『治郎叔父のくれたラジオ』


 宗太が初めてもらったクリスマスプレゼントが、そのラジオだった。小型の辞書くらいの大きさのそれは、皮のケースに包まれていて思ったより軽かった。
「これ、本当に中身入ってんの?」
 宗太は耳のそばで、ラジオをふってみた。
 何の音もしない。
「電池は入ってないぞ」と、宗太の叔父の治郎はおしりのポケットから千円札を出し、気前よく差し出した。
 ラジオよりその千円がうれしく、ニコニコと手を差し出した宗太に、おつりは返せよと治郎叔父は言う。
「何か、あまりうれしくないな」
「宗太が今まで一度もクリスマスプレゼントをもらった事がないなんて言うから、思い切ってやるんだ。俺が高校生のころ大事にしていたラジオだぞ」
 ちょっと惜しそうに宗太の手の中のラジオを見る。
 三十歳をこえたがまだひとり者の治郎叔父は、どこかぼうっとしてのんきである。十一歳の宗太とやる事があまり変わらない。
 近所のアパートでひとり暮らしをしている治郎叔父は、しょっちゅう宗太の家に遊びに来る。
 夕食の時間にはほとんど毎日いると言っていい。食事の後は宗太の部屋で遊んでいく。

                                    一

 宗太の親、つまり治郎の兄夫婦は宗太の勉強を見てもらっていると思っている。が、本当のところは一緒にテレビを見たり、ゲームをしたりして過ごしていた。
 この間テレビで、デパートでは早々とクリスマスツリーが飾られたというニュースをしていた。それを見ていて宗太が今まで一度もクリスマスプレゼントをもらった事がないと言ったので、治郎叔父が気まぐれを起こしたのだ。
「兄ちゃんは、変にがんこだからな」と、治郎叔父は宗太の父の事をそう言った。
「キリスト教徒じゃないから、クリスマスなんてしないって言うんだろ」
「別にケーキとかプレゼントくらいはいいだろうと思うんだけどさ。たぶんうちの母さんはただ買ってくるのがめんどうなだけだと思うんだ」
「たしかにお前の母ちゃんは相当なめんどくさがりだ。今日の夕食は見事にスーパーの惣菜ばかりだった」
「嫌なら食べるなよ」
 自分の母親をけなされると、さすがに宗太でも腹が立つ。
「嫌じゃないさ。俺、スーパーの惣菜けっこう好きだからな。お前の母ちゃんの料理よかさ」
 宗太は治郎叔父に突っかかって行き、治郎叔父もそれを期待しているので、笑いながらのプロレスごっこになる。

                                    二

 幼稚園のころ先生がいい子でいないとサンタが来ないなんていったせいで、宗ちゃんは悪い子だとみんなに言われた。
 宗太は四歳のころからサンタを信じていなかった。みんなにもあんなのはうそっぱちだと教えてやったのに、誰も信用してくれない。
 だから幼稚園にお菓子をいっぱい持ってサンタが来た時、宗太はそのヒゲを引きちぎって正体をあばいてやった。園バスの運転手さんはあわてて服の袖で顔を隠したけれど遅かった。それなのにまだみんなは宗太を信用しないのだ。
 初めてのクリスマスプレゼントになるはずだったその時のお菓子を、宗太は受け取ったおぼえがない。いたずらの罰に取り上げられたのかもしれない。だからこのラジオが本当に最初のプレゼントになる。
 宗太は少しカビのにおいがするラジオをながめてため息をついた。
「ラジオかあ、ぼく、ラジオってあまり聞いたことないんだ。おもしろいの?」
 治郎叔父は真剣な顔になって、宗太に顔を寄せた。
「深夜に聞くんだ。真夜中にな」
 なんだか意味ありげに笑って、帰っていった。その時は聞き流したが、宗太は後で気になってきた。
「なんだろう。エッチな放送でもあるのかな」

                                    三

 わくわくして電池を入れ、電源スイッチを回した。ジーともガーとも言わない。
 宗太はがっかりして、治郎叔父に電話をかけた。
「こわれてるんじゃない?」
「目には見えないけど、電波の通る道がどこかにある。ラジオを持って、あちこち移動してみな」
 それに今の時間では早すぎる、と治郎叔父は言った。
「言ったろう。夜中の十二時を過ぎてからだ」
 宗太はまるまる叔父の言葉を信じたわけではなかったが、ラジオを持って部屋の中をうろうろした。椅子の上に上がって天井近いあたりにラジオを持ち上げてみたり、机の下に押し込んでみたりした。ベッドのそばで、かすかにジーという音が聞こえた。  宗太はそろそろとラジオをベッドの上に置き、その前でしゃがんでとぎれとぎれに聞こえてきた声に耳をすませた。
『で……そうです。今日がその日だそうです。……豚の口から、……子供が深夜に家を出て波を渡るそうです』
 ニュースだろうかと宗太は思った。
「豚の口ってどこかの場所の名前かな。そこで子供が波乗りでもするんだろうか」

                                    四

 待ってみたがその後はジージーいうばかりで、さっぱり聞き取れない。宗太は選局のダイヤルを静かに回した。遠い雑音やゆれる雑音の中を通り抜けて、またひとつのつながった音をつかまえた。
 音楽だ。ジャワジャワという単調な伴奏に乗って、男の人の低い声。歌詞は聞き取れない。
 トブトブオ、クルルルス、ララ、トブトブオ、クイルアス、とつぶやくように繰り返して歌っている。意味が分からない。外国語かもしれない。
 いったい治郎叔父は、宗太に何を聞かせたかったのだろう。
 宗太はまた慎重にダイヤルを回した。
『この人はまだ探しているそうです。ええーと七年も前からですか。そりゃあ、長いですね』
 投稿者のはがきを読んでいるようだ。
『どうやら、入り口が見つからないようですね。でも七年もね。何とかならなかったんですかね。ドアをノックするとか。あっ、そういうわけにもいかないですか。ハッ、ハッ、ハッ』
 DJの男の人は、のんきそうに笑う。
『これはぜひ、いろんな方の意見を聞いてみたいですね。この気の毒な投稿者にいいアドバイスをしてあげてください。電話、メール、どちらでもOKです』
 DJが電話番号とメールアドレスを繰り返す

                                    五

 宗太もメモしようかと鉛筆を手に取ったけど、この投稿者が何を探しているのかも知らないのだった。
『早速お電話いただきました。もしもし』
『もしもし』
『さしつかえなければ、お名前教えてください』
『ええーと、三角公園の寅之助です』
『はい、寅之助さん。ではアドバイスを』
『えー、七年も見つからないなんて、奇跡だね。俺なら三分でいける。簡単さ』
『その方法をくわしく教えてください』
『風の通り道さ。空気の流れを読むんだ』
『ほう、なるほど』
『ぱっと見には入り口がないように見えるかもしれん。でも必ずすきまがあって、そこに向かって空気が流れてるのさ』
『空気の流れですか。どうやったらそれがわかります?』
『どうやったらなんてないよ。自然に分かるもんだ』
『ほう、そんなもんですかね。じゃあ、これから心がけてみます。はい、ありがとうございました。では他の方のご意見もうかがいます。メールでいただいています。ラジオネーム、市場のおもちゃ屋さん』

                                    六

「いったい何が見つからないんだよ。入り口ってどこへの入り口?」
 宗太は思わず、ラジオに話しかけている。
『ええっと。この人は昔からもうひとつオシが弱いんです。入れって言ってもらわなきゃ入れないなんて、妖怪みたいな事を言うんです。実は私、この人知ってます、だって。偶然だね』
 治郎叔父は宗太にいったい何を聞かせたいんだろうと、宗太は考えた。まさかこんなわけの分からない番組だとは思えない。
『もう何年もの長いつき合いだそうですよ。市場のおもちゃ屋さんと投稿者は。彼の気が弱いせいで、私はいつもそのしりぬぐい役です。彼が渡しそこねた物は、また私が引き取っているんです。売った値段そのままで、です。また違う人に売ればいいんですから、損はないだろうと言われれば確かにそうですが。毎年、まただめかと思うと精神的によくないです。どなたか彼にいいアドバイスをしてやってください。お願いします、だって。困ったな。これはアドバイスでなくってお願いでした。おや、電話が入ったようですね。もしもし』
 ふと気づくと、もう終電も通り過ぎたらしく、近くの踏み切りも黙り込んでいる。  あたりはシンと静まり返って音量をせいいっぱいしぼったはずのラジオの音が響きわたる。
『はい、お名前をどうぞ』
『ルドルフです』

                                    七

『おや、ルドルフさん。もしかしてあの、ルドルフさん?』
『そうです。トナカイのルドルフです』
『で、投稿者にアドバイスをくださるのですか。それともおもちゃ屋さんといっしょでお願いですか』
『ぼくは彼にもうあきらめろと言いたい。それがアドバイスです』
 その時急に電波が乱れた。耳ざわりな雑音がしばらく続いた後、さっきの番組がまたもどってきた。
『それはまた、思いき……』
『いえ、だって…ですよ。…でしょう』
 宗太は聞きとりにくいとぎれとぎれの言葉をつなぎとめようと息を殺す。
『でもね、彼はあきらめ…しょう。そういう人ですから。きっと、いつまでもたたき続け…。ドアではなくて、ソウタの胸をね』
 聞き違いかと宗太は思った。だかDJが繰り返している。
『ソウタのね、なるほど。ソウタの胸をね。分かりました。みなさんはどう思われますか。ぜひ、今のアドバイスに対してもご意見うかがいたいです。電話、もしくはメールお待ちしています。さて、待っている間に一曲聞きましょうか。クリスマスの空、歌はスクールジーさんです』
 トブトブオ、クリスマス、ソラ、トブトブヨ、クリスマス、サンタノ、プレゼント、ララ、キット、イチバンホシイモノ。

                                    八

 宗太は足音をしのばせて電話機に向かった。投稿者は治郎叔父だろうか。それとも本物のサンタクロースなのだろうか。ラジオ局に何て聞けば、本当の事を教えてくれるだろう。
『豚の口が見えてきました。時間はそろそろいい頃でしょう』
 ラジオの音がろうかまで聞こえてくる。
『ただ今、…は午前0時十五分。実況でお伝えしております』
 電気をつけて、居間の時計を見た。午前0時十五分だ。
 電話は居間と食堂の境にあるカウンターの上にある。電話機を取り、メモに書いたラジオ局の電話番号を押した。呼び出し音が鳴っている。なぜかここにまで、ラジオの音が聞こえた。まわりが鎮まりかえってるからだろうと宗太は思った。
『さていよいよ始まるようです。集まった人たちは、息を殺して見守っており……』
 誰かに見られている気がして、宗太は首をすくめそうっとあたりを見回した。誰もいない居間はいつもより白々と明るい。
 呼び出し音は続いている。まだ、誰も出ない。宗太はにぎっている受話器を耳からはずして、、何気なくそれをながめた。
 今まで気づかなかった。受話器のにぎる部分にカバーがまいてある。ピンクの豚のカバーだった。

                                    九

宗太はしみじみとそれをながめた。
「さっきラジオで、豚の口からって言ってた」
 呼び出し音が止まった。電話がつながった。
「もしもし」
『お待ちしてました。ソウタさんですね。みなさん、ソウタさんですよ』
 電話の向こうで、ウワァッと歓声があがる。宗太はもう一度、耳から受話器を離して豚のカバーを見た。耳を当てている部分がちょうど豚の鼻だか、口だかになる、
『もーしもーし、ソウタさん』
「もしもし、あの、さっきの投稿者の事を聞きたいんですけど」
 電話の向こうで何かしゃべっているらしいけど、聞こえない。混線しているのか、わけの分からない音や声が聞こえる。
『いよいよでしょ』ひそひそ声。『ちょっと待って、ちょっと』あわてて誰かを止める声。
 ガチャーン! と何かが落ちた音。
『あの子に分かるの? 教えてあげなくていいの』心配そうにささやく声。『ほら来て、ジロウさんったら』
「治郎叔父さん? 叔父さんがそこにいるの?』

                                    十

 受話器に向かって宗太がどなった時に風が起きた。最初はほとんど感じられないほど弱い物だったが、次第に強くなり電話の受話器の豚の口に向かって流れる。足元をすくわれた宗太は、前のめりに受話器の中に転がり込んだ。
 どうしてそんな事が起きたのか分からない。吸い込まれていく感じがし、渦に巻き込まれたように体がぐるぐる回った。
 それから、ふわぁっと上に登ったりすごい勢いですべり降りたり。宗太は気持ち悪くなりかけたが、そのうちだんだんおもしろくなってきた。
「これが波に乗るってこと?」
 宗太はどこに行くんだろう。そこに誰がいるんだろう。
『いやぁ、長年の投稿者の願いが届いたのでしょうかね。どう思います?』
 DJの声が聞こえた。
『たった今寅之助さんから、そんなに簡単にいくもんかい、と伝言です。さっきは簡単だって言いましたよね、彼は』





                                     十一


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