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     怖かった!


 ぼくがひとりで留守番している時だった。
 ぼーっとしたくもないゲームをしていると、玄関のチャイムがなった。一人の時は誰が来てもドアを開けるなと言われていたのに、ふいだったのであわててつい開けてしまった。
 玄関に立っていたその人は黒いぼうしを耳までかぶって、大きなマスクをかけていた。
 そのせいで顔は全然見えない。まだ暑い日だってあるのに、首にスカーフを巻き手袋をはめて、くるぶしまであるスカートをはいていた。
「ぼく、ひとりなの。お母さんは?」
 いませんと言ったら、首をのばして家の中をのぞきこんだ。気味悪くなったのですぐに帰ってきますとうそをついた。
 本当はとなり町のデパートに行ったので、夕方まで帰って来ないはずだったけど。
「じゃ、待たせてもらおうか」
 しまったと気づいて言いなおそうとしたけと遅かった。その人は足元に置いていた四角い包みを持ち上げた。
「これ、置かせてちょうだい」
 受け取ろうと手を差し出したら、重いからと押しのけられた。その人は玄関に入り込んで下駄箱の上にそれを置くと、ついでのようにそこに手をつきヨッコ ラショットと声をかけて上がりこんだ。

                                    一

 ぼくの先にたって居間に行き、なぜか勝手にカーテンを引いた。さっきまでぼくが座っていたソファに、ことわりもせずに腰をおろす。
 大きなマスクをゆっくりはずし、ふっと息をついて部屋を見渡した。その時になってやっと、その人がけっこう年寄りなのに気づいた。
 知ってる人だろうか、とぼくは考えた。遠い親戚とか。
 その人はぼうしもぬいだ。髪の毛はうすむらさき色で、カツラみたいな髪型だ。サングラスにマスクにカツラか。なんか変装道具みたいだなと考えて、ついじろじろ見ていると、その人はサングラスをはずしてぼくの顔をのぞきこんだ。
「突っ立ってないで座ったら」
 まるで自分の家のようにそう言い、腕にかけたままの手さげ袋からたばこを取り出して火をつけた。
「灰皿は?」
 うちのお母さんはタバコ のにおいが大きらいだ。そのことは誰もが知っている。うちに来たことがないお父さんの会社の人だって、知っているぐらいなのだ。だからこの人は、絶対にうちの知り合いなんかじゃない。
 ぼくの胸は不安でぎゅっとちぢこまった。
 どろぼうだろうか。そのうちあの手さげ袋から、大きな包丁を出してぼくにつきつけるつもりなんだ。

                                    二

 灰皿は? ではなくお金は? とぼくに聞くんだ。
 お金ってどこにあったかな。いつも買い物に使う財布はカウンターの引き出しだ。でもたぶん今日、お母さんはそれを持って出かけている。
 銀行の通帳はお母さんが時々置き場所をかえるので、今はどこにあるのか知らない。この間はコロッケの袋に入って、冷凍庫にあったけど。
「灰皿は?」
「あっ、ベランダです」
「ベランダ?」
「家の中で吸うとお母さんが嫌がるので」
「あら、そうだったっけ。早く言いなさい」
 おばあさんは立っていって、台所の流しでタバコ をもみ消した。
 それからそうそうとつぶやいて、下駄箱の上に置いた包みを取ってきた。そしてその色あせたふろしきの結び目をとき始める。何が入ってるんだろう。重い、とさっきおばあさんは言った。
 爆弾だったりして。
 さっき爆弾のゲームをしていたので、そんな考えが浮かぶ。

                                    三

 時限爆弾かな。お母さんに渡してね、と言っておばあさんは帰っていく。静かになった部屋で、やっとぼくは変な音に気づくんだ。
 カチカチカチカチカチカチ
 何分後に爆発するんだろう。お母さんが帰る前に何とかしなくちゃ。テレビドラマでは、時限爆弾には二本の線があって、どっちかを切ればタイマーが止まるとかいう話があった。
 あれは本当だろうか。でも本当に二本の線があっても、ぼくはくじ運悪いし、たぶん切っちゃいけない方を切るだろう。
 どこか人のいない所に捨てに行こうか。どこがいいだろう。海とか、無人島とか、ジャングルとか。海はここから電車で一時間かかるし、無人島なんてどこにあるかも知らない。ジャングルは日本にあるのだろうか。
 考えている間に、爆発したら困るな。
 包みを居間のテーブルの上に置いて、さてどうしようかねと、おばあさんはひとり言を言った。
「お母さんが帰ってくるのを待つか、もう開けてしまおうか。なんだか、他の家を回るのが嫌になってきちゃったねぇ」
 他の家にも行くつもりだったんだ。なんだろう。セールスだろうか。そう言えばお母さんが、このごろ押し売りが多いって言っていた。幸運のつぼとか絵とかを、むりやり置いていこうとするって。

                                    四

それらはものすごく高いんだって。自動車が買えるくらいだって、お母さんが言ってた。いらないって言っても、置いていかれたらどうしよう。追いかけていかなくちゃ。でもぼくは走るのは苦手だ。おばあさんはやせていて、体が軽そうだ。追いつけないかもしれない。
 自転車で追いかければいいんだ。それなら絶対追いつける。でももし中身がつぼだったら、自転車でガタガタすると割れちゃうかもしれない。弁償しろって言われると困る。お金がなかったら、働いて返せって言われるかな。ぼくにもセールスができるだろうか。
 おばあさんはふろしき包みをほどいた。お重が出てきた。おせち料理が入っているような三段のお重だ。
「味見してみる?」
 ふたを取っておばあさんが言った。大きなおはぎがぎっしり入っていた。とてもおいしそうに見えたが、ぼくはううんと首を横にふった。
「なんで? 食べてごらんよ。たくさんあるから二個ぐらい食べたっていいよ。ほら、おはしを取っておいで」
 しつこくすすめるのは怪しい。睡眠薬が入ってるのかもしれない。ぼくを眠らせておいて、そのすきにどろぼうするつもりかな。包丁や爆弾よりはましだけど。
 食べたふりしてはき出せばいいんだ。全部口に入れて流しに行き……待てよ、ずいぶん大きなおはぎだな。全部口に入れたら、のどがつまってぼくは死ぬかもしれない。お母さんが泣くだろうな。

                                    五

   欲しいって言ってたゲームを買ってやればよかったって、後悔するだろう。
 新聞にも載るだろうな。『おはぎを食べて、小学生が窒息死』って。かっこ悪いな。仲良しの弘樹は死んでもまた生き返れるんだとか言ってたけど、あれはうそだ。ひと月前に死んだ金魚のベロは、植木鉢の中で骨になってしまってた。
 おばあさんは急に立ち上がって台所に行った。ぼくはあわてて後を追った。何する気だろう。流しの前できょろきょろしていたおばあさんは、振り向いてすぐ後ろにいるぼくに気づきヒッと息をのんだ。
「まあ、あんたけっこう背があるね。私とそう変わらない」
 とりつくろうようにそう言い、すぐにそっぽを向いて何かを探すふりをした。
「たかし君。ほら、あれはどこにある? そう、お皿とおはしだ」
 ぼくの名前を知ってる! 何でだ? どこで調べてきたんだろう。そうか、目的はお金じゃないんだ。爆弾でこの家をこわすことでもない。ぼくだ。ぼくを誘拐するのかもしれない。誰かがぼくを欲しがってる。だれだろう。
 子供のいないお金持ち? まさかね。ぼくの頭脳が欲しいよその国の組織? 
 うーん、そうかもしれない。時々ぼくって天才かもって思うもの。
 何か音がする。玄関だ。鍵を開けている音だ。仲間が来たんだろうか。

                                    六

「ただいま、思ったより早く帰れたわ」
 お母さんだった。
「たかし、お客さま? あら、まあ!」
 お母さんは買い物の袋をほうり出して、おばあさんにかけよった。
「藤田さんじゃありませんか。どうされたんです? なつかしいわ。何年ぶりかしら。たかし、なんですか。お客さまがいらっしゃるのにカーテンなんか引いて」
 おばあさんは立ち上がって、カーテンを開けようとするお母さんを止めた。
「いいのよ、カーテンは私が引いたの。近ごろ急に日光アレルギーが出てきて」
「日光がだめなんですか」
「湿しんが出るの。おまけに花粉症で。それでいつも家の中ばかりいて、気分がふさいでたんだけど。きのうふと思いついて、おはぎを作ったのよ。それもとてもたくさん。そしたらお隣さんたちのこと思い出しちゃって、どうしても届けたくなって。今朝、飛行機に飛び乗っちゃった」
 おばあさんは三段のお重を指差した。
「あなたの所とお向かいの曽根さんと、木島さんとと思って。このあたり、すっかり変わってしまったのね」

                                    七

「七年くらいたちましたよ、藤田さんが引っ越して行かれてから。たかしは覚えてないかしらね。よくお守りしてもらったのよ」
 七年前ならぼくは三つだ。
 ぐったりソファにすわりこんで、ぼくは息をついた。怖かったぁ。疲れたし。
 でもゲームより、ちょっとおもしろかったかもしれない。









                                     六


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