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一万年生きた木
西の森にあるケヤキの大木は、一万年生きていると、ひいじいちゃんが言っ た。
「一万年って、どれぐらい?」
ぼくは父さんに聞いてみた。
「石器時代かな。地球の氷がやっととけて、あちこちの山の噴火もおさまってきて、たくさん木がはえてきたころだ」って。
そうしたら西の森のケヤキは世界で一番最初にはえた木だ。
「大きいんだろうな」
学校でぼくのとなりにすわっているツトムにその話をした。
「そんな木、あるもんか」
ツトムは笑う。
「ヒカルは、ひいじいちゃんにからかわれたんだよ」
ぼくもツトムもやっと十才、ひいじいちゃんは九十才だ。ぼくの九倍も大人なのに、そんなうそ、言うもんか。
「本当かうそか、見に行こうよ」
ツトムは最初、いやがった。
一 |
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「遠いよ。去年行ったキャンプ場の方だろ」
「自転車なら、そんなにかからないよ。日帰りできるけど、泊まったっていいんだよ」
泊まりと聞いて、ツトムの目がキラキラした。
去年、ツトムの家族とぼくの家族とでキャンプに行った。それがあまりに楽しかったらしく、ツトムはまた行きたいとずっ と言っていた。父さんたちからは夏休みになったらな、と言われていたけどツトムは待ちきれないんだ。
むろん、ぼくもそうだけど。
「ぼくらだけで、行くのか?」
ぼくはちょっとためらったけど、うなずいた。ぼくらだけ、という言葉がとても気に入ったからだ。
「でも母さんはダメって言うだろうな」
「だいじょうぶ!」
もう行く気になってしまったツトムは、そう言い切る。
「日帰りすると言っとくんだ。それならきっとだいじょうぶだ」
「うそつくの?」
「ちがうよ。うそじゃない。日帰りするつもりで行くんだ。でもあまりに楽しすぎて、遅くなっちゃうんだ。暗い道を自転車で走るのはあぶないだろ」
二 |
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やっぱりうそじゃないかとぼくは思ったけど、想像すると楽しくてドキドキして、ツトムに逆らう気にはなれなかった。
母さんはちょっと心配したけど、父さんは賛成した。
「子どもたちだけで行くのも、いい経験だ」
父さんもぼくたちぐらいの年のころに、友だちと自転車で海まで行ったことがあるそうだ。
「海って、西の森より遠いよね!」
びっくりするぼくに、父さんは得意げに言った。
「ずっと遠いさ。夜明けに出て、着いたのは昼過ぎだった。砂浜で十五分くらい遊んだだけで、すぐ帰ってきたけどな」
父さんは笑った。
「海に行く道より西の森に行く道は車も少ないし、危なくないわね」とおかあさんもうなずいた。
うそをつくことの罪悪感なんかとっくにどこかに消えてしまっ て、ツトムとぼくはすぐに持っていくもののリストを作り始めた。
三 |
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その一 食料。( お昼のお弁当を多めに作ってもらう。おやつもいっぱい買う )
「晩ごはんと朝ごはんの分もいるだろ」
食いしんぼうのツトムは、おにぎり六個にぎってもらうんだと言う。
その二 寝袋。( 去年買ってもらった寝袋をこっそり荷物に入れておく )
「荷物が大きすぎて気づかれない?」
ぼくが心配すると、ツトムは「前の日に庭に隠しておこう。後でこっそり取りにもどればいい」だって。
その三 雨ガッパ。( 天気予報ではとうぶん晴れが続くらしいけど、念のため )
その四 自転車修理道具。( 途中でパンクした時のため )
「ヒカルはすごいよな。自分でパンク治せるんだものな」
それは確かにぼくの自慢。父さんにやり方を教えてもらった。
その五 七つ道具。( ロープ、ナイフ、双眼鏡、ホイッスル、コンパス、懐中電灯 )
プラス、水鉄砲?
「水鉄砲なんか、何に使うの?」
ぼくがそう言うと、ツトムは「必要な時があるかもしれない」と言い張る。
その六 救急用品。( バンソウコウ、虫よけスプレー、かゆみ止め軟膏、胃腸薬 )
四 |
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バンソウコウだけでいいよと、ツトムは言っ たけどぼくは全部持っていきたかった。水鉄砲を持っていくなら、これらだっ て絶対持っていく。必要な時があるかもしれないから。
その七 着がえ。( シャツ、パンツ、くつした )
「これで完璧?」
「カンペキ!」
道順は知ってはいたけど、迷子になっては困るから地図を作ろうと思った。
父さんは地図を作るほどむづかしい道じゃないと言う。家の前の道をまっすぐ行って、左に曲がってまたまっすぐだっ て。
そんなのつまらなさすぎるじゃないか。
ぼくはツトムと二人で、ひいじいちゃんに会いに母屋へ行った。
ひいじいちゃんといっしょに住んでいるばあちゃんが、「西の森へ行くんだって?」
と聞いてくる。
「お母さんに車で連れて行ってもらえばいいのに」
「ぼくたち、自転車で行くんだ。ひいじいちゃんが近道を知らないかなと思って、聞きに来た」
「じてんしゃ?」
五 |
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せっせとおやつを食べていたひいじいちゃんの動きが急に止ま た。このごろ時々こうなる。
しんぼう強く待っていると、「ああ」とみじかいあくびのような声を出して、ひいじいちゃんはてんじょうを見あげた。
「おれは歩いて行った。三人連れだって、でっかいお握りもって。ずんずん登って行く」
「その道は自転車で通れるの?」
「さあな。わからん」
ひいじいち んはてんじょうを見あげて、しばらく考える。
「そうだ。西の森のケヤキにはでっかいうろがある。昔にカミナリが落ちて……」
なんか言わねばならんことがあった、とひいじいちゃんはそこで口をつぐんで、また動きが止まった。今度は待っても待っ てもひいじいちゃんは動きださなかったので、ぼくらはあきらめた。
「電話で確かめたら、キャンプ場の管理人さんが今日は向こうにいるらしい」
「だからこまったことがあ たら、そのおじさんに言うんだぞ」
父さんはそう言って、仕事に行った。今日は祭日なのに父さんは休めないんだ。
父さんも実は少し心配してるんだなと分かって、ぼくはかえって不安になった。
六 |
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ツトムは平気な顔で、いつのまにか寝袋も積みこんでいて「出発!」と大きな声をあげる。テンション高すぎる。
左の道に入った時、同じ方向に行く車が何台か追いこして行った。もしかするとキャンプ場に行く人がいるのかもしれない。
それでぼくの不安は消えた。今日は祭日なんだ。向こうには大勢人がいるだろう。
道は少しずつ登りになる。暗闇山がその方角をふさいでいるので、西の森へは山すそを大きく遠回りしなけりゃならない。それがなければ、半分の距離だ。そんなに高い山じゃない。一面に枝の多い木が、みっしりとはえている。そのせいで山は暗い。細い道はすぐに暗闇にまぎれて、いったん入りこむと二度と帰ってこられないといううわさがある。
ツトムは三人の兄たちが使いふるした自転車を、ガラガラと音たててこぎながら暗闇山を見上げた。山のすそ野はクマザサにおおわれ、道は見えない
三十分ほど上り坂が続き、その後はしばらく平らな道になる。まだやっと暗闇山を四分の一周しただけで、陽はもう高く登っ ていた。 車で行った人たちは、今ごろバーベキューの最中かもしれない。
ぼくたちが西の森に着いた時、腕時計は二時をさしていた。自分のおこづかいで近くのスーパーで買った時計だ。時間が合っ ているかどうかはちょっとあやしい。
七 |
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一万年も生きた木なら、だいぶ手前から見えるだろうと思っていたのに、とうとう着くまで見られなかった。
木は暗闇山のかげで、山と重なり合っ ていたからだ。
「すっげぇー」
ひいじいちゃんはきっとゼロを一つ多めに言ってるぞって父さんは言ったし、ばあちゃんと母さんも全然信じてなかった。でも実物を見ると本当かもと思える。それほど大きい。暗闇山の手前に一回り小さい山がもう一つあるみたいだった。
ツトムは道のそばに自転車を横倒しにして、木に向かって走った。
道からそんなに離れていないのに、去年はこの木に気づかなかった。そんな木があることも知らなかったし、キャンプ場に着くことだけ楽しみにしていたからだろう。
ツトムは走るようにして幹の周囲を回りだした。ぼくもついて行こうとして、自転車のリュックサックが気になった。だれかに持っていかれるとこまる。重かったけど、ツトムのリュックも自転車からおろして、前と後ろに背負ってツトムの後を追った。
ぼくがが木のそばに着いた時には、ツトムは幹の反対側に回り込んで見えなくなっている。
ぼくはでこぼこしている幹に手をあてた。 木かげで太陽の光は当たっていないのに、それはうっすら暖かい。
「何歩ぐらいで一周できるのかな」
すぐもどって来るかと待っていたのに、いくら待ってもツトムの姿は見えなかった。
八 |
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向こう側で、何か面白いものを見つけたのかもしれない。
「ひいじいちゃんが木のうろが何とか、言っていたな」
ツトムは裏側にうろをみつけたのかな。ぼくはツトムが回った方向に歩きだした。
本当にうろはあった。根本より少し上、ぼくのひざのあたりから、頭のてっぺんくらいまで細く開いている。せまいけど体を横にしたら入れないこともなさそうだ。
でもなんて気持ちの悪いうろだろう。
まわりがもごもごと盛り上がっていて、中に何かが入ったらあっというまにその口を閉じてしまいそうだ。
まさかツトムは、ここに入ったのか。
のぞいて見たけど、暗くて何も見えない。
「おおい、ツトムッ!」
「いるのかっ 」
返事はない。
ぼくはおそるおそる頭だけ、うろの中に入れた。でもまたあわてて引き出す。不気味だ、このうろ。頭をはさまれそうだ。
「ツトムーッ 」
九 |
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遠い所で、何か聞こえた気がした。
オオとかウワとか。ツトムの声だろうか。
ぼくはリュックをおろした。思いきって体を横にして片足からうろに入る。中は思ったより、ずっ と広そうだった。空気がひやっとしている。
「ツトム!」
耳をすませると、何か聞こえる。遠すぎてよく聞こえない。
いっ たいこのうろ、どれだけ広いんだ。外から見たら幹はたしかに太かっ た。ぼくたちが十人手をつないでも一回りできないくらい。一万年も生きた木だからそりゃそうだろう。
でもうろがこんなに大きかったら、この木の中は全部空洞で、きっともう立ってはいられない。あんなに大きな枝を何本も、いっぱいにひろげているんだもの。
「真っ暗だし。何も見えないし」
ぼくはぶるっとふるえて、あわてて外に出た。見あげると空一面に枝葉が広がって見える。
ぼくはこんなところ、入りたくない。でもたぶんツトムはこの中にいる。
あいつはぼくみたいに、もしかしてああだったらとか、こうだったらとか、考えないからぐずぐずしない。すぐ動く。
十 |
ぼくは嫌だけど、ここでいつ出て来るかわからないツトムを待ってはいられない。
リュックから懐中電灯だけ出した。あとはうろのすぐ外に置いて行くことにして、ぼくはおそるおそる暗闇に足を踏み入れた。
懐中電灯の小さなあかりは、すぐに闇にまぎれる。
「父さんのいい懐中電灯、借りてくればよかっ た」
でも日帰りすると言ってあるのに、貸してとは言えない。
ぶるっと体がふるえる。
「こわいんじゃないんだ。ここ寒い」
足の下は枯れた葉や、折れた枝やなにかでやわらかい。もしかして動物の巣だったりして。
そう考えると、またいちもくさんに外へ飛び出したくなる。
「ツトムー」
声を張りあげて呼んだ。
「コッチ……」と聞こえたような気がする。 ぼくはうろの内側に手をあてて、そのまま右に進み始めた。懐中電灯は数歩前、それ以外は照らさない。変なものが見えるとこまる。
六十歩以上は歩いた。数えていたのに途中で一度つまずいたらわからなくなってしまった。
十一 |
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そのころあたりがうっすらと明るくなってきた。懐中電灯なしでも周りが見える。 ぽっかりと開いた細長い穴、うろの出口がそこにあった。外には暗闇山が見える。どうやらぐるっと一回りしたらしい。
でも、大変だ。穴のすぐそばに置いたはずのリュックがない。
えっ?
ぼくはあわてて外に出た。
出たとたん、何かが足に引っ掛かっ てつんのめった。
「あれ、ぼくらのリュックだ。なんでだ。今さっきは、ここになかったのに」
暗い所に長い間いたから、目がおかしくなっ てるんだろうか。
「よかった。だれかが持ってったのかとびびっちゃった」
胸がまだドキドキしている。いったいどれぐらい歩いていたのかと、腕の時計を見た。まだ二時二分だった。
「やっぱり安物の時計だからな」
ぼくは、そう思った。二分しかたってないわけがないからだ。
もしかして、ツトムがもどってるかもしれないから、自転車を置いた方まで行ってみた。やっぱりどこにもいない。ツトムはまだうろの中にいるんだ。
さっきはうろのフチの方ばかり歩いたから、ツトムを見つけられなかったのかもしれない。
十二 |
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今度はまん中に向かって歩いてみよう。
そのまま中に入ろうとしたけど、入口のリュックが気にな た。またなくなったらこまる。重いけど持っていこう。
先に体だけ中に入ってから、外のリュックをひとつづつ持ちこんだ。前と後ろにリュ ッ クを背負う。
何度もふりかえっ て、うろの出口を確かめながらまっすぐ歩いて行った。二十歩ほど歩いたところで、ツトムを呼んでみた。
今度は返事がない。何もさわらないで広い所を歩くのは怖い。明るければいいけど真っ暗だし。
耳をすますと、ゴーッという音が聞こえる。何の音だろう。
ふりかえって、ぼくはあわてた。まっすぐ歩いてきたから、後ろにはうろの出口があるはずだ。さっきまで確かに細く見えていたし。
なのに今はそれが見えない。
知らない間に方向が変わったのかと思って、右も左も見たけどやっぱり見えない。怖くてちょっと泣きそうになったけど、ふと思い出してリュックの中をさぐった。
コンパス、持って来たんだ。うろは暗闇山の方向に開いていた。一万年生きた木から見ると北の方向だ。
懐中電灯で照らして確かめる。まちがいない。ぼくは今、北を向いている。
十三 |
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「もどろう」
ぼくはコンパスを手に持ったまま、少しもどった。ゴーッという音が近くなる。空気が湿っぽくなる。
カメラのフラッシュのように急にあたりが白く光って、ぼくはうろの出口を見つけた。まだ五・ 六メートルは先だ。
「雨の音だ」
天気予報では今日は一日晴れだっ た。なのに外は大雨で、だから暗くてうろの出口が見えなかったんだ。雷の音がする。
「ひいじいちゃんはこの木が雷に打たれたって言ってたな」
思いだして、ぼくはぶるぶるふるえた。
雨ガッパはリュックの中にあるけれど、滝みたいな勢いで降る雨ではあんまり役にたちそうな気がしない。ここは危ない場所かもしれないけれど、外は安全かと言うとそうでもないように思える。
ぼくは出口に近づかなかった。離れた方がいい気がした。それでまた奥に向かって歩くことにした。
コンパスがあるので、うろの出口を気にせずにどんどん歩いた。歩数も数えず、懐中電灯が照らす輪の中ばかり見ていた。とちゅうで何だかあたりの空気がざわざわしたけど、怖かったのでずっとうつむいていた。
何かにぶつかっ た。
十四 |
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「うわぁっ!」
ころばないよう、手を泳がせてあたふたした。急にあたりが真っ白になった。
ぼくは頭をかかえてしゃがみこんだ。てっきり雷が落ちたと思ったんだ。
そんなぼくの肩をだれかがたたく。
「???」
「ヒカル、目を開けて」
「ツトム?」
おそるおそる顔をあげると、ぼくは外にいた。雨も降っていない。
ツトムはぼくのそばにすわっていて、空を見あげている。
怖いくらいきれいな青空だ。
「ツトム、ここどこ?」
ツトムは足もとの小さな木を指さした。
「これって、小さいけどケヤキだろ?」
「うん、葉っ ぱがそれっぽい」
「ここ、一万年前ってことはない?」
十五 |
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「まさか!」
ぼくは笑った。それからゆっくりあたりを見渡した。あたりは緑におおわれている。大きな木はあまりはえていない。岩が所々にころがっている。
「一万年前の西の森ってこと?」
「暗闇山はないけど」
遠くに高い山はたくさんあった。火山かもしれない。うっすら煙があがっていた。
しばらくはぼうっとしてあたりをながめていた。どうしていいかわからなかった。
「おなかがすいた」
ツトムが言った。
「それどころじゃないだろ」
「ぼくのリュックも持ってきてくれてありがとう」
ツトムはリュックから、大きなお握りを出すとかぶりついた。
「おなかがすくと、頭がはたらかないんだっ て」
ツトムは口いっぱいにおにぎりを押しこんで、もごもご言った。
「これって、タイムマシンかもな」
十六 |
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「これって、どれが?」
「あのうろだよ。あれがタイムマシンだ」
ぼくはどう返事していいかわからなくて、足もとの小さな木を見る。まだ十五センチくらいしかない、あかちゃんのケヤキだ。
「うろなんか、ないよ。こんな小さな木には」
ツトムは手に持ったままのぼくの懐中電灯とコンパスを見た。
「よかったな。持ってきてて。ヒカルはすごいよ」
「ツトムは何も持ってないで、よく暗闇が歩けたね」
「そんなもん平気さ。何かにぶつからないように手だけ前に出して歩けば」
やっぱりツトムの方がすごい。ぼくにはぜったいマネできない。
急に強い風が吹いた。草むらがざわざわとゆれる。
何か変だ、とぼくは気づく。
ツトムは小さなケヤキを、体でかこって風から守っている。
「ツトム、風ふいてないよ」
十七 |
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「ふいてるじゃん。草があんなにゆれてる。木が折れるよ」
「これを見て」
ぼくはツトムのおにぎりがつつんであったハンカチをつまんで、下にたらした。
「ゆれてないよね。風、ふいてないよね」
あれ? とツトムは小さなケヤキを見る。
ケヤキは風にあおられて、折れそうなくらいゆれている。
「大変だ。折れちゃ うよ」
ツトムは風から守ろうと必死になる。
でもケヤキは揺れ続けた。
「だいじょうぶだよ、ツトム。そのケヤキは折れない。だって一万年も生きるんだから」
「どういうことだよ」
「ケヤキのうろはタイムマシンなんかじゃないんだよ」
ぼくたちは一万年前に来てるんじゃなくて、この木の記憶を見ているんだ。きっと、そうだ。
「ツトムは一度も立ち止まらずにここまで来たろ? ぼくは二度立ち止まってる。だから見たんだ。この木の他の記憶も」
十八 |
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ぼくはツトムに話して聞かせた。最初は一年前の記憶だった。だからうろの入り口に置いたはずのリュックがなかった。でもうろの外に出ると、置いた場所にリュックはあった。
「それから何年前かはわからないけど、嵐の日の記憶を見た。たぶん雷がこの木に落ちて、うろができた時。外に出てみなかっ たから絶対とは言えないんだけど、もし出てたら、雨なんかひと粒も落ちていなかったに決まっ てる。今日は雲ひとつない青空だったんだから」
ツトムはまだもう一つ実感できないようで、複雑な顔をしている。
「そのあとは一度も立ちどまらずにここへ来たんだ」
「じゃ、ぼくたちはうろから出れば元の所に帰れるのか」
でもうろがないのに、とツトムは小さなケヤキを見る。
ぼくはコンパスをツトムに見せた。
「北へ歩くんだ。北の方向に出口があるから」
ちょっと待って、とツトムはリュックから水鉄砲を出した。小さいケヤキに向かって引き金を引く。
水がチュッと飛ぶ。
「水入れたまま、持って来たの?」
ツトムは返事をしないで、木の葉を見る。
十九 |
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「ちっともぬれてない! ここで見てるものは本物じゃないんだ」
水鉄砲も役に立った。ツトムの言った通りだった。
歩数をかぞえてくればよかったな、とぼくは思う。そうしたら何歩けば外に出られるかわかったのに。
「出発」
ツトムは今朝とちがって、緊張している。
声が裏返って、ツトムはわざとらしいセキをした。
今さらこわがるなよ、とぼくは心の中で思う。
二人とも自分のリュックを背負った。ぼくは懐中電灯を持ち、ツトムはコンパスを持った。
「あっちだぞ」とツトムが火山のある方向を指さす。一・ 二歩踏み出したらすっとあたりのようすが変わった。緑が濃くなりうねりながら高く伸び太陽をさえぎる。ツトムは上をみあげたが、ぼくは来た時と同じように足もとだけを見た。立ち止まろうとするツトムをせかした。
「見ろよ、ヒカル」
「見ないよ。止まらず歩けよ。ツトム」
あたりの空気が目まぐるしく変わる。目がチカチカする。早く歩くとあたりは暗闇になっていく。
二十 |
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「ツトム、方向はまちがってない?」
「だいじょうぶ。ちゃんと北だ」
やっぱり何歩か数えられなかった。ツトムが見えたと叫び、やっ とぼくも顔を上げてうろの出口を見た。
時計を見たら、ここに着いてからまだ二十分しかたっていなかった。
「その時計、こわれてないか?」
ツトムはそう言ったけど、太陽はまだ空高くにいる。
「一万年前にまで行って来たのにね」
ぼくたちは離れた場所から一万年生きたケヤキを見ていた。長い長い一生をその幹にきざんでいる木を。
今日のことも、ケヤキはちゃんと記憶しただろうか。
大人になってまたここへ来たら、うろのなかでぼくたちは今日のぼくたちに会えるのだろうか。
結局ここで泊まらずに、ぼくたちは帰り道を自転車で走っている。
何度もふりかえって一万年生きたけやきを見た。暗闇山がその姿をかくしてしまうまで,見ずにはいられなかった。
二十一 |