+ ダンディ研究レポート +


第5話 夢の夜

 …やばい。
 目元がくらくらしてきた。
 光昭は、額を支えるように、両手をやった。

 夜の帳が降りると、…勇者の勝利を祝うための酒席がもうけられた。
 アマツセナの城はほろ浮かれ、宴会状態だった。
 光昭は、注がれる酒を断らずに、そのまま飲み続けていたら、…しだいに酔いの回りが辛くなってきた。
 
 …これ以上は身体に堪えるという、自身の許容範囲に近づいているのに気づいて、光昭は、杯を置いた。

「おお、…ミツアキ殿どこへ…?」
 足元で、ひょこひょこと、背の低い大臣コロナーが騒ぐ。彼もだいぶ酔っているようで、面白い歩き方をしている。
 ガタ、と無言で突然立ち上がった勇者に、びっくりしているようだった。

「…ティアーナのところへ行ってくる」
 巫女姫は…酒席にはいなかった。成人しておらず、アマツセナの清い身分である姫は、…俗的な場所には来られない、…と誰かが光昭に説明していた。

「…なりません。いくらミツアキ殿とはいえ、…そのような酔ったお姿で、巫女姫様の元へは行ってはなりません」
 えらく、コロナーが主張した。もつれそうな舌で、ゆるりと、しかしきつく、言った。
「何だと…? 俺は、ティアーナに絶対聞かなきゃならないことがあるんだ。邪魔するな」
 ムッと、半ばカチンと来て低い声音が出た。
 
「あっ…、ミツアキ殿、…無茶な!」
 コロナーの制止を、強引に引き剥がして、光昭は、部屋から出て行った。




 ティアーナの私室のある城の東部は、宴会騒ぎとは隔絶されて、静けさに満たされていた。夜にふさわしい静寂を集めていた。
 そこへ、きゃー、と巫女姫の慌てた声が響いた。
 ばたばたと、おろおろと、…扉の前で、真剣な表情が、右往左往していた。
「ミツアキ様…!ミツアキ様…、大丈夫ですか。人を呼びましょうか?」
 肩をさすって、ティアーナは必死だ。
「いや、いい…。…叫ばないでくれると、嬉しい…んだがな」
「ごめんなさい…」
「俺…、ティアーナの前でも同じことしてるんだな。…情けない格好見られて…」
 やばい、とばかりに、光昭は、片手を口元にやった。
 もう片方の手は、ティアーナの部屋の扉のノブを握ったままだった。
 
 巫女姫の私室の前で、うずくまる勇者。どうしてそんな醜態になったのか。
 …光昭は、宴会場から遠い距離にある部屋を訪ねようとして、…歩いているうちに、酔いがどんどん回って、着いた時には、…ひどいことになっていた。
 気持ち悪くなる酔いと闘って、やっとのことでノックすると、限界だったのか、膝からくず折れて、…扉を開けに来たティアーナを驚かせたのだった。

「大丈夫ですわ」
 にこりと笑って、何事もなかったかのように、ティアーナは光昭を部屋へ案内した。むしろ酔った光昭を介抱したいようで、ソファに転ばせると、…いろいろと世話を焼き始めた。

「…もしかして、俺、…巫女姫に、とんでもないことをさせているのか」
 倒れると、もう動けなくなったのか、…朦朧とする視界の外へ、光昭はぼやけた声を放った。
 冷たい布で、頬を拭かせたり、酔った身体を休めるように、手足を楽な場所へ誘導させる役割をさせたり…、無礼にあたりそうなことをさせている。
「アマツセナのお酒は、強いですわ。ミツアキ様には、少し回り過ぎたのだと思います」
「悪…かったな」
「いいえ」
「悪かった。だいたい…分かってるんだろう、俺がどんな男か。へべれけに酔うし、…妻には捨てられるし、…娘には頭があがらない。言っちゃあ…悪いが、投げやりになりそうな、男だったんだ…ぜ。…俺、つまらん人生生きて…きたかな…ぁ…」
 …酒をしこたま飲まされた勇者というのは、文字通り、ただの酔っ払い親父である。真っ当な主張ぶって、論をぶとうする。
 頑固なほど、たちが悪い。
 自分に自嘲して、無理やり酔おうとする、子供のようなところさえある。

「完全に酔ってらっしゃいますか…。 ミツアキ様?」
「う……ん…」
「お休みくださいませ。明日になりましたら、きっと元通りですわ」
「そう…か…?」
 
 こくりと、ティアーナが頷こうとする。
 その時……、

「加奈子……」
「……」
 …寝言のようだった。

 部屋の中は、シーンと、ひんやりとした。
 毛布を持ってきて、ティアーナは光昭に被せた。
 ゆっくりと、優しく。


 ……
 耳元に、心地よくはいってくる。
 しっとりと、声が。
 愛しい何かが…。
 ティアーナの少し幼い声でなく、大人の声が聞こえてくる。
「つまらない生活なんかじゃ…なかった。…捨てたくなかったのに。…私、あなたを…」
 手が…、…温かい熱が、光昭の頬に降りてきた。
 言葉の足りなかったものを、…体温が補う。
 分からないが、妻に触られているみたいだった。






 …夢の中で、光昭は手を伸ばそうとした。
 加奈子が、届くところにいた。
 いつものように、笑って、…温かみのある笑顔を向けて。
 抱こうと、腕が伸びる。
 けれども、…すり抜ける。手触りがなく、すうっと透明で、掴めない。
 くそう、と思ったところで、目が覚めた。
 自分の部屋ではなかった。
 記憶を辿る。
「あ……」
 
 …近くで、昨夜こまごまと、手を煩わせてしまったティアーナが、ソファの端っこで寝息を立てていた。
 なんてこと…。

 気配でふっと目覚めたのか、ティアーナは、光昭ににこやかな笑みと挨拶をした。
「おはようございます、ミツアキ様」
「……おは…よう」

 …親父のバツの悪さったら、その日一日なかった。
 幸いなことに、巫女姫のとりなしにより、昨夜の件が、表に出ることはなかったという。



 第5話 end