...言葉の敵わない想いを
                               十二夜



ある時代、あるところに、公爵とその夫人が暮らしていました。

夫人は王家にもつながる一族の出で、夫はほとんど文無しの地方貴族でした。

二人は、たわむれの社交パーティで互いの姿を見つけました。
どちらが早かったか、というのも分からず、手を合わせて踊っていました。

身分違いだ、という周囲の声さえ聞かず、若い二人は結婚しました。

 それから、時はたち、妻の家柄のお陰で、出世し、財産をたっぷり手に入れた公爵は、妻を放ったままでした。結婚すると顧みなくなるように、公爵も妻とあまり話すこともなかったのです。
 事あるごとに、あれは名声狙いの結婚だったと囁かれながら、それを相手にすることもなく、公爵は妻に構わず、日々を過ごしています。
 
 もともと情熱的な性格というより、理性と道徳に理想を置く性質だからか、恋だの、愛だのに、つきまとわれるのは、うんざりでした。
 しかし、妻のことは愛していました。
 ただ、それを、言葉や行動に出さなかっただけでした。

 やがて、もっともっと、時がたちました。
 老いて、穏やかな日々が経っていくように。

 妻はベッドに入ったままになりました。身体を悪くしたようでした。そうなっても、公爵は妻につきっきりになって看病したり、優しい言葉をかけたり、そういうことはしませんでした。いつもどおりに、彼の一日を過ごしていました。

 そのうち、本当に夫人の様子は悪化し、最期が近づいてきました。公爵はそうなって、やっと妻の部屋を訪れました。
「今のうちに何か無いか?」
「ありませんわ」
「本当か」
 感情の見られない喋り方で、公爵は尋ねました。妻の様態なんて、気にもしてないのではないか、と思われるような、口調で。

 公爵は、何の予感もなく、妻がふと挙げた手をとりました。
「だって…、もらうものはもらってきました。与えられたものは、残らず吸収しました。あなたから」
「私は、お前に何もやってない」
 妻がにこりと微笑みました。
 公爵がとった手に、妻のもう一方の手が重ねられました。
「この手が、どんなに近くにあったと思います? 伸ばせばすぐに届く位置に、いつもありました。声を掛ければ、あなたは振り向いてくれるところにいました」
「…随分、冷めた生活だったと言われるぞ、お前」
 それは、本当でした。傍目からみれば、何の接触も、夫婦のような語り合いも、愛の言葉さえも、二人の間に降りてはいませんでしたから。もう長い間。社交パーティが開かれた遠い昔は忘れられて、乾いた生活でしたから。

 愛している、の一言さえ、口に出す機会はありませんでした。

「私、愛していましたわ…」
 そう言って、息を静かにひきとった妻を眺めながらも、公爵の唇は、固く動きませんでした。
 

 召使達が、奥様のお葬式の支度を、と公爵を急かします。立派にそれは行われました。そうしても、公爵は相変わらずでした。まるで、悲しんでさえないようにみえました。

 
 あくる日が来ると、家の者は公爵がいないことに気がつきました。彼は消えていました。自室に、書き置きがありました。

 召使は、それを手にとって、眺めて、驚いてテーブルに戻しました。確かに公爵の筆跡でした。読みかけたのを途中で止めて、紙切れをぱっとはなしたのは、それが書き置きではなかったからでした。
 恥ずかしいほど熱い、恋文(ラブレター)が綴りかけでした。
 狂おしいほど想いが込められていました。表にも裏にもびっしりと、書き殴るように。


 最後が、途切れていました。「私は君を……。