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夜中の電話
『もしもし…』
「はい、野田です」
『野田さん?』
「そうですよ。あなたは?」
『ぼく、周です。波多野、周です』
「波多野? かけまちがってない? 私、あなたを知らないけどな」
『…』
「もう一度、かけなおしてごらんなさい。今度はまちがえずにね」
『ごめんなさい』
「お姉さんはいつも夜ふかしだからいいけど、こんな時間にまちがってかけちゃめいわくよ」
『ぼく、まちがってかけたんじゃないんです』
「えっ? でもお姉さんは、あなたみたいな年の子に知り合いはいないけど」
『ぼく、聞きたかったんです。お姉さんは、人間ですか』
「…」
『さっきからいろんな所にかけて、聞いてるんです。でもだれも、ちゃんと答えてくれなくて』
一 |
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「あなたね。周君だったっけ? 子供のくせに夜中にいたずら電話するなんてたちがわるいわよ」
『いたずらじゃありません』
「おとなの人はいないの。お母さんは? お母さんに、かわりなさい」
『かわれません』
「じゃ、本当の名前を教えなさい。周なんて、どうせうその名前でしょ」
『本当の、ぼくの名前です。ぼく、いたずらしてるんじゃありません。どうしていいかわからなくて。ぼく、一人ぼっちだから』
「あなた、年いくつ」
『十才』
「そこの電話番号、教えてちょうだい。そして、一度電話を切るのよ。こっちから、かけなおすから」
『本当にかけてくれる?』
「ええ」
「もしもし」
『…』
二 |
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「もしもし、波多野さんのおたくでしょうか」
『さっきのお姉さん?』
「そうよ」
『なかなかかかってこなかったから、ぼくどうしようかと思った。さっきでたらめにかけたから、番号おぼえてなかったんだもの』
「確かめてたのよ。波多野っていう家の電話番号を、かたっぱしから電話帳で調べてね。そんなに多くなかったから、助かったわ。周君のお父さん、文男っていうんでしょ」
『うん』
「どうやら、うそではなかったようね。じゃ、いいわ。お姉さん、つきあってあげるわよ。明日の土曜は会社が休みだから、おそくなってもいいし。言いたいことあるんでしょ」
『うん』
「どうしたの。言ってごらんなさいよ。さっき、一人ぼっちだって言ったわね。お母さんもお父さんも、出かけてるの」
『ううん、いるよ。二階に』
「兄弟はいるの?」
三 |
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『妹がいる。でもあいつも、人間じゃないんだ』
「人間じゃないって、どういうことなの」
『みんな、アンドロイドなんだ。人造人間だよ』
「…」
『本当なんだよ。ぼく、見たんだもの』
「何を見たの」
『皮膚の下だよ。夜に、お母さんがむねを開けてるのを見たんだ』
「むねを開けてる?」
『中には、機械がいっぱいつまってた』
「夢でもみたんでしょ」
『お姉さん、笑ってるね。でもぼく、もっといろんなもの見たんだよ』
「そのこと、だれかに言った?」
『友だちに言ったら、頭の医者に行けってからかわれた。ぼく真剣に相談したのに』
「それで?」
四 |
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『腹が立ったから、なぐりかかった。で、けんかになっちゃったんだけど、そいつちっとも本気ださないんだ』
「どういうこと?」
『いちおうなぐりかえしてくるんだけど、手かげんしてるってわかるんだよ。そいつ、体の大きさもぼくと同じくらいで、そんなに力は変わらないはずなのに』
「気のせいじゃないの」
『ぼくはますます腹が立ってきて、そいつをつきとばした。バランスをくずして、そいつはガラスまどに頭をつっこんじゃった』
「まあ、あぶない」
『割れたガラスが、おでこにつきささってた』
「大変じゃないの」
『でも、一滴も血が出ないんだ』
「一滴も…」
『本当だってば。先生が大あわてでとんできて、ぼくにケガはないかって聞いた』
「先生、あわてたんでしょうね」
『ぼくがガラスにつっこんだわけじゃないのに』
五 |
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「おでこにガラスがつきささった子は、どうしてたの」
『横にいた女の子に言われて、やっと気づいたんだろうね。後ろをむいて、自分でぬきとってた。そのあとを見るとね、白いすじが残ってるだけで、何ともなってないんだよ』
「それは、変ね」
『変でしょう。ねっ、そうでしょう。よかった』
「何がよかったの」
『お姉さんが、ぼくと同じように考えてくれたから』
「私も周君と同じような気持ちに、なったことあるわ」
『本当?』
「学校を出て、初めて会社に勤め始めたときよ。まわりの人みんなが、自分とまるっきりちがう種類の人に見えたわ」
『…』
「しゃべっていることばさえ、ちがって聞こえて、少しも意味がわからないの」
『今でもそう?』
「いいえ、今はそうでもない。もう三年もたったもの。私もその人たちと同じ種類になっちゃったのね」
六 |
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『お姉さん』
「だいじょうぶよ、周君。あなたは絶対に一人ぼっちではないわ。安心なさい」
『でもぼくみたいなのは、ここにはだれもいないんだよ。みんながみんなぼくより力が強くて、病気もしなくて、食べたり飲んだりしなくてもよくて。たぶん眠らなくったって、平気なんだ。人間じゃないんだもの』
「アンドロイドだって、人間とはやり方がちがっても、栄養を補給したり休養したりはするのよ」
『お姉さん! お姉さんは人間なんでしょう?』
「安心しなさい」
『よかった』
「…」
『また電話してもいい?』
「もちろんよ」
「もしもし」
『はい、波多野でございます』
「周君のお母さんですね」
七 |
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『そうですが、あなたは?』
「始めまして、野田美鈴といいます」
『うちの周が何か…』
「よく電話をかけてこられます」
『おたくへ ? どうしてでしょう』
「お母さんは、気づかれないのですか」
『…』
「周君は自分が人間だと、言っていますよ。まわりの者はみんなアンドロイドで、自分だけがこの地球上に生き残った、ただ一人の人間じゃないかと」
『…』
「でもどうやら周君は、私は人間だと認めてくれたらしいのですが」
『ごめんなさい。あの子は最初から、ほかの子たちとはどこかちがっておりました。欠陥品なのかもしれません』
「点検に出されなかったのですか」
『いいえ。でも、もちろん定期点検は…。それはあなたに、関係のないことだと思いますけど』
「正直に教えてください。お願いですから。周君は本当に、私たちと同じなのですか」
八 |
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『どういうことです?』
「もしかすると本当にあの子は…」
『ばかなことをおっしゃらないで。地球上の人間が死に絶えたのは、もう十年も前のことです。とても強い伝染力を持った病気で次から次へと…』
「じゃあの子も、今も自動的に動き続ける工場で作られたのだと?」
『どうしてそんなに、がっかりされるのです』
「いいえ、べつにがっかりなぞしていません。でも何かわけがあるのだろうかと思えて、期待したりしたものですから」
『何かわけが、ですか?』
「ええ、つまり。人間のいない今も、私たちがいる理由です。私たちが、人間と同じように生活している、そのわけです」
『わけが、いりますか』
「いらないのでしょうか」
「もしもし」
九 |
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『はい、こちらシラト第二工場。定期点検課ですが』
「実は、点検時期ではないんですけど」
『調子がよくないんですね』
「はい。変なんです」
『近頃、多いんですよ。製造番号をどうぞ』
「野田美鈴、いえ、G の一三六五号です」
『G からL までの製造品に、特に異常が多いんですよ。どんなぐあいですか』
「いろいろ、考えてしまうんです。生きていくのに必要のないことを」
『はい。それから』
「疑ったりもするんです」
『ずいぶん、ひどいようですね』
「もうスクラップになるんでしょうか」
『みてみないと何とも。とりあえず、こちらまでおこしください。判断するのは、中央のコンピューターですから』
「もしもし」
十 |
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『はい、塚本です』
「ちょっと、お聞きしてもいいでしょうか」
『君はだれなの』
「野田といいます。野田美鈴です」
『知らないなぁ、だれ?』
「教えてください。あなたは人間ですか」
『何言ってるんだ。変ないたずらはやめろよ』
「私、自分が何なのか考えたことがなかったんです。おなかがすきもしないのに、パンを口に入れ、眠くもないのにベッドに横になって、それがおかしいとは思いもしなかった」
『…』
「なぜ私たちは、人間のふりして生きているのですか。教えてください。何かわけがあるんでしょう?」
ツー ツー ツ
ちょうどその時、プツンと切れてしまった。 地球上の機械という機械、人間の作ったすべての物が。
地球は闇にとざされた。蓄えられていたエネルギーが、とうとう底をついたらしい。
だがその中で何か、生きて動いているものがいた。朝日が登れば、それを確かめることができる。
きっと。
十一 |