My dear...
                      十二夜



1. 

 私は人形だった。私だけではない、私のまわりにいるのは皆そうだった。人形師は、毎夜一生懸命私達の兄弟姉妹をつくっていた。それが彼の仕事だったのだ。彼は稀代の芸術家で彫刻家だった。彼のつくった人形は特別で、何も知らないひとなら肩を叩いたり、声をかけてしまいそうになる、普通の人間と見分けがつかなかったりするのだ。

 初めは精巧な人形だともてはやされただけだったが、まもなく、それだけではすまなくなった。彼はある日、見知らぬ人々に話をもちかけられ、あやしい仕事を引き受けるのを承知してしまった。一体の人形をつくってくれ、と頼まれ人形師はその通りに人形をつくった。見知らぬ人々はその出来に満足し、たくさんの金貨を人形師に渡すと消えるようにどこかへ去って行った。

 それから、人形師の生活は変わった。人形の生活も変わった。人形師の請け負った仕事は私達人形を人間であるかのようにつくりあげることだった。依頼者はいつも青い顔をしているか何かにやついて企んでそうな顔をしている。人形師は依頼を受けると、私達の顔を、身体を造りなおした、たいていは依頼者に似せられる。

依頼者が感嘆の悲鳴をあげたりする、「すばらしい、これこそ芸術ですよ。それにまったく人間のようだ」と。そうして依頼者そっくりに造られ、蝋をぬられた人形は、その依頼者の生きている場所に送り込まれ、そのひとの代わりに毒を飲まされ、または剣を突き立てられ、ばたと倒れる。それが私達の使命。私達の仕事。人間は私達が動かなくなったのを見るだけで満足するのだそうだ。生き長らえた人達が、その後どうしているかは知らない。私達の仕事は、彼らの代わりに死ぬこと、それだけで終わりだったから。

 うまくいった報酬に人形師は両手で掴み取れないほどの金貨をもらう。けれど、彼は悪いひとではないと思う。ほとんどの人形は使命が終わると彼の手の中に戻ってくる、なかにはお墓まで運ばれていって戻ってこれなくなった娘もいるけれど。皆、人形師が好きだし、彼のそばにいるのが一番だと思っている。身体に穴を開けて戻ってきた娘にはちゃんと手当てをしてくれるし、それよりひどい目にあった娘もひとりひとり丁寧に診てくれる。私達は段になった木の板の上に自分の場所をもっていた。ものすごい数の私の兄弟姉妹が腰をおろしている。皆、前を向き、足をぶらんぶらんさせていたりする。

 人形師はよく私達皆が見える場所に立って私達に語りかけた。人形師はいつも私達に決して心をもってはいけないよ、と言い聞かせた。何故、人間がもっているものを私達がもってはいけないのかは、教えてもらえなかった。けれど人形師の言葉は私たちにとって絶対だったから、私達は口答えせず、じっと戸棚の中の決められた場所に座って、次の使命を待っている。


2.

 私にも使命を与えられる日がやって来た。人形師が私を抱かえた。金髪のお嬢さんみたい、目はぱっちりとした青、身体は細く、足は折れそうなくらい貧弱に、出来上がると依頼者からやはり感嘆のため息がもれた。
「これはすばらしい。うちのお嬢様そっくりだ」
「髪はこれくらいですか?」
「ええ、それくらい……。でも、腰はもうちょっと細いですかな」
「少し締めましょうか。これくらい」
「いい出来ですね。これなら誰にも分かりませんよ」
「出来上がりです。どうぞ、お持ち帰り下さい」
 そうして、私は人形師のそばを離れることになった。

 私は今の私そっくりなひとを見た。ほんとうに似ていた。
「これがその人形ですか」
「そうです。とある人形師につくらせました」
「とても人形とは思えないですね」
「感激してばかりはいられません。いつ暗殺者がお屋敷に来るかわかりませんから。お嬢様は地下の小部屋に行かなければなりませんよ。この人形はお嬢様のお部屋に運びましょう、さあはやくしましょう、危険はすぐそこに迫っているかもしれません」
 私に似たひとは階段をおりていった、私は二階に運ばれていった。テーブルの前の椅子に座らされ、手には万年筆を持たされた。まもなくひとりにされた。執事かなにかはあわただしく準備を整えると主の様子を見に行ったようだった。
 静かになると私は人形師のことを思い出した。彼は私達にこう言うのだった。人間を見てくるといいよ、きっと面白いから。兄弟姉妹からも聞いた事があった。そんなにいいものなのだろうか。さっきのひとたちは私はなんとも思わなかったけれども。それよりも、やがて来るだろう瞬間のほうが私には大事なような気がした。
 長い時間が経ったようだった。銃声がした。外からガラス窓を破って一発の弾丸が飛び込んできて、私の胸に刺さった。私は時期を見計らって、椅子から転げ落ちた、うつ伏せに。
 たくさんのひとが部屋に駆け込んできた。皆泣いているか、精神を混乱させていた。そうしたところに執事が人々の間を掻き分けてやってきて、私の脈を取った。
「……残念なことです」
 もっともらしく言うと、私を素早く抱き上げ、階下へと連れ出してくれた。
 私は数日で人形師のもとへ帰ることができた。普通は一二週間かかるものなのだが、私の場合はたった三日だった。胴体に開いた小さな穴もすっかり繕ってもらって、私はご機嫌だった。人形師は三日目に戻ってきた私をこう言って迎えてくれた。
「お前も無事に帰ってきたね。おかえり。調子はどうだったかい。うまく演じられたかい。無茶はするんじゃないよ。人間はお前の目にどう映っただろう、つまらなく思ったかい、うらやましく思ったかい、……でも、心だけは持つものじゃないよ」


 使命が終わると皆が待つ場所へ私も戻される。
「やあ、我が姉妹、調子はどうだい」
 隣のふとっちょが話しかけてきた。
「僕は昨日帰ってきたばっかりさ。ひどい目にあったよ。奴は詐欺師なのさ。僕を使って一儲けしようと企んでいてね、まずぼくを自分の双子の兄弟と偽るんだ、向こうが兄貴でこっちが弟なんだとね。そらそっくりだし、皆うなずくよ。そして、弟は口が聞けないと告げるんだ。詐欺師は急に辛そうな声で街行く人々に訴えかける、憐れみを買おうとしてね、弟がこうなってしまったのには実は大変不幸な出来事がありまして……とね、その詐欺師のほら話のうまいことといったら君にも聞かせてやりたかったよ。彼は路地の交通を止めてしまったんだ、彼と僕のまわりには大きな人ごみができてね、皆ハンカチを握り締めて、こちらには滑稽な光景だったけれど、あちらは本気で僕を家庭の大きな不幸で口がきけなくなってしまった詐欺師の弟だと思い込んでしまったみたいだったよ。
 詐欺師はそっと懐から小さな皮袋を取り出すと、すぐにそれが銅貨でいっぱいになっていくのを顔を覆った手の下からにやつきながら見ていたものさ。うまい手だね。それを日に場所を変えて十数回繰り返してたんだ。面白い男だったよ、酒場に僕を連れて行ってね、僕のことを相棒と呼んでた。
 でも、ある日とうとうその手口がばれて詐欺師は捕まってしまった。僕は酒場に置き去りにされた。僕はあそこは嫌いだよ、だって臭いがすごいんだもん、酔っ払いってほんと嫌だね。僕はあいつらのせいで手も足も使いものにならなくなったし、酒臭くなっちゃったよ、人形師のおじさんになんとかしてもらったけどね。まったく、もう懲り懲りだよ」
「それは大変だったわね。楽しくはなかったの?」
「それなりにね。詐欺師はけっこういい奴だったよ。僕の扱いも丁寧だったしね。君のほうはどうなんだい」
「私はしばらくはどこにもいかないわ。この前行ったところは数日間だけだった。どこかのお嬢さんのところだったわ」
「バァンって打たれてコロッと転ぶやつかい」
「そんなところね。私はうまく演ったわ、いかにも自然に、軽くね」
「お腹は大丈夫だったのかい。ほら、それって穴が開いちゃうんじゃないか」
「ほんの小さいのがね。でも、人形師に直してもらったし、今じゃもう分かりっこないわ」
「僕は明日にはまたどこかに送られると思うよ。今はふとっちょだけど、つくり直されて立派になるかもしれない」
「この前は素敵だったと思うわ。貴族の子弟じゃなかったかしら」
「あの時はつまらなかったよ。ずっと座ってるだけ、あいつの夜遊びの身代わりなんだよ」
「また会えるといいわね」
「戻って来るさ。相手が乱暴者じゃないといいけどね。もうばらばらにはなりたくないよ」
 人形師の手が戸棚にかかったので、私達はそこで会話を終わらせた。


3.

 あまり仕事を命じられないので、いろいろなひとが人形師のところにやってくるのを私は上から眺めている。人形師はどんなひとにも公正だ、たとえ相手が泥棒であっても、大富豪であっても。毎日たくさんの人形が出て行って、たくさんの人形が帰ってくる。皆決まった名前は持ってないのだけれども、人形師はそれでもひとりひとりの見分けがついて、お決まりの場所に戻してくれる。顔や身体つきは仕事の度に変わるから、人形師は覚えられなくなりそうなものだけれど、決して忘れない。私は間違えられたことはなかったし、そういう話も聞いた事がない。毎日毎日依頼人は途切れることはなく、人形師は休むひまなく私達をつくり、つくり直す。見ているだけで忙しい。
「もっと、もっと。髪は栗色です」
「目は細くしてもらえませんか」
「足は彼女のチャームポイントなんです」
「唇はこんなもんか」
 依頼者からさまざまな注文が飛び交い、人形師はそれに丁寧に応えていく。
「腰はできるだけ締めたほうがいいと思いません?」
「まつ毛は長くしといて下さい」
 客のわがままにも人形師は嫌味ひとつ吐かず、仕事を続ける。まったく大変な仕事だと思う。依頼人がすべて帰った後はほんとうにほっとする。私達と人形師だけがいて、……というのも私達の住む戸棚の下が彼の仕事場なのだ、そういう時間はたいてい真夜中くらいだが、それが人形達の一番楽しみな時間にもなっている。人形師が私達に語りかける時間でもある。自分の背丈よりも上方を首を大きく曲げて見上げて、「お前達」と、お得意の説教を始めたり、ときにはひとりひとりのよいところをほめたりする。私達は反応を返すことはなかったかもしれないがそれを非常にうれしく、心地よく思っていたものだった。人形師がこくりこくりと居眠りをし始める、彼の日常はこれで一日分が終わる、手は相変わらず、人形をいろっているままだったが。