雪ねずみ


 今日は朝から雪だった。すごい勢いで降っている。あたりの空気が白く染まって見えるくらいだ。
 もと子は氷みたいな窓ガラスに額と両手をおしつけて、外に見入っていた。
「さあもう、ふとんの中にお入り。体が冷えてしまう。カゼがひどくなったら、明日もまた学校に行けなくなる」 
 おばあちゃんはふとんの上に背をまるめてすわっていて、そこから細い声でもと子を呼んだ。
 おばあちゃんのとなりにしかれた小さいふとんにもぐりこみ、もと子は指をこすりあわせた。自分の指でないように、感覚がなかった。
「ほら、手をこちらにおかし」
 おばあちゃんは身を乗り出して、もと子の手を自分の手の中につつみこんだ。でもおばあちゃんの手は、もと子と変わらないくらい冷たかった。
 病気なんかめったとしないもと子がかぜをひいた。熱はたいして出なかった。
 でも今日はこんな天気なので、お母さんは学校を休みなさいと言う。
 もと子は学校に行きたかった。こんな日だからこそよけいに行きたい。
 たぶん体育の授業は雪合戦になるだろう。雪はもう、二十センチは積っている。
 お母さんは仕事を休めなかったので、もと子をおばあちゃんにたのむことにした。

                                    一

 お父さんはもと子のふとんをおばあちゃんの部屋に運んで、おばあちゃんをこまらせるな、ともと子に何度も言った。
 もと子がまだ赤ちゃんの頃、おばあちゃんは大きな病気をした。その時からすっかり体が弱って、あまり動けなくなった。一日中、この部屋のなかで過ごしている。
「おばあちゃんの部屋は静かね」
 裏庭のむこうは竹やぶで、道路はずっと遠くだ。それに今日は平日で、もう十時で、みんな学校か会社に行ってしまった。
 おばあちゃんともと子だけを残して、世界中の人間が消えてしまったみたいに、本当に静かすぎる。
「雪のせいだよ」
 いつのまにかおばあちゃんの手と、もと子の手は、どちらがどうとは分からないくらいほんのりと暖まっている。
「雪は音をすいこんでしまうからね。だけど本当は音をすうのは雪ねずみなんだよ」
「雪ねずみって?」
「一面に積もった雪の原で、ひととこポコッと雪が落ち込むことがあるの。それは雪ねずみのしわざだよ」
「そのねずみ、雪の下に住んでるの?」

                                    二

「北の国では、ひと冬中根雪の下で暮らしているそうだ。ねずみっていうけど、ふつうのねずみとはちょっとちがう。ハツカネズミより少し大きくて、サルみたいに二本足で立つんだよ。白いというよりうす青い毛皮で、真っ黒のつやつやした目をしてる。口先がとんがってるの。こんなふうに」
 おばあちゃんは口をとがらして、何かを吸うまねをした。
「吹雪がやむと雪のあなから口を出して、宙に浮いてる音をスウッとすいとってはシャクシャク食べるんだよ」
「おばあちゃん、見たことあるの?」
「一度だけ見た。声まで食べられた」
「本当! いついつ?」
「ちょうどもとちゃんぐらいの時だったよ。夜中にふと目がさめた。そしたら、なんか変なんだよ。家の中がシーンとしてる。こわくなって母さんを呼んだんだ。だけど口は開くのに、声が出ない。悲しくなってオイオイ泣くのに、その声も聞こえない。おばあちゃんは起きて出て、となりのへやの戸を開けた」
「雪ねずみ、いたの!」
 おばあちゃんは、わらって首を横にふった。
「だあれもいなかった。その部屋に寝てるはずのお父さんもお母さんも、まだ赤ちゃんだった妹も。夜の夜中なのに、おばあちゃんはひとりきりだった」

                                    三

 その時にもと子と同じ九才だったおばあちゃんは、泣きながら玄関の外に出た。
 みんな自分ひとりおいて、どこかに行ってしまったと思ったから。
 夕方にはそのけはいもなかったのに、その時外は細かな雪がきれめなくふっていた。
 もうひざまでうまるくらいも積もっている。全体がうす青く光ってそこにも何の音もなかった。
 だれの足あともないやわらかな丸みをおびた世界に思わず見とれていると、目のすみで何か小さなものが動いた。
「雪ねずみだったの?」
「とがった口を上にむけてもごもごと動かしていたよ。おばあちゃんはびっくりして、泣くのもわすれてしまった」
「こわくなかった?」
「ああ。首を少しかたむけて、小さな真っ黒の目で、じっとおばあちゃんを見てるだけだもの。それでおばあちゃんがもう泣かないとわかると、またコ ソッと雪の中にもぐってしまった」
「もう出てこなかったの? 行ってしまったの」
「行ってしまった。だってあんまりびっくりしておばあちゃんはもう泣けなかったもの。食べるものがないと雪ねずみは出てこない。おばあちゃんのお母さんが、そう教えてくれた。雪ねずみは静かなのが大好きだから、うるさい音はみんな吸い取っちゃうんだって」

                                    四

「本当にそうなの?」
「雪ねずみが赤ん坊の夜泣きの声も吸い取ったんだとお母さんは言ってた。あの晩あんまり赤ん坊が泣くので、お母さんはお父さんと茶の間で赤ん坊をあやしていたんだって。だから部屋にいなかったんだね」
 雪ねずみはどうして音なんか食べるのかとおばあちゃんは聞いたそうだ。おばあちゃんのお母さんは、雪ねずみはうるさいのがきらいなんだと答えたそうだ。
「でもおばあちゃんは、ちがうと思う。雪ねずみはいつもひとりで雪の下にいて、本当はさびしいんだよ。にぎやかな声や音が聞こえると、つい顔を出してしまう。サクサクサク。みんな自分のおなかの中に入れてしまうんだ。そうすると、お腹の中がにぎやかで楽しくなる気がするだろう」
 おばあちゃんはほうっとため息をついた。 もと子もつられてため息をつくと、ふとんの上に起き上がって窓の外を見た。
 いつのまにか雪はやんで、陽がさしていた。風が吹くと木々の上に乗った雪が、銀の粉のように散らばった。

                                     五


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