五色のドロップ


 カナは、家の前でなわとびをしていた。
 おとなりのおばあちゃんが見ていて「じょうずだねぇ」と手をたたいた。
「とってもじょうずだから、いいものあげるよ」
 そういって、カナにドロップをくれた。
 五色のドロップの絵が、かいてある小さなビニールぶくろ。
「五こしか入ってないの。でもこれはとくべつなドロップよ」
 おばあちゃんは、ふくろにかいてあるドロップの絵を、ひとつひとつ指さして言った。
「イライラした時は、青いドロップをなめるといいの。たいくつな時は黄色、元気が出ないときは赤色ね。つかれた時はみどり、かなしい時は白色よ」
「まちがえたら、どうなるの?」
 カナはぜんぶおぼえられそうになかったので、しんぱいになった。
 おばあちゃんはふふっと、わらった。
「まちがえても、だいじょうぶ。でもそのとおりになめてみると、ずっとたのしいわよ」

                                      一

 おばあちゃんが行ってしまったので、カナはふくろを開けてみた。中をのぞくと、ほんとうに五こだけ入っている。
「なわとびあきたし、ためしてみよう。なに色にしようかな」
 ふくろにゆびを入れて、黄色いのをとり出した。
 口の中にほうりこむと、パイナップルのあじがした。

*黄色
 ブンカブンカブンカッチャ
 にぎやかな音楽が聞こえてきた。
「なんだろう。せんでんの車かな」
 なわとびをおいて、カナは音のするほうに走って行った。
 広いとおりに出ると、おそろいの服を着た楽隊がいた。
 十人ほどの楽隊の人たちは、ピカピカにみがいた楽器をかかえて、ブンカブンカブンカッチャと通りすぎて行く。
「わっ、おもしろい」

                                    二

 カナは、あとをおっかけた。
「これが重くてな」
 カナを見て、大ダイコのおじさんはタイコをさすった。
 いやっ、ちがった。タイコじゃない。それはおじさんのおなかだった。
「おなかを、たたいてたの?」
 ドドンドンドン ドドドンドドン
「世界のどのタイコにもまけんぞ。いい音だろう」
 ブンカブンカブンカッチャ
「いかん、おくれてしまう」
 おじさんは大あわてで、楽隊のあとをおいかけた。
 カナもすぐにおいかけたのに、楽隊はどこにも見あたらない。
 でも耳をすますとどこからか、聞こえてくる。
 ブンカブンカブンカッチャ
カナは走っては耳をすまし、また走っては耳をすました。そのうちへんな音がまじって聞こえてきた。
 ペッペッペッペッ ペペッ ペッ

                                    三

 トランペットのお兄さんだった。
「どうしたの?」
「大ダイコさんが、あんまりすごいいきおいで走るもんだからさ」
 ペッペッペッ ペペッ ペッ
 トランペットをくわえたまま、お兄さんはうつむいている。
「ほこりが中に入っちゃったのさ
」 「はずしてそうじすればいいのに」
「何をどうやってはずすのさ」
 お兄さんが顔を上げたのをみると、トランペットを、くわえているのではなかった。それは長くのびた口だった。
 カナがびっくりしすぎてアッもエッも言えないでいると、お兄さんはプッとふき出した。
 そのとたんに、トランペットみたいな口の先から、さくらの花びらが一枚飛んで出た。
 お兄さんはすっかりよろこんだ。
「君のおかげだね。おれいといっちゃなんだけど、君は楽隊がすきらしいから、なかまに入れてあげる」
「でもわたし楽器がないもの」

                                    四

「君にはバトンをしてもらう」
 お兄さんは右手をむねの前に持ってきて、それを上下にクイックイッとふった。
「ほら、まねをしてみなよ」
 バトンもないのに、と思いながらカナはお兄さんのまねをした。
 すると目の前で、赤いふさがユサユサゆれた。
 おどろいてよくよく見ると、右手の親ゆびが長くのびて、バトンになっていた。
   カナとお兄さんは楽隊に追いついて、いろんなマーチをえんそうして歩いた。
 あんまり楽しかったので、気づいた時にはずいぶん遠くまで来ていた。
 もうお日さまがしずみかけている。
 たいへん!
 カナが家に帰ると、お母さんはおこっていた。
「こんな時間まで、どこに行っていたの」
 カナがごめんとあやまる前に、お母さんは大きな声で言った。
「ごめんなさいも言えないの?」
「今、言うところだったの」

                                    五

「外から帰ってきたら、手をあらわなくちゃだめでしょ」
 カナが洗面所に行こうとしたら、「人の話はさいごまで聞きなさい」と、お母さんはおこった。
「イライラする時は青色だったかな」
 カナはふくろから、青色のドロップを出した。
「お母さん、これおいしいよ。なめてみて」
見上げるとおこっていたはずのお母さんは、かなしい顔をしていた。
 カナはさし出した手を引っこめた。
 白いドロップの方がよかったのかな、と思ったからだ。
 でもお母さんは、そんなカナを見てニコニコした。
「いいのよ。カナがなめなさい」
 お母さんはカナの手から、青いドロップをつまみとって、カナの口に入れた。
「あっ、ソーダー味だ」

*青色
 ツプツプツプと、小さなアワがどこからかわいて出て、カナの体のまわりをとりかこんだ。こそばゆい。

                                    六

 アワがどんどんふえてきた
。  シュワシュワシュワー
 まわりが見えないくらい、アワだらけになった。アワが上へ登ってはじけてきえるたびに、カナの体はかるくなってきて、フワッとういた。
   目の前を大きな魚が通りすぎたので、水の中だと、カナは思った。アワがへってきて、まわりが見えだした。
 イカが泳いでいくのが見えた。
「ここは海?」
 スーパーで売られているイカは、グニャグニャで気持ち悪くて、カナはすきじゃない。 でも泳いでいるイカは、とてもきれいだ。
 体はすき通っているようで、長い足はドレスのすそのようにひらひらしている。
「イカさん、もっと見てたーい」
 だのに体はまだどんどん上へ登っていく。 とうとう海をスポッとぬけ出て、空にむかってまだ登っていく。
「おばあちゃんは、まちがってなめてもだいじょうぶ、と言ったよね」
 でも止まりたいのに止まれないのは、イライラしてないのになめたせいかも、とカナは思った。
 とちゅうで、カモメにぶつかりそうになった。

                                    七

「どこへ行くの?」と聞かれたけれど、返事するまもなかった。
 カナはもっともっと高く登った。
 ほんのひとかかえほどの、小さい雲に出会った。雲は「まって」とカナをとめた。
「お願い、ぼくをつれてって」
「どこへ行くのか、私にも分らないのに?」
「ここのま上でいいんだ。そこに母さんがいるから」
 カナはその雲をかかえた。
「あんたこんなにかるいのに、どうして一人で登っていけないの」
「きっとぼくが母さんに、まだ『ごめん』と言えないから」
  小さな雲が、カナのうでの中でしめって少し重くなった。
「ぼくは、わるくないんだもの。だからあやまれない。でも母さんと、なかなおりしたいんだ」
 カナは小さな雲をだきしめて、ポケットの中からドロップを出した。
 白いのをとり出して、小さな雲の口に入れてやろうとした。でも雲の口って、どこかわからない。
「アーンしてみな」
                                    八

 するとポコッと小さなあなが開いたので、その中に白いドロップを入れてやった。
   「ハッカのあじだ」
 そう言ってわらったとたん、小さな雲はどんどんかるくなってきて、カナの方が引っぱられて登っていくみたいだった。
 しばらく登ると頭の上いっぱいに、雲が広がっていた。こいはい色で、あまりやさしそうでない。
「あれが、母さんなの?」
 小さな雲はうなづくと、カナの手をはなれて、まっすぐ上に登った。
 そして大きな雲の中に飛びこんだ。
「母さん、大すき!」
 大きな雲はむくむくと形をかえて、小さな雲を中にとりこんだ。
 それから、雨をふらせはじめた。しずかだけど、とてもたくさんの雨だった。カナの体はぬれて重くなり、下におりていき始めた。
 海の中にもぐっていきながら、空を見上げると、母さんの雲は真っ白になっていて、もう雨をふらせていなかった。

                                    九

 カナは、母さんからおつかいをたのまれた。近くのコンビニなら、カナはひとりで買い物ができる。
「おつかい、大すき」
 カナはスキップして行く。
 帰り道、ミキちゃんに会った
。  ミキちゃんは、カナの一番なかよしの、ココロちゃんのおねえちゃんだ。
「カナちゃん。なわとび、へたくそなんだってね。うちのココロが言ってた」
 ココロちゃんが、カナのことをへたくそ、なんて言ったの?
 ミキちゃんにはなにも言わなかったけれど、カナのむねはキュッとちぢんでいたくなった
。 「わたし、なわとびとくいなんだ。二重とびだって、できるよ」
 ミキちゃんは言った。
「なわとび持って、うちにおいで。教えてあげる」
 カナはうちへ帰って、なわとびを持った。 それから、ドロップもポケットに入れた。
 ココロちゃんちには、ミキちゃんだけしかいなかった。
「ココロはちょっと出かけたけど、すぐもどるよ」
 カナはちょっとホッとしている。

                                    十

へたくそ、って言ったココロちゃんと、しらん顔して会えるかなと心配だったから。
「カナちゃん、ちょっと飛んでみて」
 ミキちゃんが見ていると、むねがドキドキして、ちっともうまくできない。
 四回飛んで、足がひっかかる。六回飛べたのに、またひっかかる。
「カナちゃん。もっといきおいよく、なわを回して。もっと元気出さなきゃ、飛べないよ。見てて、こんなふうに」
 ミキちゃんが一、二、三、と数をかぞえながらなわとびを始めた。
 カナはポケットから、ドロップのふくろを出した。元気が出るのは赤いドロップ。それはイチゴ味だった。

*赤色
 ピ・トンピ・トンピ・トンピ・トンピ
 なんだろう。この音。
 ピ・トンピ・トンピ・トンピ・トンピ
 白いものが、カナの体を飛びこえて地面におりる。
 ピ・トンピ・トンピ・トンピ・トンピ

                                    十一

 カナはピにあわせて、なわとびのなわを回した。
 ピ・トンピ・トンピ・トンピ・トンピ
 トンでかってに足がはねる。
 カナを飛びこえているのは、小さな白うさぎ。ピっと飛んでは、トンとおりる。おりたとたんにいなくなって、つぎのうさぎが地面にトンとおりる。
 カナは口の中でピ・トンピ・トンピ・トンピ・トンピと言いつづけている。
 たのしい! カナもうさぎになったみたい。
 ピ・トンピ・ピ・トン…… 
 パチパチパチ
 あれ、なんの音?
「カナちゃん、すごい」
 ココロちゃんが、手をたたいていた。

 カナはとってもつかれていた。なわとびをやりすぎたせいだ。あれから、ココロチャンとミキちゃんと、ずっとなわとびしていた。

                                    十二

 足もうでもいたい。こんなにつかれているのに、ちっともねむくならない。
 とうとうふとんから出て、ドロップのふくろをとり出した。もう一こしかのこっていない。
 みどり色のドロップだ。
 てっきりメロン味だと思っていたのに、マスカットだった。とてもおいしい。

   *みどり色
 目をとじると、小人たちが耳のおくから出てきたのがわかった。小人たちはみんなで歌を歌っている。とてもしずかな歌だ。

 みどりどりどり
 きみどりみどり
 やなぎにわかば うすみどり
 わかくさ くさいろ あさみどり
 みどりどりどり よりどりみどり

                                    十三

    みんなの足が、カナのつかれたうでや足を、リズムに合わせてふんでいく。
 トントントントン トントントントン
 足までおりた小人たちは、カナの体の下にもぐりこんだ。小指の先ほどの大きさの小人なのに、何人も集まるとすごい力になる。
 カナは小人たちに持ち上げられて、どこかへ運ばれていく。
「どこへ行くの?」
「ねむい、国だよ」
「遠いの」
「遠くて、近い。近くて、遠い」
 トントントントン
 小人たちの足音は、ぴったりそろっていて、カナの体がそれにあわせて、かすかにゆれる。

 みどりどりどり
 きみどりみどり
 やなぎにわかば うすみどり
 わかくさ くさいろ あさみどり
 みどりどりどり よりどりみどり

 カナもいっしょに歌っていたのに、いつのまにか野原をなわとびで走っていた。
 楽隊さんたちや、うさぎも走っていて、見あげると、カモメや小さな雲も空中を走っていた。
 どうやらカナは、もう眠りの国にいるらしい。
                                                     十四


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