渓流釣りは悪か?

 登山者の中には、渓流釣り師を快く思わない人がいるらしい。私自身釣りはあまりやらなくなったが、一応渓流釣りを弁護しておこう。せっかく奇特な人が稚魚の放流をしているのに、釣り人が釣ってしまうのはけしからんと言う意見は、少しおかしい。それは以下の理由による。

 釣りは山菜取りと同じで、マナーを守れば何の問題もないと思う。個々の魚には災難かもしれないが、種族保存の観点から見ると問題はもっと別の所にある。まずもっとも有害なのは河川改修の名目で行われるダムや堰堤の建設である。

 日本の主な渓流魚はイワナ、ヤマメ、アマゴであるが、何れもサケ科の魚で氷河期の終わりに陸封されたものである。それでも一部が変化して海へ降り、サクラマスやサツキマスになって川へ帰ってきて繁殖する。ダムや堰堤はこれを阻害するのである。唯一ダムのなかった長良川はサツキマス(アマゴの降海型)の遡上で有名であったが、河口堰の影響が懸念されるところである。降海しないものでも堰堤で著しく生活圏が狭められ、砂が堆積すれば産卵は不可能となる。

 次に問題なのは植林である。渓魚の春先の餌は川虫と呼ばれる水中に住むカゲロウの幼虫である。それらが羽化すると今度は流下する昆虫を食べるようになる。昆虫は豊かな広葉樹林に育まれるもので、針葉樹林では著しく減ってしまう。

 結局、渓魚の総量(尾数×体重)は川の生産力に比例するものであって、貧弱な川に幾ら放流しても魚は育たない。サンデー釣り師が一本の竿で釣るぐらい、川が健康ならば魚は減らせるものではない。釣られた分は残った魚が良く育ち、稚魚の成長の歩留まりも良くなって総量は変わらないのである。

 稚魚や発眼卵の放流も心根は善としても方法に問題がある。陸風された魚は長い年月を経て川によって色や形に微妙な個体差がある。イワナなど名前も違うほど特徴がある。地質学と関連して日本列島の成り立ちさえ推定する手がかりとなる可能性を秘めている。それを一ヶ所の川の親魚から養殖して採卵した稚魚を日本中の河川にばら撒くと言うのは問題がある。やがて本種と交雑して特徴を無くしてしまうのである。

 百歩譲って個々の川からの採集養殖は実際上困難であるとしても、もともとヤマメの川にアマゴを放流したりアマゴしかいない川にイワナを放流したりするのは止めて欲しい。現在そこの所のモラルがめちゃくちゃである。

 釣る側もモラルを持つのは当然である。禁漁期と体長制限の厳守は当然として、いくら釣れる川を見つけたからと言って尾数制限は自戒として持って欲しい。かえしのついた針も使わないのが望ましい。小さいのをリリースするとき、魚にダメージを残さないためである。 釣り師以外で、バッテリーや毒流しをする人がいるらしいが、これらはもってのほかで論外である。

 渓魚は用心深く、すれてくるとなかなか釣れるものではない。渓流釣りはあの手この手で魚と知恵比べをする知的なゲームである。まあ、あまり釣れなくても殺気立たず、渓流の自然を楽しむ余裕が欲しいものである。