番外編競作 禁じられた言葉 参加作品 / 注意事項なし

ダンディ研究レポート 番外編

不器用な想い

written by 十二夜
 
 『愛している』の一言が、現実世界では言えないでいる。

 世の親父の柄でない台詞、お笑い種の恥ずかしい一言、……果ては似合わないなどとレッテルを貼られて、どんどん口にする機会が奪われていく。

 結婚した頃には、記念日にかこつけて、若さ余って、ぼそっと呟いてみたりしたこともあったはずだった。たしか妻の笑顔は、言った方に真っ赤な照れを倍返ししたと思う。
 それがいつの頃からか、娘が生まれて反抗期も経た時分には、世間的に、親父、そして……自他とも認める親父というものに分類されていた。

 娘の美弥が、
「お父さん、親父臭い」
 を連発すればするほど、……ああそうなのかと変に納得してしまったし、だいたい歳も30代を卒業したら、言い訳がきかなかった。


「加奈子、愛している」
 妻に、思っていても、絶対に言わない。男のプライドだってある。そうして意地を張っているうちに、仕事に忙殺されて、うやむやに全て頭の奥の方へ押しやってしまった。
 酔って帰ってきたら、娘が怒って、妻が何も言わず介抱してくれて、彼女は……許してくれるように微笑したまま、ベッドに寝かせてくれた。どこで覚えてきたのか乱暴な言葉で娘が父を罵倒しながら、母親とともに、ダメ親父の肩を支えて運んでくれた。

 どうやったら、俺が、そういう恥ずかしい言葉を言えるのか。
 言う資格さえ、なくしているだろう。

 2年は前に、加奈子は、予感もさせずに、突然失踪してしまった。……されてしまった。 
『お父さんのせいで……』
 一生、愛するなんて言葉を言う機会は失われてしまったと思った。



 + + +

 加奈子、加奈子……と、この異世界-アマツセナ-に来てからというもの、恥ずかしいほど口にしている。家に帰って寝るだけなら、『……おい』の一言で、名前なんか呼びもしないで過ぎていってしまっていた。そこにいるのが当たり前の妻の存在に安心して、手を伸ばして求めなどしなかった。

 俺も加奈子が好きだ。

 と言う必要はなかった。
 ここ、アマツセナでは、言わないと手に入らない。主張しないと、俺は今度こそ加奈子を失ってしまう。
 現実を離れて、……仕事にいかに逃げていたか分かる。サラリーマンなんて単語はないし、それで納得してもらえる親父の権限なんてない。……仕事もない、身分もない、背広一丁で勇者として呼び出されて、素っ裸にされた気分だ。仕事が忙しいから、という親父の魔法が効かない世界なのだ。
 ……だからこそ、皮肉にも、現実よりもリアルに、妻のことが考えられた。


 何を間違ったか、43歳の親父の俺を召還した巫女姫ティアーナも呆れた顔で、ときどきため息をついている。

 親父が、馬鹿真面目に、妻を愛していると宣言するものだから、それは当たり前のことなのだろうが、……俺だって戸惑った。

 召還された先に、失踪した妻の手がかりがあると知ったら、……運命的に気づいたら、自然に俺は言えるようになっていた。
 随分口達者な、……臭い言葉を言う男になっていた。
 

 禁じていた言葉、……禁じられていた言葉。

「愛している」
 ……異世界で解き放たれていく、不器用な想い。








本編情報
作品名 ダンディ研究レポート
作者名 十二夜
掲載サイト Dear Garden
注意事項 年齢制限なし / 性別制限なし / 表現制限なし / 連載中
紹介 愛娘には親父と罵倒され、妻には失踪され…そんな情けない現在のおじさま、43歳の蒼元光昭は
異世界アマツセナに勇者として召還された。
だが、そこで待っていた巫女姫の言葉、
「……召還すべきは20年前のあなただったのに」
失踪した妻の謎も絡み、背広一丁でおじさま勇者が行く、シリアス異世界召還FT。
[戻る]