第4話 男は化ける
…闘う
現代社会にしたら、なんて陳腐な言葉に見えるのかと光昭は思ったことがある。実際、今でもそう思う。…こんな、平和ボケした日本で、リアルに闘うなんて、経験…する機会はないだろう。
それに、闘っても、弱いんじゃないかと思う。…プロレスとか、格闘技とか見ていても、柄でないと思うし、…勘弁の類だ。
営業マンの闘いともまた別物である。
…お父さん、お母さんをちゃんと見ていないと、逃げられるよ。
娘の軽口さえ、冗談で返せずに苦笑いしてしまうこと多々。
…出て行っても…、全然変わらないんだね。そりゃあ、戻ってこないはずだわ。笑ってる裏で、…お母さん絶対考えてたよ。
繰り返しの連続で、麻痺して、…ろくな行動もできなかった。
…はぁああ、…いい人できてるのかな、お母さん、今頃。
それでも、会社に毎日出向く方が、楽で、…その方が現実と世間常識にあっていて、…結局、妻は蒸発ということで、近所にも片付けられて。…全部、流されて、…自分は、しがない会社員を続けた。
美弥の言葉に非難の色が見えても…、…自分には何もできないんだ、と仕事に逃げていたことを思う。
…伝えたかった言葉、…伝わらなかった言葉。
加奈子が戻るなら、…今度こそ、俺は逃げない。
…トン、と地面を踏んだ瞬間、果ての化け物が反応した。
わ、と口を開く間もなく、スルスルと光昭めがけて、襲ってきた。
降ろされた時できた、スーツの乱れを直す暇もない。
首元を、何かがかすった。化け物が伸ばした細い腕だった。
何本も、いくつも、…光昭より幾倍も大きな体から生えている。
見たことがない「かたち」、生態系が現実世界と違うらしい。しかし、…奇妙に既成生物が組み合わさったような、デジャヴも感じる。
そんな生物が、両手ほどは、いた。
がむしゃら、…という、恥も外聞もなく、ただただ必死に向こう見ずに行動する表現を、…いい歳した親父が使っていいというならば、…今の光昭はまさにそれだった。
現実なら、いくつものプライドが働いて、作動しなかった、想いが、…不器用に、解き放たれていく。
…勇者? …そんなことを言われた時には、ピンと来なかったし、はっきり言って20年前の青年の方が、どんなにかありがたがられただろう。
…アマツセナを救うという、清い正義の理由で、…熱血に闘ったことだろう。
…俺は、…今、そういうクサい理由で、本気で闘うことのできない親父勇者かもしれない。情けない、自信のない、現実に跪きっぱなしの人生送ってきた男が、…目を輝かして、化け物退治なんて、…ティアーナが考えるより、相当難しいことだ。難しい、…難しい…。
けれども、……俺は加奈子を探せるのなら、本気で闘う。
アマツセナも救いたいが、…俺は俺の理由が…ないと、現実で染まった「なりふり」ってやつを捨てられない。
加奈子、好きだ…。
所帯じみた理由だけど…な。
巫女姫から与えられた光の刃が、果ての化け物の肩を切り裂いた。
迫ってくる何体もの生物に、同じように、刃をあびせかける。光をもってつくられた傷は、強力に化け物達を弱らせるようで、光昭は、その隙に、一体一体に、とどめをさそうとした。
意外に弱い…と思われるかもしれないが、…最初の一体を倒すまでは、死闘とまではいかないが、激戦であった。
巫女姫の光に護られているので、そう簡単に傷つきはしないが、…武器となる刃をうまく操れず、化け物達の攻撃をかわすことに精一杯になりかけていた。そして体勢を崩しかけていた。
がむしゃらに、なりふりを構わず、40越えの親父は、むきになるのではなかろうかという、形相で、必死に闘っていた。
見る者が見れば、社会的地位も気にしなければならないような歳の男が、みっともない、と笑うかもしれない。スーツが、少しよれたくらいで、格好悪くみえることも多々。それが、化け物と対峙して、一張羅の上着も、中の白のブラウスも、…全部ぼろつくんじゃないかと思える。おまけに真剣。すごく、笑える。
……しかし、はっと見た時、…その親父を笑うことはできないだろう。
代わりにきっと目を奪われる。
男は化ける。
光昭は、背広が段々着崩れてくのを意識しながら、構わず、何回も、失敗しながら切り込んで、最初の一体を、目の前から、葬った。
その姿が、余裕で格好よく、相手を切り伏せる青年勇者などに比べ、…劣っているとは、…言えない。
笑いも…できないだろう。
見事に、最後の一体まで、闘い終えると、…光昭は、壇上の、ティアーナを見上げた。それまで舞っていた彼女は、するりと、衣裳を縮めた。
トン、といい音をさせて、巫女姫が、地上へと降り駆けてきた。
非常に嬉しそうなのが、表情から見て取れた。
「やはり、ミツアキ様は、…想像通りの方でした」
「…加奈子に言われたのか?」
まだ息を整えている最中の光昭は、少しかすれ気味の声をだした。
期待していた、ティアーナの言葉に。
「戻りましょう」
短くティアーナはそう言った。
疲労した光昭を覆うよう、そっと衣の袖で包むと、城へ移動するために舞い始めた。
「おい…。…俺が聞きたいことあるのを分かってて、無視するのか、ティアーナ!」
あまりにも腹が立って、光昭は、巫女姫にどなりつけた。
声がでかく、びくっとしたティアーナが止まって、あやうく地面に向かって急降下しそうになった。
おいおい、と光昭が語調を緩めて、…悪かった、と声を細めた。
浮遊は、もとの高度に戻りつつある。
「ミツアキ様…」
「…俺、加奈子を探すために勇者引き受けてるのかもしれない。…ティアーナ、あんた自体、俺の妻にそっくりだ、どういう理由かは知らないが。妻は、…加奈子は、数年前、家から突然いなくなって、…それが何故アマツセナに関わってるんだ?」
「…知りたいですよね」
「決まってるだろう」
一瞬、とても困ったような色が、ティアーナの顔に走った気がした。
「もし…この世界を、敵にまわしても、…奥様を探します?」
ゆっくりと、恐れるような、語調だった。
光昭は、それほど考えずに、答えを口にした。
「…ああ」
勇者の原動力は、もはや妻であることが、光昭の心の中で、はっきりしたから。…もう覆すことはないだろう。
ティアーナはそれを聞くと、…苦笑しながらも、コクンと一度感謝するように頷いて見せた。
光昭と巫女姫の帰還の報は、城の中を一気に駆け抜けたようで、大勢の者が祝福と出迎えに来ていた。
…スゥトだけが、気に入らない毒づきを吐きに、一瞬だけ傍を駆け抜けに来た。
それ以外は、…夜になってまで、明るいアマツセナの城の模様だったという。
第4話 end
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