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2011年6月5日
礼拝メッセージ
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「世界の初めの歴史(15)」
−神とともに歩んだ人−
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聖書
創世記5章1〜32節
5:1 これは、アダムの歴史の記録である。神はアダムを創造されたとき、神に似せて彼を造られ、
5:2 男と女とに彼らを創造された。彼らが創造された日に、神は彼らを祝福して、その名をアダムと呼ばれた。
5:3 アダムは、百三十年生きて、彼に似た、彼のかたちどおりの子を生んだ。彼はその子をセツと名づけた。
5:4 アダムはセツを生んで後、八百年生き、息子、娘たちを生んだ。
5:5 アダムは全部で九百三十年生きた。こうして彼は死んだ。
5:6 セツは百五年生きて、エノシュを生んだ。
5:7 セツはエノシュを生んで後、八百七年生き、息子、娘たちを生んだ。
5:8 セツの一生は九百十二年であった。こうして彼は死んだ。
5:9 エノシュは九十年生きて、ケナンを生んだ。
5:10 エノシュはケナンを生んで後、八百十五年生き、息子、娘たちを生んだ。
5:11 エノシュの一生は九百五年であった。こうして彼は死んだ。
5:12 ケナンは七十年生きて、マハラルエルを生んだ。
5:13 ケナンはマハラルエルを生んで後、八百四十年生き、息子、娘たちを生んだ。
5:14 ケナンの一生は九百十年であった。こうして彼は死んだ。
5:15 マハラルエルは六十五年生きて、エレデを生んだ。
5:16 マハラルエルはエレデを生んで後、八百三十年生き、息子、娘たちを生んだ。
5:17 マハラルエルの一生は八百九十五年であった。こうして彼は死んだ。
5:18 エレデは百六十二年生きて、エノクを生んだ。
5:19 エレデはエノクを生んで後、八百年生き、息子、娘たちを生んだ。
5:20 エレデの一生は九百六十二年であった。こうして彼は死んだ。
5:21 エノクは六十五年生きて、メトシェラを生んだ。
5:22 エノクはメトシェラを生んで後、三百年、神とともに歩んだ。そして、息子、娘たちを生んだ。
5:23 エノクの一生は三百六十五年であった。
5:24 エノクは神とともに歩んだ。神が彼を取られたので、彼はいなくなった。
5:25 メトシェラは百八十七年生きて、レメクを生んだ。
5:26 メトシェラはレメクを生んで後、七百八十二年生き、息子、娘たちを生んだ。
5:27 メトシェラの一生は九百六十九年であった。こうして彼は死んだ。
5:28 レメクは百八十二年生きて、ひとりの男の子を生んだ。
5:29 彼はその子をノアと名づけて言った。「主がこの地をのろわれたゆえに、私たちは働き、この手で苦労しているが、この私たちに、この子は慰めを与えてくれるであろう。」
5:30 レメクはノアを生んで後、五百九十五年生き、息子、娘たちを生んだ。
5:31 レメクの一生は七百七十七年であった。こうして彼は死んだ。
5:32 ノアが五百歳になったとき、ノアはセム、ハム、ヤペテを生んだ。
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メッセージ
世界の初めの歴史を記す聖書の創世記。そのトップに登場する人物と言えば、言わずと知れた人類の先祖アダムでした。 神が創造した世界、中でも最も美しく整えられたエデンの園で幸せに暮らしていたアダム。恵みの神に背き、楽園から出されてしまったアダム。しかし、こんな罪人を神はあわれみ、子孫繁栄をお許しになったのです。
ならば、そのアダムにどのような子孫が生まれたのか。アダムからレメクまでおよそ十代にわたるアダムの子孫たちの系図、それがこの第五章となっています。
5:1、2「これは、アダムの歴史の記録である。神はアダムを創造されたとき、神に似せて彼を造られ、男と女とに彼らを創造された。彼らが創造された日に、神は彼らを祝福して、その名をアダムと呼ばれた。」
初代アダムについての記録、日本語でたったの二節。しかし、よく注意してみると、この短いことばのなかに、人間とは何と幸いな存在かが語られています。
人間の命は神に造られたものであること、「神に似せて造られ」たあるように、人間は自由な意志を持つ、人格的存在として造られたこと、また、「男と女とに創造された」とある如く、神は人類が世界に広がり、繁栄するのを望んでおられたこと、さらに、「神が彼らを祝福し」と言われるように、人間だけが神の特別な祝福を受け、神と親しく交わることのできる者であったこと。
この世界とそこに満ちるすべてのものを創造した神。全知全能の偉大なる神。その神の創造の中心にある人間の幸い、人間の栄光。神さまの眼に、自分と言う存在がいかに尊い者であるか、このことをもう一度、私たち確認し、感謝したいところです。
5:3、4「アダムは、百三十年生きて、彼に似た、彼のかたちどおりの子を生んだ。彼はその子をセツと名づけた。アダムはセツを生んで後、八百年生き、息子、娘たちを生んだ。」
アダムの子孫として、ここに名を上げられたのはセツ。セツは、アダムに似た、アダムのかたちどおりの子と、言われています。どういう意味でしょうか。
恐らく、創造の最初の時に与えられた完全なきよさは失ったものの、アダムが罪悔い改め、もう一度神の恵みに頼るようになった信仰、その大切な信仰をそっくり受け継いだのが、このセツであったことを意味するもの、と考えられています。
それにしても、アダムとエバ夫婦には、セツだけでなく、他にも沢山の子どもが生まれたはず。事実、前の四章には、血を分けた弟アベルを手にかけ、命を奪った兄カインの系図が七代目のレメクまで記されていました。
だとすれば、創世記の五章がその全部を使って、アダムから生まれたセツの子孫の系図を描いてみせたのは、何故なのでしょうか。それはズバリ、セツの子孫にこそ、神の救いが約束されたからです。
先に四章で見たとおり、カインの子孫たちは物質的繁栄や文明と言う点では、大いに祝福されました。しかし、その生き方は先祖カインに倣い、神を畏れることなく、不敬虔で不道徳、高慢で暴力的。ますます、人としてあるべき所から堕ちてゆくばかり、本当にひどい有様でした。
そこで、神はアダムに新たな子どもセツを恵み、セツの子孫の信仰をとおして、人類の救いが実現してゆくことを定められたのです。実際、後で詳しく見ることになりますが、ここからエノクやノアと言った信仰の偉人、巨人が現れることとなります。
一見私たちと何の関係も無いと思える昔々の系図、無味乾燥にも感じられる人名の羅列、その奥には、何とかして堕落し、罪に落ちた人間を救わんとする神の愛が隠されていた。そう心に覚えて、この五章を読み進めてゆきたいのです。先ず、アダムの死です。
5:5「アダムは全部で九百三十年生きた。こうして彼は死んだ。」
930歳、生涯の幕を閉じたアダム。果たして、その終わりに何を思ったでしょう。
アダムとエバ以外誰も経験したことのないエデンの園での幸せな日々の思い出、同時に、たった一つの戒めに背いて、神を悲しませた罪の記憶。アダムは大きな喜びと深い落胆、山と谷を経験しました。
それに、やっと与えられた子どものうち、兄のカインが弟アベルを殺し、親の元を離れていったと言う悲劇も、生涯忘れることはできなかったでしょう。
しかし、本来なら神に背いたその瞬間に、滅ぼされて当然であった者の身を、神ご自身が930年間も守ってくださり、そればかりか多くの子や孫に恵まれ、最後は大切な信仰をセツに託すこともできた。これらの恵みを見ると、アダムも感謝の内に息を引き取ることができたのでは、とも思われます。
こうして、アダムから発した信仰のいのちが子孫たちに受け継がれてゆきました。
5:6〜20「セツは百五年生きて、エノシュを生んだ。セツはエノシュを生んで後、八百七年生き、息子、娘たちを生んだ。セツの一生は九百十二年であった。こうして彼は死んだ。エノシュは九十年生きて、ケナンを生んだ。エノシュはケナンを生んで後、八百十五年生き、息子、娘たちを生んだ。エノシュの一生は九百五年であった。こうして彼は死んだ。ケナンは七十年生きて、マハラルエルを生んだ。ケナンはマハラルエルを生んで後、八百四十年生き、息子、娘たちを生んだ。ケナンの一生は九百十年であった。こうして彼は死んだ。マハラルエルは六十五年生きて、エレデを生んだ。マハラルエルはエレデを生んで後、八百三十年生き、息子、娘たちを生んだ。マハラルエルの一生は八百九十五年であった。こうして彼は死んだ。エレデは百六十二年生きて、エノクを生んだ。エレデはエノクを生んで後、八百年生き、息子、娘たちを生んだ。エレデの一生は九百六十二年であった。こうして彼は死んだ。」
生まれて、生きて、死んでゆく。実に単調な記録。何かお墓の墓碑銘のようにも見えてきます。
泊山にある私たちの教会の墓地。その石に刻まれるのは、「主与え、主取りたもう」という聖書ヨブ記のことばと、亡くなられた方々のお名前と生年月日、それに死亡の年月日です。短い生涯に長い生涯、それぞれに喜怒哀楽があったでしょうが、煎じ詰めれば、ある日生まれて、ある日死なねばならないのが人間なのだという冷徹な事実に、改めて直面させられます。
「生まれては死ぬるなりけり おしなべて 釈迦も達磨も猫も杓子も」と歌ったのは、一休さんです。しかし、お釈迦様や達磨さんのように偉い人も、猫も、名もなき庶民も、皆死んでゆく、死んでゆかねばならない。そう口にして、私たち悲しくまた虚しく感じるのは、人間は本来永遠に生きるべき者であった、と言う記憶が心に残っているからでしょう。事実、聖書は、アダムの罪によってこの世界に死が入ってきたと教えています。
ローマ5:12「こういうわけで、ちょうどひとりの人によって罪が世界にはいり、罪によって死がはいり、こうして死が全人類に広がったのと同様に、−それというのも善事類が罪を犯したからです。」
本来神とともに永遠に生きるべき人間が、罪のために死すべき者となった。すべての人が罪の中に生まれ、罪のゆえに死んでゆく。この系図は、人間にもたらされた神のさばきの現実を余す所無く物語っています。
けれども他方、確かに罪のゆえに、人は死すべき者となった。死すべき者とはなったけれども、世界最初の人間たちは皆長寿でした。それも驚くべきほどにです。
アダム930年、セツ912年、エノシュ905年、ケナン910年、マハラルエル895年、エレデが962年。皆目も眩むような長さ、大長寿です。しかも、子どもを生んだ年が130歳とか105歳とか162歳と言うのですから、旺盛な生命力の持ち主ばかりでした。
初代アダムの罪によって、地は呪われたとは言え、神は人間の生活環境を、今に比べるなら遥かに良好な状態に保ってくださっていたのでしょう。
気候は温暖、大地の生産力は強大。老化の原因と言われる活性酸素の働きや、癌の原因とされる紫外線の影響も適度に抑えられ、今私たちを脅かす深刻な病気は、まだ影も形もなかったと考えられます。
だから、九百歳台の命を保つことも可能、老いは随分遅く、人はいつまでも若々しく、生きることができたのでしょう。特に、カインの家系に見られたような、喧嘩、暴力、殺人などがなかったことも、セツの子孫たちの長寿を可能にした、と思われます。
しかし、この長寿も、やがてノアの大洪水の後は、半分の四百歳台に、さらにバベルの塔事件以降は先細りで、ついに百二十歳が長寿の限界となりました。人間たちの余りの罪のひどさと増大ぶりに、神がさばきを下し、生活環境が悪化することを許されたからです。
ところで、今から見れば驚くべき長寿を恵まれたセツの家系の中で、ひとり独特の人生を送った人がいました。エノクという人です。
5:21〜24「エノクは六十五年生きて、メトシェラを生んだ。エノクはメトシェラを生んで後、三百年、神とともに歩んだ。そして、息子、娘たちを生んだ。エノクの一生は三百六十五年であった。エノクは神とともに歩んだ。神が彼を取られたので、彼はいなくなった。」
これまでは、生まれて、生きて、生んで、死ぬ、と言うことの繰り返し。しかし、エノクのためには、「神とともに歩んだ」ということばが、二回もささげられました。
神と親しく交わるその様子が、よほど印象的だったのか、罪を離れ、神のために生きる献身の姿勢がよほど抜きん出て、称賛されたのか。とにかく、メトシェラを生んで後の三百年間のエノクさんの歩みは、当時の人々の心に深く刻まれたのです。
さらに、このエノクさん。生まれて、生きて、生んで、と言うところまでは、今までの人と一緒でしたが、「死んだ」とは言われていません。三百六十五歳で死んだのではなく、エノクは神に取られた、天にあげられた、というのです。
何故、エノクが生きたまま、神さまに取られ、天に上げられたのか。理由は分りませんが、この出来事が、セツの家系の人々の信仰をどれ程励まし、強めたことでしょうか。
彼らはみな神を信じていました。神の恵みを信じて、救いにあずかっていました。しかし、死後自分はどこに行くことになるのか、不安だったり、あるいは死後に希望はあっても、それが漠然としていた人もいたことでしょう。
エノクの出来事は、そうした人々の不安や漠然とした思いを一掃しました。エノクがそのまま神によって天に上げられたことは、この世のほかにもうひとつの世界があること、神を信じる者は必ずや天の御国に入れられること、それを実証してくれたのです。
さて、貴重な証人エノクの後にも、長寿を恵まれた人々が続きます。
5:25〜32「メトシェラは百八十七年生きて、レメクを生んだ。メトシェラはレメクを生んで後、七百八十二年生き、息子、娘たちを生んだ。メトシェラの一生は九百六十九年であった。こうして彼は死んだ。レメクは百八十二年生きて、ひとりの男の子を生んだ。彼はその子をノアと名づけて言った。「主がこの地をのろわれたゆえに、私たちは働き、この手で苦労しているが、この私たちに、この子は慰めを与えてくれるであろう。」レメクはノアを生んで後、五百九十五年生き、息子、娘たちを生んだ。レメクの一生は七百七十七年であった。こうして彼は死んだ。ノアが五百歳になったとき、ノアはセム、ハム、ヤペテを生んだ。」
ここで心にとめたいのは、レメクの時代のことです。レメクの生んだ男の子ノアこそが、この後の大事件、世界を覆った大洪水の時代、信仰の人として箱舟を作り、世界を救うことになる主人公でした。
レメクの時代、最初の頃セツの家系の人々に恵まれていた豊かさや平和は影を潜め、地上にはいよいよ不道徳、不敬虔が広がり、信仰の人にとって、この世で生きることには大変な労苦が伴うようになっていたようです。そして、人々はより一層神が人の世を顧みてくださることを、切に願うようになった、と思われます。
そんな時誕生した我が子に、将来神の人として活躍する姿を直感し、期待したのでしょうか。レメクはその子に、「ノア、慰め」という名をつけました。このノアさんの大活躍については、この後の六章からに譲りたいと思います。
今日の創世記第五章を読み終えて、私たち心にとめたいことがふたつあります。
ひとつは、神を信じる者にとって、死の意味はさばきから祝福へと変えられた、ということです。生まれて、生きて、生んで、死ぬ。五章に記された人名の羅列、セツの子孫たちの系図は、私たちもまた、罪の中に生まれ、罪のゆえに死すべき者であると言うことを,嫌というほど教えてくれました。
しかし、長寿に恵まれた人々の中にあって、ひときわ短い三百六十五年の生涯を送ったエノクの最後の出来事によって、神を信じる者の死は人生の終わりではなく、永遠の命への出発であること、呪いではなく、祝福であることを、教えられるのです。
「死んだらすべてが終わりだよ」と、力なくつぶやくしかなかった人生から、永遠の命を望み、胸躍らせる人生へ、「この人生の先に何があるのか」と、虚しく、悲しい人生から、天の御国を目指す、手応えのある人生へぎ、胸躍らせる人生へと変わったのです。皆様は、このことを信じているでしょうか。
ふたつ目は、この地上の人生の終わりに至るまで、エノクのような歩みを貫きたい、ということです。神とともに歩んだ人として、人の心に刻まれた人エノク。神に愛でられた人エノク。
私たちには、人として生まれ、様々な願いを抱きます。「賢い人になりたい」「出世したい」「強い人になりたい」「有名になりたい」「富を得たい」等等です。しかし、クリスチャンとして、それらすべての願いにまさる、最大の願いは「神とともに歩みたい」ということであるべきでしょう。神とともに歩むと言う願い無くして、他のことを願うのは虚しいことと覚えたいのです。
ヘブル11:5「信仰によって、エノクは死を見ることのないように移されました。神に移されて見えなくなりました。移される前に、彼は神に喜ばれていることが、証しされていました。」
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四日市キリスト教会 山崎俊彦牧師 |
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