ソラタの手


 ふわぁー
 大きなあくびが一つ。
 ふわぁー ふわぁー
 つづけて二つ。
 ソラタの目ははんぶんしかあいていない。
 そのまま、パジャマのボタンをはずそうとする。なかなかはずれない。
「おかーさん」
「はやくきがえて。おむかえのバスにおくれるよ」
 おかあさんはそういって、ようちえんのかばんの中をたしかめる。
「だって、ボタンが小さすぎてはずれない」
「ボタンはいつものボタンです。きゅうに小さくなったりしません」
 おかあさんはちょっとおこってくると、よその人みたいなしゃべりかたをする。
「でも、はずれない」
 ソラタがいうと、おかあさんがそばにきて「きゃっ!」と大きなこえでさけんだ。
「その手。なにをしたの?」
 えっ、なにって。
 ソラタはじぶんの手を見た。
「うわっ!」
 右の手が、おかしい。ソラタの手ではなくなってる。
「ねこの手だ!」
 右の手だけ白い毛がはえて、手のひらにピンクのまるいものが四つ、まんなかにハナみたいなかたち。
 プニプニとやわらかい。
                                    一

「この手は、おとなりのシロちゃんの手だわ」
 おかあさんがソラタをにらんだ。
「あんた、きのうシロちゃんになにかしなかった?」
「なにかって?」
 ソラタはとぼけたけど、ほんとうはおぼえがある。
「だっこしたくて、おいでっていうのに、にげようとするから、手をひっぱった」
「すぐに、かえしていらっしゃい」
「だって、えんバスがきちゃうよ」
「それどころじゃないでしょ」

   おとなりのシロは、もんの上にいた。
 ソラタを見ると、のどのおくが見えるくらい大きなあくびをした。
 そのあくびがうつって、ソラタもまたあくびをする。
 シロは手をおなかのしたにかくしている。
「シロ、手をみせて」
 イニャ とシロがいった。
「かえしてよ。ぼくの手」
 シロにむかって出したソラタの手は、もこもこのねこの手だ。
 それを見たシロの口がニッとよこにひっぱられる。わらっているようだ。
「わらうなよ」
 ソラタがこんなにこまっているのに。
 ひとりできがえができなかったし、ごはんも食べにくかった。左手だけで食べたからだ。

                                    二

「シロだって、ぼくの手じゃこまるだろ」
 ウンニャ とシロがおなかの下の手を出した。
 ソラタの手だ。シロの体の大きさにあわせて、小さくなっているけれど。
 シロはその手をにぎったりひらいたりして、ニャッとわらった。
 そしてその手でソラタのかみの毛をつかんで、引っぱった。
「うわぁ!」
 シロはソラタのこえにおどろいて、もんの上からとびおりた。
 でもどうしてかいつものようにではなかった。
 シロはじょうずにおりれなくて、ころんでしまった。
 ウニャア!
 シロもさけんだ。
 ソラタのおかあさんがやってきて、
「ちゃんと手をとりかえっこしたの? ときいた。
「まだ」
 あたまをさすりながらソラタがいうと、
「もうバスがきちゃったわ。かえってからにして」
 しかたなくねこの手のまま、ソラタはようちえんに行った。
 上ばきにはきかえるのは、手をつかわないでもできた。
 外あそびのとき、こまった。ねこの手でブランコのくさりはつかめない。
 ツメでひっかけようとおもったけど、うまくいかなくてぐらぐらとゆれた。
 よこのブランコにいたユカちゃんが、
「なにやってんの。ばかみたい」とわらった。

                                    三

「ブランコ、つまんない。すべりだいのほうがおもしろい」
 ソラタは、すべりだいまではしった。
 かいだんは、ねこの手でもへいきだ。
 でもすべるときはどうだろう。
 手すりをもったほうがいいのかな。
 ソラタがかんがえていると、いつのまにかユカちゃんがうしろにいる。
「はやく。すべって」
 あわてて、手すりをもたずにすべった。
 ねころんだままで、じめんにちゃくち。
 あたまにまで土がついた。
 かっこわるい。
 すべりだいは、やめ。
 タケルたちが、おにごっこしている。
「あとからきたから、ソラタがオニだぞ」
「すぐにつかまえてやる」
 ソラタははしるのが早い。
 タケルにおいつき、せなかにタッチ。
「いたーい!」
 タケルがすわりこんでなきだす。
「せんせーい。ソラタがせなかに、あなをあけた!」
 ねこの手でタッチしてしまった。おまけに、ツメがでたままだった。
 ソラタはあわてて、右手をポケットにかくした。

                                    四

 せんせいはポケットから手をだして、といった。
 ソラタはせんせいにつかまらないよう、はしってにげた。
 おひるになって、ほんとうにこまった。
 朝はパンだったから、左手でたべられた。
 おはしがもてないから、おべんとうはたべられない。
「そっちの手、いたいの?」
 せんせいも、ともだちもソラタにきいた。
 いたくないから、ソラタはくびをよこにふる。
 おなかがすいてがまんできなくて、せんせいがみてないすきに、左手でつかんでたべた。
 ねこの手なんか、いらない。

 えんバスをおりると、ソラタはポケットから手を出してはしった。
 ソラタのおかあさんは、おくってきたせんせいとしゃべっている。
 わらいながらしゃべっていて、せんせいもなあんだと、へんじしてわらっている。
 いえにはいると、にわにシロがいて、まどからへやをのぞきこんでいた。
「シロ!」
 ソラタはまどをあけた。
 シロはすぐにいえのなかにはいってきて、ソラタにむかって手をさしだした。
 みぎの手、ソラタの手だ。
 フニャ!
 ソラタの手はよごれて、キリキズだらけだ。
「シロ、ぼくの手でなにをしたんだよ」

                                    五

 フニャッ!
 ソラタも右手を出した。
 ずっとポケットの中だったから、きれいなもんだ。
 シロのちいさなにんげんの手が、ソラタのねこの手をつかんでひっぱる。
「いたい!」
 ソラタの手は、もとにもどった。
 シロの手も、もとにもどった。
「よかった」
 シロもフニュとためいきをついて、とことこはしり、フェンスにひらりととびのって、かえっていった。
                                    六


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