ルーシェンワートの魔法使い


 



 ----魔法を掛けてあげよう。






 それは、遠い昔、ある人と話した時の記憶だ。
 ……あんにゃろ、僻地へ追いやりやがって。いやいや、その気になればどこへでも行けたし、100年の刑も自在に年数を変えられたはずだった。あんにゃろ、わざわざ檻に入れずいつでも逃げられるよう放置しやがって。どこか小馬鹿にした奴の瞳は38年経った今も覚えている。
 汝、改心するか?、とか。
 汝、罪を償うか、とか、偽善的な言葉はついぞ吐かず笑いをこらえたかのような怖い微笑みを向けて、『刑期100年。ルーシェンワート王国を危機から救い、幸せにするように』
 あ……ん?と開いた口が塞がらなくなった。
 そりゃ、俺がこの前滅ぼした国だ。ぼろぼろに、そこら辺の国と一緒についでに踏み荒らした国だ。名前を覚えていたのは、自国の名をしつこく名乗りながら追いかけてきた勇者一名、ノイローゼになりそうなほどストーカーされたからだ。あのタイプは自意識と勘違いの正義感が強くて困る。うるさいのなんのって、いつも辟易していた。お前の他にも、こちらは山ほど勇者の相手してるっていうのに、自分だけが世界を救う救世主っていう顔して、はりきりやがる。『私はルーシェンワートの勇者、第二王子、オートゥ。いざ、勝負願おう、世界の敵め、悪の魔王!』
 ……なあ、聞いてるか。それを他の国の勇者と魔王が取り込み中に言うか? 人の剣をわざわざ止めて、横入りするか? 信じられないという顔で、注目を浴びて、お前、国の恥になってるぞ。しかたなく仲間に入れてやると、功を独り占めしようと、汚い手に出始めるし。
 あの頃の俺は若造で、ぷつんと、この若者を踏みつぶしてしまった。軽く一ひねり。しぃんと、他の勇者達が青くなって、熱気がとたん冷めていくのが分かる。誰だって、同じ様になりたくないものな。とりあえず退散と散らばって逃げていく。
 ……よりによって、そんな国に縛られてしまうとは。それも100年。嫌がらせ、それとも綺麗な言葉で表せば、『償い』と言ってくれればよいのに、あんにゃろ、うまくごまかして、笑っていやがった。俺に全部押しつけて、任せやがった。どうなってもしらないからな。この「魔王」に、命令したこと後悔させてやる。

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 ……分かりますか。神よ。ルーシェンワートの城の屋上から独り言と愚痴を込めて。38年経ちました。あと、62年。最初の最初、ぼろく崩れ落ちた宮殿の柱と柱の間から発見された魔法使いは、必死こいて、隣の国の火事場泥棒まがいの侵入を防いだり、やっぱり第二王子に似ている第一王子を苦労して王位継承者として育てて、心労で早く楽になりたい王を安心させたり、……あっと言う間にルーシェンワートになくてならない人材になりました。というか、面倒事は全部俺のところに来ます。どういう国ですか、ここは。魔王に荒らされた領土を救うために、10年、視野を広げて周りの国々との関係に10年、安定と平和に10と8年、本当ならくたくたで横になってもいい頃合いなのに、俺には後62年の刑期が残ってる。先に国王は、安らかな顔をしていってしまった。第一王子も、何とかよさげに統治してくれているし、俺ももう休んでもいいんじゃないかと、思いそうになる。そんな心地良い眠気誘う風が顔をなでる、ルーシェンワート王国の午後。
 ……聞いてる? 神様よ? 赴任先変えろ、とか、刑期もっと短くしろ、とかそういうことを俺は言いたいわけじゃない。俺はここがううん好きとか見守りたいとかああ言わせるな。もう俺に関わるな。一つだけ愚痴りたいだけだ。最初にルーシェンワートに俺を落とした時に、胸にださい名札のような白い紙をはさんだセンスを、恨んでいるだけだ。神が魔王に命名?ふざけるな。
 シャイン・ブライト……はっきりとでかでか、刻まれたその文字は、ルーシェンワートを延々100年に渡って守る魔法使いの名前になった。シャイン、と呼ばれるたびに、首筋がぞくぞくして、似合わないなと感じさせられる。ひどい名前。特に正義面がまずい。神様よ、お前に唯一感謝していることは、俺の以前の美貌と不老不死の力をそのまま残してくれたことだ。俺は、ルーシェンワートの年齢不詳の美形魔法使い。主に若作りの王国見守り屋。後62年、このデータは変わりそうもない。
 


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「嘘っそー。シャイン禿げあんのー。初めて出たわね、その噂。そうよね、そんな歳よね、魔法使いでも」
「しっ。王女、お声が高いです。もしあの方に知れたらどうなるやら」
 びくびく左右を伺っているのは、姫のお付きで、本気で怯えている。
「いいのよ。それくらいで怒っていては、本当に禿げ上がるから。我が国筆頭の美形だけど、どうみても歳はきっついとこいってるわよ」
 遠慮無い王女の言葉は、何とか黙らせようと構えているお付きの努力を台無しにしている。彼ももはや、お手上げと言わんばかりに、頬を引きつらせている。やばい。魔法使い様とこんなところ出くわしたりしたら。涼しい顔をしている王女は、対称的に、シャインが来たらいいのに、と呟いている。やめてくれ。

「我が国に来てから38年でしょ? 容姿が全然変わらないなんて、魔法でどうせごまかしてるんでしょう。17歳だったとしても55歳。もうよぼよぼよ。案外無理していたりして。一体何歳まで現役で頑張るやら」
「あと62年ほど」
「へ……」
 腕首を握られ、ちょい上に持ち上げられる。視線を誘導されて見上げた先には、シャインの細い瞳があった。長い黒髪は艶やかに惜しげもなく腰あたりまで伸ばされている。最初に目を奪われるのはその髪で、次に端正な顔つきに息を呑まされる。冷たげな美貌。綺麗な男で、ちょっと魔法使いなどというあやしげな職に置いておくには惜しい。彼のせいで、ルーシェンワートとその近隣の王子様達が美形という形容詞を被り損ねてじたんだ踏んでいるらしい。

「なぁに100年もこの国に居座るつもりなの!?」
「そのつもりですが」
「カツラなんでしょ、その黒髪。前から怪しいと思っていたのよ」
「あんたも早く嫁に行け、ミィファン王女」
 髪をひっぱられそうになったシャインが、ポカと優しく姫君の頭をこつく。この娘は、今の王……昔第一王子としてシャインが非常に苦労して育てた男の孫娘にあたる。
 いたずらっ子で困る。「子」という歳は過ぎ去ってしまっているのだが、あえて、子という単語を使いたい。ここらの王国間の基準でいえば、20過ぎて貰い手なくなるだろうがっ!早く適当な王子捕まえて来やがれ!な王女なのだが、ずっと手元にあったからか、シャインから見ればまだ子供。ヒステリー女してても、まだまだ小さい。
 根元から髪を網のように乱暴に掴まれて、さすがに、シャインが、ぐ、と言葉を漏らす。禿げを気にして、などという噂とは全く関係なかったが、単純に痛いのだ。
「じいさん」
「うるさいっ。ミィファン王女、今年中に嫁いでもらいますよ。各国ストック少なくなってるみたいなのに、注文これ以上つけないでください。ね」
 最後の単語に重みを込めて、シャインが低く喋った。王女達の相手選びまで、数十年前降って沸いた魔法使い任せ。まったく、この国は……。
「やだ、いかないわ」
「今なら、里帰りに便利な隣国の第一王子がまだ残ってる。それが嫌なら、倍率高いけれどシェンダ王国の第三王子を特別に何とかしてやってもいい。いいから、どっか嫁げ」
「やーだっ。私の自由でしょ」
「迷惑だ」
「禿げ禿げ」
 これが20の娘の言葉かと思うと、シャインはどっと疲れを感じた。たいそう苦労して育てた王女の一人であったと思う。
 結果。……いたずらっ子。全然嫁いでいってくれない。報われてない……。

 ああ。ひどい。俺のこれまで38年間、何だったのかな、とさえ振り返りそうになる。

 でも……。

 ふと隠しきれない笑顔が浮かぶ。38年間の総決算は本当言うと、こっちの笑い顔だ。
 分かってて言えない。
 悔しいからだ。
 
 シャイン・ブライト、明るい輝き……ひっでぇ名前。黒髪の魔法使いはぼやく。 
 行き遅れ気味の姫君を後ろから羽交い締めしながら、きゅっと抱き締める。
「それとも私が気になって嫁げませんか?」
 低く、そっと焦らしながら、囁く。
 紅く染まった王女の耳に、くっくっと、人の悪い笑いが続く。
 暴れ始めて、おっと、シャインは更にミィファン王女の身体を締めていく。
 皆、大好きだ……。
 しまった、とシャインは心を閉じる。
 温かさというやつ。
 馬鹿やろう。
 シャインは、沸騰寸前の王女をくわばらくわばらと離して、上の部屋へと逃げていった。

 
 やられた。もうだいぶ昔から薄々知っていた事実だ。
 告白すると、……ルーシェンワートを嫌いでない自分がいる。
 それどころか、もっとここに居たい。ここは俺の国。俺が立て直した国。もう三世代も見守ってきたんだ、と。
 最初はグチグチと運命恨みながら歩んできたものだったが、だんだん楽しくなってきた。
 夢中で、この国を抱き締めて、愛してきたのだった。
 途中でそれに気がついたとき、ちっ、と悔しげな舌打ちが自然と出た。
 ……改心したか。
 ……良いことをしているか。
 そんな神の言葉を聞かなくても、自然と奴の思うとおりになっているような気がして。
 もう知るか、お前の思惑など。
 -----100年の刑の宣告。
 俺はとうに、やめるつもりなどない。今はどこか、いやらしくせこい場所からこちらを覗いている貴様へ。

「シャイン様、国王がまた面倒事抱え込んでるらしいですよ。ちょっと来てください」
「え……」
 いつもの困り顔。いつものパターン。頼られ押しつけられるルーシェンワートの人と問題。

 ったく。
 
 変わらない黒の美貌が、静かに笑顔を見せる。

 
 ……俺は幸せだ。

 
 

神よ、聞いているか……? 俺はルーシェンワートの魔法使い。明るく輝くこの国の守り手。




end