第3話 アマツセナの勇者
「ん…?」
光昭は、歩いていく先に、障害物を見つけた。正確に言えば、神官風の男が廊下の真ん中に陣取って、こちら側をねめつけている。
近づくと、威嚇するように、色付いた歯茎をカッと開いてみせた。
ひねった笑いとともに、ぎらぎらした瞳を、押し付けてくる。
「我がアマツセナを守るため。…っ。…20も年を越した勇者など…認めぬぞ!」
憤りを込めた叫びが、それまで流れていた空気を殺し、無理やり男の雰囲気に飲み込んだ。
嫌な感じだ。
「…スゥト、邪魔をしないといったではありませんか。今はあなたと話している時ではありません。…帰りなさい。勇者召還は、あなたも承知したはず」
ぎゅっと光昭の手を握ったままの巫女姫が、首を振りながら言う。
「ほう…」
顔を歪ませて、反応があった。
カチャン、カチャンと、奇妙な音をさせながら、スゥトと呼ばれた男は、一歩二歩と、足を動かした。
憎悪剥き出しで近づいてくる男に、少しでもしっかり気をもとうと、巫女姫の表情が変わった。
スゥト…は、格好で聖職の者であろうと分かる。黒服に、偶像をあしらった装飾を首にかけた姿は、光昭の世界でも見たことがあるような、共通の雰囲気をかもしだしている。
しかし、…清く、尊い職からは、かけ離れた、俗的な青年。直感で分かった。…神など踏み潰さんと言わんばかりの、傲慢な態度が、鼻につくように感じられて、…気分が悪くなる。
「ティアーナ、…悪あがきもほどほどにした方がいい。…召還は失敗だ。役目を果たせなかった巫女姫が代々どうなっているか、…分かるな。…二世代続いてとは、我々もほとほと呪われている」
チッ、と嫌味に舌を鳴らす。
「…何故です。…ミツアキ様が、…ここにいらっしゃるではないですか」
怒りを押し殺した震えが、繋いだ手から、光昭に伝わった。…信じてくれているのが、一緒に感じられた。彼は、ふっと、瞬間温かくなった。ついさっき、降ってわいたような親父だというのに、ティアーナは、一分も疑っていないらしい。
「横の男が、どうしてか、って? お前と同じ、役に立たないからだ。そんな中年で、果ての怪物が倒せると、本当に思っているのか。…だとしたら、お前も、相当におめでたい姫ということだな」
「やってみるまで、結果は分からないではありませんか」
「認めぬ。…つい先日も適齢の勇者を召還することに失敗したくせに。…その穴埋めに、このような親父の姿で呼び出して、何が成功だ。…吐くほど笑えるぞ」
「……」
「お前の処分は決まっている。…掟により、次の巫女姫が現れるまで、牢暮らしだ。その後は…」
慣れた風に、スゥトが首のあたりで人差し指を、きりっと右から左に動かした。神の印を切るより、この方がずっとこの青年らしい仕草のようだ。
むっとした光昭が、スゥトを睨んだ。
「…おい、…その中年が、見事化け物を退治できたらどうする? 巫女姫の処分は当然無し、だろうな?」
「できるものならばな。…20年後の…勇者殿」
にや、と、これ以上ないくらい嘲りを込めて、笑いが返ってきた。
背広親父も黙ってはいない。光昭は、ピクと眉だけかすかに動かした表情で、…売り言葉に買い言葉であった。
「では、…俺は無事に倒して戻ってくる。…見てろよ、スゥト神官」
「ぐ…。ハハっ…」
「何がおかしい?」
勝算でもあるような、不気味さを感じて、光昭はいぶかしんだ。
けたたましく、警音が流れた。いけない、とティアーナが光昭の手を引っ張った。
「時間がありません。一刻も早く、壇につかなければ」
「壇…?」
焦りのこもったティアーナの真剣な顔に頷きながら、光昭は説明を求めた。
「はい。…口で説明するよりも、直接…」
カチャン…と、金属質な音が隣で響いた。見ると、スゥトが、黒光りする神官服の上に、鎖鎧を巻いていた。
はっとしたティアーナが声をかけた。
「…スゥト! …あなたでは闘えません。」
何か言おうとした、青年の横を、ぎゅっと光昭の手を握って、ティアーナはうまくすり抜けた。
手を伸ばそうとした、スゥトに追いつかれないよう、必死に、廊下を走る。
「何だ、あの男は…」
「このアマツセナの、…神政官です。私、知ってます。あの男は巫女姫の系統を絶やして、この世界を自分のものにしたいのです。執拗に邪魔してくるのですから」
「ティアーナ…」
「はい…?」
この先まで行けば、王宮の玄関はすぐそこだった。
「今頃聞くのも変だが、…俺、何の鎧も着なくても大丈夫なのか? 武器も持ってないが」
「はい。アマツセナの勇者の、武器と鎧は、…代々巫女姫のことなのです。…よって、…大丈夫ですわ」
「は…?」
間の抜けた呟きが、光昭の口から漏れた。
警音が、鳴り止まない中、衛兵達並ぶ大扉が、開いているのを確認して、ティアーナは、光昭とともに、外へ飛び出た。
数歩、地面を踏んだとたん、ふわっと、頬に巫女姫の衣の裾がかすった。
ゆうらりと、魅せられる。至近距離ですでに始まっている舞に、光昭は、驚いた。
「あそこ…、見えます?」
自然と踊りの最中、器用に、ある一方を指差した。
狭い視野の先に、霧にかすんで、生物の形をしたものが見えた。
あれが、果ての化け物か、と見当がついた瞬間、視界がガクンと揺れた。身体が、宙に浮くよう上昇していく。
アマツセナの世界をよく知らなかった光昭はその時、…気づいた
…この世界の全ては、高くそびえ立つ崖の上にあること。
…そのせいで地平線が「果て」のように見えていること。
…そして、ただ一個の城と、その周りに広がる狭い地面で成っていること。
これが、アマツセナ…。随分と小さい。
けれど、異世界を、実際に意識するには十分だった。…どんなに探しても、日本はここにはない。
彼女の舞はまだ続いている。光昭は、されるがままに、空高い場所へ浮かんでいた。
実体ではないんじゃないかと思われる、不思議な感じに、光昭は瞳をこらしていた。
舞いながら、何かを探していたティアーナは、やがて急速に降下し始めた。
下は、壇のようなものになっている。
土で造られた、かなり高い壇である。これでは下からのぼることはできないだろう。平らに整えられている、簡素な場所だ。
これが、ティアーナが言いかけた、「壇」。舞うには少々広すぎるほどの、けれどもちょうどいい舞台。
「ミツアキ様、…ミツアキ様…」
手を、足をとめずに、巫女姫ティアーナが呼びかける。
透明に近い裾が、ゆうらり、華をつくる。真にせまって踊る姿は、清らかに美しい。
「…俺はどうすればいい?」
つくった笑顔と、差し出された腕。
ふっと、ティアーナの手元が緩んだ。
ぽろぽろ…
……?
表情が、瞬間明らかに、崩れ、泣き顔になった。
「どうした」
「ごめんなさい…。あの…」
「え…?」
びくっと、ティアーナが震えたのが分かった。ぎこちなく、舞いの姿勢が瞬間おかしくなっていた。
「…無事に戻れたら、お話しします」
「やはり、俺じゃ役に立たないという話かな」
「え…」
フルッ、と巫女姫が首を降る。絶対違うと、否定している。
「あなたは、…素晴らしい勇者だ、と。…とある方より聞いています」
「……?」
心当たりのない、光昭は首をひねった。
「分かりません…?」
「分からない」
親父は謎かけの類が苦手である。…頭が柔らかくないと言われればそれまでだが、たいがい固くなっていて、好きとまではいかないのだ。もっとも、全部の親父がそうということはないが、…光昭氏は苦手であった。
「…では、無事に帰りましょう」
「ああ」
ふわりと近づいたティアーナはそっと耳打った。
遠目には、そっと頬にキスしたように見えたかもしれない。
ティアーナは、光昭を、壇の下へと、飛ばし送った。
構えている敵達の真ん中へ、彼を放つと、また、ゆうらかな舞に戻った。
『…あなたが加奈子、と呼ばれる方の言葉です。…今は他に申せません』
触れるか触れないかの吐息が、光昭の耳に囁いた。
…出陣前の勇者への激励にしては、きつ過ぎるくらいの効果だった。
壇上で、軽やかに舞うティアーナは、下方で紡がれる目覚ましい戦果を、戦女神か何かのように、冷静に見守っていた。
巫女姫の力で、武器と鎧を、光でまとった光昭は、情けない親父でも、若くない中年でもなかった。
…20年後のまぎれもない勇者だった。
第3話 end
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