダ トロント バリ<7月>iEARN国際会議に出席,発表,ワークショップを開く。
北イタリア <12月>
「主人に北イタリアの良さを満喫させるための旅行」※これは,私のボランティア活動
ミラノ ベローナ ベネチア フィレンツェ ピサ チビタ・ディ・バニョレージョ ローマ ティヴォリ<Villa d' Este>
2011 豊治小学校で久しぶりに卒業式のピアノを弾かせていただきました。
頭の体操になっていいですね。昨年に引き続き,無事,病気で休むことは1度もなく楽しく音楽の授業を終えることができました。
豊治小学校のみなさん!ありがとうございました。
23年度は本陣小学校,亀島小学校,則武小学校が1つに統合された学校で,その頭文字を一つずつとって名前を付けた「ほのか」小学校へ音楽専科講師として配属されました。
音楽室の設備は抜群です。私がいままで苦労をして機材を運んでいたものは,すべてそろっているのでとても楽しいです。
ここでも,赴任する前に校長先生にお願いをして,大正琴を紹介する音楽の授業を実践させていただけることになりました。それどころか・・・授業の発展学習として,5・6年の希望者に,大正琴をより発展的に指導することができるようになりました。9月から3月までです。
同時に,発展学習として5・6年の算数も指導することになりました。
私は,2003年に算数学力向上のための新しい学習スタイルを求めて サブタイトル「学年とPC教室をトライアングルに結ぶ学力向上算数教室」の研究をしていたことがあります。また,面白い授業が考えられるといいな・・・
幸い,色々な研究所や大学から「支援するよ」といってくださっているので工夫していきたいと思っています。
6月6日大正琴プロジェクトの拠点を,名古屋に置こうと考え,JICA中部の市民活動室の団体登録をしました。そのため,我が家が「JEARN中部センター」となりました。私が,センター代表です。・・・JEARNの理事にもなってしまいました。とうとう避けられませんでしたね。成り行きです。やりたいことがあると,人間弱いものですね。はぁ〜・・・

7月14日から23日まで,iEARN台湾国際会議で,昨年の報告と,ワークショップを開催しました。下のビデオは,その様子です。今年は,交流校も増え,忙しくなります。
http://www.youtube.com/watch?v=SYDFd9kDWIc&feature=related
11月1日〜7日まで韓国で高校生たちの日韓交流についていきました。
韓国の生徒たちは、まじめで夜11時まで学校で補習を熱心に受けている姿はこれからのアジアを背負う姿勢そのものでした。日本の生徒も日本だけにとどまっているのではなく、もっと外の世界に踏み込んで行ってほしい限りです。
12月6日に長男に男の子が・・・初孫です。





























台湾 台北・高雄
iEARN国際会議に出席,発表,ワークショップを開く。
韓国 ソウル、群山、城南
韓国高校生交流事業1週間韓国の学校生活や、文化に触れる機会を得ました
2012 ほのか小学校では、大正琴、算数と音楽以外のことでもお手伝いができて楽しかったです。卒業式には5曲ピアノ演奏をさせていただきました。
4月13日からは、名古屋市立春田小学校で4・5・6年生と、さくら組の音楽を受け持つことになりました。
人材バンクに問い合わせたところ、退職者の人数が多いので、65歳で打ち切りになるそうです。いよいよ教壇に立つ最後の年・・・・何か面白い授業の試みができるといいです。

国際交流の大正琴プロジェクトは、7月17日から26日までセルビアのベオグラードで国際会議と大正琴のワークショップを開催する予定で4月から準備を始めました。
これもどうなることでしょう・・・・