| 天界童話 Aの姫がBの王子と結ばれ、CとDという子供を産むならば、「彼等」は運命というシステムが作動して、愛し憎しみ合うことになる。 その「彼等」が親である二人を指すのか、子供達を指すのか定かではないが、確かにその世界を担当する神が大切にしている書物には、事細かに「それ」について記されていた。神がふと席を外した隙に覗き見たのだ。 Aの姫がBの王子と出会うのは、必然的なものらしかった。否、「強制された」必然だった。 これは自然に起こる見込みがなければ、歴史がどこかで意図的にその場を捻出するようできていて、まるで悪意のようにしつこく、AとBの出会いは成功するまで試みられる仕組みであった。 もしかすると王子と王女が、二人が一緒になれたのは運命だ、なんて感激したその裏では、何か薄暗い生き物のような歴史のうごめきが息を殺して待ちかまえていたのかもしれない。気がつかない二人はただゆっくりと幸せに愛し合うのみで、慈悲なく予定されている未来について知るよしもない。 自然だったものが不自然に映り出す、歴史の作為を目にするようで嫌悪感が湧くが、書物はさらに語っていた。たとえCとDが産まれないよう、あらゆる妨害工作がとられたとしても、経験豊富な歴史は持ちうる手練手管の限りをつくして、AとBの血がその身体に流れたCとDが世に出るはからいをするらしかった。その際、Aの姫やBの王子が犠牲になったとしても、歴史はCとDを優先する、と。 ……ということは「彼等」とは、親ではなく子の彼等。ではCとDこそが歴史が狙う、愛し憎しみ合うよう運命づけられた者達なのか。その問いかけに答えを出す時間はなかった。神がもとの座に帰ってきたので、そっと書物を戻した。 ああ、と漏らしかけた声を無理やり潰し殺した。 神は嗤っている。 + その声がこだまして、私の嘆きは怒りに変わりました。何がおかしいのでしょう。 間違ったものを見る目で、私は神を凝視しました。 いつも正しく。 いつも公正であり。 全てにおいて尊く慈悲深い、絶対的な「あなた」。 少なくとも、私はそう信じ、恋い焦がれるような思いであなたを慕い続けてきたのに。 はははと、まるで人間のように肉感的に嗤う神は、狂ったかに神々しさを欠いていました。ぼろぼろと、持てるものを吐き出すように、大きく口腔を振動させる姿は、醜くおぞましいものでした。 私の前で、あなたは神という階段を全段不器用に転がり落ちていきました。 まるで人間のように、です。 はっと、しました。 あなたは私が書物を覗いたことを知って嗤ったのです。私の前にページを折った跡がありました。きっとあなたがつけた跡なのでしょう。誘われるように私もそのページを開いてしまいました。 ----Aの姫がBの王子と結ばれ、CとDという子供を産むならば、「彼等」は運命というシステムが作動して、愛し憎しみ合うことになる。 私たちにこの話が関係あるとでも……? くっ……運命なんて。 私とあなたは女でも男でもないのです。当然、人間など遠い存在で運命さえ手を触れられない存在であるはずなのです。神がそんな、つたないものに、捕らわれますか? ひとであるまいし。 恋う、ことはあるでしょう。私も、歯止めがきかぬほど、恋うていました。これが女ならば、さぞかししつこくも執念深い怖い女だったでしょう。誰にも譲りたくない、いいや誰をも許さないでしょう、あなたを奪うとするならば行って害してしまうでしょう。 熱が灯るように、あなたのことを考えます。いつも隣にいたいだとか、狂おしい想いを伝えられたらとか、ひとのするように愛するのでした。 ですから、あなたは私のもの。声に出すことはなくとも、それは私の恋うた心が辿りつく当然のかたちでした。……独占欲というのでしょうか、不思議な色の炎が静かにときに狂ったように私の中で燃えていました。 私は神の傍から書物を奪い、必死であのページを開きました。あなたは阻もうとしたのか、後ろから私の身体を両手で押し掴みました。書物に触れる手に、あなたの手が重なります。ページをめくろうと動く指に、乱暴に閉じようとする指の圧力がかかります。あなたの身体は私を覆うように包み、離す気はないようでした。いつしか私たちは、書物の綴じ紐がほどけ各ページがばらばらに散乱してしまうほど、激しく争っていました。あなたの手が触れる度に、愛しさと、怒れてくるものが、交互に私に襲ってきました。 いいや、信じやすまい。そんな話。物語でしょう。 では、あなたが何を私から隠そうとするのか。何故に荒々しく遮ろうとするのか。 まだ、あなたの手は私のもとにありました。 それはもはや神の所行ではありませんでした。必死でした。乱暴でした。幼稚でした。まるで人間のように、戸惑いながら墜ちていくさまでしたから。 感じてはならない「匂い」。 そこで気付いたことは「禁断」でした。 背後のあなたを「感じながら」私とあなたには同じ血が流れている、人間風に言えば兄弟姉妹……であることを確信しました。 あなたがむきになればなるほど、書物の真実味は増しました。 ……ああ。 私たちはどこかでAの姫がBの王子と結ばれて出来た、CとDという子なのですね。 私は取り乱しました。自分勝手に、己が感情のまま、あなたを振りほどこうとしました。 私を全て否定されたような、裏切られた気がしましたから。あなたを愛していましたから……。肉親に向けるには過度に性的な愛でした。 あなたは、知っていて、書物の中の事実を見せることを拒んだのですね。ひどい……。 もしかすると、私の想いまで知っていたのでしょうか。恥じるように私は顔を赤らめあなたを恨みました。 だから嘲笑ったのでしょうか。……愚かにも恋うた私を。ああ、……なんという。 私の口から、あなたを罵る言葉が出ました。憎み、呪い、裏切ることをその場で誓いました。背後のあなたへ向けた、直情的な挑戦でした。 一緒にはもう居られません。 その時、あなたの取った行動は、神と人と悪魔、何人をも超越して……いました。 恋うたのです。 ちゃんと、私にも分かるよう、あなたの身体は震えました。 私は思いました、……ああ、あなたをこれ以上墜としてはならない、と。神の本心など、見るものではないのです……。 まるで人間のように、あなたは戸惑いながら、苦しみながら、墜ちていくのです。私に凍えそうに固く口づける時もそうでした。罪の味はそう甘くはありません。一度も好きだと言ってくれなかったではありませんか。そのそぶりさえ全く、私は、私は……。声をあげて嗚咽しました。 本を奪おうとしたのは、私に知って欲しくないが為。 荒々しく争ったのは、あなたの本心の為。 私を愛してくれたのでしょうか。 まだ、あなたの手が傍にあります。 温かいです。 ……ああ、全てを憎めば、呪ってしまえば、と叫びかける私を、大事にあなたが抱きます。 なんて、温かいのでしょう。 痛いくらいに熱いです。 やがてそれが欲望というものだと気がつきました。 あなたをこれ以上貶めてはなりますまい。私は泣きながら神のもとを離れました。 無我夢中で走って、門より飛び出した後は、文字通りずっとずっと下へと堕ちていきました。 今では、堕天使と呼ばれ、ときに悪魔と呼ばれ、あなたより背いて暮らす日々だけれど。 あなたは、まだ神という名をいただいています。それを脅かすものも私という存在だけというのだから、しれたものでしょう。 私はまだあなたを恋うているのでしょう。もうあなたと私を繋ぐものは逃げてきた時持ち出した、外側だけ残った書物のみです。天界童話と金色の文字で名打たれた表紙を、ときどき胸に押し当ててあなたの代わりに、守り抱くのです。 こうしている時だけが、あなたと………一緒に。運命にも邪魔させやしない。 end |