果てのある世界
                         十二夜



1. 『果て』

世界の果て―――――
私という、『最果ての守り番』と
尖った細長い岩がたった一つだけ存在する
永遠に夕方の続く、変わり映えのない空間

時の止まった場所
入っていってはいけない
あなたの求めるものなど、何もないから

絶望と
ただ、私だけの安寧があるの

だから…
『果て』に来ては、駄目よ

もっとも、ここへたどり着くには、
何十年も無意味な旅を続け
その間に、あなたの持つ大切なものを、一つずつ残らずどこかへ落としてこなければならない

ぼろぼろになって、精神も身体も、使い物にならなくなって
それでも、『果て』を夢見て、求める者だけが
やっと、憧れていたものを、見ることができる

空虚な夕焼けの世界と、尖った岩にバランスをとるように座る、最果ての番人の少女を、目撃するだろう

 その時あなたは……長い旅を終えて、安寧の眠りに落ちるか、空虚さに押しつぶされて、死を望むか、どちらかだろう
 『果て』はそんなに、良い世界では、なくて
 番人たる、この私がそう言っているのに
 北の森の向こうから、また目指してやってくる者達は絶えないらしい

 夕方で止まっている、このおかしい世界へ
 『果て』を目指して


2. 北国

 この国は、一年の三分の二以上が雪で閉ざされ、その後に来るはずの春も、冷たく、寂しい。そうして、暖かさを求めようとするうちに、また次の冬の訪れを早く感じとるような、体温の低い、北国だ。
 愛想をつかして、南へと移る者は多い。
 国に残るものは、年中雪の心配をしている。
 外へ出られる日は少なく、家の中で過ごすだけもつまらない。空想にまかして、語り話が、はやるのも、北国の特徴だ。人々は、暇になった身体を、暖炉の前でのお伽話へと向かわせる。ひとり、ひとり、そっと輪に加わり、パチパチと燃える薪の熱の傍で、とうとうと夢話のような物語は、語られ続ける。それが風習となり、伝統になり、有名な話の連なりを生み出している。人が、『果て』の話を耳にするのも、そうした、暖炉の前の、懐かしい語り人からである。

 『果て』には、決して歳をとらない少女と
 たった一つの尖った細長い岩だけが存在している
 それ以外は空虚な世界
 夕方が広がり、時はそこで止まってしまっている

 それを、目にしようとするならば
 人の短い命の大部分を削らなければならない

「『果て』は良い場所なの?」
「分からないよ」
 語りの婆が、返事する。眠そうに、暖炉の横で手をこすりながら。
「それなのに、何故、この北国の人は、『果て』をめざそうとするの?」
「さあね。…暇をもてあましているからねえ」
「そんな無意味なことに、命を捨てようとするかな」
「坊には、必要ないと思っても、その人には、意味のあることかもしれないよ」
 少年は、顔を上げて、熱心に主張する。
「だって、『果て』を見ることが、人生の目的になるの?」
「まだ…、坊には分からないだろうねえ。だが、年々、この北の森からそこへ行ってみようとする者は増えている。誰がすすめるともなく、自然に足を向けてみようと旅に出る若者は、有に百人を越えている」
「そんなに?」
 婆は、いねむりをこくときのように、極めてゆっくりと首をたれた。
「坊も、少し大きくなったら、旅をしてみようと思うようになるかもしれない。その時、『果て』は、坊の目的になっているかもしれないよ」
「ならないよ、僕は…」
 そう答えた少年の顔は、冗談ぽく笑っていた。

 それが、十年前。

 雪の湿った道と両側にびっしりと構えている針葉樹達の間を抜けながら、彼は、前を見ていた。

 ずっと続く道、
 白い雪のかけらを散りばめながら。
 北国のたいして珍しくない光景
 
 家を出て、彼もまた、旅路につこうとしている。
 『果て』を夢見る身になって。

「どこへ向かおう…」
 足に感じる、冷たい感触を無視しながら、
 とぼとぼと、北の森の出口へと向かう。

 『果て』の場所は知らない。誰も知らない。
「そうだな…まずは、…雪の降らない場所へ」
 彼は、連れのいない寂しい道を、真っすぐに進んだ。
 

3. 村

 彼が、北を抜け、最初にたどり着いた場所は、空が青空を映す、小さな村だった。
 何人もが、物珍しそうに、家屋から出て、彼を見にきた。
「お兄ちゃん、誰…?」
 子供が、おそるおそる、彼の傍へと近づこうとする。
「よその人? お母さんが、入れちゃいけない、って」
「家の中に」
「うん…」
 すぐに自分の家へと戻っていく子供の後姿を見送りながら、彼は立ち止まっていた。

 こそこそと、家の窓を開け閉めして、彼の様子を幾軒もの人々が見ている。
「……」
 彼は、諦めて、勝手に外で野宿することに決めた。

 そういえば、どうして、『果て』を見つける旅に出たのだっただろう。
 子供の頃は、全く興味なんか示さなかったのに…。
 何故か、そこに意味がある気がして…。
 僕の時間をこれから、削って、それは、価値のあるものなのだろうか…。僕の前に、随分多くの人々が出て行って、見つけて戻ってきた人はいない。本当に、『果て』があるのかさえ、分からないのに、皆…いってしまった。たとえ、たどり着けたとしても、そこへ費やしたと同じだけの時間をかけて、帰るのだとしたら、それは間に合わないのかもしれない。
 …今だったら、引き返せるだろうか、北の森へと。あの、暗い、雪と寒さに支配された、年中つまらない国へと。

 嫌だ。
…旅を続けよう…。

 彼は眠った。
 ぽつりと、記憶の中から、何かが外れる…。
 故郷の思い出、北の国の地図が、彼の中から、棄てられるように、忘れられてしまった…。