おばあちゃんのそうじ機


 このごろそうじ機が泣いてこまると、おばあちゃんが言った。
「何度聞いてもどうして泣くのか言わないのよ」
 ナミはわらった
「そうじ機は泣いたりなんかしないよ。だって機械だもん」
 おばあちゃんはだまってしまって、ナミの手のひらくらいもある虫メガネを取り出した。新聞を読む時、おばあちゃんはこれがなくてはこまる。
 しょっちゅうハァーと息をふきかけて服のそででふいているので、虫メガネはきれいにすきとおっている。おばあちゃんはふざけて、それをナミの顔に向けた。ボワーンとぼやけたふしぎな世界が見える。
「そうじ機ね、電器屋さんにみてもらえって、父さんが言ってたよ」
「この間、みてもらったの。寿命ですねって、言われてしまった」
「じゃ、新しいの買えば。ホコリがあると赤いランプのつくやつがいいよ」
 おばあちゃんは虫メガネを置いて、ナミを見た。
「あのそうじ機はね、あんたのお父さんが初めてのお給料で、買ってくれたの」
「へえ、じゃあすごい古いんだ。こわれるの無理ないよ」
「そうね、すごい古い。わたしと同じくらい、年よりだわね。長い間、よく働いたもんだわ。働いて働いて、そして年をとって体がくたびれて、この世でのご用ずみ」

                                    一

 おばあちゃんは歌みたいに調子よく言って、口のはしで少しわらっ た。
 ナミのおばあちゃんは、とっ ても年をとっている。
 友だちのだれのおばあちゃんより、ずっと年よりだ。ナミのおばあちゃんは本当はお父さんのおばあちゃんで、ナミにとっ てはひいおばあちゃんなのだからしょうがない。お父さんのお母さんは早くに亡くなってしまって、お父さんはおばあちゃんに育てられた。だからナミのお父さんにとって、このおばあちゃんはお母さんでもあるわけだ。
「今日も、お母さんは残業なの」
 おばあちゃんは、だまってしまったナミを気づかうようにそうっと声をかけてきた。
「いそがしいんだねえ。ナミちゃんは、さびしいよねえ」
「平気だよ。ナミ、もう九才だもん。一人でるすばんくらいできる。それにさびしい時はいつでも、おばあちゃんとこに来れるもん」
「ナミちゃんの家から歩くと、おばあちゃんちまで二十分はかかるものね。ちょっと遠いわね」
「学校からだと五分だよ。走ってだけど」 
 あらすごいとおばあちゃんは、拍手でもしそうな顔になった。
「おばあちゃん、ナミの家にひっこしてくるといいのに」

                                    二

 おばあちゃんは、答えないでわらった。
「わたし、おばあちゃんがナミの家にいるといいのになっていつも思うよ」
 おばあちゃんはテーブルに手をついて、ふんばって立ちあが た。
「うれしいこと 言ってくれたから、今日のばんごはんはおジャガをたこう。ナミちゃん、おジャガ大すきだものね」
 おばあちゃんが台所に立ったすきに、ナミはろうかのすみにたてかけてあるそうじ機を見にいった。それはナミの家のそうじ機よりずっと大きくて、長四角の形をしている。おばあちゃんがていねいにみがいているけど、体はキズだらけで色もくすんで見える。
 コ ードを引き出してコンセントにさしこみ、スイッチをおすと低くうなってすぐにとまった。
「どうしたの、ねえ。どこかいたいの」
 ついそう声をかけてしまったら、そうじ機はまるで返事をするようにウィィンと短くうなった。
 ちがうと答えたように、ナミには聞こえた。
「じゃあ、どうしていつも泣くの。おばあちゃんが心配してる」
 ウゥーウゥーンと、そうじ機は続けてうなりだした。おなじ調子ではなく、低くなったり高くなったり、本当に何かをしゃべっているようだ。おばあちゃんになら、そうじ機が何と言ってるのかわかるのだろうか。

                                    三

「ねえ、わかるように言って。もっとゆっくり」
 ナミはそうじ機の冷たいせなかに手のひらをあてた。ナミのお父さんが買った時、きっととても高い買い物だったんだろう。ナミはこのそうじ機が、新しくてピカピカしてた時を想像した。この家の中をくるくると動いて、ズンズンほこりをすいとっていたろう。まだせなかがピンとのびているおばあちゃんが、重いそうじ機をぐいぐい引いているところも想像した。
「ソーウダヨ。オバーチャンハ、ケッコ ウチカラーモチダッタター」
 ナミの手のひらに、そうじ機のこまかくふるえるような声がつたわる。あわてて手をひっこめたら、そうじ機は鼻をすするようにズズ とわずかにほこりをすった。そのまますい続ければいいのに、すぐにやめてフゥーと力をぬいた。
「どうしたの、つかれるの?」
 フィーフィーフィーン
 手をあてると、そうじ機はせつなそうに泣いていた。
「泣かないでよ。なんで泣くのよ」
「そんなことないよ」
 そう言っ てなぐさめてみたものの、そうじできないそうじ機が何の役にたつのか、ナミにはわからなかっ た。

                                    四

「きっと、あんたをなおしてくれるじょうずな電器屋さんがいるはずだよ。わたしがさがしてあげる。いっしょに行こう」
 ナミはそうじ機を引きずって、外に出た。ナミの家のそうじ機とちがってずいぶん重いので、ホースを肩にかつぐようにして引っぱった。そうじ機はアスファ ルトの道路を、ガラガラとにぎやかについてきた。
 近くの商店街の中に電器屋さんがあるのを、ナミは知っている。そこがじょうずがどうかは知らなかった。ショーウィ ンドウはピカピカにみがかれて、最新型のアイロンやCDラジカセや小型のそうじ機は、きどってすましこんでいる。こんな所に入ったら、おばあちゃんのそうじ機なんかは、すぐにゴミのなかま入りさせられてしまうにちがいない。
 ナミは電器屋さんの前をおおあわてです通りした。あんまりあわてたので、むねがドキドキした。
 後ろのそうじ機までよっぽどこわかったとみえ、横だおしになってギーギー言いながらナミの足もとにはいよってきた。
 前から小さなマルチーズ犬をつれた女の子がやって来た。ナミと同い年くらいのその子はフンと鼻をねじまげて、ナミと後ろのそうじ機を見た。
「それって、あんたのペット?」
 くやしかったので、ナミもまけずに鼻をフンとならしてにらんでやった。

                                    五

「あんたのその犬、そうじできる?」   
 女の子はふいをつかれて、少しくやしそうな顔になった。
 そのすきに横だおしになったそうじ機を起こして、ナミはおおいそぎで歩きだした。
 歩いた。ずいぶん歩いて少しつかれた、ナミもそうじ機も。それでとうとう、通りかがりの人に聞いた。
「このあたりに電器屋さん、ありますか」
 頭に金色のブラシを乗っけたような髪形のお兄さんが、腕のクサリをジャラジャラならしながら指さした。 
「その角を曲がってみな、かわいこちゃん。電器屋のにおいがするぜ」
 ナミは鼻をクンクンしてみたが、電器屋のにおいってどんなものかわからなかった。でも角を曲がってみると、看板が見えた。
 たしかに、なんとか電器店と書いてある。ショーウィンドウなんてものはなかった。くすんだガラスごしに、ガチャガチャとつみかさねられた、テレビやトースター、せんぷう機やせんたく機も見える。まるでもえないゴミの集積所みたいに、どれも使い古しの物ばかりだ。
「ここならだいじょうぶそう」
 ナミがそう言うと後ろのそうじ機は喜んで、クルリと回った。とても元気そうに見え、コンセントをさしこんだらグイグイ働きそうだった。

                                    六

 ナミは入り口のガラス戸に書かれた、店の名前を読んだ。
「フルイ電器店。うん、名前もいい感じ」
 重いガラス戸をおし開けて、こんにちはと声をはりあげたら、思いがけずすぐ近くで返事が聞こえた。ふたがあいた大きな段ボール箱のかげから、全身灰色のおじさんがゴソゴソとはい出て来た。肩まで落ちた髪の毛も、すり切れた服も本当に全身灰色。いやにおでこの広い顔まで、なんだか灰色だった。そのおじさんはニコリともしないで、ナミを見た。
「なんの用だ」
 おばあちゃんのそうじ機が後ろでふんばっているので、ナミはにげたい気持ちをなんとかおさえた。
「このそうじ機ね、このごろ泣くの」
「……?」
「あのね、あのね。泣くってうちのおばあちゃんが言うの。ウィィンって細くうなって、ほこりをすわないんだ」
 電器屋のおじさんはやはりニコリともしないで、ナミの後ろにいるそうじ機を見た。そばによって上から見、横から見、うらがえしてして熱心に見つめた。
 ナミはその間に、せまい店の中を見渡した。一面にサビのういた変な形のアイロンが、たなの上にだいじそうにかざってある。ロボットの頭みたいに見える箱は、どうやらラジオらしい。

                                    七

 野球中継のアナウンサーの声が、ワヤワヤと聞こえてくる。テレビもれいぞう庫も、ナミが見たこともない変な形だ。せんたく機なんか、何に使うのかわからないハンドルがついていて、おもちゃみたいで楽しそうだ。きっとこのおじさんなら、おばあちゃんのそうじ機をすきになってくれるだろう、とナミは思った。よろこんでなおしてくれるにちがいない。なのにおじさんはポンとひざをはらって立ち上がると、あきらめなと言った。
「このそうじ機の部品はもう作ってない。わかるかな、部品って。中に入っているモーターや、ネジやなんかだ。新しいのを買う方がずっと得になる」
「でもこのそうじ機、とてもたいせつな物なんだもの」
 おじさんはちっとも笑わない。でもいじわるそうには見えない
「もっともっと古い型のめずらしいそうじ機だったら、なんとかしてみたいと思うが、それはありふれた型だし」
「でもだいじなんだよ」
 ナミは小さな声で言い返した。
「おばあちゃんには、とってもだいじなんだ」
 それきりそうじ機のことをわすれて、仕事にもどろうとしたおじさんは、ナミのことばにしぶしぶふり向いた。
「ねえ、おじさん。コンセントさしてみて。この子の言うこと、聞いてみてよ」
 灰色のおじさんのほおが、ピクンと動いた。

                                    八

「この子って、そうじ機のことか」
 おじさんはそうじ機のコンセントをさしこんでその音を聞いた。ナミにならって、そうじ機のせなかに手まで置いて声も聞いた。
「ヤクニタタナー」          
 そうじ機はくりかえした。くりかえしてすすりあげた。おじさんは細いあごをなぜて、ウウンとうなった。
「ねっ、しゃべってるでしょ。役にたたなーいって」
「そう言われれば、そう聞こえる」
「おばあちゃんには、なんで泣くのか言わないんだよ。言わないで泣くばかりなの」
 おじさんはまた、ウウンとうなってかみの毛をかきむしった。
「動くようにはなるだろうが…」
 ナミはおどりだしたくなった。
 よかった、よかった。おばあちゃんがどんなによろこぶだろう。
「だが、外がわはこのままとしても、中の部品はほとんど取りかえなくちゃならん」
 ナミは少し不安になったが、それでもうなずいた。
「おばあちやんは、そうまでしてもこのそうじ機に動いてほしいのか」

                                    九

「うーとね。たぶん」
 ナミはそう答えたものの、おばあちゃんはそうじ機が泣いてこまると言ったが、動かなくてこまるとは言わなかったと思った。
「おばあちゃんが本当にそうしたいと言うなら、やってもいい。ほかのやつにはむりだろうが、わしならできる。だが、おばあちゃんには少しかくごをしてもらわなくちゃならん」
 なんのかくごをするんだろう、とナミはちょっとこわくなった。
 さっきまでうるさかったロボットみたいなラジオが、いつのまにかだまりこんで、ナミをにらんでいるみたい。
「おばあちゃん、すごい年とってるの。八十三なんだよ。あんまりすごいかくごなんだったら、わたしがかわりにかくごしてもいい?」 
おじさんは腕をくんで、しばらく考えた。それから初めてニヤッとわらって、なのにやっぱり首を横にふった。
「どうだかな。このそうじ機の元気で動いていた時のきおくがいる。おまえにはあるか。つまり、このそうじ機が動いていた時をおぼえてるのか」
 ナミはだまりこんだ。
 おぼえていない。ついこの間まで動いていたはずなのに。
「ないんだな。そうだろうと思った」

                                    十

「ある!」
 ナミは足ぶみしてさけんだ。
「あった、あった。おぼえてる。ずっと前、まだ幼稚園に行ってる時だけど」
 すねて泣いているナミの耳もとで、たしかにこのそうじ機はクッキーのこなをすいこんでパラパラと音をたてた。その音をおぼえている。
 母の日に、幼稚園でクッキーを作った。手づくりのカードをそえて、母の日のプレゼントだった。
 いつものとおりのおばあちゃんのおむかえが、その日はなぜかくやしかった。だだをこねて、せっかくのクッキーをつぶしてしまった。
 あの時このそうじ機はすごかった。グォーって大きな音をたてて、クッキーのこなをきれいさっぱりすいこんでしまった。ナミは自分のしたことがとてもはずかしかったので、そうじ機がきれいさっぱりすいとってくれてうれしかったのをおぼえている。
「このきおくがあれば、そうじ機はなおる?」
「むろん、なおる。だが、さっき言ったかくごのことはおぼえているだろうな」
「どうなるの!」
「おまえのきおくをもらわなくちゃ ならん」

                                   十一

 それはなんでもないことのように思えた。だからナミは、いいよと言いかけた。でも、待って。きおくがなくなるなんて、なんだかこわい。あんまり楽しい思い出ではなくても、自分のしたことをわすれちゃうなんてとてもしんぱい。
 だってだれかに、あんたこんなことしたんだよって言われても、そうだともちがうとも言えないんだもの。自分のことなのに。
「ちよっと待って。おじさん、やっぱりおばあちゃんに聞いてからにする」
 あんまりあわてて見えないように、ナミはゆっくりとそうじ機を引いた。そうじ機は気がすすまないらしく、ギュウギュウときしんだ音をたてた。
 店を出てからも、ナミは何度もふりかえった。なんだかこわくなってきて、とうとうナミは走った。そうじ機は、だんだん重くなるみたいだった。ナミはくたびれて、通りかかった小さな公園のベンチにすわった。横にそうじ機をすわらせて、そのほこりにまみれた体によりかかった。
「ボクハゲンキニナッタータ!」
 とつぜんそうじ機が耳もとでわめいた。ナミの目の前で、ブィーブイーとうなって走り回っている。
「いったい、どうやってなおっ たの」
「ハイイロノオジサンガ、ナオシテクレター。ボクノオナカノナカ、ミンナシンピーン」

                                   十二

 いったいいつのまになおしたんだろうと、ナミはふしぎに思ったけれど、元気なそうじ機を早くおばあちゃんに見せたくてたまらなくなった。うれしくて、おじさんの言った『かくご』のことはわすれていた。
 ナミがそうじ機を引っぱって走ろうとしたら、おどろいたことに反対にナミが引っぱられていた。そうじ機はオートバイみたいに走った。とうとうナミはそうじ機のせなかにまたがって、ホースに両手でつかまった。 
 ブウィイイ、ブウィイイー
 道ばたにいたねこが、おおあわてでへいによじ登った。犬はほえるのもわすれて、見送っている。
 あっというまに、おばあちゃんちについた。おばあちゃんは、おどろいて読みかけの新聞をやぶいてしまった。
「オバアチャン、ソウジシヨ。ソウジシヨー」
 そうじ機は部屋中、おばあちゃんを引っぱり回した。おばあちゃんはくたびれて、泣き出した。
「わたしはもうだめ。役にたたないわ」
「ダイジョ ーブ。オバアチャンモ、ハイイロノオジサンニナオシテモラオー」
「なおしてもらうにはきおくがいるんだよ」 
 ナミはやっと『かくご』のことを思い出した。おばあちゃんをなおすには、おばあちゃんの元気な時のきおくがいる。いったいだれからそのきおくがなくなるのだろう。ナミから? ナミのお父さんから?
「そんなの、ぜったいにダメー!」

                                   十三

 そうさけんだら目の前のすべてがもやもやとくずれた。目をぱちぱちしたら、そのもやもやがそうじ機のキズだらけの背中になった。ナミはその背中をなぜた。
「なんだろう、今の」
 ナミはドキドキして、胸をさすった。
「ああ、びっくりした。よかった。まだ、おぼえてる。そうじ機のパラパラいう音」
 そうじ機はもうひとりで走らなかったので、ナミはまたホースをかついで引きずった。おばあちゃんちにもどっ た時には、すっかりくたびれきっていた。
「おばあちゃん」
 おばあちゃんは台所のいすにこしかけて、両手に顔をうめていた。あの手をはなして顔をあげたら、新品のおばあちゃんになってたりして。
 アーアとおばあちゃんが小さな声をもらして、顔を上げた。
「うとうとして夢を見てたわ」
「どんな夢?」
「うちのそうじ機が、オートバイみたいに走ってたのよ。ぶつからないかとひやひやした」
 おばあちゃんはナミの顔を見て、目を細めた。

                                   十四

「何をわらってるの、ナミちゃんは」
「ナミとおばあちゃんは、よくにてるって。いつもお父さんが言うんだ」
 おばあちゃんは首をかしげた。
「よくわからないけど、ナミちゃんがわらうと、おばあちゃんはとてもうれしい。お母さんは今日も残業? いそがしいんだねぇ」
「おばあちゃん。それさっきナミが来た時も言ったよ。同じこと」
「ああ、ごめん。このごろ、なんでもすぐわすれちゃってこまる」
「おばあちゃん、そうじ機が元気なころのこと、ちゃんとおぼえてる?」
 ナミは心配になって、おばあちゃんの顔をのぞきこんだ。
「おぼえてるわよ。むかしのことほど、よくおぼえてるの。ふしぎね」
 おばあちやんのそうじ機は、とうとう泣かなくなった。泣かないかわり、もうしゃべってもくれなくなった。
 ナミのお父さんは、新しいそうじ機をおばあちゃんにプレゼントした。それは小さくて、とても軽い。
 しばらくの間ろうかに二つのそうじ機はならんでいたけれど、いつのまにか古いそうじ機はどこかへ行ってしまった。
「だいじなのはおぼえていることよ。おばあちゃんがおぼえていたことを、こんどはナミがおぼえていてくれること」
 べそをかくナミに、おばあちゃんはそう言ってわらった。

                                   十五


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