雪の夜


 山から風が吹きおりる音がした。
 ユ ズルはふとんの中で、耳をそばだててそれを聞いていた。
 風は何事かを言おうとしていた。叫んで、わめいて、息を切らせて、あえいであせって、木々の梢を鳴らし、枯れたカヤをたおし、激しく雨戸をたたいた。
 来るぞ! と風は言っていた。ユ ズルはふとんを頭まで引っかぶった。
 何人もの人が口々に叫ぶ声を、戸を激しくたたく音を、走り去る馬のひづめの音を聞いた気がした。重い荷を積んだ荷車のゆく音、坂道を転げ落ちる音も聞いたと思った。あまりに怖くて、外のようすを見る気にもなれなかった。
 来るぞ! と風は叫んだ。
 来る、来る、来る、と叫び続け、フッ と息を飲んだかと思うと、はたと静かになった。それきり、妙に静かになってしまった。
 ユ ズルはふとんからするっと抜け出た。窓をこそっと引き開け、外をうかがい見た。外は青白く光っている。蛍光灯のような静かな明るさだ。
 木々のとがった枝も、遠くの家の屋根もやわらかいもので一面おおわれ始めていた。そして暗い空から、まだ舞い散る雪片がしきり。

                                    一

 雪だ。風が予告したのはこれだった。
 ユ ズルは氷の板のようなガラス窓に額をあてた。
「やむなよ、もっとふれよ。屋根まで積もれよ」
 このあたりは、いつもそうたくさんの雪はふらない。降っても、うっすらあたりが白くなる程度だった。
 十年に一度くらいは三十センチくらい積もることがあるらしいが、ユ ズルはつい先日に九才になったばかりだ。
 今晩がその十年に一度の日だろうか、とユ ズルは思った。期待でいてもたってもいられないようだ。参加したかった。ガラスごしに見ているだけではあまりにつまらない。何たって十年に一度だもの。
 ユ ズルはいつも学校に着ていく青いダウンジャ ケッ トを、パジャ マの上にはおった。足音をしのばせて、家を抜け出した。新しい雪は、やわらかで暖かげだった。長ぐつをぬいで、はだしで歩いてみたい気さえした。
 庭を出て、通りを歩いた。誰の姿も見えない。誰の声も聞こえない。いつも夜中にうるさく鳴く犬も、今日は押し黙っている。ユ ズルはわくわくする胸をおさえた。この雪は今、どこまでも自分一人のものだと思えた。
 少し歩いてふりむいてみた。スタンプみたいに点々と長靴の後が、続いている。
 これはぼくの印だ。この印があるのはぼくの場所、ぼくだけの王国。
 もっと広げよう、ぼくの国を。
 ユ ズルは一晩かけて町中を歩き回った。

                                    二

「これは全部、ぼくの町だ」
 ところがふりやまない雪は、かたはしからユ ズルの足跡を消してしまったので、ユ ズルの国はいつまでたっても広がらなかった。
 自分の家の前で、ユ ズルは立ちつくした。一歩前の足跡まで消えてしまった。ユ ズルの国は、今立っているこの場所だけになってしまった。
 雪はふりやまず、やっぱり十年に一度の大雪になるようだ。







                                    三


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