風雪の白船峠     10.03.21


 明け方まで雨が降っていたらしく、窓を開けると靄が掛かっていた。視界は1Kmほど、無論山並みなど見えるはずもない。しかも日中は低気圧による強風が吹き荒れるという。山へ行かない口実としては充分のように思える。雨や所用でまた一ヶ月山を離れている。普通間が空くと山への渇望感が出てくるはずだが、逆に倦厭感を覚え、なんだか出掛けるのが億劫だ。行きたくないなあ、面倒くさいなあ・・・と思う。しかし今年はまだ2回しか山に行っておらず、このままでは体力の低下は免れない。やはり行くことにしよう。

 どうせ行くなら花がある北部だ。ついでに「どうせなら」がたくさん出てくる。本日の目的を箇条書きにする。

1. 体力の維持と左足首の様子見

2. ミスミソウ、セツブンソウ、フクジュソウを見る

3. 冷川谷源流のトチノキ測定

4. 我が子(白船峠プレート)の点検整備

5. オシラサマ(白船神社)の現状把握

1は痛風が完治したにも拘らず左アキレス腱が痛い。特に甲を伸ばす(腱が縮む)と痛く、正座が出来ない。2については時期、天気から過剰な期待は無理。3は木の存在自体はずっと以前から知ってはいるが未測定。4、5はzipp氏のレスから思い出した。

 国道から見る藤原岳は、眼を凝らせばぼんやりシルエットが見える程度。簡易パーキングも閑散としている。誰もいない冷川配水場に車を停める。新芽を付けたシロダモなど常緑樹の中を登っていく。思ったよりは普通に歩ける。ストックは失くしたまま買っていないので、適当な木を拾って杖にする。15分ほどでスタミナが切れ、ゆっくり登る。

 ミスミソウは数が減ったように思う。しかも周囲は薄暗く、閉じて俯いている。カメラを地べたにつけて仰向けに撮る。上空は物凄い風が吹いているらしく、鉄塔に近づくにつれゴウゴウと不気味な唸りが大きくなってくる。シューベルト交響曲第7番「未完成」の冒頭で弦の低音が不安を暗示するが、そんな感じで今日の山行が案じられる。巨大な弦にも見える送電線が切れて落下し、自分が黒焦げになりはしないかという馬鹿な想像さえ浮かんでくる。なるべく風を避けて尾根芯に上がらず、幽かなトラバース道を行く。

         バイカオウレン                俯いて寒そうなミスミソウ            萎れたセツブンソウ

 かなり疲れて白船トラバース道の途中に出た。この付近から時折、雪溜まりが出てくる。こういう風景を見ると近藤郁夫氏の「御池岳残雪」という本が思い出される。氏との交流はこの本から始まった。そのとき突然突風が吹き、枝がしなり、木が鳴り、落ち葉が一斉に走った。あたりは相変わらず薄暗く天候回復の気配はない。ようやく冷川源流に着き、ヨタヨタと老トチノキまで下りる。この木はアガリコで怪異な形状をしている。冬場に伐採して、冷川谷を滑り下ろしたのだろう。切られた所から十本以上の幹が天高く伸びている。複雑な形ゆえ、もとより正確な幹周など求むべくもないが、目安として470cmという数字を得た。

       木和田尾の風情                     残雪が現れる                         トチの老木   

 峠の直下まで来るとジャケットに何かパラパラと当たった。アラレだ。そして白船峠へ着くと同時に横殴りの雪が激しく降り出した。オシラサマの手荒い歓迎か、あるいは祟りだろうか。かのプレートが風雪に揺れている。近づくと相当痛んで文字が読み難くなっている。誰かが結びなおしてくれた針金も一重で頼りない。思案した末、回収することにした。家で補修してまたいつか取り付けに来ようと、プレートを取り外してザックに縛り付けた。下端に書いた歌には注釈を付けていない。これを見て即座に百人一首のパロディーだと分かれば大したものだ。

 フードを被って雪を凌ぎながら、昔の記憶に頼ってオシラサマを探す。オシラサマとは東北地方に伝わる素朴な民間信仰の神様で、柳田国男の遠野物語にも登場する。峠の神様と直接関係はないが、白船に掛けて私が勝手にオシラサマと言っているだけで、正式名称でないことを断っておく。しかしオシラサマが白山信仰に源があるのではないかという説もあり、白船の白からそう呼んでも罰は当たるまい。

      痛みが目立つプレート                オシラサマの御神体                  峠の風雪

 祠の残骸は原型を留めず、銅鏡とともに落ち葉と土に半分埋まっていた。鏡の裏にある模様は鮮明なままだが、鏡面は大分痛んで何も映らない。うーむ、これはこのままに捨て置けないという気持ちがムクムクと起きてくる。しかし私に宮大工は無理だ。家にある犬小屋を担ぎ上げて代用する案も考えたが、それでは罰があたって死ぬかもしれない。誰か信仰篤く、器用な人はいないかな。

 春の雪は寒い。あわよくば真の谷へ下りて穴ノ谷のフクジュソウでもと考えていたが、もはやこれまで。撤退に決する。花見は坂本谷でしよう。アラレに叩かれながら侘しい冬枯れ道を戻る。もうすぐ十字路というところで頭陀へ登っていく一団を見た。こんな日に山へ来るとは、あまり賢いとは言えない人たちである。交差点から坂本谷を下る。風の当たらない適当な窪地で昼食とする。アラレはまだ少し降っているがツエルトを張るほどでもない。暖かいものを腹に入れて、ようやく人心地がつく。

 フクジュソウはファニチャードーム(名古屋近辺限定?)風に言えばヤタラメッタラある。地面が見えないほどだ(ちょっとウソ入ってます)。しかし昨夜の風雨で傷んだうえに、陽光がないのでつぼんだまま元気がない。いざ写真を撮るとなるとこれといった固体が見つからない。ぬかるんだ斜面を歩き回って靴もズボンも泥だらけ。別に写真家じゃないのだから、諦めて切り上げる。フクジュソウの写真なんか、どうでもいいといえばどうでもいいのである。カメラもデジタルになってから惜しげもなくシャッターを押すので魂がこもらない。

 さてこのまま坂本谷を下りては非難の的であるから、トラバりながら木和田尾に復帰する。適当なところをあっちフラフラこっちフラフラと下りて行く。ちょっと滑って予期せぬ動きになるとアキレスにズキッとくる。いつになったら治るのやら。やがてヒザまで痛くなってきた。無理して足を伸ばさずに良かったと思う。やがて雲が退き、鉄塔広場からは下界の見通しが利いた。気温も上がってきたが、まだ手袋を外すと冷たい。

 花に水が溜まって雄しべが倒れていた           鉄塔から烏帽子岳               かろうじて残ったセツブンソウ

 駐車地へ戻ると車のボンネットが泥まみれになっていて驚く。誰かにイタズラされたのかと思ったが、よく見ると遥か中国からの有難くない贈り物だった。しかしこれはひどい量だ。やがて中国の国土はなくなってしまうのではないか。そうしてみると今朝の朝靄は黄砂も手伝っていたのか。
 さて冒頭に掲げた目的はほぼ達成できたが、やはりというかセツブンソウは花の落ちたものや萎れたものばかりだった。ツボミなら鑑賞のしようもあるが、萎れた花は「ものの哀れ」を催すだけである。