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この愛を統べるもの 1 「婆や婆や、いるか?」 騒がしく現れたのは我が王国の姫、セスリザ様。年頃の美姫であるのにドレスではなく鎧をまとっているのは、現在隣国と戦中だからだ。姫様も一軍を率いている。 「何でございますか」 慌て、尋常でない動揺を見せる姫様は、きょろきょろと周りを気にして、誰もいないと確認すると、近づいて小声で話しかけてきた。 「お前は、記憶封じの魔法を使えると聞いた。お願いだ、それを私に使って欲しい」 「おや、そのようなもの。もう数十年使ったことがありませんよ。第一使い方を間違えると大変なことになります」 「承知している。それでも、……私の記憶を消してくれないと困るのだ」 姫様の表情が、ぐっと歪んだ。おや、……これは……なんと。 「何かあったようでございますね。伺いましょうか。魔法の件は、その後で考えましょう」 ルイユという小さな王国では、魔法は日常に溶け込んでいる。なくてはならない存在だ。それを許さないのは隣国。……彼等は魔法を危ないものとして迫害し駆逐しようとしている。戦争が始まったのもそのせいだ。我が国は、魔法を駆使して、魔法を絶やそうとする隣国と戦っている。姫様は我が国でも一、二を争う優秀な魔法使い。今日も一戦交えてきたはずだった……が。 なかなか言い出さない姫様は、最後にはうつむいてしまった。 沈黙が続く。 元気な姫様が、こうも悩むとは。 「敵の罠にかかったようなのだ。早く私を元に戻して欲しい」 「婆やにはいつもと変わらないように見えますが」 「頬が赤いだろう」 「それはまあ」 「何だか落ち着かない。……あやつのことばかり考えるのだ。私の邪魔ばかりする、隣国トラエルの親衛隊長のことだ」 「おやおやおや……」 姫様が、そんな変な話ではない、とむきになって前置きをする。 「一対一で対峙しているときにな、横から二人ふっとばされ、妙な結界に閉じこめられたのだ。あのような魔法見たことがない。そこでな…………」 姫様は、思い出すように、ふぅとため息を吐くと、話し始めた。 ++ 視界は白く覆われる。見渡せど、閉じこめられた者の姿以外映りこむ余地のない、真っ白な四面。 「ここは結界か」 「そのようだな。誰が仕掛けたのか……、全く私の知らない魔法だ、後で調べさせよう。トラエルが魔法を用いるわけないからルイユの者に違いない。……にしてもだな、……おい、聞いておるか、銃をさげてはくれないか」 「寄るな」 近づこうとするセスリザに、男は真っ直ぐ銃を向けていた。座り込んで、足を庇った姿勢で、銃と鋭い眼で威嚇している。 「怪我をしておるだろう。見せてみろ」 「寄ると撃つ。貴様に見せるものなどない」 「足が使い物にならなければ、結界を脱出するのも難しいだろう。まったく、先程から気になっておったぞ。お前、吹き飛ばされるとき、とっさに私を庇ったであろう?本来なら礼を言わねばならん」 「…………」 「どうだろう、同じ境遇に迷い込んだもの同士、一時の休戦を考えてはくれぬか。私一人で出口を見つけられるかどうかも怪しい。協力者がいれば、心強い。ここを出るまでの間でいい、その方がお前の為にもなる」 セスリザは、自分の剣を地面に放った。ルイユの人間の主戦力は魔法なので、これはあまり意味のない行為のようにもみえる。だが、戦意はない、という意志をみせつける効果はあった。男は、迷いながら、ゆっくりと、慎重に、そろそろと銃を同じく地面に放ってみせた。 「なら決まりだな。傷を見せろ」 「待て。……来るな」 走って近づいてこようとする姫に、男は手で制した 「魔法は好かん。癒しの力とやらは使うな」 「そんなこと言っている場合では」 男は、軍服のポケットをあさって、緊急用の薬と道具を取り出そうとしている。トラエルの国民は魔法をひどく嫌う、これはセスリザにも理解できる。だが、……癒しの力を使ってはいけない理由として納得できなかった。第一、それで間に合う怪我でもなさそうだ。必死に隠そうとしている右足の出血はセスリザが盗み見ただけでも危うい感じだった。 ポケットに注意がそれた一瞬を狙って、セスリザは男に接近した。 「大怪我じゃないか」 はっと、目の前に現れたセスリザに、大声でがなる。 「気にするな。離れろ」 「駄目だ。……眼をつぶっておれ。魔法が嫌いなら、知らぬ振りをしろ。忘れろ、何でもいい、……こんな怪我、歩けるはずもないじゃないか」 嫌がる男の患部にそっと手をかざして、セスリザは素早く癒しの呪文を唱える。少しずつ傷が塞がっていくのを確認しながら、頬が緩んでいく。良かった……、と声には出さないが、思った。 「これで大丈夫だ。歩けると思…………う。……っ」 顔を上げた瞬間、相手に飛び退かれて、掴んだ銃を向けられた。 「貴様……」 男は、怖い顔で睨んでいる。形相も強面の大男だ、セスリザは思わず両手を軽くあげた。 「すまない。しかし……」 「…………」 「悪かったと思う。お前は嫌悪しているし、しかし、その、他に方法が……」 「礼は言う」 「……え」 銃がすっと降ろされた。セスリザは、ほんの一瞬だったが、男の微笑した顔を初めて見た。 ++ 周囲を回り、あらかた方法は試してみたが、手がかりさえ見つからない。朝夕の時間も分からない球体の中に閉じこめられたかのようだった。だいぶ疲れてきた頃合いに、座り込んだ。周囲はずっと白以外の色を映さないので感じるしかないが、多分もう夜になっているだろう。時間の経過に、身体は正直だ。セスリザはため息をつき、座って足を揉んでいる。ありったけの魔法を試しても、埒があかない。……一体、どうしよう。男の方は無言で、離れたところに座っている。 そう言えば、と思って、セスリザは疲労した身体を引きずって、近づいていく。 「なあ、……手がかりがあれば、小さいことでいいから伝えてくれ。それと、これは個人的なことで申し訳ないのだが、いつもお前と呼んでいるから……ええとだな、お前の名前を教えてくれないか。知っておきたい」 振り向いた男は、奇妙な者を見る目つきだ。 「私は、知っての通り、ルイユ王国の第一王女、セスリザ。これからまた会って、戦うこともあろう」 あからさまな警戒心をちくちく向けられて、セスリザはむっとした。別に変な意図で言ったわけではないのに、この態度はないだろう、という反応だ。 「……ファイク。ファイク・ルードだ。トラエル王国、王国軍所属、親衛隊。隊長」 言葉だけ並べて、あとは黙った。 それが、またセスリザの気をさかなでた。 「失礼な男だな」 きつい口調で言う。ふん、と鼻で笑って、ぷいっと離れた。口をきいたのが間違いだった。怪我も治してあげたのに。少しは協力してくれるけれど、なんて不躾な男なんだろう! もう知らない。 感情のままに、セスリザは怒って、だいぶ離れたところに座った。 後ろで、その様子を観察されているのには気がつかなかった。 疲れた……。空腹は我慢できるのだが、疲労だけは何ともならない。 眠って良いのか、この白い景色の前では見当も付かない。眠っている間に何かあれば、と思うと油断もできず、おちおち眼を閉じることもできない。 せめて、交代に見張りして身体を休めることができれば…………。 セスリザは、怒ったままだったが、そうっとファイクの様子を伺おうと首を曲げた。 眼があうとは思っていなかったのでびっくりした。 「な……」 「一つ言っておく。休戦しているが、敵同士だということを忘れるな」 「そんなこと分かっている」 「敵を知るということは、戦い難くなるということだ。敵は知らない方がいい」 「…………」 暗に、自分の行動を揶揄されたような気がして、セスリザは恥ずかしくなった。敵は知らない方がいい、……実際そうだろう。重く響いた言葉を、セスリザはもう一度胸に刻んだ。これから何度も戦う相手なら一層大事な言葉。いくら休戦協定を結んだ相手とはいえ、友人ではない。 ……戦えなくなったら、不覚なのだ。セスリザを寄せ付けなかった理由が少し分かった気がした。余計なことは、慎め、と。 「分かっているというなら、傍に来てもいい。どちらかが番をして、身体を休めるのはどうだ?」 「私もそれは考えていた。よし、私が先に番をしてやる。お前は休むといい」 先程の言葉がきいて、セスリザはなかなか近寄れなかったが、ファイクはその様子を見やったのか、来い、と合図をよこした。 ++ 「寝ないのか」 「寝付けそうにない。これで十分だ」 身体を横にしているだけだが、大男がころぶと大層な迫力だ。セスリザは寝付けないのは私が信用できないからか、と問いつめたいところであったが、余計なことは先程懲りたのか、ぐっと黙った。 「おかしな顔をしているな」 「なっ……。普通ではないか。別に怒っても笑ってもしておらん」 早口で言ってから、はっとからかわれたことに、セスリザは気がついた。 すぐに反応するから、面白いと思われているに違いない。 「そういう意味ではない。もうこのような機会もないだろうから聞くが、……幾つだ?」 「歳か? 17だ」 「そんなに若かったのか」 上から下までじろじろ見られ、……恐らく外見と動作を判断されているのだろうが、少々気分が悪かった。子供っぽいとは思う、しかしこれは失礼だと思う。 「自分だけ聞くのでは失礼であろう」 「私は34だ」 「え」 自分の倍だという年齢に、セスリザは素直に驚いた。どおりで落ち着き払っているし、セスリザをたしなめるやり方も心得ている。大人と子供だ。 振り返ると、セスリザへの接し方も、正論だ。悔しくなるが…………。 「今日はいろいろ、浅はかであったと思う。……ありがとう」 「何故礼を言う」 「敬意を払うべき相手だと思ったからだ。間違うな。ここを出たら敵以外の何者でもない。……だが、お前の言うことは参考になる。良い奴だな」 ふふ、とセスリザが笑う。17歳の少女の笑みだ。着ているものが鎧でなければ、更に愛らしくみえただろう。ファイクは無表情のままだが、ずっとセスリザを眺めていた。 + 交代の頃合いになって、ファイクは起き上がった。あれからいくつか質問を交わした。一つ応答するごとに、距離が近くなっていくような気がした。お互いにそれは感じていたのだろう、会話の終わりになると、ふっと気を引き締めていた。 セスリザは34歳の大男が、敵でなかったら良かったのに、と一度思って、その考えを吹き飛ばした。甘やかな考えだ。 「それでは、休ませてもらう」 セスリザは鎧を脱ぐと横たわった。目を閉じて、眠りが襲ってくるのを待った。 自分でもファイクを信用し過ぎているのではないかと疑るほど、今、彼の傍で落ち着けていた。傍にいて心強い、安心する、……そして何故か嬉しかった。 何かが、ゆっくりとセスリザの上半身を覆った。 「ん?」 ほのかな重量感。 大きな上着だった。黒い軍服が、セスリザの毛布代わりにかけられている。 「……おい。こんなことまでしなくていい。余計なことというのはこのようなことを言うのではないか?」 「私はこれで構わん。必要ないなら、横におけ」 「な……。私の負けではないか……」 「…………」 ファイクが言葉の意味を悟ったかどうかは分からない。 くるり、と反対向いて、セスリザは上着をちょい、と自分の身体に寄せた。 少し温かい。ぎゅっと抱き締める。 敵は知らない方がいい、というファイクの台詞が蘇る。 本当にその通りだと思う。 セスリザは再び目を閉じた。………… +++ 「……というわけだ。結界の脱出方法は、めくらましで隠してある一点をつけば解除できるという、後で考えれば単純な仕組みのものだったのだが、時間がかかり過ぎた。慌てたが、驚いたことに、結界の外の時間はそれほど進んでいなかった。ルイユの魔法にこんなものがあるとは聞いておらん。いずれ調査しようと思う。婆や、理由は分かっただろう。早く、記憶の魔法を私に掛けてくれ。お願いだ」 セスリザ姫様は、頼み込むように、頭を下げた。 「本当によろしいのですか。1日の記憶まるごと失うような魔法ですが」 「あれを忘れないと、私はまともに戦えん。味方に迷惑をかけてしまう。……なあ、婆や。これは、その…………恋なのだろうか」 赤面して、姫様はうつむいた。 「まこと面倒な、恋というものですな」 「消してくれ。後悔はせん」 「本当に?」 「ああ」 姫様のお話を聞いていると、どうやら相手の方も思うところがないこともないように見えますが……、と婆やは思ったが、記憶封じの魔法を施すことにした。 ルイユ王国の民だからこそできること。これが隣のトラエル王国の民ならばこうはいかない。過ちを犯したとしても記憶から消して忘れることなどできない。自力で克服するしかない。 まこと魔法とは罪なもの。 + ぱん、と手を叩く。その瞬間、セスリザは目を覚ました。 「姫様、……お加減はよろしいですか」 「婆や? 何で私はここにいるのだ。朝一度出かけたはずではないのか」 「はい、そうでございますが、もう戻ってこられたのです。今日はもう休まれる時間ですよ」 「そうか……? 何だかおかしな気分だが」 「明日も戦続きですし、気分を直すために休まれては」 「うむ、そうだな。……最近、どうも調子が悪い。身体がではなくて、戦の方のな。なかなか倒せないやつがおってのう」 言いながら、姫様は去っていく。 これで良かったのでございましょうか。 記憶を封じて、ふりだしに戻ったつもりの姫様。そんな小細工もできず。ただ迎える再開に体当たりしていくしかない、敵国のお相手様。 二人の戦は、まだ明日、その次と言わず、延々と絶える日も見えず、続いていくのです。 …………それはまた、別のお話で。 - end - |