セキオノコバ東面探索    10.09.26


 オートキャンプ場上のゲートから青川の林道をてくてく歩く。一年前より多少修復されていた。後谷出合には巨大な堰堤が構築されつつある。ここに限ったことではないが、以前クルマで入っていた道を歩くのはかったるいものだ。一部河原歩きとなるが、渡渉は軽い飛び石で登山靴でも問題ない。休みコバまで長く感じた。

 広河原を過ぎ、ヘアピンが終わるとまた広大な河原。左端の樹林帯の中に下り藤がある。もう涼しいのでヒルの心配はない。隧道の手前の崩落は去年と同じだが、噂通りトンネルから水が吐き出されていた。要するに隧道が銚子谷のバイパスになってしまった訳だ。去年はここで銚子谷に入ったので、この先の登山道は水害後初めてだ。

 日丘稲荷は高台にあるので被害はない。岳水口を過ぎると倒木がうっとおしい。黒滝口で水筒に水を汲んで中尾に取り付く。青川が荒れてから通る人も少ないのか、クモの巣だらけで下部のつづら折りも踏み跡が薄い。突然イノシシが逃げた。やがて掘割がハッキリしてくると中尾地蔵とご対面。祠はすっかり風化が進み、格子の壁もなくなって四隅の柱だけで立っていた。もう倒壊も時間の問題と思われる。自然石の地蔵さんも、あばら屋の侘び住まいではこれから寒かろう。街道の役目も終わった以上、守っていく人がいなくなったのも当然の成り行きなのか。そんなことを思いながらぜいぜいと登る。10時頃、ササが消えた治田峠にようやく着いた。

     隧道を上流側から見る                倒壊寸前の中尾地蔵           新旧の表示板で雑然とした治田峠

 茨川から離散した人々にとって治田峠は望郷の地である。取材以来7年ぶりの治田峠は涼やかな風が吹いていた。人の気配もなく寛いでいたら、年配の男性が藤原岳から下りてきた。これから茨川へ下りて西尾根を登り返してまた藤原へ登るそうな。全くご苦労な行程だ。見た目より若いのかも知れない。ドラゴンズの和田選手だってそうだ。どちらにしてもその元気さが羨ましい。

 それに比べて私ときたら、中尾の坂が堪えて既によれよれなのだ。このところいつもそうだ。体調不良ばかりではなく、はっきりと「衰え」を自覚する。ところでなぜ治田峠に来たかと言えば、セキオノコバ東の緩斜面を偵察するためだ。クラ北のブナ探し以来、銚子谷源流にあたるこの斜面に目を付けていたのだ。オフ会の折り、ついでにとも思ったが、あのときは足が痛くてそれどころではなかった。この斜面は銚子谷を遡行した方がルートとしては近いが、もう寒いので沢登りはいやだ。それに登山道の被害状況も見たかった。

 天正11年、秀吉の滝川一益攻めのおり七万五千の大軍を三つの峠に振り分け、羽柴秀次、堀尾吉晴、中村一氏、近江衆ら二万が治田峠を越えている。今私が立っているこの長閑な峠をだ。何か講談の作り話のような気がして全く実感がわかない。

 治田峠から少し南へ登ると背後に藤原岳が見えてくる。今日は申し分のない天気。この角度の御池岳は裾を取り巻く送電線が痛々しい。ここから銚子岳への登りがまた辛い。何故か足に全く力が入らないのだ。まだこの先、行程は長い。不安に駆られるが、ここまで来ればもはや戻っても進んでも同じことだ。遠足尾根方面を見ると、いやでもガラン谷崩壊地が目に入る。念仏ハゲによく似ている。

 銚子岳三叉路でへたり込む。やはり体調も悪いらしく、タバコを吸うとオエッとくる。しかしこの付近は大変雰囲気がよろしい。あとは長い登りはもうないので一安心。休憩後、鞍部まで登山道100mの急降下。さてここからがようやく本番だ。地形図を見ながら900mラインから徐々に下り気味に南下すればよかろうと思う。しかしいざ踏み込んでみると、現場地形の弱点しか歩けないというのが実情である。岩壁や谷のエグれがあるのだ。疲れてくると引力に抗しがたく、あっという間に800mライン。こりゃいかんと軌道修正。この付近は細い木ばかりだ。

 突然勢いよく水の音がした。落差20mほど下から噴き出している。少々水不足気味なので汲みに行きたいが、ロープが要るほどの急斜面で諦める。また谷(大きな溝)を横切り、高度を上げていく。すぐ上方が明るい。まさかこの高度で稜線でもあるまい。興味本位で登ってみると溝に囲まれた台地上の場所だった。こりゃいい、ここらで昼食にしよう。湯が沸くまで地図を広げ、定規でGPSの数字を落としてみる。静ヶ岳の真東、高度870m付近だ。地図ではこの東800m等高線が四角く張り出している。ここも見たいが、登り返しを考えるとそんな元気はない。

  稜線からガラン谷崩壊地を見る           手前の森がセキオノコバ東面              昼食にした台地

 昼食後高度を保って南下する。この付近は予想通り古い杣道がある。高度を変えて何本もあるようだが、長続きするものはない。所々それを拾っていると900mまで上がってしまった。ちょっとしたコバに腹の中身がないブナの古木があった。竜神のブナの小型版である。小型とはいえ2mは超えている。よしよし、やっといい雰囲気になってきた。さらにトラバースしていくと谷の源流(クサビ谷と思う)に太いブナ発見! ワクワクして測ると257cmあった。堂々ベストテン入りだ。その先大きなヌタ場。この辺りはクラ北の雰囲気に似ている。探せばまだ太いのがあるかも知れない。私は一直線に歩いただけで、面では全く探せていないから可能性は大いにあるとみる。

老化?でガランドウになったブナ     クサビ谷源頭のブナ

 南東へ進んでいるうちに登山道に出てしまった。この後は大カラト谷の食い込みがあるので楽な登山道がいい。それにしても朝あんなに晴れていた空が今にも泣き出しそうに曇ってきた。竜ヶ岳山頂もすっかりガスに隠れてしまい、何だか気が焦る。雨の降り出しと競争で下山だ。もうクラ北へ寄って行く時間も体力もない。遠足尾根は北の樹林の中を歩いても良いが、ササが衰えたので稜線上でも抵抗は掛からなくなった。・964西ピークから青川隧道に落ちる尾根に入る。この尾根は傾斜がきついので雨でぬかるむと難儀なことになる。

 今頃ではあるが少し体調が戻ってきたのは有難い。シカがたくさんいた。木を掴みながらどんどん下りる。ちょっとストップ。750mから右に分岐する支尾根に入りたい。直接休みコバに出るので無駄な河原歩きを避けられるだろう。注意深く探して入口を見つけた。何の変哲もない尾根だ。徐々に照葉樹に切り替わってくると、やがて植林になった。ちゃんと間伐が行われていて、ビニール紐も巻いてある。しかしよくこんな急斜面で仕事ができるものだと感心する。まだ雨は来ない。

      こちらを窺うシカ

 400mを切るとやや傾斜が緩み、ビニールシートと古いテントを利用した作業小屋があった。中を覗くとベンチと囲炉裏がある。薪のストックも充分だ。誰かオフ会の山行記でこの小屋のことを書いていた気がする。するとこんな急斜面を登ったのか。御苦労さまである。尾根末端はとんでもない急斜面で、左右どちらかに逃げようと考えていたら、枝に引っ掛けた帽子が急斜面を転げ落ちて行った。仕方ない、帽子の救援に向かおう。南無さんで急斜面の溝をグリセードして回収し、無事河原に下り立った。あとは林道を帰るだけ。河原で顔を洗って一息つき、湯を沸かして甘いココアを一杯。疲れた体においしいのだ。ゲート手前50mで雨が降り出し、車に駆け込んだ。