綺麗事より愛を込めて 3

                                        
 


 朝も明けやらぬ頃。

 傍らに横たわるシオナからそっと離れて、ルヒは立ち上がった。姫は幸せそうに眠っている。
 雪のようにまっさらで無垢な姫を、世間的に下世話な言葉で言ってしまえば、汚してしまった。
 愛が、とか、恋が、という言い訳をするつもりもなく、唇を合わせたときに、とうに、自分がおかす罪を、ちゃんと理解していた。これは逃げられぬ罪。
 姫に不埒なことをした男だと、どんな綺麗事で包もうと、消せない事実だろう。
 姫の寝顔を見下ろす眼差しは、覚悟を決め、真剣そのものだった。
 こころなし顔つきは渋く、歳をいくつかとったようにもみえる。
 
 どうせ、自分は、その後の沙汰も運命も分かったようなもの。
 しかし、姫には、幸せな一生を歩んで欲しい。一晩、愛したからこそ、想いやりは固い。どうか、自分のことを忘れて、予定通り、他国に嫁いで穏やかな人生を送ってほしい。それがふさわしい、愛しい姫なのだから……。
 思えば、護り役を引き受けたときから、油断しないよう……、気を惹かれないよう、振るまってきた。下手に姫の恋心に流されて、大変なことをしてしまったら、などと、まるで姫にもててちょっかいを出してしまったら、と心配していた。恋しているのは姫の方だと思い込んでいた。けれども、心の奥を正直に整理してみたら、自分の方こそ、姫のことが気になって、気になって、しょうがなくて、それをまた隠して、そして否定して、……とにかく分からなくしていた事に気付いた。
 いや、分かっていたつもり、というどうしようもない馬鹿だった。
 姫の肌に触れた途端、するりと鎧が脱げた。自分では脱げなかったそれが、不思議と溶けおちた。罪の意識云々、言葉は吹き飛んで、素直に愛する気持ちに感じいった。こんなに、姫を愛していたのか……、と、抱きつつ初めて自分の本心をちゃんと知る。
 身分違いも、罪も承知。唇を合わせつつ、姫が恥ずかしそうに拒む場所へと手をのばして、自分としては意地悪なそしてとびきりの笑みをみせる。ぐっと引き寄せた温かい身体を貪る。可愛いと思う。思った。見せられる仕草、表情全てが、ゆっくりと反芻できる。思いきり、愛した……。
 
 ルヒは、まだ眠るシオナを後に残して、部屋を出た。
 王に、この事態を報告して、この身に罰を与えてもらおうと。その後は、どんな運命だろうと受けてみせようと。それで済むのならば、……きっと姫には何の傷もつかないだろう。そう望んだ。

+++

 夜明けに、不躾にも寝所へ飛び込んだルヒに少しも怒った様子を見せず、淡々と彼の告白を聞いていた。どう思われたか、尋ねるのも怖く、けれども、告げる口は止まらなかった。
「王が言われるのならば、この身滅ぼした方が……」
「ならぬ。ルヒ。早まるな」
 ベッドから、上半身だけ起こして、王が、ルヒの肩をつかむ。真剣に跪く武人をひきとめるように、上から押さえつける。
 駄目だ、と、いやに頑なに断言されても、覚悟を決めた彼は、退かなかった。
「しかし、私はおかしてはならない罪をおかしました。取り返しがつきません。どうぞ、処分を」
「そのようなもの。お前をシオナの護り役にしたときから予想はしておったぞ」
「は……」
「それを間違いというのなら、許可した私も悪いのだろう。これは裏の話になるが、……嫁ぎ先の相手の王子も、どうやら聞くところによると好きな女官がおるようなのだ。シオナも心を寄せる相手があれば、目をつむるつもりだった。恋愛の一つもせずに、嫁がせるには、可哀想であろう?」
「はぁ」
 ついていけないルヒは、ためいきとも相づちともいえない声を出した。
 それでは何か。王は、ルヒが、姫に手を出すことを予想していたというのか。その上、見逃すつもりでいたと。
 
「シオナの気持ちはお前には迷惑であったか? 私が思うに、お前もまんざらではなかっただろう。それを、お前は一年も、よく耐えておった。姫には少しも触れずに、不満な役目を真面目に果たしておった。しかも、事があったらあったで、正直に告げに来るとは……、ならぬならぬ。私はお前をどうにもすることはできぬ」
「そこを、王、……なんとか」
「無理であろう、それは。私はお前のような良い武人を失いたくないぞ」
 とめる王と、抗う武官。寝室の攻防。とうとう、王は起き上がって、しゃがみこむと、ルヒの両手をとった。
 罰してくれと頼むルヒを許すよう、王は無言でぎゅっと握った。
「……王」
「お前も失いたくないし、シオナも幸せにしたい。ふぅむ、難しいが……、あちらの国にも弱みもあることだし、縁談のことはなんとかしよう。実際、気に入らなかったのよ、政略結婚といえども不満はある。もっと他にいい男がおればな……と、父親心に思っておった。問題はお前だ、ルヒ。……罰といっても、姫の護り役をとくくらいしかないのう。その後は知らぬ。お前の好きなようにしろ」
「……といいますと」

「もとの武官に戻るもよし、どこか行くもよし、だ。お前の顔からすると、姫の前には現れないつもりだろう」
「はい」
「だが、姫のことを好きとも言ったな」
「はい」
 何か、試されているようで、ルヒは汗っぽくなってきた。

「良い方法がある」
 一言。王は、にっこりと笑うと、やけにしょうがなさそうな顔で、扉を示した。


+++
 5年後の王宮。

 そこには、相手が誰であっても、見合いを断る困った王女の姿があった。
 どんなに優れた王子でも拒む。
 来た話全て、目を通さぬうちから、断る。
 シオナ姫は、記憶一つを心に深く刻んで、日々を過ごしていた。
 
 愛した人が、消えてしまった。
 ルヒを愛したのは、それほどの罪。事が成ってから、嫌というほど、思い知った。
 それからというもの、半年後に迫った婚約を皮切りに、結婚と名がつくものを拒否し続けてきた。
 失踪したルヒ。
 でも、待っている自分がいる。
 置いていってしまったのではない、逃げてしまったのではない、と、そんな甘いことを言い聞かせて。
 いつか、自分を迎えに来てくれると、愛する故に夢みたいな希望を心に残してしまう。
 それまで、自分は待とう、と、……同じ年頃の他国の姫君はとうの昔に嫁いでしまったのに、待ち続けている。
 馬鹿なのかもしれない。
 たった一度の恋だった。ふとした件で、憧れて、焦がれてしまった。それだけで、ルヒの将来も、自分の将来も、壊してしまった。
 お願いだから、彼の未来だけでも……、守れたら良かったのに。
 後悔はしまいと、胸の中に無理矢理おさめる。


「シオナ様。王から、婚約のお話があると」
「嫌です。断りなさい」
「ですが、……絶対、姫は断らないからと。王は自信満々でしたよ」
「私は誰とも結婚する気はありません。だれ……と」

 ふわりと、マントをひらめかせて、視界の遠くにあらわれる。
 刹那。
 大きな身体、以前より貫禄と落ち着きがついた姿、そのひとに、シオナの目は釘つけになった。
「何でも、我が国きっての、武官だそうで。今度、将軍に任命された方だそうですよ。国境付近の紛争で、勇名をはせて、その報は王宮にまでは伝わっていませんでしたが、……王は乗り気です」
「受けます。……その話、受けます」
 口にした途端、シオナの瞳には、雫がたまっていた。身体も、うわっと動いていた。
 
「ルヒ……!」
 走っていって、大きな胸に飛び込む。
 大好きな人。待っていた……。
 
「王にそのように伝えますね。シオナ様」
「どのようにもしてちょうだい。……ルヒ、戻ってきてくれて嬉しい」
 もう離すものか、ときゅっと抱き締める。
 消えてしまっては困ると、感触を確かめるように、触れながら、そしてシオナ自身は震えていた。喜びと、驚きで、いっぱいだった。

「遅くなりましたが、……迎えに来ました。あなたと釣り合おうといろいろ悩んで……、いや止めましょう、この話は。こうして、あなたの前に、怖じず現れることができること、それがこの5年間の望みでした。……結婚の話、受けていただけますか?」
「ええ」
 涙を急いで拭うと、シオナは、顔をあげて、ルヒの顔に近づけた。そこに、自然と唇がおちる。
 
「王がお呼びですよ。お二方」
 しっ、と傍らから声がする。振り返ると王が見に来ていた。
「邪魔はせぬようにせんとな。……しかし、なんと……」

 似合いじゃないか、と、その光景のことを、王は言った。
 一組の男女が、あますことなく、愛を告げる。
 キスはまだ終わらない。
 
 
 


end






  
感想ありましたらどうぞ。