『おばけやしき』



「おばけやしきに行ったことあるか」
 ゲンが言った。
「ファ ミリーランドでしょ。知ってるわ。この間行って来たばかりだもの。でもたいしてこわくなかったわよ」 
 トミはてごろな小石を見つけたので、かた足飛びでポンとける。
「ちがうよ。遊園地のおばけやしきなんかじゃないったら。本物だよ、本物」
「ええっ、いやだぁ 」と、ユウは首をすくめた。
「ほんとう? また、ひっかけるんじゃないでしょ うね」
 トミはうたがわしそうに、ゲンの顔をうかがい見た。
「うそだと思うんなら、来なくていいんだぜ。オレは今日行くつもりだけどさ」
 そういう言い方をしたら、きっ とトミは行くつもりになるわとユウは気をもんだ。
 そしてやはり、それはそのとおりになった。
 トミは目をかがやかせて、ゲンにつめよったのだ。
「ほんとうなの? ふうん、わたしたち今日はべつにいそがしくないしね。行ってみてもいいわね。ユウ」
 ユウは長いみつあみを指にまきつけてはほどき、ほどいてはまきつけている。こまった時のユウのくせだ。
 遊園地のおばけやしきの前を通るのだって、ユウはこわい。

                                    一

「走って帰ろう。ユ ウ」
 背中のランドセルを鳴らして、トミは走りだす。
 ユウもあわてて後を追う。
 遠回りがめんどうな時は、トミの家のげんかんからくつを持って、うら口から出してもらう。
 するとそこは、もうユ ウの家の裏庭になる。
 ゲンはトミの家の前で二人に手をふった。
「じゃあな」
 ゲンの家は町はずれだ。表通りをつっきってしばらく歩くと、小さな城下町はもうそこでとぎれてしまう。
 十分もたつかたたないかのうちに、かり入れが近い田んぼの中に三人の黒い頭が見えた。
 一番先に行くのはゲンだ。イガグリ頭にあせのつぶを光らせている。つぎに行くのはトミ、ゲンよりほんの少し背が高そうだ。
「ほんとうにこんな方におばけやしきなんかあるの? まだ、ずいぶん歩くの?」
 ユウはトミより、頭一こ分ほども背が低い。小学校の三年生全部集めても、ユウが一番背が小さかった。
 妹がお姉さんの後をついて行くように、ユウはトミの服のすそにつかまるようにして歩いている。
 細いあぜ道は両がわからイネがたれてくるので、足もとが見えにくい。

                                    二

三人は泳ぐように手でイネをかきわけて進んでいく。実ったイネのはしかいにおいが、うずまいて後ろに流れる。
「あれが、おばけやしき?」
 トミがゲンをにらみつけた。
「ちょっとゲン、あれのどこがおばけやしきよ」
 小さな山の中ほどをけずりとったたいらな所に、それは建っていた。細長い板ばりの小屋で、いっぱいに日ざしをうけてとてものんきそうに見える。
 ゲンはその小屋を指さしていた。
「おばけやしきっていうから、もっと暗い所に建ってるんだろうと思った」
 びくびくしていたユ ウも、ほ として顔をあげた。
「そうよ。暗い森の奥とかでなくちゃ。ほんとうにこれがおばけやしき? ゲンったら、だましたんでしょ。わたし、本気でドキドキしてそんしちゃった」
 トミはおこっている。
 ゲンはニ ヤニヤわらいながら、足もとの小石をひろった。そして小屋にむかって、それを投げた。小石は板かべにあたって、いい音をたててはねかえる。

                                    三

 とたんに。 ギャアアアー
 とてつもないさけび声がひびいた。
 ユ ウは立ちすくみ、トミさえも息をのんだ。
 ゲンはニヤニヤとそれを見ている。
「言ったろ、おばけやしきだって」
「なんなの、あれ」
「いやだぁ、わたし。ねえ、帰ろう。帰ろうよぉ 」
 ユウはもうべそをかきはじめている。
「だから、おばけの声に決まってるだろ。ユ ウ、だいじょうぶだったら。出てきやしないんだから。ほら、トミも石を投げてみろよ」
「わたしはしないから。ぜったいにいやだからね」
 ユウは後ずさりする。トミはゲンのわたす小石を手のひらに受けた。
 ゲンがまた投げる。
 ギャウァー ギャワァァー
 トミも思いきって投げてみる。

                                    四

 ギィヤァー ギャャー
「おこってるのかしら」 
 ユ ウが、トミのせなかの後ろで言う。
「こわがってるんじゃない?」
 トミが言う。
「どんどん、投げるぞ。ほらユウも。おばけたいじだ」
 ゴトン バラバラ カツン  ギャアア ギャアアー
 静かな村が、たちまち大そうどうだ。
「これ、やめなさい。ちょっと投げるの、中止中止。おじさんにあたっちまう」
 小屋のうらからだれかが出てきた。
「いったいなんで、そんなに石を投げるんだね」
「おばけの子分かしら」とトミがこっそり言った。
「そうでもなさそう」
 ユウもささやきかえす。まだおじさんというにはかわいそうな年かもしれない。やぶれたむぎわらぼうしの下で、首をすくめている。

                                    五

「あぶない、あぶない。ほらもう投げないで」
 まだ石を手に持ったゲンが「おばけたいじしてたんだよ」とどなる。
 背の高いそのおじさんは、三人にむかって手まねきした。
「おいで、あがっておいで。さあ」
 その声はひみつめいていて、三人のむねをときめかせた。
「さあ、ちっともこわくないんだ。おいで。おとなしいおばけたちだから。みんなに君たちをしょうかいするよ」
「どうしよう」
 ゲンがトミをふりかえった。
「あの、おじさん。ちっともこわそうじゃないわ」
 ユウがつぶやいた。
「行ってみようか」 
 ゲンはようじんのため、ポケットに小石をいくつか入れて、トミの後を追っ た。おいて行かれそうになって、ユウもあわててついて行く。
「さあ、どうぞ」
 おじさんは小屋の戸を開けた。

                                    六

「ただし、静かにね。おばけたちがおどろくから」
 一番はしのかこいの中には、頭だけでユウの体くらいはありそうなブタが一とう。
 どこかふつうのブタとちがうんだろうと、ゲンはおそるおそるさくに近づいてながめた。なにしろおばけのブタなんだから。
「なぁんだ、ただのブタじゃないの」
 後ろからトミが言った。ゲンはあわててそこからはなれて、となりのかこいをのぞきこんだ。そこには、やさしい目をした牛がよだれをたらしている。
 ブタも牛も、ギャァァなんてなかない。
 そのとなりにはヤギが一とう、だまって頭をたれている。そのつぎのかこいにはニ ワトリが五わ。せわしくなきながらえさをついばんでいる。ヤギもニ ワトリも、ギャァァとはなかない。
「さて、ここのおばけは知ってるかな」
 さいごのかこいの中には、まっ白な大きな鳥がきょときょとしていた。
 そして三人のこどもたちを見ると、はねをひろげてギャアアーとさけんだ。
 おじさんは立ちすくんでいる三人を見て、少しとくいそうにわらった。
「これ、ガチョウっていうんだ。見たことないだろう」

                                    七

このあたりの家ででかっている鳥はニワトリかチャボ。ガチョウなんて、三人とも見たことがなかった。
「きれいな白色ね。光ってるみたい」
 トミが言った。うすぐらい小屋の中で、その鳥はほんとうに光って見えた。
「わたしね」
 後ろの方にいたユウが、はしゃ いで前に出た。
「わたし、ガチョウって知ってる。ニルスっていう男の子が乗った鳥よ。『ニルスのふしぎなぼうけん』って本、家にあるの」
「この鳥、人を乗せて飛べるの?」
 ゲンはゆるされるなら、すぐにでもかこいの中に入りそうにして言った。おじさんは、むぎわらぼうしの下に指を入れて頭をかいた。
「それはムリだよ」
「ゲン、ちがうわ。ニルスはね、小人にまほうをかけられて体が小さくなっちゃったの。だから乗れたの」
 ユウはあの本を、八さいのたんじょう日に買ってもらった。その日のうちに、三回も読みかえした。そしてそのたびに、まわりのけしきがまっ白になるくらいむちゅうになった。
「乗れそうな気がするけどなぁ」

                                    八

 ゲンはあきらめきれないようすだ。
 毎日ここに来たら、なれてくれるかなとゲンは考えていた。
 ガチョウはゲンたちにむかってさけび続けている。
 ダレダ! オマエタチ! デテケ! デテケ!
 なれてきたらそうっとはねをなぜてやって、こわがらなければゆっくり首のところにまたがればいい。きっとうまくいくぞ、とゲンは考えていた。
 ユウの頭の中では、ニルスのガチョウと目の前のガチョウがかさなってしまっている。すみっこの暗がりにニルスがかくれているかもしれないと、ユウは思った。今出てきたらだめよニルス、と小さな声でつぶやいている。
「わたし、この鳥の声が気に入ったわ」
 トミが言った。
 トミたちのたんにんの先生は、口をできるだけ小さく見せようとして、いつも先をつぼめるようにしている。
 じゅ ぎょう中にまどの外でこの鳥がないたら、竹田先生の口はどのくらい開くだろうとトミは想像していた。
 だまりこんだ三人を見て、おじさんはあわてたふうに言った。
「この鳥はね、ニ ワトリと同じ家畜だからそんなに飛べないんだよ。じつはね。とてもざんねんだけど」

                                    九

 三人は三人とも、おじさんがほんとうのことを言ってるとは思わなかった。それがおじさんにもわかっ たので、なおさらあわてて言っ た。
「さあ、これで見学はおしまい。外へ出て」
 帰り道でゲンが言った。
「あのおじさん、カギかけなかったぜ。かけガネだけだった。いつだって中に入れる」
「入っ てどうするの?」
 トミが聞いた。
「ゲンが考えていることわかるわ。あの鳥に乗ってみようと思ってるんでしょ」
 トミは立ちどまって言った。
「だめよ、そんなことしちゃ。飛んでっちゃったら、帰って来れないわよ」
「ふん、えらそうに言うなよ」
 ゲンはかたをはって「オレがあそこのこと教えてやったの、わすれるなよ」と、わざと低い声を作って言う。
「だれにも言うな。ガチョウのこと。ぜったいひみつだぞ。もししゃべってみろ ……」
しゃべったらどうなるのか、トミたちがギクッとするようなことがとっさに思いつけなかったらしい。
 ゲンはだまって歩きはじめる。

                                    十

 日がくれはじめた。
 田んぼのイネが、出てきた風にいっそう頭をたれている。
「あの鳥、飛ばすの?」
 ユウは目をかがやかす。
「まさか、ほんとうにやるつもりじゃないでしょうね」
 トミが言う。
「べつに飛ばすってわけじゃないさ。ちょっともう一回見てみたくなっただけさ」
 ゲンはそう言った。
 きのう、ゲンはひるねをした時にガチョウのゆめを見た。ゲンの前で、ガチョウはとくいげに羽を開いた。ズワズワと風がおこって、すなぼこりがまい上がった。
 そのガチョウは、首を下げてゲンを乗せてくれた。ゆめからさめても、ガチョウのあたたかでなめらかなせなかの感じが手のひらにのこっていた。
 大きな山のてっ ぺんよりもずっと上から見おろしたゲンの家は、一つぶの花のタネのようだっ た。山のむこうに海まで見えた。
 ゲンたちの住む町は、海まで電車で三、四時間もかかる山の中だ。

                                   十一

海なんか見えるはずがない、と思うのにほんとうに見えたようにはっきりとゲンの目の中に残っていた。気になって、ゲンはお父さんに聞いた。
「北のふたこぶの山の方に海が見える?」
「ああ、あの山のてっぺんからな。天気のいい日だけ、ちらっと見える」と、ゲンのお父さんは言った。
 やっぱり、とゲンは思った。あれはゆめではなくて、ほんとうだったんだと。
 だからゲンはもう一度あの小屋に行って、できればガチョウをさわってみたい。ゆめと同じ感じがするか、たしかめたいのだ。
 だがそれをユウはともかくトミには言えない。
大きなお兄さんが二人もいるトミは、いつもゲンが言ったりしたりすることをばかにしてわらうからだ。
 あぜ道は田んぼのイネのかり入れがおわったせいで、すっかり広びろとしてさむそうに見えた。
「雨にならないかしら」
 トミが空を見あげた。
「だいじょうぶ。うすい雲だもん」
 ゲンが言う。
 少しくもっているだけで、おばけやしきはこの前とはすっかりようすがちがって見える。

                                   十二

「雨になるわよ。帰りましょう」
  ウが心ぼそそうな声を出した。
「もうここまで来ちゃったんだから、ガチョ ウを見て行こうよ」
 トミはさっさと道を登って行った。
 小屋の戸は何のくろうもなく開いた。
 ブタはねそべったまま鼻をならし、牛はのっそりとさくから顔を出した。ヤギは軽い足音を立て、ニワトリはケ ケッともんくを言った。
 空がくもっているので、小屋の中はなおうすぐらい。三人はつれだって、そろそろと一番はしのかこいまで歩いた。
 そこはしずまりかえっていた。
 動くものはなにもなかった。
「いない!」
 ユウが小さくさけんだ。
「にげたのかしら」と、トミがすみずみまでのぞきこむ。
 ゲンはだまっていた。

                                   十三

 心の中で、これではっきりしたぞ、と思っていた。あれはゆめじゃなかったんだ、と。
 遠くの山がかすんできはじめた。雨がやって来たのだ。
「走ろう」
 みんなはそろって走り出す。来るときは遠回りしてわたったはばの広いみぞを、思いきってゲンは飛んだ。
「すごいわ、ゲン」
 ユウは感心している。
 トミはみぞの前でまよっていたが、あきらめて遠回りするユウの後を追った。
 二人が追いつくのをまって、ゲンは言った。
「オレ、ガチョウに乗ったんだ」
 なにげないふうに、歩きながらゲンは続けて言う。
「きのうの昼間。オレんちの庭にガチョウのやつ、飛んで来たんだ。オレ、えんがわでねころがってたんだ。せなかにさわってもいやがらなかったから、乗ってみたんだ。そしたら飛んでくれた。はねをひろげると、あいつずいぶん大きいぜ」
 ゲンは息をついて、トミとユ ウを見た。
 二人はだまって、せかせかと歩いている。

                                   十四

「オレの家がさ、だんだん小さくなってくるんだ。北のふたこぶ山の高さとちょ うど同じくらいまで飛んだ時、海が見えた。もっとそばまで行きたかったけど、ガチョ ウはつかれたらしくてさ。オレを庭におろして行っちゃった。小屋と反対の方へさ。だから、もうあそこにはいないんじゃ ないかって、オレにはわかってたんだ」
 トミもユウも何も言いかえさなかった。
 それどころか、じぶんたちもガチョウに乗ったことがあるような顔をしてうなずいた。
 ガチョウはトミとユウの家にも行ったのだろうか。
 ゲンはほっとして、また走り出した。
 雨が三人の後を追って来る。







                                    十五


本棚に戻す