冷川谷から白船峠    10.07.18


 くたびれた白船峠のプレートを回収したのは3月21日。補修はとっくにできていたのだが、グズグズと機会もやる気もなく日が経った。この峠は十文字の交差点で、各方面の行先は立派な看板があるのだが、不思議なことに地名表示がない。昔は今の朽ちた杭に書いてあったのだが無くなって久しい。私はテープもプレートも他に付けたことがないが、この峠は思い入れがあるので2004年に手製のプレートを持ち上げたのであった。

 今日は何処から上がろうか。木和田尾では面白くないので廃道の冷川谷を登ることにした。この谷は7年のご無沙汰である。しかし天気は芳しからず、車から見る藤原岳は厚い雲に覆われていた。7時半、無人の配水場に着いたらなんと小雨が降ってきた。前日に梅雨が明け、ピーカンの夏空になる予定だったのに・・・天気予報のバカヤロー! 

 以前は林道終点までクルマが入ったが、今はチェーンで封鎖してある。林道を歩くが陰鬱な天気に気が滅入る。これは盛大なヒル祭りになりそうな予感がするが、今更やめるのもとろくさい。林道終点には左の支流に立派な堰堤が2段新設されていた。ここも荒れたようである。そして不思議なことに登山届のポストがまだある。開けてみると腐ったノートには何も記入がなく、ボールペンには芯がなかった。7年前は数名の記入があったので、ノートだけは変えたようだ。

 山道に入って渡渉するが、けっこう水量が多くて難儀する。やがて右手の支流に滝が見え、記憶が蘇る。大岩の横をくぐると10m三筋の滝。なかなか見事であるが、帰ってから見た7年前の写真と比べると形が変わっていた。左岸の巻きは道型が無くなって土の急斜面に難渋する。上へあがると良い山道があって、これを追いかけていくが様子がおかしい。あかんがな、支流に入っている。植林道だった。下りて小尾根を越えた広場が・391。めっきり水量が減って本流と思えないが、これで間違いない。前回は伏流だったと思う。

     川端に合歓の花                     真新しい堰堤                 糸を引く三筋の滝
  
 そういえばヒルを見ない。いないとなると、これまたちと寂しい。しかし心配は要らなかった。この先ウジャウジャいた。先ず違和感を感じてシャツをたくし上げるとへその横に喰らいついていた。飽和食塩水をスプレーするとイチコロ。足元はこまめに見ていたが、靴を這い上がるのは見なかった。何故に第一号が腹なのか? 何所から湧いて出たか、忍者たる所以である。落ち着く所がないので川中の大石の上で点検したが、靴の中にはいなかった。しかしこの後すぐに足もやられた。腹にはあと二箇所。やがて首筋やら反対の足にも食いつかれる。

 なるべく流芯を行く。450mで二俣。右からは立派な水流があるが、本流は涸れた左俣の方である。等高線を見れば分かるが、ここからは急峻な谷になる。息つく暇もなく廊下に次々と涸れ滝が出てくる。杖を先に上へ放り上げて手足総動員で登る。滝といっても岩石が重なったものであるからホールド、スタンスはある。しかし中には手強いのもある。ツルツルに磨かれた樋状のものや、取り付きにスタンスがないものなど。小雨は相変わらず降ったり止んだりだ。

     岩の涸れ滝                   巨大な岩                  最後の難所

 連瀑帯を突破すると傾斜が緩み、やがてまた水流が出てくる。涸れ滝にヒルはいなかったようであるが、下流で食われたところから出血してシャツは3ケ所ばかり血がにじんでいた。710mで谷は左へ90度屈曲する。思い出したぞ、残雪期にここでズボズボ足を取られて苦労したのだった。少々疲れてきた。しかしまだ白船峠まで標高差300mある。お札を納めさせてもらうのも大変だ。

 水は川幅いっぱいに分かれて景気よく流れている。水を汲んで窯跡から谷を離れ、右手の尾根に上がることにする。790mから850m付近には等高線が間延びしたコバ状の地形が見て取れる。これを観察するためだ。斜面を少し上がると木の根の下に穴があって、コンコンと水が湧いている。これはいい。湧き始めの水質は最高だから、谷で汲んだ水を捨てて詰めなおす。800mで平坦地に出る。予想通り広葉樹の素晴らしいコバである。オフ会だってできそうだ。夏椿(ヒメシャラ?)の花が一輪落ちている。見上げても探せなかった。たいてい落花しか見ない。ゆるゆると樹林を見物しながら歩く。しかしここで楽をした分、この先は見上げる急斜面となる。

       幾筋も水流が広がる                穴から湧水が                     樹林のコバ

 へろへろヨタヨタと滑りやすい湿土の急斜面を上がる。掘りたての穴を見つけた。土を斜面に捨てる短い通路がある。アナグマだろうか。それにしても湿度が高く、汗が流れて目に入る。やがて古い赤ペンキを見つけるが道はない。25000図では白船峠下の破線は実際の道よりかなり下に描かれている。ちょうどその辺りだから、昔は破線どおりの道があったのかもしれない。やがて本当の登山道に出て11時半に白船峠に着いた。道草もあるとはいえ、出発から4時間も掛かっている。7年前はラッセルしても3時間で登っている。やはり衰えたかなあ。

 メシ前に仕事を片付けよう。木に付けると木が可哀想という極端な自然保護派から苦情が出るかもしれない。そういう人の家は切倒した木でできているのだが・・・。クジラを捕るのは可哀想だけど牛はじゃんじゃん殺して食うとか、自称自然保護団体は胡散臭い。まあせっかく作ったプレートを破棄されるのもかなわんので、桑名消防署の火気注意の金属ポールを拝借しよう。これなら当分こけそうもないので安心だ。他に地名を表示するものも一切ないので、複数プレートはゴミとみなすヤブメンに叱られることもないだろう。しかも一般登山道だ。

         アナグマの巣?              補修した白船峠のプレート

 普段は登山道で食事をすることはないが、こんな天気では誰も来そうもないので、峠の真ん中で開店する。シートを敷いて靴を脱ぎ点検する。足は思ったよりやられていない。でも気がついたらシートに血が付いていた。見えにくいアキレス腱横をやられていた。峠にいたものか、下から運んできたものか。あと二匹何処からか現れて退治する。ガスが流れる峠にヒグラシの物悲しい声が響く。詫び寂びと幽玄の世界だ。シャツと靴下の血糊はまたオカアちゃんに叱られそうだ。

 帰路は面倒な所を歩く気力がなくなったので木和田尾を使う。快適だ。アサギマダラがヤブレガサの花にとまっている。やがてチラチラと日が射してきた。見晴らし鉄塔広場で大休止。そこそこ見通しが利くようになり、伊吹は見えないが霊仙山の輪郭は見える。何より乾いた風が吹き渡るのが嬉しい。何もかもが湿っていたのでしばらく虫干しだ。しかしまた樹林帯に入ると地面はたっぷり湿気を吸っている。そろそろ出そうだ。子向井山の下から登山道を捨て、北へ落ちる尾根に入る。沢筋を避ける作戦である。尾根下りの途中ケッタイな菌類発見。図鑑で知ってはいたが初めて見る火焔茸(カエンタケ)だ。まさに地獄の業火のような真っ赤な炎である。写真を撮っていると足許にヒルがピョコピョコ。ひゃー、やっぱりここもいるわい。

       稜線のガスはとれない             でも下界は晴れている               地獄を思わせるカエンタケ

 早く帰ってシャワーもせず、汗かきついでにそのまま炎天下で田んぼの草刈り3時間! 夕方にバテバテで待望のシャワー。ヒル跡を数えてみると右足首3、左脛とふくらはぎ各1。腹回り4、腰1。首筋1、鎖骨1。合計12箇所だった。翌日は痒いこと痒いこと。鈴鹿名物をたっぷり味わえた一日だった。