第15話 協力
スゥトは、銀のクロスを口の端で忌々しく噛みながら、戦況を見据えていた。首にかけた鎖から連なっている「それ」は、彼の乱暴なくわえ方からすると、いつか食いちぎられるに違いなかった。
神政官、早くご指示を、という促しに彼は、しっ、とクロスの先っぽをピンと動かした。
「ふん……、認めたわけではないが、……歳の割にはよくやる。補助などいらないかもしれないな」
「巫女姫様と勇者様を見捨てるつもりですか……!?」
「まあ、待て」
面白いとスゥトは、目をぎらつかせた。今、いいところなのだ。
化け物と対峙する光昭を安全距離から眺めながら、不謹慎な言葉であるが、未だ狂気と紙一重であるこの青年には、罰当たりも何もなかった。
同じく正気の沙汰でない光昭の行動を、ぐっと身体を乗り出して見守りだした。
「あれは、何という服だろうな。向こうの世界の戦闘服の一種か?」
「勇者様の制服ですね。分かりません」
「素材はただの布らしいが……」
あまりに、片手の剣と違和感をもたらしているので、スゥトは気になった。現代の世界では、それは、背広とかスーツとか呼ばれる。
アマツセナの地面を覆っているのは、「化け物」すなわち排除対象の生きものであった。ぐにゃぐにゃに動物を異種配合したような、巨大生物で、羽もあれば爪もある、牙もあればしっぽもひげもある既存の動物を煮詰めたような姿をしていた。冗談ではなくでかい輩達で、何頭も現れると圧巻だった。現在、その真ん中に、光昭は放り出されている。祭壇上では、巫女姫ティアーナが彼を補助するために舞い始めている。
それ以上舞えば、命の保証はない、と脅したがティアーナは聞かなかった。もう力もおそらく望めないだろうに、彼女は必死だった。……好きなのか、と笑うように呟くと、たまらなく巫女姫はよい反応をしてくれた。あんな親父を好むとは酔狂なことだ、と、皮肉にも狂気の神政官が言い捨てた。
しかし、今の二人は何だ。
ぴたりと肌を重ねたかのように、心地良い戦闘を繰り返す。見るからに、勇者という文字が似合わない40代の親父が、巫女姫が紡ぐ「盾」と「剣」を使いこなす。一張羅で出陣した光昭は、慣れた手つきで、変形する光の攻と防を手にして、うろたえが全くない。これ、どうするんだ、と混乱したり、異端生物に後ろをとられて慌てて逃げる、などの、初心者っぷりが嘘のようで、人が違ったかのように、堂々としている。あの服……背広という単語をスゥトはまだ知らない……、あれが、驚くほど戦場に映えて、不可思議に、らしく思えた。
「20年前の、などど言って悪かったかもしれんな……」
また、一頭、視線の先で倒れた。
ティアーナのことを考えて、何としても早く戦闘を切り上げたい光昭は、最後の二頭を一気に相手にすることにした。時間がかかればかかるほど、巫女姫の体力は削ぎ取られる。「力」もだ。命の保証はない、と脅されているくらいだ、事態は深刻で、リアルに光昭の思考を直撃した。焦ってはならないと判りつつも、無茶に意志を走らせた。
くっ……、俺も馬鹿だよ。
だぶるのは、昔の「記憶」だ。二十年前の勇者は、まるで自身とは思えないほど、格好よく剣を操る。今、それを、親父となった自身が再現する。……だてにおじさん歴が長かったわけでなく、面影などないな、と無意識に頷いていた。
でも、一生懸命なのは、全然変わらない。それに加えて必死でがむしゃらだ。目の前の二頭が、一斉に光昭目がけて猛進してきた時には、その場から逃げようとせず、ぐいっと一頭、兎型の上半身に光の剣をひっかけ、どっと後ろに投げ飛ばすとともに、もう一頭、思い切り足もとを突き裂いた。
「撃て!」
スゥトの怒声が響いた。
「そんなことをすれば勇者様に当たるのでは……」
「奴は、巫女姫の力に守られているから安全だ。早く撃ってやれ。殲滅だ」
ぶちり、と瞬間スゥトのクロスの鎖が切れた。ぺっ、と口の中の銀の塊を吐き出す。
「畜生、俺を殺す気か!」
勇者の存在を無視するかのように降り注ぐ火薬の量に、光昭は悲鳴を上げた。マジか!?と、スゥトを懲らしめたくなった。城に戻ったら、絶対に絞めてやる、と親父は思った。
異端生物を火が囲む。……終わった、と光昭は勝利を確信した。
途端、また腰が抜けた。
遠目には分からなかっただろうが、ぶるっと光昭は背筋を震わせた。座り込みたい気分だが、それだけは堪えた。後で何と言われるか。ぼうと……する。空気のように透明に消滅していく化け物を、光昭は、素人のように眺めていた。
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勝利をおさめて、アマツセナの城へ戻ると、妙にスゥトは静かだった。皆のあげる喜びの声と対称的に、一人沈黙を守っていた。それだけなら、いつもと変わらないのだろうが、視線に寂しさも感じられて、光昭は青年を引っ張り出すと、城内の人のいない場所まで連れていった。
帰った直後で戦闘の汗っぽさも落とす暇もなかった光昭は、背広だけ脱いで、ブラウスの上のボタンを何個か外していた。それが更におじさんぽさを露出しているが、勝利の英雄にそれを突っ込む馬鹿者はいない。それさえ、誇らしげに祭り上げられてしまうだろう。
クロスも切れた不良神政官は、親父臭い……と、口も悪くぼそと呟いた。悪かったな、と間髪入れず返す光昭も、大人げないといえばそうだった。
だくだくで、気持ち悪いんだよ、と、言い捨てる。ひっつきそうだ。
闘っているときは夢中で気がつかないが、終わって戻ってきたら、一降り浴びたような、自身の状態にびっくりした。
「……なかなか良かった」
「何?」
「悔しいが。本当に、お前は……この世界を救おうとしているのかもな。勇者だと認めるのは絶対にならぬ、と思っていた。……俺が勇者になるつもりだった」
「お前が?」
突拍子もなく、光昭は驚いて呟いた。スゥトが?
「タキアも世界も俺が助けたかった。……しかし、どうやら馬鹿なのは俺の方だったらしい。勇者。……お前がその勇者なのだな。ようやく、腹が決まった。……お前、名前は……?」
最後まで意地を張っている気がしないでもないスゥトの言葉に、光昭は……苦笑していた。まあ、別にいいが、と親父は心でひとりごちた。
「蒼元光昭」
改めて名乗る。ティアーナがさんざんミツアキ様と呼んでいるから知らないはずはないが、スゥトは、口をヘの字に折ったまま、聞いていた。
やがて、
「呼びにくい。……勇者と呼ばせてもらう」
と、切り上げた。
何だ、変わらない、と光昭は思った。
「そんなに俺が気に入らないか」
「探るな」
嫌そうな顔をして、スゥトが一歩引いた。先程、無理矢理引っ張ってきてから、スゥトの様子は、ひねくれながらも、妙に大人しい。本来静かな青年なのかもしれない。
「俺も好きな人がいる」
意味深な言い方で、光昭は困った顔をスゥトに向けた。年齢に似合わない気障ったらしい台詞だと思う。きっと鏡の前で呟いたらのたうち回ったことだろう。
「巫女姫との恋は、この世界-アマツセナ-では禁忌らしいな」
「まさか……お前、ティアーナのことを。あんな若い娘、一体何考えている」
また苦笑してしまう。普通に考えれば、誤解されるに決まっているのだ。
「当たってもいるし、……はずれでもあるな。……俺が言っているのは、妻のことだ。……時間軸がぶれちまっているかもしれないが、……ティアーナが俺の妻なんだ」
「は……?」
スゥトはいぶかしむ表情で、光昭を見つめた。理解できない、と、はっきり告げるような顔だ。
「タキアのおかげで、何となく分かってきてな。……お前に協力してほしい、とこの前言っただろう。アマツセナの世界を救う方法、これから答えを言う」
「……」
「一度、世界が上書きされているんだ。二度、三度かもしれない。何故なら、俺は20年前にこの世界に来たことがあるし、ティアーナを俺の世界に連れ帰っている」
「馬鹿な」
神政官がひきつった声をあげた。
「だから、言っただろう? 手を貸して欲しい理由。『お前が、アマツセナで最初の禁忌を犯して、巫女姫を愛したからだ』と。……さかのぼってみよう、スゥト。巫女姫と恋に落ちたら何故いけない?どうして……こうなるんだ。……きっと、そこに何かある」
しぃん、と独特の緊張がおりる。確かな説得力などないが、まるで運命が近くに座しているかのように、互いに驚くほど共通の感情を呼び起こした。それは……共鳴に似ていた。
「……。ミツアキ」
かなり乱暴に手を取る。しかし、その視線は人をなめたものではなく、真摯だ。
「図書室だ。出来ることなら、何でも手伝ってやる」
「おい、待……」
「行こう」
汗だくの親父を引っ張る、青年神政官という奇妙な取り合わせが、アマツセナの廊下を奥の奥まで進んでいった。
第15話 end
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