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     『待っている』



「十分間だけ、待っててくれる?」
 多可君は少し、私から顔をそむけながら言った。
 午前十時五十分、駅の正面改札口の前だ。
 待ち合わせ時間は十時三十分だった。クラスの子達と待ち合わせていた。ここまで待っても他に誰も来ないということは、どうやら今日は私と多可君二人だけなのかもしれない。
 私は花束を持っている。ガサガサとかさばるそれをかかえなおす。
 言い出しっぺはクラス委員の里奈さんだ。
 南さやか先生の家にお見舞いに行こうって。
 私は行きたくなかった。七月まで担任だった先生だけど、あんまりしゃべったこともない。
 里奈さんが声をかけて、クラスで五人の子が行く事になった。私の家は花屋なので、行きたいとも言わないのに、行く事になっ てしまった。

 多可君はいったい、どこへ行ったのだろう。
「どこへ行くの?」と聞くべきだったかな。
 おトイレかな、忘れ物を取りに帰ったのかな。確か多可君の家は駅のすぐそばだ。

                                    一

 どうして他の子達は来ないんだろう。待ち合わせ場所も時間も間違っていない。だって多可君はちゃんと来たんだし。
 私は花束、多可君はクッキーの箱を持っている。多可君の家はケーキ屋さんだからだ。多可君もきっと、行きたいとも言わないのに行く事になったんだろう。
 里奈さんは頭がいいし、はきはきと物を言うので、クラスはいつもあの子中心に動く。
 こうしましょう、あなたがこれをして、あなたはこれ。
 いつもクラスはそれに振り回される。決して私は、里奈さんが嫌いなわけじゃない。そう間違った事を言うわけじゃないし、きれいだし、動きもきびきびして気持ちがいい。
 多可君もきっと里奈さんが好きだろう。だから今日も行く事にしたのだから。
 でも私と二人だけなのは、もしかするといやなのじゃないかな。
 今ごろ家で、行く事になっていた他の人に電話しているのかもしれない。
「どうして来ないの? 誰も来ないんなら、ぼくもやめるよ」っ て。
 足がだるくなってきた。壁ぎわによって、そこにもたれる。少し楽になった。
 花束がじゃまだ。お母さん、こんなにはりきらなくてよかったのに。もっと小さいのにしとけばいいのに。みんなで集めたお金の分より、花の本数をだいぶ増やしたんだろう。

                                    二

 六年の担任なのにそんなに長い間休むなんて、とお母さんは最初文句を言っていた。先生は赤ちゃんがおなかにできて、今つわりがひどいんだってわかった時も、そんな人を六年の担任にするなんてと怒っていた。でも春にはまだ赤ちゃんはできていなかったんだから、しょうがない。お母さんも花束を作るときには自分でもそう言っていた。
 お母さんは花が本当に好きだ。花を触っている時は機嫌がいい。

 今、何分くらいたった? まだ二・ 三分かな。

 もし多可君が今日は行かないと言ったらどうしよう。多可君はクッキーだからいいけど、花束は絶対にだめになる。
 クラスでお金を集めてお見舞いに行くことが決まっ た時、『じゃあ、お花は恵美ちゃんお願いね』と里奈さんは私に言った。お花を用意するだけかと思ったら今度の土曜に駅前で十時半ねと、念を押された。何とか行かないで済む方法を考えて、やっと思いついて『つわりの人って気持ち悪いんでしょ 』と言ってみた。
『花のにおいってよくないんじゃない?』
『においの強くない花にしたらきっとだいじょうぶ。きれいな花は〈 タイキョウ 〉にもいいと思うわ』
 私は〈 タイキョウ 〉って何かわからなかった。家でお母さんに聞いてやっとわかった。

                                    三

 おなかの赤ちゃんの教育だって。変なの。
 私は抱えた花束のにおいをかいでみた。そんなに強いにおいはしない。小さなひまわりを中心に、オレンジのガーベラ、薄ピンクのバラ、カスミソウ、花屋の娘だからそれぐらいはわかる。

 もし行かないなら、多可君はきっと連絡してくれるよね。まさか私だけこのまま待ちぼうけなんてことはないよね。もう十分たったかな。近くに時計がないからわからない。
時計が見える所まで移動しようか。でもその間に多可君が帰ってきたら困る。

南さやか先生はそんなに若くない。もうおばさんだと思っていた。まだ赤ちゃんができる年だとは知らなかった。だってうちのお母さんと同じぐらいの年だと思う、見た目は。
それなのに初めての子なんだって。お母さんがどこかで聞いてきてそう言っていた。
 赤ちゃんは来年に産まれるらしい。どんなだろう、赤ちゃん。私は末っ子だし、いとこもみんな私よりずっと年上だから、赤ちゃんってあまりじっくり見たことない。先生は産まれたら見せてくれるかな。
 先生の家はここから電車で三つ先の駅だ。一度も行ったことがない駅だ。一人ではきっと行けない。それに先生の家を知らない。
 多可君は知っているんだろうか。知らなかったら行けないよね。

                                    四

 じゃあ、やっぱり中止かな。
 多可君、本当に帰ってくるのかな。でも十分間待って、と確かに言った。もうやめとこうって言わなかった。聞き違えてないと思うけど。
 もし里奈さんが急に行けなくなっても、ほかの人までみんな都合が悪いなんてことありえないよね。
 ええと、だれだったっけ。多可君と私以外に。美和ちゃんと涼香ちゃんだったかな。違う、瀬里奈ちゃん? 
 鈴音ちゃんは誘われてたけど断ってた。習い事がいそがしいって。木下君は行きたがってたけど、里奈さんは断ってた。
 あんまり大勢だと先生に迷惑だからって。
 じゃあ、私は行かなくてもよかったのに。
行きたいなんて言ってないのに。
 私は里奈さんとそうなかよしでもないし、美和ちゃんとは普通になかよしだけど。家が近いもの。幼稚園からいつも一緒に遊んでたし。

 暑いな、ここ。日が当たってきた。もう少し中に入ってもいいよね。ここが見えれば。
 あっ、でも人が増えてきた。やっぱりここにいよう。多可君に見えなかったらこまる。

                                    五

 もう帰っちゃったのかと思われたら、多可君が気分悪くする。待っててと言ったのに、って怒るかもしれない。クラスで口をきいてくれなくなったら嫌だ。
 男の子の中で、一番話しやすいもの、多可君。ちょっとかっこいいし。テレビに出てる人に似てる。
そう言ったら『全然似てない』とお姉ちゃんに笑われた。お姉ちゃんは私と三つ違い。いつも私が言ったことにケチをつける。
   もう二十分ぐらい待ってない? なんでこんなに待たすの。十分って言ったよね、多可君。

 美和ちゃんと私は一番仲良しだった。去年までは。
 六年になってから、美和ちゃんは里奈さんと同じ塾に行き出して、それから二人は私より仲良しになった。休み時間もいつも二人でしゃべってる。別に仲間外れにされているわけじゃないから、私がそばにいってもしゃべってくれるけど、でも何だか美和ちゃんは私としゃべるより、里奈さんとしゃべる方が楽しそうに見える。里奈さんはいっぱい友達がいるんだから、私の美和ちゃんを取らなくてもいいのに。
 でも取ったわけじゃないわ、と里奈さんは言うだろうな。友達って取るとか、取らないとかじゃないでしょ、って美和ちゃんも言うだろうな。結局そんなことを考えている私がいじけてるのよね。
 お姉ちゃんがよく言う。恵美って陰険ねって。
 インケンってどういう意味? って聞くといい顔しながらお腹の中が黒いやつだって。

                                    六

 嫌なら嫌って言いなよって、お姉ちゃんは怒るんだ。でも嫌って言ったら、けんかになるでしょう?
 私、けんかはしたくない。
 そう言えば、多可君にもそんなとこがある。ほかの男の子たちがしかけてきても、絶対にけんかしない。
 前なんか掃除中に他の男の子がふざけていて、多可君だけがまじめに掃除していた。ほかの子たちがそれが気にさわったらしく、掃除なんかするなよ、と多可君のほうきを取り上げた。
 多可君は、さからいもせず掃除をやめた。
 でもずっと床の上のごみを気にしていて、他の男の子たちが横をむいたすきにさっと拾ってポケットに入れた。
 私はそれを見て、びっくりした。私ならみんなにならって掃除をやめても、ごみは拾わない。しかも自分のポケットになんか絶対に入れない。
 多可君はちょっと変な男の子だと私は思う。

 えーっ、多可君おそい。まだ十分たたないの? いったい何してるの。私、いつまでここにいればいいの。ちょっと時計、見に行こう。
 ええっと、あれまだ五十七分だ。まだ十分たってない。うそー。もう三十分くらい待ってる気がする。

                                    七

 南さやか先生とこに何時に行く約束してるんだろう。里奈さんが連絡してくれてると思うけど。あんまり遅くなると、先生が心配するよね。ここから電車で三駅でしょう。駅から少し歩くでしょう。二十分くらいかかるのかな。もうちょっとかかるかな。お昼ごはんのころに行くと先生に迷惑だから、っ て里奈さん言っ てたよね。
 先生は体がつらいのだからあんまり長い間おじゃましたら迷惑だし、花とお菓子渡してすぐに帰りましょうって、里奈さんそう言ってた。
 休みに入る前、先生本当につらそうだった。
顔色悪いし、ふらふらしてた。 給食の時間、先生は机にトレイを置いたまま、一口も食べなかった。何か悪い病気かもってみんなはうわさしていた。
 先生うれしそうだったな。休む前の挨拶の時。ちょっと泣きそうになってた。悲しいんじゃなくうれしくて泣いてるんだなっ て、私にもわかった。
 先生、結婚して十年たつのに赤ちゃんができなかったんだって。もうあきらめかけてたんだって。
 そんなに子どもってほしいもんかな。
 神戸のおばさんは子どもがいない。結婚してからずっと二人で働いて、毎年何回も外国に旅行に行ってる。お母さんはおばさんに会うと、いいわねーとうらやましがるけど、年取って一人になったらどうするんだろうね、なんてお父さんに言ってる。

                                    八

 おそい! 多可君。どうしよう。私も帰っちゃおうかな。
 あれ、あれは多可君じゃないかな。あっ、そうだ。

 ごめんね、と多可君は言った。走ってきたらしくハァハァ いってる。
「電話してきたんだ。里奈さん、急に用事が出来たって。行けないって」
 えー、どうすんの。
「涼香さんと美和さんも、里奈さんが行かないんならやめるって」
 じゃ、わたしたちもやめるの?
「先生の家の場所、ちゃんと聞いてきた」
 えっ?
「行こう」
 多可君は切符を買い、改札口へ行く。
 電車はそう待たなくてもよかった。ホームで私は時計を見た。九時十分だった。
「多可君、ちょうど十分で帰ってきたのね」
 思わずそう言った。
 多可君はそうだった? と言って笑った。
 やっぱりテレビに出てる人に似てると、私は思った。
                                    九


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