第20話 光昭
必死にもがくのが、「世界」ならば、「勇者」はそれを静かに支えていた。抱き合ううちに、何か大変なことを犯してしまったのではないかと、自然と予想つくほど心拍が上がる。互いの鼓動は地震のごとく滅茶苦茶に打った。壊れてしまいそうに割れて響くだろう。徐々に悪化する。……二人は同時に空を見上げた。
天が、怒るように、紅い。地平線まで血のように真っ赤に染まっていた、まるで何かを責めるように。
禁忌、という文字が必然的に浮かんだ。
これは、禁忌なのだ。……あなたと私の。
だって、私はまだあなたを……………………しつこく想っている。
とめられてもわがままにも諦めきれないでいる。ずっとずっとずっと。…………そして、あなたが来たのだ。
「加奈子」
昔よりも、少し低い声で呼ばれる。
この人は。
以前より落ち着いた感じに、そして現世の親父臭いといわれる形をともなってスーツに身を包んだあなたは。
歳を取ったのねと感慨……恋しいあなたは。
私のずっと変わらない勇者だ。
「行くぞ。手伝ってくれ。俺一人では敵わん」
「…?」
一瞬、既視感で目の前のあなたが重なる。
20年前の若い青年と、今の少しだけダンディな男性が一緒になる。
光昭さん。
「なあ、まだ舞えるか?」
「え……」
「行くぞ」
紅い空の隙間より、厳しい色の光が差す。
加奈子が衝撃を受けたように、声を失った喉で息を吐く。
昔倒したと思っていた「もの」。
加奈子が呑み込んで、同化したと思った「もの」が、大きく人間を見下ろしていた。
アマツセナを脅かす……魔物。いいや、これは禁忌の番人なのではないかとさえ思えた。
「……光昭さん」
「何だ?力貸してくれるんだろう」
あなたが好きよ……。絶対に。
コクリと、加奈子がうなずいた。必ず護ろうと、かつての巫女姫は身体を動かした。
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「不思議な光景」
「あん……」
横で祈る姿勢で、真剣に見つめているティアーナにスゥトは静かな視線をおくった。少女はまるで自分事のように必死に、熱意込めて見守っている。
「私……悔しいけれど分かってしまいました」
「は?」
黒髪の巫女姫は、組んだ手をそっと唇に当たらせて、『多分』と言った。
ほのかな恋心を込めていた彼女は、それでも光昭とともに後ろでそれを支え闘う女性を尊敬する。
「ミツアキ様を召還するには逆に私が20年足らないのよ」
おそらくあの時の召還は失敗していたのではないかとティアーナは思い当たった。
何故なら、それをなしえたのは、加奈子のような気がしたから。力技で、喚ぶべき人ではない人を運んだ気がしたから。
そして。
自分は、20年後の勇者を喚んでしまったわけではないとすれば。
もし、今から後に、……若い、所謂予定通りの、光昭を召還するのだとしたら? そこで、……所謂、恋に落ちるとしたら?
もっとよく見ておこう……。
あの女性-ひと-は私-20年後のティアーナ-なのだ……。
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絵にならない闘いというものは、多々あるだろうと思う。柄じゃない、という言葉がとっさに出てこなくて、そんなことが光昭の頭をかすめた。背広のよれは、どんどんひどくなっていく。光昭自身がぼろぼろになりつつあるからだ。背後で護る加奈子から放たれる光の防御は、かろうじて光昭が吹き飛ぶのを防いでいた。実際には全然力が足らない。同じように、紡がれる剣もまた、相手に致命傷を与えるにはほど遠い力だった。
「ったく。俺だって、ちっとは歳なんだ。くそ……、やれるか……?」
腕まくりしそうな剣幕に、加奈子はくすと微笑んだ。
そんな言葉を漏らしながら、やる気であることを、彼女は知っている。
歳だなんて、言いながら、自分より若い者に負ける気がしてないことも。
「大丈夫」
「……何か、言ったか……?」
声を張り上げて、光昭が聞く。取り込み中であった。一際厚い光の壁が、光昭に向けられた攻撃を阻止する。何でもない、と加奈子は唇でつくった。すらりと頭上にあげた手は、いつのまにか攻めの姿勢に入っていた。夫に向けられたものを返すように、妻はすっと手を振り下ろした。同時に、光昭が魔物へと強引に剣をねじ込んだ。勇者……、そうでなくて何なのか。
たとえ地味でも、似合っていなかったとしても、……あなたはそうなのだと思う。捨て身で、飛び込んでいった姿。もう一着、スーツ買ってあげなくちゃ、……汗だらけで、頑張って、……誰もそれをみっともないなんて、絶対言えない。
光昭さん。
あなたと生きよう。そのために私…………。
「やった!」
ふうと息をついて、光昭が叫んだ。40代の親父は、切り傷だらけの服と我が身の肌を顧みようともせず、子供のように勝利の声をあげた。
これで、全てが丸く収まるからとでも言うように、喜んだ。
全ての悪が、突然目の前に現れた魔物だったとでもいうように、それを片付けるのに全力を注いだのだった。
くるりと後ろを振り返る。支えてくれた妻を迎えに行くように。
「…………おい」
ところが、勝ったものの、加奈子の様子は人ではないまま。まだ終わっていない雰囲気を漂わす苦痛の色が透けて見えた。アマツセナの土地も乏しく、弱ったまま。つまりは何も変わっていない。
「さっきのが元凶じゃないのか。あれが、悪いんじゃないのか」
「私を倒せますか。あなた」
光昭は、一度、額をかいた。汗でもぬぐうように乱雑に。やり切れない感情を手ですくい取るようにでもあった。
首をゆっくりと横に振る。
そのまま、加奈子をぶつかるように抱いた。寄せるように抱き締めて、離さなかった。
「その代わりな。どんなものになったとしても、お前を渡さない」
生きよう……。
生きよう。
だのに、何故か、抗う。
駄目だという。
「美弥だって嫌だとは言わないさ。帰ろう、加奈子」
首と首の体温が、温かく触れ合う。
帰ろう。
ああ、初めて聞いた。あなたの帰還したいという言葉。
加奈子は、光昭の肩に顔をうずめて泣いていた。
彼の勇者の役割が、その時、一端終わったことを悟り祝って。
同時に、……妻を殺さなくても何とかなりそうだと知った夫の心を想って。
つかの間の終わり。それでも終わりは終わり
「『加奈子、って、叫べば、お母さん帰ってくるかもよ』って、美弥が言ってたんだ。加奈子、加奈子、加奈子……って」
馬鹿。……馬鹿、やめて。
「呼んだら、帰ってきてくれるか…………?」
至極まじめな交渉顔。別れた妻に復縁をせまるような、悲痛さも垣間見える。そして、どうしてもと融通の利かないときの顔だ。
困る。すごく困る。
こういう時のあなたは。
光昭さん。
あなたが好きよ……。
加奈子はもっと深く抱かれた。
何もかも委ねるように。
第20話 end
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