ジャンケンしよう




「ジャンケンしよう。勝ったらオニだよ」
 くにちゃんはジャーンケンと言いながら右手をふっている。つられてふりそうになった手をあわてて後ろにかくし、りのはパッと顔を赤くした。くにちゃんは三日前に転校してきたばかりだった。
「ほら、ジャーンケン。早くってば」
 くにちゃんの大きな目は、まっすぐりのを見ている。
 クラスのみんなは休み時間になると、先をあらそって運動場へ出て行った。りのは教室にだれもいないとばかり思っていた。
「ジャンケンだってば。早く手を出して、ジャンケンって言って」
 くにちゃんはまだ知らないのだ。りのが学校ではひとことも口をきかない子だということを。それとも知っていてからかっているのだろうか。
 りのは窓の外に目をそらした。だのにくにちゃんは、りのの前にまわりこむようにしてくりかえす。
「勝ったらオニだよ。早くしよう」
 りのはしゃべろうとすると、いつものどにどろがつまったようになる。三年になった時、担任の先生はりのの顔をのぞきこんで言った。
「たくさんしゃべらなくていいの。お名前よんだら、返事だけしてくれるとうれしいわ」
 りのはお姉さんみたいに若い先生がすきだったので、返事をしたかった。口はハイという形にあいたけれど、どうしても声は出てこない。それなのに、先生が探しているチョークの箱をプリントのたばの下に見つけた時、知らないうちに声が出ていた。
                                     一

「センセイ、ソコ……」
 教室中が大さわぎになった。
 ずっとはなれた席の子まで、立って見にきた。
「りの、もう一度しゃべれ。おれには聞こえなかった」
「おれ、聞いたぞ。カエルみたいな声だったぞ」
 顔が上げられないりのの前に立ち、となりの席のみさとちゃんはさけんだ。
「だめ! りのちゃんは病気なんだから、むりにしゃべらせちゃだめなの」
 でも、わたしは病気なんかじゃないとりのは思う。ほかのみんなと同じように、しゃべることができる。それをみさとちゃんも知っている。学校の帰り道、りのはみさとちゃんとずっとおしゃべりしどおしだから。
 本当のこと言うと、学校でもみさとちゃんだけとは少ししゃべる。だのにどうして、みさとちゃんはみんなにそのことを言ってくれないのだろう。りのが変な子ではなく、みんなと同じであることを。
 わたしは病気じゃない。みさとちゃんはうそつきだと、りのは心の中で声をあげる。いつもいっしょにいるけれど、りのは本当はみさとちゃんがだいきらいだ。

 りのは教室の開いたドアから、ろうかを見た。だれのすがたも見えなかった。
「どうして……」
 声が出た。
 くにちゃんはおどろきもせず、わらいもせず、りのを見ている。
「どうして、負けた方がオニじゃないの」
 くにちゃんは、ニッとわらった。大きな声の出そうな、よく動く口だった。
「オニの方が強いんだから、勝つとオニだよ」
                                     二

 くにちゃんは、りのの手をつかんだ。
「みんなを追いかけられるんだよ。こわがってにげるの、おもしろいよ」
 りのはあわてて、くにちゃんの手から自分の手を引きぬいた。
「オニごっこはきらい」
 りのはいつもオニになる。ジャンケンは弱いし、たまに勝っても足がおそいのですぐにオニにつかまってしまう。だれかをつかまえられるほどすばしっこくもないので、いつまでたってもオニのままだ。
「オニごっこ、しなくてもかまわないよ。ジャンケンだけしようよ」
 くにちゃんはジャーンケンと言いながら、また手をふった。
 ジャーンケンでホイ
 くにちゃんの言い方があまりにちょうしがいいので、りのは思わず手をひろげて出してしまった。
「勝った!」
 くにちゃんはウフウフわらって、チョキの形の手をあげた。
「勝ったから、わたしがオニだよ」
 オニごっこなんかしないと言おうとして、くにちゃんの顔を見たりのは息をのんだ。ニッとわらったくにちゃんの大きな口、小さなキバがつき出ている。
 まさかと思ってしげしげ見ると、くにちゃんは口をつぐみ小さくせきばらいして言った。
「りのちゃん、どうかした?」
 くにちゃんはニコッと首をかしげた。おかっぱにしたかみの毛がサラッとわれて、その中から白いとがった物がニョキッとあらわれた。
 それはツノにしか見えなかった。
                                     三

 りのは声にならない悲鳴をあげて、そろそろと後ずさりした。
「なぁんだ、本当はオニごっこしたいんだ」
 くにちゃんはうれしくてたまらないと言うように、のどの奥でわらう。
 りのは、後ろも見ずにかけだしていた。
 運動場に飛び出ると、りのはさけんだ。
「オニ! オニ!」
  運動場でなわとびをしていたみんなは、りのとその後ろをかけてくるくにちゃんを見ると、キャアキャアとおおさわぎした。なわとびのなわをその場においたまま、みんなは運動場じゅうにかけちった。
 りのが走りながらちらっとふりむくと、くにちゃんはまっすぐにこっちに走ってくる。ほかのみんなはもう走りやめていて、あちこちでわらいながら手をたたいている。
「オニさんこちら、手のなる方へ。くにちゃん、こっちにも来てよ」
 でもくにちゃんはニコニコして、りのばかり追いかけた。
「りのちゃんがつかまった。今度はりのちゃんがオニだ。くにちゃん、早くにげておいで」
 クラスのみんながはやしたてる。
「いやあ、やめて。オニはきらい。大きらい」
 りのが泣き声を出すと、楽しそうだったくにちゃんの顔から、波が引くように笑顔が消えた。
「どうして? どうしてオニがきらいなの」
 りのはくにちゃんも泣くのかと思った。すごくひどいことを言った気がして、りのは顔をあつくした。
「くにちゃんのことじゃないの。オニごっこのことなの。オニごっこのオニはひとりぼっちでさびしいからいやなの」
 くにちゃんは、さっきの顔がうそのようにはればれとわらった。
                                     四

 キバが見えた。
「オニはひとりぼっちなんだよ。そう決まってるんだ。でも、わたし平気だもん。りのちゃん、オニは強いから一人でもだいじょうぶなんだよ」
 クラスのみんなが手をたたいている。
「オニさんこちら、手のなる方へ」
 くにちゃんは手のひらに、ペッペッとツバをはくまねをした。
「ようし、行くぞ。みぃんなつかまえてやるからね」
 くにちゃんはすごいいきおいで走りだした。りのは背すじがぞくぞくした。
「ようし」
 くにちゃんをまね大きく腕をふりあごを引いて、りのは走った。何だかいつもよりすごく早く走れる。
 それにちっともつかれない。
 わらっていたみんなはだんだん本気の顔になって、必死で逃げまどっている。みさとちゃんなんかしめ殺されそうな悲鳴をあげて。それはくにちゃんの言うように、少しおもしろかった。でもそのうち悲しくなった。
「みさとちゃん、にげないでよ。もう、オニやめるから」
 その時ちょうど、休み時間終わりのチャィムが鳴った。みんなはハァハァ言いながら集まった。
「ああ、こわかった」
「りのちゃん、声出たね」
 みさとちゃんはそっとりのの手をにぎった。
 くにちゃんは大きな口を開けてわらっている。
「ああ、ゆかい。みんなすごい顔してにげるんだもん」
 りのは心配した。あんな大口開いたら、みんなにキバが見えてしまうのに。
 でもくにちゃんは平気で、アハアハわらっている。心配そうなりのを見て、くにちゃんはこそっと耳打ちした。
                                     五

「だいじょうぶ。ほかの子には見えないから。りのちゃんのキバもツノも、わたしにしか見えないよ」

「くにちゃんっておもしろいけど、らんぼうだからきらい」
 クラスの女の子たちがそう言い出したころ、くにちゃんはまた転校していった。
 聞いたことのない町の名を先生は言い、せっかくお友だちになれたのにねと、りのの方を見た。
























                                     六

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