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     今朝、きの子が行ったところ


 きの子は、ときどき学校に行きたくなくなる。ほんとうはときどきじゃなく、しょっちゅう。たいがいはがまんして行くけれど。でも二ケ月に一度ほど、どうしてもそのがまんができない時がある。今日がその日かもしれない。
「どうなっても何が何でも学校なんか行きたくなぁい!」 
 きの子は頭までふとんをひっかぶる。カメの子みたいに体をまるめて小さくなる。自分の息で、ふとんの中が暑くなる。あせが流れだす。
「南の島にいるみたい」
 きの子は目を閉じる。
「海のにおいがする」

 *一ばんめ、きの子は無人島に行った
 きの子ね、無人島に行ってきた。無人島だもの、きの子のほかにはだれもいないよ。島の真ん中に立つと、島じゅうがすっかり見わたせるの。その島にはね、木が一本もはえてないし、大きな岩がころがってたりもしない。だから学校の運動場みたいに、真っ平らでずうっと広いの。そこにだあれもいないんだよ。
 あんまり平らだから、海の魚が島だと気づかなくてね。

                                    一

 飛び魚たちはきの子にお礼をくれた。自分たちの羽をかたっぽずつ。
 七十八枚の羽は、より集まって大きな二枚の羽になり、きの子の背中にくっついた。首を回して、背中を見たらそうなってたの。
 とてもかっこよかった。銀色で、シャキッとしてて。見てるうちに走りたくなってきた。いっぱい走った。あんなにいっしょうけんめい走ったのって初めてよ。
 島のはしっぽまで来て、目の前いっぱいに海が見えた。それでもきの子は止まらなかった。足の下に陸がなくなった時、背中の羽がシャッと開いたの。
 きの子は飛んだのよ、母さん。そんなに高くは飛べなかったけど、海の波すれすれだったけど。時々波が、おなかを洗った。こそばゆくて、わらいそうになった。
 その時ちょうど前からいい風がきて、体がふわぁと浮き上がった。カイトみたいにどんどん上にのぼってゆく。そして上で、小さな雲に出会った。その雲は、歯医者さんとこの犬に似ている。真っ白で毛がふさふさしていて、目も口も隠れて見えないの。あの犬、体はきの子より大きいくせに赤ちゃんみたいにあまえて泣くのよ。
 雲も泣いてた。あまえてでなく、本当にかなしそうに。

                                    二

「今、母さんと別れたばかりだから」
 そう言って、もっと泣くの。涙がぽたぽた下に落ちて、静かだった海がざわざわした。
「母さんはどこにいるの」
「もっと後ろ。ぼくは小さくて軽いから、風に吹き飛ばされちゃった。母さんは身体が重いから、とてもぼくを追いかけてこられないんだ」
 母さん、きの子が泣いているのはね。小さな雲がかわいそうだから。
 小さな雲がこれいじょう飛ばされていかないように、きの子は雲の上に乗っておさえてあげた。でもだめ、きの子もかるすぎて。どんどん飛ばされて、どんどん雲の母さんとはなれていくの。風が下からふき上げるので、小さな雲ときの子は高く高く上 た。地球が丸く見えるほど。
「そうだ」
 きの子はとてもいい事を思いついた。
「あんたはもっと早く飛ぶの。きの子はおりるから、もっともっと早く飛ぶのよ。地球は丸いから、一回りして後ろから母さんをつかまえられる」
 小さな雲は、よろこんで飛んでいった。よかった。

                                    三

 きの子は背中の羽を少し閉じた。体が下へおりる。
 うずまきは飛び魚たちだった。ほら、きの子に羽をくれた飛び魚たちよ。あんまりぐるぐるまわるのでみんな目を回してる。
 どの飛び魚も同じ側の羽をきの子にくれたので、まっすぐに飛べないのよ。大変!
 きの子はおおあわてで背中をゆすった。二枚の大きな羽は、七十八枚にぱらぱらと別れて落ちた。その羽はみんな、自分のもとの持ちぬしのもとへかえってったよ。
 よかった。飛魚たちのぐるぐるうずまきはほどけてい た。まだ少し目が回っているので、ふらふらしながらどっかへ行ってしまった。
 真下に、最初にきの子がいた無人島がみえた。まんまるでまるでクレープ みたいだった。まっ青な鉄板で焼いたクレープ。
 きの子は少しおなかがすいたみたい、母さん。朝ごはんがチョコクレープだったら、飛び起きるのにな。

 *二ばんめ、きの子はトンネル に入った
 きの子はどこにいるのか分からなかったよ。まっくらだったもの。

                                    四

 トンネル の中にいるのは、きの子だけだと思ってたら、何だかすぐそばでごそごそ音がする。
「だれ」
「かいちゅう電灯なんかいらん」
「だって何も見えないもの」
「なれればきっと見える。わしだって、そうだった」
 声のする方に手をのばしたら、ツルッとした毛皮にさわった。もしかしてモグラ かな、とおもった。そしたらそのとうり! と声がした。考えただけなのにね。どうして分かったのかな。
「このトンネル どこに通じてるの」
「どこに行きたい? どこでも行きたいところに行ける」
 うーん、ときの子は考えた。
「お花畑に行こうか? チューリップ がいっぱいだぞ」
 モグラの後ろについてモソモソはっていった。
 あれ、へんだな。いつのまにか少し見えてる、モグラのおしり。
「ほら、着いた」
 そこからトンネルは急に広くなっていた。きのこは立って、モグラがゆびさす方をみた。
 トンネル の天井に球根がズラッと並んで居る。そこからでた根が一面にはっている。

                                    五

 モグラ はじまんしたけど、きの子はこまった。球根なんて見たってね。
「あの上は見られないの」
「なんで、あの上なんか見る用がある」
 きの子はがっかりして、もっとほかのところへ行きたいと言ったの。
「じゃあ、行こう。すごいところがある。どきどきするぞ。ちょっと怖いけどな。またそれがおもしろいんだ」
 何だろう、ときの子は考えた。遊園地かな。ジェットコースターみたいのかな。
 だいぶん遠くから、もう音がしていた。少しゆれもしていた。ドドドドドッて。
 モグラはそこで、よつんばいのままとびはねていた。ううん、とびはねてるんじゃない。トンネルがゆれてる。
 口を開けるとシタ をかみそうなので、しゃべれない。土がバラバラくずれてくる。トンネル、こわれないかしら。
 ドドドドドドドドッ
 きの子の体はとびはねるたびに、あっちにぶつかりこっちにぶつかり。モグラも同じようにころがりながら、ヒイヒイ笑ってる。
 急に音が止った。きの子はそこから夢中でにげた。モグラもあとからきて、おもしろかっただろうと言う。
「あれは何、どうなってるの?」
「知らんのか。ドドドッてやっ てるのはお前たち人間だぞ
 きの子は思い出した。どこかで聞いた音だったもの。

                                    六

「こんなとこで、遊んじゃだめ。トンネルがくずれてうまっちゃうよ」
 きの子の言い方が気に入らなかったみたい。モグラはおこった顔で、前足をきの子の目の前につき出した。
「くずれたら、また掘りゃいいんだ」
 モグラの前足は、工事で使う道具みたい。ツメがとてもとがっている。きの子は少しこわくなった。
 その時、またドドドドッって音がしだした。きの子の頭の上に土がパラパラおちた。大変だ。本当にきの子はうまっちまう。
 きの子はヒイヒイ言ってにげたよ。
 母さん、きの子がアセかいてるのはね、いっしょうけんめい走ってにげたから。どこまで行っても暗くて、こわかった。トンネルを出てほっとしたよ。
 今日はお天気いいのね。外が明るい。

*三ばんめ、きの子は学校に行った。
 何で学校に行ったのかわからなかった。いちばん行きたくない所なのに。それもパジャマで、ランドセルも持たずにだよ。
 きの子はとてもこまってるのに、先生もほかのみんなも何も気にしてないみたい。

                                    七

 へんなのよ、母さん。いつも美容院に行ったばかりみたいな先生の頭が今日はぐちゃぐちゃ。おまけに花がらのブラウス に水玉のベストを着て、横じまのスカートにチェック のくつしたはいてる。
 目がチカチカしてきちゃった。
 でもなんかきの子は、そんな先生がいつもより気に入った。だって、見ててたいくつしないもん。
 教室もいつもと同じようでいて、全然ちがった。黒板に書いてある字が歩いてるの。今日の日づけの、十七日の七の字が、さっきからふらふら散歩しているんだよ。先生に見つかると怒られると思ってひやひやしているのに知らん顔して、黒板の上をあっち行ったりこっち行ったり。
 窓のそばの植木ばちにはツルみたいな鳥が一本足ではえていて、羽の下にかくしたもう一本の足を出そうとしているし。教室の後ろのそうじ道具入れのなかで、ほうきとちりとりがふざけているらしく、カタカタバサバサ にぎやかだし。
 こんな学校なら、きの子は一日に三回来たっていい。
「ほらほら、だめじゃないの。何度言ったらわかるの」
 あっ、先生がこっち見た。せっかく楽しい服きてるのに、先生の声はいつもと同じ。あの声聞くと、きの子の心ぞうはギュッ とちぢんで打つのをわすれそうになる。
 先生はカタカタと歩いてきて… あれ、先生なんでゲタはいてんだろ… となりのノブ君の頭をゲンコでグリグリした。

                                    九

 きの子はびっくり。だってノブ 君は一度も先生におこられたことないんだもの
「今、何の授業だか言ってごらん。よそ見の時間でしょう。前をむいてちゃだめじゃないの」
 先生はノブ 君の机の上の教科書をバンバンたたいた。
「おまけにこんないらないもの持ってきたりして。取り上げますよ」
 いつも自信まんまんのノブ君が、ビクビクしている。
「この間も君は、居眠りの時間に鉄棒してた。落書きの時間に算数のドリルしてた。もう先生はがまんできない」 
 ノブ 君は青い顔して、両手をにぎりしめてる。
「早くよそ見しちゃいなさいよ。かんたんでしょ」
 先生の顔がとってもこわかったので、きの子はおおあわてでノブ君に注意してあげた。
「きの子ちゃんにはかんたんかもしれないけど、ぼくにはできない」
 ノブ君はなきそうな顔で言った。
 きの子、びっくりしちゃった。だって母さん、このあいだきの子ね、同じことをノブ 君に言ったんだもの。
 ノブ君にはかんたんかもしれないけど、きの子にはできないって。その時、ノブ君どんな顔してたかな。

 母さん。きの子もう起きる。ノブ君に会いたくなってきた。先生の頭、今日もきれいかな。いつもの茶色の服着てるかな。
                                     十


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