安らぎの家で、土曜日の午後に
          ― ある老人ホームの一室 ―


 おばあちゃん、こんにちは。元気してた? ちゃんとごはん食べてる? 見えてるかな、香菜の顔。今日はちゃんと目、開いてるね。目やに、出てないね。お風呂入ったとこなのかな。
 ちょっと久しぶりだね。うーんと、三ヶ月ぶりかな。いろいろあってね。ごめんね。さみしかった? テストあったしね。いそがしかったの。それだけでもないんだけどね。
 あっ、おばあちゃん、髪の毛切ってもらったの? 短くなったね。これから暑くなるもんね。さっぱりしてるよ。若く見える本当。
 うーとね、七十五才くらいに見える。それ以上は無理だよ。あつかましいよ。十も若く言ってあげたのに。
 ねっ、おばあちゃん。おばあちゃんは十六のころ何してた? たしか二十五でおじいちゃんと結婚したんだよね。昔だと遅い方だったんでしょ。行き遅れをもらってやったんだって、生きてた頃おじいちゃんはよく言ってたよ。でもね私はおばあちゃんの若い頃によく似てるって、うれしそうに見とれたりした。
 実はおじいちゃん、けっこうおばあちゃんにまいってたんでしょ。だっておばあちゃん、若い頃はきれいだったと思う。私は似てないよ。私はちっともきれいじゃない。おばあちゃんの鼻はかっこいいもの。私のとは違う。
 友達の茜、知ってるでしょう。幼稚園からずっと友達だった子だよ。この頃、すごくきれいになった。一緒に歩くの嫌だよ。あの子スタイルもいいし、私のデブがめだっちゃう。
 男の子、十人のうち九人までは絶対に振り向いて見るの、茜のこと。

                                    一

 サッカー部の八木っていうかっこいい子に、交際申し込まれたんだよ。なのに茜、こまってるの。断ろうかなんて、私に相談するの。どうして私に相談するのよ。腹立つでしょ。
 でもね、茜ってちっともいじわるじゃないの。いい子なの。なのに私、腹立つの。嫌になっちゃう。
 おばあちゃん、手、少し広げなくちゃだめだよ。ずっとにぎってるとそのまま、固まっちゃうよ。香菜が広げてあげる。そうっとね。どう、痛くない?
 ああ、少しツメが伸びてる。切っとくね。ツメ切り、たしか引き出しにあったよね。ああ、あった、あった。
 お母さん、最近来た? 来ない?
 お母さんもいろいろあるんだよ。というか、あるらしい。言ってくれないけど、何となく雰囲気で分かる。悩んでいるみたい。私ももう子供じゃないでしょう? もうすぐ十七だもの。相談してくれてもいいじゃない。なのに私の前では、何事もないように陽気にしゃべろうとするの。本当は泣きそうなくせに。
 お父さん、何を考えているのかわからない。この頃ぜんぜんしゃべらないし、帰るの遅いし。お姉ちゃんが家にいた頃は違った。
 お姉ちゃんが、お嫁に行ってからかな。何だか家の中が変なのは。お父さんはお姉ちゃんをとてもかわいがってたからね。自慢の娘だったから。
 昔、うちっていい家族だったよね。みんなして旅行行ったりさ。

                                    二

 おばあちゃんもおじいちゃんも、みんなして露天風呂に入ったよね。小さい頃、いっぱい楽しいことあった。大きくなるって、嫌だね。いろんなことが見えてくるから。
 ほら、切れたよ。どう? ちゃんとヤスリもかけたから、スルスルでしょ。どこも引っかからないでしょう。指、動かしてみて。がんばって。だめ?
 ひどいよね。こんなになっちゃってさ。
 声も出なくて、手も足も動かせなくて、笑ったり泣いたりもできない。それでも生きてるって言えるの。ねえ、おばあちゃん。どうなの。
 ごめんね、この頃すっかり泣き虫になっちゃった。香菜ね、失恋しちゃったんだ。どうもそうらしい。そう、相手は八木君。だから茜のこと、素直に喜んであげられなかった。嫌な子でしょ。香菜って。私、私がどうしようもなく嫌いなの。こんな私、この世の中から消しちゃいたい。お父さんもお母さんも今、私のこと見てないような気がするの。
 お姉ちゃんは自分のことで精一杯だし。
 私がいなくなったら、誰が泣いてくれるかな。
 あっ! おばあちゃん。おばあちゃん、泣いてるの? 
 泣いてるんだ。おばあちゃん、ごめんね。香菜の言ったこと、わかったの。聞こえたの。ちゃんと分かったのね。
 ああ、よかった。おばあちゃん、うれしい。香菜、お母さん連れてくる。お母さん、きっとおどろくよ。喜ぶよ。お父さん、どんな顔するかな。お姉ちゃんに電話する。
 また来るよ。おばあちゃん。すぐ来るからね。
                                    三


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