トウドルとシャリム


*はじめに
 トウドルとシャリムは、とても人間に似ている。でも人間ではないかもしれない。
 本当にはいない生きものかもしれないし、どうやら大人か子どもかも、男か女かもはっきりしない。
 あなたがかれらのことをこんなかなぁ、と想像したらそれはきっとその通りだと思う。
 あなたの中でかれらが動きだしたら、私に教えてくれるとうれしい。そうすればこのお話は、もっともっと続いていくだろうから。


それぞれの家

 トウドルはシャリムと友だちだったわけじゃない。たまたま果物屋の店先で出会って、しゃべった。シャリムは大きな買い物袋を三つもさげていた。トウドルが、「重そうだね」と話しかけたのが最初。
 トウドルはリンゴを一つ買っただけなので、小さな紙袋だけをかかえている。
「あんたみたいにたくさん買ったら、うちの家には入らない」
 トウドルは言った。
「しまっておく戸棚がないの?」 「戸棚はあるよ。東側の窓の下に。その戸棚の右に流し台がある。左にはトイレ」
「ろうかはせまいの?」
「ろうかなんてないもの。戸棚から二歩でベッドだし」
 シャリムはそのありさまを想像しているらしく、考え込んだ。
「他に部屋はあるの?」
「ないよ」
「じゃ、お風呂は?」

                                    一

「お風呂は流し台。結構深い流し台だから、ちょうどいい加減だ」
「流し台に洗ってないお皿とかあったらどうするの?」
「体とお皿といっしょに洗う」
 トウドルは冗談のつもりで言ったのに、通じなかったらしい。シャリムはウェと唇をゆがめて、重い買い物袋を足もとに置いた。
「うちの家は台所に大きな戸棚がある。からっぽだとさびしいからいっぱい買ってきて並べるようにしている」
「そうなんだ。もっと小さい戸棚にしとけばよかったね」
「でも、『ゆとり』がないのはいやだ。ぎっしりつまっていると、息までつまるから」
「『ゆとり』ってよくわからない。その戸棚見てみたいな」
「今から見にくればいい。ついでに荷物をひとつ持ってくれるとうれしい」
 トウドルはシャリムの荷物をひとつ持ってやった。
 シャリムの家は高台にあって、坂道をしばらく登らないといけなかった。シャリムはトウドルより体が小さい。大きな荷物を持って、ここを登るのはつらいだろう。
 ついて来てよかったと、トウドルは思った。

   シャリムの家はトウドルの家を四・五十個集めたほど大きかった。
 玄関のフロアーはやたらと広い。ここだけで暮らせるのにと、トウドルが思ったくらいだ。
「左のドアの先が居間。そこのソファーにすわっていて。お茶でも入れるから」
「先に戸棚を見せて。『ゆとり』ってのが見たい」
 シャリムは右のドアを開けた。
「戸棚は流し台の奥にあるよ」
 シャリムはそう言うが、台所に入って流し台のそばまで行くにも二十歩は歩かないといけない。
 トウドルはめんどうだなと思いつつ、シャリムの後を歩いた。
 戸棚の高さは天井まであり、巾は両手をいっぱいにひろげてもたりないくらいの大きさ。そこにいろんな物が入っている。

                                   二

「一番上の棚には乾燥きのこや、ハーブ。まん中あたりにはよく使う粉物やお茶の葉、パン。下にはジャムや缶詰、いも類」
 たしかにたくさんの物が入っているが、ぎっしりではなく、所々にすきまがある。
「このすきまを作るのがむずかしい」
 シャリムは頭をひねりながら、買って来たものを戸棚に入れていく。
「居間で待っていて。お茶をいれて持っていくから」

 トウドルは居間に入った。玄関や台所よりさらに広かった。
 天井はかすむくらい高いし、部屋の端から端まで歩いてみる気にはとうていならない。
 とりあえず見つけたソファーに近づいた。
「うちのベッドの三倍はある」とトウドルはソファーにあがる。すわるんじゃなくて、上がったんだ。
 お茶はなかなかこなかった。
 トウドルはたいくつして、きょろきょろする。
 本棚がある。本が足らない感じ。
 でもきっと『ゆとり』が必要だったんだろう。
 レンガ造りの暖炉は、怖いくらい大きい。
 立ったまま、入っていけそうだ。火が入ってないくてよかった、とトウドルは思う。
 暖炉の上には犬ぐらいの大きさの石造りの置時計。壁の一面には、木彫りの額に入った巨大な絵。何が描いてあるのか、大きすぎてよく見えない。
 すわるところもこのソファーだけでなく、あちこちにいろんな形の椅子があるのに気づいた。
 やっと出てきたシャリムが、ローテーブルの上にお茶のポットやカップを置いた。
「シャリムは家族が何人もいるの?」
「いや、一人だよ。なんで?」
「椅子がいくつもある」

                                    三

「だって固い椅子が欲しい時があれば、寝転べる大きな椅子の方がいい時もある。色々あると安心だし。気持ちに『ゆとり』がある」
 トウドルは頭をひねる。戸棚や本箱にいっぱいにつめ込まないのが『ゆとり』だと思ったが、椅子がいっぱいあるのもそうだとシャリムは言う。どうもよくわからない。
「どんなお茶がいいか聞かなかったので、レモンティーにしたよ。もし嫌いだったらとりかえる」
「いいや、じゅうぶん。とてもおいしいよ。でもとりかえるって、他にもお茶があるの?」
「コーヒーが五種類くらい、紅茶も五種類あるし、玄米茶にほうじ茶に番茶、抹茶もある。まだ他にもあったと思う」
「椅子もそうだけど、いっぱいあるのも『ゆとり』なんだね」
「あれが飲みたいって時に、それがないのがいやだから」
「なら、うちの家には、『ゆとり』なんて一つもないよ」
「本当に? トウドルの家にも行ってみたい」
「おいでよ。いつでもいいよ。今からだって」
「明日にするよ。今日は買い物で疲れたから」
 じゃあ明日と、約束した。

   次の日、トウドルはわくわくしてシャリムを待った。家の全部の窓を開けて風を入れた。
 トウドルの家はサイコロみたいな形をしている。三方に窓があり、天井にも窓がある。出入り口のドアにも大きなガラスが入っているので、家の中はくまなく明るい。
 窓の下におさまる戸棚の上のほこりをはらい、あきビンにピンク色の小さな花をいっぱいつけた野花をさした。
 トウドルの家は町外れの野原にある。まわりに何もないので、早くからシャリムが歩いて来るのが見えた。
 ドアの前に着くまで、シャリムはきょろきょろしていた。
「こんにちは。いらっっしゃい」

                                    四

「こんにちは。これがトウドルの家?」
「うん、そう」
 中にはいって、シャリムは奥をのぞきこもうとする。でも奥なんてない。
「きのう、言ったろう。ベッドから二・三歩で流しがあるって」
「本当だ」
 シャリムは歩いてそれをたしかめた。
 真四角な部屋の片側はベッドでいっぱいだ。
 そこから歩いて二・三歩で、奥からトイレ、戸棚、流し台がならんでいる。
「まあ、すわってよ」
 トウドルは、長年使い込んだ木の丸椅子をすすめる。自分はベッドに座る。その椅子の他に家具らしい物は何もない。
「すごい」
 自分でも何がすごいのかわからないけど、シャリムはそう言う。
「戸棚も見せてもらってもいい?」
「もちろん」
「戸棚の上にあるのは何?」
「野花、戸口の横に咲いていた。南向きだから何でもよく育つ」
「その横にあるのは?」
「きのう食べたりんごの半分」
「なんだかいいね。りんごの半分もしゃれた置物みたいに見えてくる」
 トウドルはシャリムの言い方がおかしくて笑う。
「うちの戸棚は引き出しなんだ。一番上には食器と食料」
 シャリムがのぞき込むと、重ねられたお皿とボールとコップがあるきり。その横に小さなナイフ、フォークとスプーン。その横には小麦粉の袋、塩や砂糖、切り株みたいな堅パンもそこにある。きっちりとつめこまれているわけではないのに、どれも自分の居場所をちゃんと知っている感じに落ちついている。

                                    五

「二段目は本と、はさみやペン、メモノート、のこぎりや、スコップなんか。三段目にはタオルや、肌着やズボンや、上着」
 三段とも開けて、シャリムは眺める。
「本は一冊だけ?」
「もともと本はあんまり読まないんだ。それは市場の古本市で見つけた。面白い詩がのっているから、欲しくなった」
「見てもいい?」
「もちろん」
 古本らしく表紙もすり切れ、色もあせている。

   一ページ目の詩は『空』

一面の青い空の下で
寝転んで見あげていると
そのうちに
体が乾いて軽くなって
わたしは雲のひときれになった

 二ページ目 『風』

  ふいに吹く風は
    たった今
  口に乗せたばかりの言葉を
  奪い去って
  空の高みに放り投げる
もう取りもどせない
でもきっと
それでよかったんだ

                                    六

  「へえ、短い詩ばかりだ」 「うん、たとえばね。ものすごい青空を見あげるだろう。何か言いたくなるんだけど、自分は言葉をたくさん知らないから、ウウッってうなるだけなんだ。それを言葉にしてくれる人がいるのが、うれしい。だから一生懸命暗記して覚えて使ってみてるんだ」
 すごい、とシャリムはまた言う。
 そして、自分も詩の本を探してみようと思う。そうしたら、きっと「すごいね」だけじゃない言葉を見つけられるかもしれない。
「ねえ、お茶を飲むかい?」
 トウドルが言う。
 流しの横の小さなやかんを手に取って、一つきりのコップにそそぐ。
 それをシャリムに手渡し、自分の分は小さなボールにそそいだ。
「これ、何のお茶?」
ふふ、とトウドルは笑う。
「匂いがするだろ。すこしだけだけど」
「そう言えば……」
「きのう半分食べたリンゴの皮をね、少し干して乾かして、刻んで炒(い)ってみた。お茶になるかと思って」
 お茶の葉を切らしていたからと、トウドルは言う。
「長い間煎(せん)じてみたけど、なかなか色が出なくて、味見したけど何の味もしなくて、ほんのちょっと、ハチミツを入れたんだ」
 まずい? とトウドルはシャリムの顔をのぞきこむ。
 大丈夫だよ、とシャリムは言うしかない。
「でもリンゴの皮が少なかったかも」
  「今度来るときは、泊まってもいいかな?」
とシャリムが言う。
「流し台の風呂に入ってみたい」

                                    七

「ひざをかかえてすわらないと、入れないよ」
 トウドルはそう言うのに、シャリムは入ってみたいんだと言いはる。
「それにトウドルのベッドで寝てみたい」
「二人だと、寝返りもできないよ」
「星を見ながら、眠りたい。あの詩集に星の詩はあった?」
「あったかもしれない」
「じゃ、暗記しておいて」
「シャリムの家にも泊まらせてくれる?」
「いいよ、来ても」
「きっと大きな風呂だろう。泳げるくらい」
「もちろん」
「シャリムの家はいい家だね。『ゆとり』があって」
「ありがとう。トウドルの家もいい家だ。どこがいいのかと聞かれたら、言いあらわせないんだけど」
 シャリムはトウドルの家を見渡して言う。
「すごいな、と思った」


 旗と畑

 シャリムの家の二階には、客間が三つある。
階段を上がって右側にはバルコニーと一部屋。
 左側には二部屋で、どの部屋も見晴らしがいい。
 トウドルが来るなら、どの部屋にするか決めておこうと思って、シャリムは二階に上がった。
 バルコニーの隣の部屋は東向きで遠くに海が見える。左側の二部屋は市場のある町の家並みと、遠くに連(つら)なる山々。

                                    八

 左の部屋の奥の方の部屋の窓をいっぱいに開けてみた。
 シャリムはそこで初めて気づいた。町の向こうに広がる草原は山に向かってゆるやかな登りでつながっている。町に近い所、まばらな木立のそばにサイコロのような物が見えた。指で輪を作ってその中に入るほどの小さな建物。
「トウドルの家だ!」
 シャリムはじっとしていられず、部屋をひと回りしては何度も窓の外を見る。
「トウドルは知っているかな」
 知らないに違いないと思って、シャリムは考える。何とか知らせる方法はないかな。
「そうだ、旗を作ろう」
 急いで一階の寝室のそばにある物置に向かう。そこには服やタオルやシーツが入っている。新しいシーツを三枚とり出した。白いのと青いのと黄色の花柄と。
 食堂のテーブルの上に、いっぱいに広げた。
「少し大きめにしないと」
 遠くだから、小さいと見えないかもしれない。
 シャリムはシーツを四分の一に切り取る。
「ちょうどいい。自分のと、トウドルのと二枚づつ。予備がないと心配だから」
 シャリムはさて、と頭をひねる。
「白は『はい』青いのは『いいえ』、花柄は?
『どっちでもいい』かな。いや、それではだめだ」
 考えながら食堂をひと回りする。これはシャリムのくせだ。じっとしていると、考えることができないようだ。
「白は『遊びに行こう』青は『今日は行けない』花柄は……」
 いくら頭をひねっても、思いつかない。
 シャリムは十二枚の布きれをまるめてたばねる。それを何とか腕にだき抱えて家を出た。
 トウドルの家をたずねる気だ。

                                    九

 市場をぬけていく。最初はたいしたことはないと思ったが、布束(たば)はどんどん重くなってくる。足もとが見えないので、時々つまずいてしまう。
 シャリムは立ちどまってひと休みしたかったが、いったん荷物をおろすともう一度持つことがむずかしい気がした。
 もう無理だと思った時、笑い声がした。
 トウドルの声だった。
「いったい、何をしてるの? 顔が見えないけど、シャリムだよね」
「悪いけど、受け取って。もう持っていられない」
「いいの? そんなにきれいな布をさわっても。今、手が泥だらけだけど」
「じゃ、ドアを開けて」
 ドアは開いていた。シャリムは何とかベッドの上に布束を下すことができた。
「いったい何で?」
「何してるんだよ」
 二人は同時にそう言いあって、笑った。
「土をたがやしているんだ」
「何のために?」
 トウドルはバケツを持ち上げて、シャリムに見せる。何だか白くてふわふわしたものがいっぱいに入っている。
「タンポポの綿毛?」
「タンポポ畑を作るつもりだから」
「なんで?」
「タンポポコーヒーを作ろうと思うんだ」
 トウドルは流しで手のどろを洗い流した。
「シャリムはお客が来たら、「何、飲む」って言えるじゃない。トウドルもそんなふうに言いたいから、いろんな飲み物を作ろうと思ったんだ」
「作り方知ってるの」
「花をつんで、かわかすのかな。それから粉々にしてなべで炒るんじゃないの」

                                    十

「ちがうよ。花じゃなくて、根から作る」
 トウドルはヘェー、と目をむいた。
「そうなんだ。シャリムは何でも知っていてすごいな。作ったことがあるの?」
「本に書いてあった」
 シャリムは、はずかしそうに言った。本当は作ったことがあると言いたかったらしい。
「綿毛をまくの、手伝わせて」
 シャリムは持って来た旗のことをわすれて、タンポポ畑に夢中になった。
 一本の綿毛を吹くのだって、じゅうぶんおもしろいのに、バケツ一杯の綿毛があるんだから、ほかのことをわすれるのは不思議でもなんでもない。
「あんまり強く吹くと畑の外に飛んでっちゃうから、そうっとね」
 そう言いながら、トウドルはいきなりプゥッと吹く。綿毛はほとんど畑の外に飛んだ。
「いいんだ。あそこも畑にしちゃうから」
 綿毛たちはそれぞれの形で飛んで、掘り返された土の上に落ちた。落ちてもまだふらふらと動いている綿毛もいた。
 トウドルは小さなやかんで、何度も行ったり来たりして畑に水をまいた。
「ほら綿毛たち、ここが君たちの家だよ」
 ぬれた綿毛たちは、落ち着いて横になった。早々と土にもぐったものもいる。

 シャリムは遠くに目をやって、少し高台にある自分の家を探した。なかなか見つからなかった。
「なんでだろう。あっちからはすぐにトウドルの家を見つけられたのに」
 そうしてやっと、旗のことを思いだした。
「ねえ、トウドル。旗を作ろう」
「どうして?」
「こうやって会いにこなくても、連絡できるように」
 シャリムは、ベッドの上に置いた布を広げる。

                                    十一

 白が四枚、青が四枚、花柄が四枚。
「こんなにたくさん?」
「予備もないとね」
 シャリムは全部を半分に分ける。
「うちの窓から見えるよ。トウドルの家が」
「本当に? じゃここからシャリムの家も見えるんだね」
「こっちからだと分かりにくい。家がいっぱいあるから。でも旗をふれば分かると思う」
「すごい! シャリムは頭がいいね」
「で、相談なんだ。旗の色でいろんな連絡をしたいんだけど。たとえば、白だと『はい』だとか『いいえ』だとか」
 トウドルはううむ、と少し考えて笑う。
「白は『シャリムの家』青は『トウドルの家』花柄は『市場』」
 トウドルの言うことがよく分からなくて、シャリムは頭をかかえる。
「じゃ、やってみるよ」
 トウドルは白い布を広げる。
「シャリムは自分の家でこれを見たら、どうする?」
 シャリムは少し考えた。
「もしかして、自分の家にいる,ってこと?」
「そう! 当たり」
 トウドルは青い布を広げた。
「トウドルの家に行くってこと?」
 トウドルがうなずく。
「もしいそがしくて、行けない時は?」
 ええっと、とトウドルは自分の頭の裏を見るみたいに、目をむく。
「その時はシャリムは旗を上げないんだ。大丈夫な時はシャリムも青い旗を揚げるんだよ」
「わかった」とシャリムは自分も青い布を胸の前で広げた。

                                    十二

「花がらの旗は市場で会おうってことだね」
「そう、そこからいっしょにどこかへ遊びに行ってもいいんだよ」
「早く使ってみたい」
 シャリムはワクワクしている。この頃ワクワクすることばかりだ。トウドルに出会ってからだ、とシャリムは思った。
「旗ざおがいるよ」
 トウドルが言う。
「取りに行こう。しらさぎ川のそばに細い竹がはえてる藪(やぶ)がある」
 ここからしらさぎ川までは、ちょっと遠い。一度市場まで出て、南に向かってしばらく歩かないといけない。
 雨がふったら中止、とシャリムはトウドルに言う。
「大丈夫なら花柄の布を窓からつるすよ」
 たのしいね、とトウドルはクスクス笑う。
「明日は起きたらすぐに外を見るからね。シャリムの家はどれか分からないけど、花柄が見えたらきっとすぐに分かる」
 おたがいに「じゃあ」と言いあって、シャリムは持って来た半分の布をかかえて帰る。
「半分になると、ずっとらくだ」
とシャリムはつぶやく。
 もう半分がトウドルの家にあることを思うと、シャリムの胸がまたワクワクとおどった。


   川へ行く

 顔に日が当たった。
「いい天気だ!」

                                    十三

 トウドルは飛び起きる。
 外に出て市場の向こうの家並みを見る。向こうはまだ薄暗い。太陽は町の向こうから出て来るから、どの家も一つにまとまった陰になっている。 「もし旗が出てても、白だか青だか花柄だか見分けがつかないや」
 もう少し待とうと、トウドルは家の中に引き返した。
 でも待ちきれない。
 思いついてベッドの上にひろげた布から花柄のを引き出した。
「こっちからは見えなくても、きっと向こうからは見える」
 トウドルの家はまっすぐに届く太陽の光に輝いていたから。  トウドルは両手で花柄の布を、いっぱいに広げてシャリムの家があるあたりに向かって立った。
 どれぐらいの間、そうしていただろう。
 トウドルはちょっと休んで朝ごはんにしようとか、椅子を持ってきて座ろうとか、少しも考えなかった。
 シャリムがそばに来て、かかしみたいにピンとのびて固くなったトウドルの腕から、花柄の布をひきはがすまで。
「ああ、つかれた」
「トウドルは見なかったの? シャリムはちゃんと花柄の布を広げたよ。それから市場でしばらく待ってたのに、ちっとも来ないから」
「最初は暗くて見えなかったんだ。明るくなったら見るのを忘れてた。あまりにすごい青空だったから」
「もしかして、ひときれの、雲になっちゃってたんじゃない?」
 トウドルは腕をぶるぶる振り回す。
「雲ならよかったのに、腕が旗ざおみたいだよ」

 二人は川に向かって歩いて行く。
「シャリムは背中に何を乗せてるの?」
「リュックサックだ」
「何が入ってるの?」

                                    十四

「竹を切るノコギリ、それを束(たば)ねるひも、お茶をたっぷり入れたビン、サンドイッチ。それと手を切った時のためにばんそうこう」 「トウドルは何も持ってこなかったよ」
「サンドイッチは二人分あるよ」
「シャリムは用意がいいね」
「ないとこまるのがいやだから、いつも多めに準備する」
 トウドルはシャリムの家の戸棚のことを思いだして、これも『ゆとり』なのかなと思った。
 やがて、川についた。空が青いので、川も青い。
「川の詩はまだ覚えてない」
 トウドルは残念に思った。川の流れる音がとても気に入ったのに、それをうまくシャリムに伝えられなかったからだ。
「おなかがすいたから、竹を切る前にサンドイッチを食べよう」
 川原には大きな石がごろごろ転がっている。
「これをテーブルにしよう」
 大きな平たい石を見つけたので、その上にシャリムはサンドイッチを置いた。
 堅パンではなく、白く柔らかいパンにサラダ菜とソーセージ、ゆで卵とチーズ。
「シャリムは何でも知ってるし、何でもできる。トウドルもシャリムのようになりたいな」
 シャリムは首を横に振る。
「トウドルはそのままですごくいいよ。自分でそれを知らないだけ」
 小さな鳥が二人のそばに来て、チピチッピと鳴き、パンのかけらをほしがった。
 二人はパンを少しずつちぎり取っては、小鳥に投げた。いったん飛びのいた小鳥は、しばらくしてからもどって来てパンのかけらをくわえてまた飛んだ。
「ねえ、見て。この石」
 シャリムの鼻先にトウドルが小石をつきだす。
「ふつうの石だよ」
「ちがうよ。よく見て。中に虹がいる」
「見えない」
「ほら、ここに」とトウドルが指さす。

                                    十五

 なるほど、石の真ん中に白いすじがある。
「白だけじゃないよ、オレンヂ色も、むらさきも」
「うん。そう思って見れば、そう見える」
 シャリムがのこぎりを出して竹を切る準備をしている間に、トウドルはあちこちから石を探してはシャリムに見せに来た。
「ほら、この石は魚。きっともとは本当に魚だったんだね」
「この石を見て。中に空がある。今日の空とそっくりな色だ」
「これは不思議な石。持ってみて。変に軽いんだ」
 そうして見つけた石を全部、ズボンのポケットに入れる。持って帰るつもりだった。
「タンポポ畑のまわりに置くんだ、そうしたらもっとちゃんとした畑に見える」

   シャリムはノコギリの使い方が、あまりうまくなかった。
「貸して」
 トウドルはこんなことをするのが得意だ。
 シャリムが一本切る時間で、五本の竹を切り取った。
「予備にあと二本切ってくれる?」
「なん本でも切るよ」
 全部で八本切った。シャリムがひもで四本ずつたばねた。
「こんなに長くしないとだめなの? 持ちにくいよ」
 トウドルは縦にして持ってみたり、片方の腕で横にかかえてみたり、最後は肩にかついで持った。
「長い方が遠くから良く見える」
 シャリムもいろんな持ち方をして、やっぱり最後は肩にかついだ。
 トウドルが先に、その後ろにシャリムが歩く。
 さっきからシャリムは、後ろでクスクスわらっている。
「なあに?」
 とトウドルが聞くと「べつに」と知らん顔をして、まだわらっている。
 どうやらポケットに入れた石のせいで、トウドルのズボンが下がってきているらしい。

                                    十六

 そのうちとうとう半分ばかりもずり落ちて、さすがにトウドルも気がついて立ちどまった。
「半分シャリムが持つよ。その石」
 シャリムは自分のズボンのポケットに、トウドルの石を移した。
「ほら、これぐらいでだいじょうぶ」
 またふたりで前と後ろにならんで歩いた。
 もうそろそろ太陽もかたむいてきて、風が草原をわたっていく。
「明日、ためしてみるから。今日のうちに旗を竹につけておいて」
   シャリムがトウドルにひもを渡した。
「これで布を竹にむすぶ」
「わかった。明日は何色の旗にする?」
「試しだから、何色でも」
「白にしよう」

 トウドルははりきって言う。 「旗が見えたら、本当にシャリムの家に行くからね」
 じゃあ、と帰ろうとしたシャリムがあわててもどってきた。
 タンポポ畑のそばに、ポケットからざらざらと石を出す。シャリムは途中で手をとめて、トウドルが魚みたいといった石だけを手でにぎりしめた。
「これだけ、もらってもいい?」
「いいよ。家に帰ったら、水に入れてやるといいよ。泳ぎだすかもしれない」
 トウドルがそう言うと、シャリムは自分の分の竹を肩にかついで、大あわてで帰って行った。きっと早く水に入れてやらないと、魚の石が干上がってしまうと思ったんだろう。

                                    十七


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