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それは何に見えた?
たもつ君は学校の帰り道、バス停のベンチの下でそれを見つけた。にぎりこぶしほどの大きさの平べったい物だ。がま口に似ている。
似たようながま口を、たもつ君のお母さんは持っていた。地色は黒で、こまかいビーズがびっしりついている。そのビーズはいろんな方向に、虹色の光をはなつ。その色ぐあいが、とてもよく似ていた。
頭の上にずり落ちてくるランドセルを気にしながらかがみこんで、たもつ君はベンチの下に手をのばした。
「やっぱり、交番行きだよなぁ」
手にとったそれは、思ったよりずっと重い。でこぼこしていて、硬貨が何枚もつまっているような手ざわりだ。あたりを見回すと、ちょうどポカッとあながあいたように交差点に人通りがなかった。
ランドセルをゆすり上げて、たもつ君はその落し物を手の中ににぎりこんだ。
交番はたもつ君の家を通りすぎて、十五分もかかる駅前にある。とりあえず家に帰ろうと、たもつ君は思った。
家には誰もいなかった。玄関のカギはかかっていないので、たぶんおかあさんは隣の家で話しこんでいるのだろう。
ふくらんだポケットをおさえながら、たもつ君は二階の自分のへやにかけ上がると、ランドセルをほうりだした。
ポケットから出した落し物を、たもつ君は手の上に乗せる。かるくほうり上げて受けると、それは手のくぼみにずっしりと落ちてきて、その中でぶるっと身ぶるいしたような。
一 |
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いや身ぶるいしたのは、たもつ君のほうだった。
そのずっしりとした手ごたえには、誰だってゾクゾクさせられるにちがいない。
たもつ君はすわりこむと、手の中で何度もそれをひっくり返して見た。
がま口だとばかり思っていたけど、どうも変だ。開け口がどこにも見つからなかった。
「たもつ、帰ってるの?」
お母さんの声がした。たもつ君はとっさに落し物をおしりの下にしいて、ああと返事した。たもつ君は、しばらくそのままへやの戸を見つめてみがまえていた。だがどうやらお母さんは二階に上がってくる気はないらしく、台所で何か物音を立てだしている。
たもつ君は、おしりの下からそろそろとまた落し物を引き出した。
そしてもぞもぞとすわりなおすと、あちこちを指でさぐって開け口を探し始めた。
一ヶ所、わずかだけど内側にめくれこんだようなくぼみがある。二・ 三センチほどの長さで、開け口というより縫い目のように見える。たもつ君はそこに親指をあてて、力をこめた。だが開きそうにない。どこかにしかけがあるのかもしれないと、あちこち押したりつまんだりしてみた。でもやっぱり開きそうもなかった。
たもつ君は立ち上がって、やにわにランドセルをさかさにして中身をたたみの上にばらまいた。何をするつもりなのかと思うと、ペンケースの中から三角定規を取り出した。
二 |
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そしてそのとがった先を、くぼんだところにむりやり差し込み始めた。ぐいぐいやると三角定規の先が、二センチほどもそのくぼみの中に入りこんだ。
「やった!」
たもつ君はにんまりとして、手にした三角定規に力をこめた。
パシッ! と火花がちったようだ。
三角定規はすごい勢いではじけ飛び、へやの壁にあたって落ちた。
思わず手で顔をかばっていたたもつ君は、くやしそうに折れてしまった三角定規を見た。
だがそれであきらめてしまう気はなさそうだ。今度は机の引き出しを開け閉めして、何かを探している。
へやの窓からほっとするようなすずしい風が流れ込み、小さなため息がそれにまぎれた。
たもつ君は手にドライバーを持っている。機械いじりの好きなたもつ君に、お父さんがプレゼントしてくれたものだ。まだ新しく、ピカピカ光っていかにも丈夫そうだ。
そうだ、それなら折れることはない。きっと、うまくいくだろう。この落し物の中に何が入っているのか、ちゃんと確かめられる。
ひんやりとしたドライバーの先が、めりこむ。たもつ君がそれに力を加える前に。
「いいかげんにしろよなぁ!」
三 |
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たもつ君はしりもちをついて、口をあんぐりと開けた。たもつ君の足の間で、さっきドライバーを差し込まれた口を開いて、小さなそいつがせいいっぱいどなっている。
「さっきから何だよ! ひとががまんしているのをいいことに、あんまりだい!」
ほとんど泣き声でさけぶと、今までがま口みたいな顔をしていたそいつは、両脇からかぶと虫みたいなこげ茶色の羽を出して飛び立った。そして窓から飛び出し、真っ青な空の中に、見る間に点になり、とけて消えてしまう。
あれはしゃべる虫だったんだろうか。それともどこか遠い星から、地球の偵察に来た宇宙生物なのか。
もし宇宙人だったとしたら! たもつ君ははずかしさとくやしさで、顔を赤らめた。
地球人は何てしつれいなやつだと思ったにちがいない。
チェックの綿シャツを着たお兄さんは、話し終えてほほえんだ。遠足で登った山の頂上で、お弁当の後の自由時間のことだった。
バルコ ニーみたいに手すりのはりめぐらされた見晴らし台から、わたしは石を投げようとしていた。
ずっと下の方にある大きな岩まで届くかなと思って。
その時、わたしに大きな声であいさつをしてきた人がいる。それが今、目の前にいるのっぽのお兄さんだ。
四 |
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「こんにちは」
知らないお兄さんなので、おずおずとあいさつをかえすと、その人はまじめな顔でもう一度、こんにちはと言った。
「今の『こんにちは』は、君の手の中の石にだよ」
ふしぎそうな顔のわたしに、お兄さんはたもつ君の話をしてくれたのだ。
「初めて出会ったものには、それが何であろうとあいさつすることにしてるんだ。たもつ君みたいに、取り返しのつかない失敗をしたくはないから」
たもつ君というのは、そのお兄さんのことではないかと思ったが、わたしは口には出さなかった。
「宇宙人はひそかに地球人を観察してるんじゃないだろうか。いろんな物に姿を変えて、ぼくたちのすぐそばでね。何のためにかはわからない。観察日記でもつけてるんだろうか。学校の宿題なのかもしれない」
帽子の下で光るお兄さんの目がまぶしく、わたしはうつむいて手の中の石を見つめた。
「でも、これはただの石ころよ」
「たしかに石に見えるね。昔のぼくに、あれががま口に見えたのと同じことだ」
やっぱり、たもつ君はお兄さんのことなんだ。
お兄さんはそばに置いていた大きなリュックサックを背負った。
五 |
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「だからくれぐれも気をつけて。それが何に見えようと、初めて出会ったものには。君にどうしてもそれを下に投げなくちゃいけないわけがあるなら、まずそれにあいさつするんだよ。ほかのことは、それからだ」
お兄さんはにっこりして、わたしとわたしの持った石ころに『さようなら』と言った。そして長い足で、あっというまに山道を下り見えなくなった。
「ヤエちゃん、集合だって! 先生が言ってるよ」
むこうの広場でカオリちゃんがニ コ ニ コと手をふっている。
さっきけんかしたことを、もうわすれたらしい。わたしだって、おこっていたことなんかわすれていた。
「今、行く」
わたしは手の中の石を、見晴らし台の手すりの上に置いた。そしてカオリちゃんの方にむかって走っていった。
クラスごとに一列になって、ぞろぞろと山道を降りていく。
前を行くカオリちゃんが急に立ち止まって、わたしをふりかえった。
「なんだかさっきから、だれかに見られてる気がする」
「先生じゃないの。もっと早く歩けって言いたいのよ」
六 |
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「ちがうの、もっとずっと上のほうから」
カオリちゃんは気味悪そうに、上を見上げる。その方向にさっきわたしがいた見晴らし台がある。あの手すりの上に石を置いたことを、わたしは思い出した。
あそこから見ると、わたしたちはアリの行列のように見えるだろう。そしてあそこから何かを投げたら、きっとわたしはアリみたいにつぶれてしまう。
七 |