クリスマスの掌話  *手のひらの小説*


その一   初めてのクリスマスプレゼント

 市郎さんはもう十分以上もひざの上から目が離せない。そこには子供の握りこぶしくらいの大きさの包みがある。
 緑色の地に小さな星の模様の包み紙に、赤いリボンがかけてある。どうみてもクリスマスプレゼントの包みだろう。
 さっき施設に慰問に来た、幼稚園児が置いていった。はずかしそうに市郎さんにそれを差し出し、付き添いの先生にうながされて手に持ったもうひとつの包みも隣の年寄りに差し出した。
 市郎さんの後ろにいた施設の職員がにこにこして、黙っている年寄り達のかわりに「ありがとうね」とくりかえす。
 二十人ばかりの園児達は先生に連れられ、親鳥の後についていくひな鳥のようにちょこちょこと施設の廊下を通り過ぎて行った。
 市郎さんはひざの上に置かれたプレゼントを見つめている。
 声には出さず、心の中でつぶやく。
( クリスマスプレゼントだ)
 市郎さんは今まで八十六年間生きてきて、そんなものは誰にももらったことがなかった。そして、だれにもやったことがなかった。
 園児がつつんだらしく、ちぐはぐな包み方だ。リボンの蝶結びだけはおそらく先生がしたのだろう。きちっとゆるみなく結べている。
 結び目のところに小さな赤白の縞模様のステッキがぶらさがっている。

                                    一

( クリスマスプレゼントだ)
 隣の年寄りはもらった包みを上にかかげ、通りすぎた園児をこぼれおちそうな笑顔で見送っている。
 市郎さんはその年寄りの包みと自分のを見比べてみる。あっちは赤い地に星の模様だ。大きさは同じくらいだ。
 市郎さんの子供の頃には、だれもクリスマスのお祝いなんかしなかった。だからもらったことがないのもあたりまえかもしれない。
 だが市郎さんは自分の子供にも、そんなものはやらなかった。あるいは市郎さんはやらなかったが、彼の妻は子供に買ってやったのかもしれない。だが市郎さんは今までそんなことを気にかけたこともなかった。
 市郎さんはやっと手を出して、ひざの上の包みをつまんだ。
 軽い。とても軽い。
( クリスマスプレゼントだ)
 市郎さんはドキドキしていた。そんな気持ちを味わうのは、初めてかもしれない。クリスマスに限らず、プレゼントをもらったことだって今まであんまりなかった。
 毎年誕生日には妻がいつもより少しご馳走を並べたが、プレゼントはもらった覚えがない。まあ、妻にやったこともないのだからしょうがないが。
 定年の日に職場の部下達が花束をくれたが、あれもプレゼントだろうか、と市郎さんは首をひねった。

                                    二

 でもあれは少しもドキドキしなかった。むしろこれを持って電車に乗るのはいやだなと思ったのは覚えている。
 市郎さんは隣の年寄りを見た。もう男だか女だか分からない年寄りだ。その年よりは包みのリボンを解こうとしている。どこを引っぱればほどけるのか分からない様子で、首をふりながら熱心に挑んでいる。
 開けるのか、と市郎さんはつぶやいた。
 中に何が入っているのだろう、と市郎さんは自分の包みはそのままに、隣の年寄りの手もとを見つめた。
 もたもたと、その年寄りは動きがのろい。
 結局リボンはほどけず、包みから抜き去った。そしてまたもたもたと包装紙をほどく。やっとほどいたかと思ったら、中に入っていたもの、ごく小さい物だ、それを年寄りはあっと言う間に口に放り込んだ。
 市郎さんは少しも目を離さずに見つめていたのに、それが何だったのかは分からなかった。
 隣の年よりは口をもごもごと動かせながら、半分目を閉じて笑っている。きっと何だかとってもおいしい物だったのだろう。
 市郎さんはやっとひざの上の包みを手に取った。リボンをほどくのは簡単にできると思ったが、せっかくきれいに結んであるのをくずすのが惜しくて、結局包みだけ引き抜く。丁寧にセロテープをはずし、包装紙を開いた。
 中には何にもはいっていなかった。
 市郎さんはぼうっと、開いた包装紙を見つめていた。

                                    三

 隣の年寄りを見ると、まだ幸せそうに口を動かせている。
 市郎さんは包装紙を持って振ってみた。何も入ってなかったと思ったのに、丸い小さなものが包装紙からふわっと浮きあがった。橙色のふわふわと柔らかそうな物だ。
 それが市郎さんの膝の十センチ上あたりでふわふわと浮いたり沈んだりしている。
( いったい何なんだ。)
 市郎さんはそれをつかもうと手をのばした。丸いものは市郎さんの手を避けるように横に動いてすうっと上に登った。今や市郎さんの頭の上、一メートルばかりも上に登ってそこで揺れている。
 市郎さんは車椅子に座ったまま、上を見上げた。落ちてこないかと口を開けて。目を離したら見失いそうで、見失ったらそれまでだという気がする。
( あれがクリスマスプレゼントだ)
 市郎さんは考える。
( 包みを開けなければずっと俺の物だったのに)
 もう手の届かないところに行ってしまった。
「市郎さん、どうしたの。何で泣いてるの」
 職員の若い女が市郎さんを見て、呆れた声を出した。

                                    四

「何だ、プレゼントを落っことしたのね」
 かわりのをあげるわと職員は言い、仰向いた市郎さんの口の中に小さなチョコレートを入れようとした。市郎さんはその手をはらいのけ、上を見上げる。
( 俺がほしいのは、あのふわふわしたものだ)
 でももう、どうしたって手が届かない。
 


   その二
クリスマスの朝

 空太はクリスマスの朝、目があいたらすぐにベッドの足もとを見る。空太がおぼえているクリスマスの朝は、たぶん三回目。十二月十五日、空太は六歳になった。
たんじょう日プレゼントはいつもしょぼい。いいわけにもうすぐクリスマスだからね、と空太のお母さんは言う。
 おかしいだろ、と空太は腹をたてる。
 だってたんじょう日プレゼントはお母さんがくれるけれど、クリスマスはサンタさんだろって。

                                    五

 同じことでしょ、とお母さんは言う。もらうのはあんたなんだからって。
 今日クリスマスの朝、目をさますといつものようにベッドの足もとにプレゼントのつつみがあった。
 小さい。
 本が一さつ入ってるくらいの大きさだ。
 空太がずっとほしいと言いつづけていたゲーム機にしてはうすすぎる。ゲームのソフトかな、と空太はかんがえる。でもゲーム機がないのにソフトだけくれるはずがない。
 あとは何かな、空太は首をひねる。
 恐竜の本がほしい、と言った事がある。もしかしてそれか?
「いやだ、あれはあの時にほしかっただけ。
今はいらない。それならまだレゴがいい。恐竜のレゴブロック」
 足元の箱がグラッとゆれた。気のせい?
「うわっ!」
 空太は後ろにのけぞる。箱が動いている。ムグムグ、と。モコモコと?
 まだ夢の中かと思って、らんぼうにごしごしと目をこすった空太は足もとの箱が大きくなっているのを見た。
 さっきはうすい箱だった。今はま四角な箱。そう、レゴブロックの箱っぽい。
「もしかして、プレゼントが変わってる? 箱の中で」

                                    六

 空太はベッドの上ですわり直した。
 もしそんな事ができるなら。
「できるかもしれない、サンタさんなら」
 じつは空太はうたがったことがある。サンタが本当はお父さんじゃないかって。でもお父さんには、こんなことはぜったいにできない。目の前でプレゼントのなかみを取りかえるなんて。
 やっぱりサンタさんって本当にいるんだ。
「すごい!」
 空太はうれしくて、わくわくして、頭をひねる。
「何にしよう。もちろんゲーム機でもいいわけだけど。何にでも変えてもらえるんだもん」
 ためすつもりもあって、頭の中で自転車を思い浮かべる。かっこいいやつ。となりのお兄ちゃんが乗ってるみたいな。
 そしたら箱がまたモゴモゴと動いた。大きくなる。どんどん大きくなる。
 うわっ、ぼくの足がつぶれてしまう。
 空太は大あわてで足をひっこめ、自分で自分のほっぺたをペチンとたたく。
「ゆめじゃないぞ」
 空太はもっといいものを思いうかべようとする。

                                    七

 たとえば、ショベルカーなんてどうだ?
 空太ははたらく車が大好きだ。
 ミキサー車でもいいな。
 箱がおどろいたようにとびはねた。
 そしてすごいはやさで大きくなる。ベッドの上でどんどん大きくなって、ベッドがミシミシいった。それでもとまらず大きくなって、壁にぶつかりへやいっぱいに広がっていく。空太はへやの外に押し出されて、ドアから頭だけつっこんでさけんだ。
「ちがうよ、本物じゃなくって…」
 あぶない、天じょうが!
「待て! 待って!」
 空太はあわててちがうものを思い浮かべようとする。何か小さい物、もっと小さい物。あわてるとよけいに浮かんでこない。
「本、本! 恐竜の本!」
 あとでゆっくり考えると、くやしくてなみだが出た。ゲーム機って言えばよかったんだ。


                                    八

   その三
     クリスマスの訪問者

 クリスマスパーティをしようと言い出したのは紀恵だ。
「ケーキ買って、お菓子買って、プレゼント交換して、ゲームして、飽きるほどおしゃべりして、一晩中遊ぼうよ」
「一晩中? 泊まるの? どこで」
 ユキが不安そうな顔で紀恵に問いただす。
「里緒奈んち。親が留守だって」
「クリスマスに?」
「うちの親たち旅行なの。二人はクリスマスに婚約したらしく、その思い出の地で毎年デート」
「子ども、ほっといて?」
「誘われたけど、そんなの行きたくないじゃない、普通は。去年までは行ったけど。おじゃま虫なの、実感したし」
 それに私には年の離れた兄がいるの、と里緒奈は言った。
「あんた、一人っ子じゃなかったの?」
「うん、隣町に兄が。十二も年が離れてるけど。もう結婚して子供もいるのよ。その兄がね、今年は里緒奈をうちで預かるから二人で行って来いって、親にすすめたの」
 里緒奈はそれでね、と嬉しそうに笑う。
「友達に泊まってもらうから、と兄に言ったの。親には内緒で。兄の家に泊まった事にしといてって」

                                    九

「紀恵が悪知恵を授けたのね」
「まあ、そんなとこ」
 それでクリスマスイブ、三人は里緒奈の家にいる。三階建てのマンションの二階端の部屋だ。
「私、マンションって憧れだったんだ」
 紀恵が部屋を見て回りながら言う。
「結構、広いんだね」
「紀恵の一戸建ての方に私は憧れるけど」
「築三十年の古家だよ。ユキんちも一戸建て?」
「私は公団住宅。マンションとはちょっと違うわね。雰囲気が」
「何だか私達って、高校の入学式以来八ヶ月のつきあいだけど、お互いの事あまり知らないよね」
 三人はリビングのソファーに陣取り、持ってきたお菓子を片端から開けていく。
「喋ろう。喋ろう」
「ワクワクするぅ」
「一晩中喋っていられるのね」
 食べるのと喋るのと同時に口が動く。

                                    十

 話題は行ったり来たり、飛んだり裏返ったり飽きることなく続いて、そろそろ佳境に入る。
「ねえ、里緒奈って付き合ってる人いるの?」
「いないわよ。でも私は紀恵の好きな人、知ってる」
「私だって知ってるわ。だって紀恵、見え見えだもの」
「ちょっと、待って。あんたたち……」
 そこで、チャイムが鳴った。
「誰か来た」
 三人はいっせいに口を閉じて、玄関の方を伺う。
「今ごろ、誰?」
「里緒奈、見てきなさいよ」
 えっー、と不承不承に里緒奈は立ち上がり玄関に行くが、すぐに駈け戻ってきた。
「ちょっと、ちょっと。ねえ、大変だわ」
「どうしたの?」
「ドアスコープから覗いたら、外にサンタクロースがいるの。初めてだわ。うちにサンタが来るのなんて」
 里緒奈は顔を紅潮させ、うろうろする。

                                    十一

 どうしよう。なんて言おう。何かプレゼントを持ってきてくれたのかしら」
> 「何、ばかなこと言ってんの。そんなわけないじゃない」
 紀恵が笑い出す。
「それきっと泥棒だよ。ピンポン押して留守かどうか確かめてるんじゃない。空き巣狙いよ。留守だって分かったらドアをピッキングし始めるよ、きっと」
「嫌だ。紀恵。怖い事言わないでよ」
 ユキは首をすくめた。
「今日はイブだし、外でパーティしている人は当分帰って来ないし、サンタクロースの格好をしていたら誰も怪しまないんだよ」
「じゃあ、留守って分かったらだめじゃない。いるって事をアピールしないと」
 三人はごちゃごちゃと言い合いながら、玄関に向かった。かわるがわる息をひそめてドアスコープをのぞく。
「私は本物のサンタクロースだと思う」
 里緒奈が言う。
「どう見ても空き巣狙いでしょ。目つきが悪い」
「里緒奈、あなたのお兄さんってどんな人? もしかしてあのサンタは」

                                   十二

「ちがうわよ。うちの兄はもっと背が高い」
 ドアがドンドンと叩かれた。
「ユキ、何で里緒奈のお兄さんだと思ったの」
「本当に女の子の友達が泊まりに来ているのか偵察に来たとか」
「だから、うちの兄はもっとすらっとして格好いいの。あんな……」
「何か言ってるよ。外の人」
 ユキがもう一度、ドアスコープに目を当てた。
「手に何か持ってるわよ。サンタさん」
「ほら、やっぱりプレゼントを持ってきたのよ」
 外の訪問者がまたドアを叩いている。
 紀恵が止める間もなく、里緒奈はドアを開けた。
 外に立っていたサンタクロースは深い息をつく。
「ああ、やっと開けてくれた」
 そして里緒奈に大きな平たい箱を差し出す。
「何? もしかしてピザ?」

                                    十三

「ピザ屋ならピザ屋らしくしなさいよ、あんた。でもうちは、頼んでないよ」
「波多野亮様からお代金はいただいています」
「あっ、兄です」
 里緒奈がピザを受け取る。
 ピザ屋は毎度、と頭を下げながら「すらっとしてなくて悪かったですね」と捨て台詞を吐いた。




                                    十


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