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さかさてるてるぼうず
あしたは運動会。
ぼくはふとんの中で、てるてるぼうずを作っている。かいちゅう電灯のあかりひとつで。
父さんの引き出しからそっと持ち出した白いハンカチに、ティッシュ のまるめた物をつめて、今糸でしばるところ。
あとはサインペンでさがり目を描いて、口も『へ』の字の泣き顔を描く。そうだ。ほっぺたになみだもひとつぶ、わすれずに描かなくちゃ。
ぼくの作っているのはさかさてるてるぼうず。ふつうのてるてるぼうずと反対に、頭を下にしてつるす。
「あしたは雨にするのだぞ。どしゃぶりにするのだぞ」
ぼくの親友のヒトシも、今ごろ作っているかもしれない。さかさてるてるぼうずのことを教えてくれたのは、じつはヒトシだ。すごいききめだそうだ。ヒトシは五回ためして、そのうちの四回成功している。
明日は、ぼくの大っきらいな運動会だ。
ジャカジャカとそうぞうしい音楽もきらいだし、紙の花も万国旗も、先生の大声、合図の笛、スタートのピストルの音。ううっ、思い出しただけでゾッとする。
かけっこで、ビリになるのがいやなわけじゃないんだ。そりゃみんなよりだいぶおくれて、ゴール に入るのがいい気持ちだとは言わないけど。
一 |
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いっしょにスタートしたみんなは、もうすずしい顔をしてゴール にいる。スタート地点にいる先生が次に走るグル ープをならばせて、ぼくがゴール するのを待っている。
それはいやな気分だけど、まあがまんできないこともない。
『最後までがんばって走りましょう。みなさん、おうえんしてください』というアナウンス。何と言ってもぼくが一番いやなのがあれ。
どんな顔をしていいのか、わからなくなってしまう。
それから観客席にはってあるロープがはずれそうになるほど体を乗り出して、すごい勢いで手をたたくどっかのおばさん。
「かわいそうに、あんなに太ってちゃね」なんて、わざわざ本人のぼくに聞こえるように言わなくてもいいと思う。
そんな目にあうのに、運動会がすきになれるわけがないんだ。
あくる日、へやがまだあまりにも暗いので、早く起きすぎたのかと思った。
でも時計を見ると七時五分前、いつもと同じ時間だった。ぼくはとび起きて、窓を開けた。まだ雨は降っていない。
でもきっともうすぐ降りだす。空には真っ黒な雲がワイワイとばかり集まって、出番を今か今かと待っている。
だがまだ安心はできない。ぼくは窓の外につりさげたさかさてるてるぼうずに向かって、手を合わせた。
二 |
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「たのむぞ、たのむぞ」
ききめはすぐにあらわれた。朝ごはんを食べ終えたころ、うらの物置の屋根がバラッバラッとすごい音をたてた。
「やっぱり降ってきたわよ。すごい勢いね」
「じゃあ、運動会は中止だな」
残念だなと口では言い、お父さんは少しホッとした顔をした。
「何ていやな雨だ」と先生は言った。
かみの毛を短くかりこんだ、身長百八十センチの手塚先生はスポーツが大好きだ
いい天気の日だと、国語でも算数でも全部体育の時間に変更したくなるわるいクセのもちぬしだ。
「先生はてるてるぼうずを三十八個も作ったのにな。みんなの分と先生の分と、一人に一個だぞ」
夜中の十二時までかかったのに、と先生はためいきをついた。
ぼくのさかさてるてるぼうずはすごい!
たった一個なのに、ふつうのてるてるぼうず三十八個に勝ったんだ。
「先生、わたしだって作ったよ。中にバレーボールを入れて、特大のだよ」
クラスで一番背の低いカナが、くやしそうに言った。
三 |
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クラスのみんなは手でバレーボールの大きさを作ってみて、ええっ! とおどろいた。
すごい! ぼくのさかさてるてるぼうずは、特大てるてるぼうずにも勝ったんだ。
休み時間にヒトシに会いに行った。ぼくは四年一組、ヒトシは五組。組は一度も同じになったことはないけど、家が近いし気が合うので小さい時からのなかよしだ。
「おい」
ぼくはろうかの窓からヒトシをよんだ。
「やったな、すっごいききめ」
ところがどうしてか、ヒトシはあんまりうれしそうではない。
「今日はうまくいったけど、これで運動会がなくなってしまうわけじゃないんだぞ。あさってにのびただけなんだ」
ヒトシは細い顔をしかめた。
「ドキドキ、いやな気持ちで待つ時間がふえただけなんだ」
「だいじょうぶだよ。まかせとけって。ぼくのさかさてるてるぼうず、すごいやつなんだ。あさってもどしゃぶりにしてやる」
そして、そのとおりになった。雨は降り続けている。
四 |
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「台風が近づいているそうだ。天気予報によると明日の朝に通り過ぎるらしいから、運動会はあさってになった。まあがっかりするな。昔から台風が通りすぎた後はすごくいい天気になるという。バツグンに楽しい運動会になるぞぉ」
手塚先生は力がありあまっている感じ。ウォッ ウォッ、とうなりながら腕をブンブンふり回した。
だが雨はまだ降りやまなかった。
先生はイライラして、まともに授業ができなくなった。カナは『雨でもいいからやろうよ』とだだをこねた。
ヒトシはますます、うかない顔つきだ。
「たぶんぼくが一番きらいなのは、運動会じゃなくて運動会の前の日だったんだ。こんなに何度も前の日があったんじゃ、ぼくはもう心臓がおかしくなってしまう」
「だいじょうぶだって。運動会なんてなくなってしまうまで、雨を降らせてやるから」
ぼくはうそを言わない。ぼくじゃなくてさかさてるてるぼうずか。
次の日もその次の日も、どしゃぶりだ。
お母さんは家の中にひもをはって、せんたく物をつるした。いやだな。まるで万国旗みたいだ。
ぼくんちのかい犬、ララは散歩に行けなくて、ヒステリーをおこした。キャンキャンとうるさくてかなわないので、お父さんはララを家の中に入れた。
五 |
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ララはぼくのそばにいるのがうれしくて、すごいいきおいで家じゅうを走り回る。
ダッ ダッ ダッ ドッ ドッ ドッ
「もう、たくさん!」
お母さんがさけんだ。
「なんとかしてくれ!」
ララに新聞をやぶられたお父さんが、どなった。
「もう今日で、雨は九日間も降り続いています」
月曜日、その日もやっぱり雨だった。外で朝礼ができないので、ぼくらは教室の中でスピーカーからながれる校長先生の声を聞いている。
ホッとぼくは息をついた。校長先生はとうとう運動会を、やめにするのだろうと思った。
「もう、やめにしようかと思いました」
校長先生がそう言うと、カナがイヤーッとけたたましい声をあげた。手塚先生は、歯をむきだしてウウッとうなった。
「でもみんなはいっぱいあせをかいて、いっしょうけんめい練習しましたね。くやしいですね。それに今の六年生にとっては、最後の運動会です」
六 |
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うろうろしていた手塚先生が、立ち止まって拍手した。
「いつ、ということは決めずに雨があがりさえしたら、その時が運動会だとしましょう。全種目はできないかもしれないけど、リレーだけは何とかやりましょうね」
ゲッゲッ、なんてことだ!
「アメ、アメ、ヤメヤメ」
カナが大声で歌いはじめた。すぐにあいつもこいつも、声をあわせた。
「アメ、アメ、ヤメ、ヤメ」
ぼくはおかしな気持ちになった。ぼくが大きらいなことを、反対にすきでたまらない人がいるのだ。
そんなことはあたりまえのことなのに、なんだかショックだった。
その夜ベッドに入ると、今まで気にならなかった雨の音が耳について眠れない。
ザンザン ザンザカ ザアザアザア
本当にこの雨を降らせているのは、ぼくのさかさてるてるぼうずだろうか。取りはずしたらやむかな。
ためしてみようかな。
ぼくはそっと窓を開けて、さかさてるてるぼうずを見た。何日も雨に打たれて、重いほどぐっしょりぬれている。
七 |
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きもちわるいだろうな、とぼくは思った。
泣き顔で、それでもしっかり歯をくいしばって、自分の役目をはたそうとしている。
「おまえ、ずいぶんがんばったな」
と、ぼくは思わず声に出した。
「おまえは、すごいやつだ。でも、もういいんだよ」
頭が上にむくように糸をくくりなおして、ぼくはまたそれを外につるした。
あくる朝、外は静かだった。飛び起きて窓を開けると、夜中のうちに何かが空で大あばれしたようなぐあいだった。
雨雲はバラバラにちぎれて、空のあちこちにちらばっている。なつかしい青空をながめていると、体がむくむく動く感じがする。
ぼくの体の中に、植物の芽でも出てきたような感じだ。
三度ものびた運動会が、その日やっと始まった。
ぼくはスタートラインにならんでいる。ぼくの前に走ったヒトシは、やっぱりビリでてれくさそうに頭をかいた。ちらっとぼくの方を見て、両手でピースサインなんかしたりして、ばかなやつ。
八 |
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いつのまにか空にはひときれの雲もない。
バン! とスタートの合図。
ぼくは走りだした。
先生が砂をたくさん入れたけれど、コースはまだぬかるんでいる。前を走るやつが、ぼくの顔にどろをはねとばす。ぼくはさかさてるてるぼうずみたいに歯をくいしばって、口を『へ』の字にして走る。でもそんなにうまくはいかない。やっぱり、いつもと同じ。
ぼくがやっと半分走ったころに、ほかのみんなはゴールにかけこんでしまった。そしてアナウンスが聞こえてくる。
「がんばって、最後まで……」
ゴールにはぼくのためだけにまた白いテープがはられている。両手を広げて、ぼくはそこをめがけて走りこむ。
バンザァイ! やっと終わった運動会。
九 |