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2011年7月10日
礼拝メッセージ
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「世界の初めの歴史(18)」
−箱舟に入りなさい−
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聖書
創世記7章1〜16節 7:1 主はノアに仰せられた。「あなたとあなたの全家族とは、箱舟にはいりなさい。あなたがこの時代にあって、わたしの前に正しいのを、わたしが見たからである。
7:2 あなたは、すべてのきよい動物の中から雄と雌、七つがいずつ、きよくない動物の中から雄と雌、一つがいずつ、
7:3 また空の鳥の中からも雄と雌、七つがいずつを取りなさい。それはその種類が全地の面で生き残るためである。
7:4 それは、あと七日たつと、わたしは、地の上に四十日四十夜、雨を降らせ、わたしが造ったすべての生き物を地の面から消し去るからである。」
7:5 ノアは、すべて主が命じられたとおりにした。
7:6 大洪水が起こり、大水が地の上にあったとき、ノアは六百歳であった。
7:7 ノアは、自分の息子たちや自分の妻、それに息子たちの妻といっしょに、大洪水の大水を避けるために箱舟にはいった。
7:8 きよい動物、きよくない動物、鳥、地をはうすべてのものの中から、
7:9 神がノアに命じられたとおり、雄と雌二匹ずつが箱舟の中のノアのところにはいって来た。
7:10 それから七日たって大洪水の大水が地の上に起こった。
7:11 ノアの生涯の六百年目の第二の月の十七日、その日に、巨大な大いなる水の源が、ことごとく張り裂け、天の水門が開かれた。
7:12 そして、大雨は、四十日四十夜、地の上に降った。
7:13 ちょうどその同じ日に、ノアは、ノアの息子たちセム、ハム、ヤペテ、またノアの妻と息子たちの三人の妻といっしょに箱舟にはいった。
7:14 彼らといっしょにあらゆる種類の獣、あらゆる種類の家畜、あらゆる種類の地をはうもの、あらゆる種類の鳥、翼のあるすべてのものがみな、はいった。
7:15 こうして、いのちの息のあるすべての肉なるものが、二匹ずつ箱舟の中のノアのところにはいった。
7:16 はいったものは、すべての肉なるものの雄と雌であって、神がノアに命じられたとおりであった。それから、主は、彼のうしろの戸を閉ざされた。
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メッセージ
今日は世界の初めの歴史第十八回目。先回私たちが見たのは、創世記第六章の後半です。男も女もこぞって神信仰を捨てた時代、「地上は、神の前に堕落し、暴虐で満ちていた。」という本当に酷い状況の中、ただひとり主の心にかなう生き方を大切にしたのがノアというでした。
神がノアに命じたのは、箱舟建造。現在の寸法に直すと、長さ150m、幅25m、高さ15m、今なら中型のタンカー、軍艦で言えば巡洋艦並という、途轍もない大きさです。
その建造のために、百年の長きに渡って、材木の切り出し、搬送、製材、組み立てと懸命に働き、従い続けたノアと家族八名。ついに、その努力が実って、無事箱舟完成となりました。
ところで、今日私たちが眼にする船は、進行方向に向かって、先が尖った流線型の船。長方形で、箱型でと、そんな奇妙な形の船等見たこともありません。それもそのはずです。ノアが造るように命じられた船は、人間が舵を切って、前に進むための船ではなく、水に浮かぶための船でした。
事実、この様な寸法、この様なバランスの巨大な船は、水力学的に非常に安定していて、転覆させることは不可能だそうです。海の大波の中で、どんなにもまれ、どんな角度に傾いても、すぐにもとの状態に戻ることのできる、安定度抜群の船なのだそうです。これがノアの箱舟でした
創世記六章の結びは、そんなノアさん歩みを一言で集約しています。
6:22「ノアは、すべて神が命じられたとおりにして、そのように行った。」
神が命じられたとおり、いっさい手抜きなし。世の人から「ノアときたら、骨折れ損のくたびれもうけ」「身代の限りを尽くしての浪費、無駄遣い。何たる愚か者よ」と笑い物にされても、挫けない。神のおことばに聞き、神を友とする歩みを貫いて百年余り。もし、自分がノアの立場だったらと想像すると、この物凄い信仰、物凄い服従に圧倒されます。
しかし、箱舟の組み立ては完成し、動物たちと自分たち家族の食料持ち込み作業も終了。命じられた一切を終えたけれど、空は晴れ、雨は一滴も降らず。神の言われた大洪水の気配は全くなしでした。一方、隣人たちは相変わらず、「飲めや歌え」で毎日を面白おかしく暮らすばかりで、神のことばに耳を傾ける者はひとりもいない有様。ノアさん、一体どんな思いだったのでしょうか。
「果たして、この箱舟が役立つ時が、本当に来るのだろうか。」「もしかすると、世の人が言うとおり、自分は無駄なことに全精力、全財産を傾けてきたのでは…。」そんな不安と恐れに、思い悩む。箱舟建造中は、脇目も振らずに一心不乱。ただただ完成を目差して、進むばかりだったのに、一旦事を成し終えると、思っても見なかった弱気が首をもたげてくる。
そんな時、久しぶりに、ノアに対する神の声が届きました。
7:1「主はノアに仰せられた。『あなたとあなたの全家族とは、箱舟にはいりなさい。あなたがこの時代にあって、わたしの前に正しいのを、わたしが見たからである。』」
箱舟に入ることは、既に約束されていましたから、これは正式の乗船許可ということになるでしょう。
いくら義人といわれても、ノアも人の子です。弱気の虫、不安の虫を患うこともあったはず。そんなノアの心を知って、「入りなさい。入っていいのだよ」と、箱舟に入るよう招く神の優しきみ声は、どれほど彼の心を励ましたことでしょう。
ノアでさえ、何度も神の約束のことばを聞くことで、信仰を支えられたとしたら、私たちにおいては尚更その必要があるように思います。神の約束のことばを聞くこと、何度でも聞くこと、繰り返し思い巡らすこと。それによって自分の信仰を支えること。そんな取り組みが大切、必要であることを学びたいところです。
ところで、神が保存し、守りたかったのは、人間だけではありませんでした。ご自身が創造した生き物たちも、保護の対象だったのです。次は、生き物たちを箱舟に導くように、という指示でした。
7:2、3「あなたは、すべてのきよい動物の中から雄と雌、七つがいずつ、きよくない動物の中から雄と雌、一つがいずつ、また空の鳥の中からも雄と雌、七つがいずつを取りなさい。それはその種類が全地の面で生き残るためである。」
きよい動物ときよくない動物については、この後のレビ記等に詳しく説明されています。ごく簡単に言えば、人間が食べるのに良く、家畜やペットに適している動物がきよい動物、そうでないもの、主に野獣や爬虫類などがきよくない動物とされました。
そうだとすれば、大洪水という地上の大掃除を通して、神さまが願っていたのは、やはり創造の中心である人間を守り、救いに導くことにあったと再確認できます。
何故なら、きよくない動物が種の保存のため「ひとつがいずつ」箱舟に入れられたのに対し、人間の側近くで生活し、人間の食糧となり、その生活に役立つきよい動物は「七つがいずつ」、つまり、より多くと指示されました。人間のために有用な生き物をより多く入れよというところに、神さまの人間に対するご配慮を覚えます。
また、きよい動物の中には、礼拝の際の供え物にふさわしいもの、羊や牛などが含まれていることにも注意したいのです。つまり、神さまは、ただ人類の保存、生存を願ったのではなく、供え物をもって、神を礼拝する信仰者を求めておられた、という事です。
今日、私たちが生かされているのは、ただ食べて、飲んで、稼いで、娶って、と言うだけのためではない。神を礼拝し、神と親しく交わる霊の命を生きてこそ、人として尊い人生、幸いな人生であることをここに覚えたいのです。
さて、不思議なことに、正式な箱舟乗船許可が出たにもかかわらず、大洪水の始まりは七日後、と神は告げました。
7:4〜9「『それは、あと七日たつと、わたしは、地の上に四十日四十夜、雨を降らせ、わたしが造ったすべての生き物を地の面から消し去るからである。』ノアは、すべて主が命じられたとおりにした。大洪水が起こり、大水が地の上にあったとき、ノアは六百歳であった。ノアは、自分の息子たちや自分の妻、それに息子たちの妻といっしょに、大洪水の大水を避けるために箱舟にはいった。きよい動物、きよくない動物、鳥、地をはうすべてのものの中から、神がノアに命じられたとおり、雄と雌二匹ずつが箱舟の中のノアのところにはいって来た。」
注目してください。地上に雨が降り始めるのは、ノアたちが箱舟に入ってから七日後。つまり、ノアファミリーが乗船した時、天気は快晴、まだ雨は一滴も降っていなかった、ということです。
大洪水の兆しが全く見えないのに、乗船すること。これも、ノアにとって信仰の試練だったでしょう。
巨大な箱舟を作るだけでも、ノアの一家は、世間の物笑いの種でした。それが、空には太陽が照り、雨は一滴も降っていないのに、船に乗り込むという。本当に、一家揃って乗り込んで行ったという。
それを見て、世間の人は一層あざ笑い、顔をしかめたでしょう。それにもかかわらず、この神信仰、この服従、まさに信仰の巨人でした。
もちろん、「さあ、箱舟に入りなさい。」という神の招きのことばが、ノアの信仰を強くしたことでしょう。それに、生き物たちが、大挙して箱舟のノアのところに入ってきたという無言の行動も助けになった、と考えられます。
動物には、地震や津波、大火災など、自然の災害を予感する本能が備わっている、と言われます。この時、神がこれを用いて、動物たちを一挙に箱舟の中に導いたとすれば、それを見たノアさんが、「いよいよ大洪水か」と、その確信を深めたとしても不思議ではありません。
恐らく、ノアの一家はこの七日間の猶予も、無駄にはしなかったでしょう。動物たちを箱舟内の住処に落ち着かせる、餌をやる。そして隣人や、見物にやって来た人々に対して、救いの箱舟に入るよう勧める。てんてこ舞の、大忙しだったでしょう。
聖書において、ノアさんの一家八人は「義を宣べ伝えた八人」と賞賛されています。最後の最後まで、隣人を愛し、その行いとことばとをもって、神さまのことを証し続けた八人の家族、ノアファミリーの姿を、私たち思いたいのです。
ペテロU2:5「また、(神は)昔の世界を赦さず、義を宣べ伝えたノアたち八人を保護し、不敬虔な世界に洪水を起こされました。」
何故、ノアたち八人は特別に神に保護されたのか。それは、彼らが「義を宣べ伝えた」からだ、と言われています。彼らの生き方は、今日私たちクリスチャンが、何のために地上に置かれているかを物語ってはいないでしょうか。
果たして、私たちの日々の行いとことばとは、ノア一家の如く、神さまの存在と栄光を表しているか。ノアたちが隣人たちの乗船を何よりも望んだように、私たちは一つでも多くの魂を救いの箱舟に導くため、福音の証につとめているか。そうひとりひとり、心に問うてみたいのです。
こうして、あっという間に時間は経ち、動物たちが完全に収容されると、いよいよ雨が降り始めました。それも四十日四十夜にわたる凄まじい勢いで、です。
7:10〜14「それから七日たって大洪水の大水が地の上に起こった。ノアの生涯の六百年目の第二の月の十七日、その日に、巨大な大いなる水の源が、ことごとく張り裂け、天の水門が開かれた。そして、大雨は、四十日四十夜、地の上に降った。ちょうどその同じ日に、ノアは、ノアの息子たちセム、ハム、ヤペテ、またノアの妻と息子たちの三人の妻といっしょに箱舟にはいった。彼らといっしょにあらゆる種類の獣、あらゆる種類の家畜、あらゆる種類の地をはうもの、あらゆる種類の鳥、翼のあるすべてのものがみな、はいった。」
私たちの住む地球は、皆様ご存知のように「水の惑星」と呼ばれています。地球の表面積の70%は海。その他、空は水蒸気、水の塊、雲で覆われ、陸地には川や湖、さらに地下にも大量の地下水が眠っている、と言われます。
これほど、豊かな水が存在する星は他にありません。水は私たちに与えられた賜物。地上を潤し、生き物を養う、いのちの源でした。しかし、この豊かな水が、一旦荒れ狂うと、どうなるか。どれ程凄まじい災いを地上にもたらすことになるのか。それを、私たちは経験したばかりでもあります。自然の災害は数多あれど、今までで最大規模の自然災害、例を見ない、途方もない水害、それがノアの大洪水と考えられます。
「巨大な大いなる水の源が、ことごとく張り裂けた」という描写は、尋常ではない、想像を絶する水害を思わせます。この時、大規模な地殻変動による地下水の噴出、巨大な津波の発生などが起こったとする人々もいます。
また、四十日四十夜地上に降り続く大雨、と言うのは今日の気象状態では起こりえないこと、と専門家は言います。通常の自然災害を、遥かに遥かに超えた規模の大雨ということでしょう。
地下から、海から、そして空からも。三方向から凄まじい勢いで地上を襲い、あらゆるものを飲み込んでゆく大量の水、世界史上未曾有の大災害、大水害でした。まさに、この大洪水は神のさばきだったのです。しかし、外の世界はいかに荒れ狂うとも、神さまの救いのみわざは、静かに、また着実、確実に進められてゆきました。
7:15,16「こうして、いのちの息のあるすべての肉なるものが、二匹ずつ箱舟の中のノアのところにはいった。はいったものは、すべての肉なるものの雄と雌であって、神がノアに命じられたとおりであった。それから、主は、彼のうしろの戸を閉ざされた。」
今日の箇所から、私たち覚えたい事が二つあります。
ひとつは、箱舟に入ることの大切さです。昔から、この箱舟は教会になぞらえられて来ました。ノアさんの一家が、ひと時この世を離れ、箱舟に入り、神の恵みにあずかったように、私たちも教会と言う箱舟に入るよう招かれていますし、そこに入る必要が、それも繰り返し入る必要があるでしょう。
教会に於ける公の礼拝という箱舟、聖餐式という箱舟、祈祷会という箱舟、教会の兄弟姉妹との交わりという箱舟、共にみことばに取り組む集会という箱舟。
私たち、自分の魂がいかに簡単に神の恵みから離れやすいものかを思う時、神の恵みにあずかり、これを味わうことのできる箱舟、教会に入ることを大切にし、優先ゆきたく思います。
ふたつ目は、神さまによって絶対、確実、安全に守られている我が身の幸いを思うことです。7:16のことば、「それから、主は、彼のうしろの戸を閉ざされた。」に目をとめてください。
ノア一家が箱舟を作り、そこに入る。動物たちも次々に箱舟に入る。しかし、最後にノアの後ろにある扉を閉めたのは、神ご自身であったとは印象的でした。最後の仕上げは神がなさること、救いは人間の努力によらず、ただ神さまの手により完成し、完全なものとなる、ということでしょう。
神に信頼することをしない世界。人の霊的な命を飲み込んでしまうこの世という世界。やがて滅ぼされる世界。私たちがそうした世界に戻らぬよう、いや戻れぬよう、神ご自身が堅く扉を閉ざし、愛する者を大切に、しっかりと守ってくださっている。そんなメッセージを私たちここから聞きたいのです。
不安、恐れ、弱きに陥り悩む時、私たちを尊い救いの箱舟の内に堅く守ってくださる神の御手。その頼もしい、愛の御手を覚え、そこに休み、憩いつつ、日々歩みたく思うのです。今日の聖句です。
ヨハネ6:40「事実、わたしの父のみこころは、子を見て信じる者がみな永遠のいのちを持つことです。わたしはその人たちをひとりひとり終わりの日によみがえらせます。」
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四日市キリスト教会 山崎俊彦牧師 |
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