魔法使いはハムスター/たまにはこんなゼロ章の物語 

                                 十二夜
 

シゲミ・日記

 私ね、異世界というものは、もっとファンタジーな世界かと思ってましたよ。豪華なお城建ち並び、迷いの森や嘆きの泉へようこそという看板がそこら中に立っているというゲームばりばりの世界かと思ってましたよ。
 それが、こんな淡泊な世界とは。外、今いる一軒家以外ほとんど建物立ってませんよ。手抜き?

 というか、ファンタジーってどういうものか分かってないから、語るも何もないんだけど、とにかくカタカナね。片仮名のカッコイイ名前がずらりと並んで、王侯貴族とやたら出会うの。○○の王女やら、亡国の仇を追う王子。この人たち誇らしげに名前語っているけれど、やたら長ったらしい名前だと肩書きでしか結局覚えてもらえないのよね。
 そんなことはともかく、私、このファンタジーらしい異世界の世界に失望しましたよ。ええ、ぐちゃぐちゃ言うからにはそれなりの根拠があるのですが、というのも、突然異世界に呼ばれたんですね。それからそりゃもう大変よ、私、某高等学校の生徒ですし、学校と生活ありますし。……この異世界とかいう世界、全然時間概念狂ってて、時計ないんですよ。中世?みたいにだらーっとしてる感じ。
 真面目に語らんかとか言われそうですが、これ私の日記ですし、読みにくかったら、他のもっと「ファンタジーファンタジー」した読み物探してみてください。
 というか、ファンタジーって、一体全体、何だっけ? 誰も答えてくれないのよねー。


 吉井重実(ふりがな:よしい しげみ)。これが、私の名前です。
 異世界に失望した女学生の名前です。
 普通現実逃避しにくるものだと思うのになー。何で、私は王子様と出会えなくて、ハムスターたった一匹としか一緒にいないのでしょう。
 かわいくてちっちゃいハムちゃんなんだけど、このハムスター実は秘密があってね。私のいた世界では、じゃんがりあん、って呼ばれてるけど、手の中でひまわりの種食べるやつ。

 私、こいつに呼び出されてしもうたのよ。
 ハ、ハムスターに異世界召還されたなんて、人に知られたら恥ずかしくていられねー。
 
「お前は私を元の姿に戻してもらうため、召還した清らな乙女だ」
 お前は、本気で言っていますか、ハムスター?
「私を見て驚いただろう」
 ええ、本当に。そのちょっと低「いかつい」声は似合いませんとも。
「これでも、宮廷魔法使い。悪い魔女に呪いをかけられて今ではこんな情けない姿だ。先日までは、部下のトリフィニーがいてくれたから良かったものの、彼もまた魔女の毒牙にかかり、行方も分からぬ身。私一人犠牲になるなら耐えようかと思ったが、そうもいかぬようになった。私は、魔女を討つ。そのためにも、私は元の姿に戻らねばならない。少女よ、協力してくれるな」
 これって、首を縦に振らないと物語が進まないとか、ですか。ハムスターに見つめられてるんですけど。私は、納得いかないまま、うん、と返事した。
「良かった」
 満足したかのような表情のハムスター。鼻とおヒゲがぴくぴくと動いて、見ていて非常にラブリーキュート。
「私の名を教えておこう。モンセラートだ」
 そう名乗られても、私はハムスターって呼び続けますけどね。
「吉井重実です」
「シゲミ?」
「吉井さん、って呼んでください」
「私はあやしい者ではないぞ」
 その格好で言われても……。そうこうするうちに、ハムスターは教えたいことがある、と独りよがりで勝手な展開に持ち込み、私を別の部屋に案内した。

 まあ、切実らしいので私に呪いが解けるなら解いてあげたいけど。
 

 +++

 モンセラート・回想

 えらいものを召還してしまったものだ。「あれ」は私を見下ろしていたが、いきなりしゃがみこんで私を手に取るやいなや、こねくり返して、触り始めた。
「超カワイー」
 古っ、とか自分で突っ込みながら、きゃあのきゃあのしばらく騒いでいた。ラブリーかも、とかも呟いていたな。初めて聞いた異世界語だ。意味が分からないということは幸せだとも聞く。耳障りこの上ないから、無視しておこう。
 シゲミ(と私は呼ばせてもらおうと思っている)は、本当はいい娘なのだと思うが、どうも合いそうにない。私が元の姿に戻ったら、すぐに彼女の世界に送り返してあげよう。
 
 問題は、魔女リリィシェンヌだな。あやつは手強い。世界があやつの手に落ちるかと思うと、一刻も早くシゲミに戻してもらわなくては、と思う。
 
 清らな乙女に一つキスしてもらえば、呪いなぞすぐに解けるはずなのだが、シゲミに、丁寧に説明しながら頼んでみると、固く断られてしまった。
 
 何が、安売りはしませんので、だ。
 ファースト・キスを、この宮廷に美男とうたわれしモンセラートと交わせれば、天に昇るかのごとく幸せ、と考える都乙女はたくさんいるのだぞ? まあ、シゲミには分からないだろうが。私の本当の姿を知ったときの、シゲミの驚き振りを想像するとなかなか面白い。自分で言うのもなんだが、そこらの王子を軽く超越しているぞ。覚えていろよ、何が何でも呪いは解いてもらう。


 シゲミ・日記

 ハムスターにストーカーされてます。
 マジですか? これ、大の男の取ってる行動だったら格好悪いなー。キスで魔法が解ける、って、おとぎばなしの決まりごとで、一見とってもロマンチックなんだけど、私ファースト・キスをハムスターに捧げるにはちょいと性格が素直じゃありません。人間じゃないし、って言われるでしょうが、あれ!キスしたら人間に戻るんですよ! 見事に私のファースト・キスは奪われてしまうことになるのです。許せません。
 本人談によると、格好いい美形の魔法使いらしいんだけど、もし違ったら私の一生のトラウマになるんですよ。
 分かってるわよ。分かってるけど。
 もう少し時間をください。モンセラートと長いこと話してみた。なんというか、この人、結構自惚れ深くって、真面目ね。
 身長180センチ、痩せ形、美男、貴族系という、本人の自己アピールを考えてみる。お見合いの条件みたいだ。
 あのね。こっちだって、美形だったら惚れるってもんじゃないのよ! 
 キスする、しないはこちらに権利があるのです。


 モンセラート・回想

 ストーカーって何だ? 良い言葉ではないのは分かるのだが。
 シゲミの阿呆、私を高い場所に置いて隔離、と来た。落ちて死んだら洒落にもならない。数時間戸棚の上で私は震えていた。怖かったのではない、シゲミに怒っていたのだと思う。
 上から呼びかけてみたが、返事はない。
「私がそんなに嫌か」
「嫌じゃないけど、いろいろ乙女にも事情はあるのよ」
「私を戻せば、お前のいた世界にも返してやれるのに。こんなつまらない場所では思い出にもならぬだろうし、私も早く魔女の後を追いたいし」
「あー、異世界ってもっとイイ世界だと思ってた」
「無茶、言うな。お前はこの世界の一部も見ていないだろう。物語で言えば、書物の第一章も始まっていないところだぞ」
「私は、どうせ、第一章が始まる前に、現実の世界に送り返されるからいいのです。モンセラート、……キスして欲しい?」
「……ぐっ」

 この小娘。小娘。
 生意気で、自分の口から、キスしてほしいとは到底言えなかった。



 シゲミ・日記

 本当は、あと少し経ったら、モンセラートにキスしてあげようと思うの。
 意地悪になっちゃったけど、あれ、からかいたくなるのが人間だと思う。ハムスターだからっていうわけじゃなく、可愛い。
 ふさふさのちょびっとした尻尾を触ると、ぴく、と反応して嫌がるさまとか、人間のモンセラートを想像して、くすっと笑えた。
 宮廷魔法使いの頃の、えらい業績とかも聞きましたよ。誇らしげね、おヒゲ動かしながら興奮して話す様子はそりゃもう得意げで。
 聞いてると、結構すごい魔法使いなんじゃないかと思えてきた。宮廷魔法使いなんだから当然かもしれないけれど、魔女の邪策から何度も国を救ったり、国の魔法防壁の要であったりした、と聞いた。
 それって、今ここにハムスターとして存在するの、すごくまずいんじゃ……。
 部下のトリフィニーと、呪いの解き方を密かに研究するために、人気のない森の奥にわざと籠もったんですって。けれども、解決方法が分かった直後、相方のトリフィニーも呪いをかけられて行方不明。
 モンセラート、軽口も言って明るく振る舞おうとしてるけれども、私を呼び出したのって、本当に必死だったんだ。部下も失って、魔女に国を危機に晒されることを危ぶんで、真面目に悩んでたんだ。だから、清らな乙女に早く呪いを解いてもらいたくてしょうがなかったんだ。
 からかわなきゃよかった。
 身体触りたくって、遊ばなきゃよかった。
 ハムスターって、言わなきゃよかった。

 モンセラート、今、キスしてあげるね。なんか、膝の上で眠ってるけど。
 目、細くて長いのかな。人間になったらどんななんだろう。
 どっちにしたってかわいい。
 いろいろ言い合って、けんかみたいにしてたけど。
 私、もうすぐ帰らなきゃならないんだろうけど。
 あなたがちょっと、好きになっちゃった……。

 だから、キスします。
 ファースト・キスだからね。 チュッ、とKissing...


+++

 杖を握ったモンセラートに、シゲミはホウキで対抗する。やる気か?と、むっと表情を固くする魔法使いに、女学生は冷たい言葉を浴びせた。
「この詐欺師っ!」
「だっ、誰が詐欺師だというのだ。このモンセラート・エルフィニ、嘘はついた覚えはない。一体どの辺りが問題か、しかと教えてくれはしないか。シゲミ」
 呪いがとけて現れ出たる男は、なるほど身長高き美麗な魔法使い。多少、ナルシー入ってそうな気もあるが、自身で言うほどのことはある。目立つ派手な長い金髪に、緋色の瞳、妖しげなフェロモンでも出してそうな大人の男性、シゲミの言葉にムッとしたのも頷ける。

「こんなんじゃ……」
 モンセラートには分からん、とシゲミは思った。
 予想を軽く上回る美形魔法使い。下世話に言うと、「美形過ぎた」場合。
 これに完璧釣り合わんと思ってしまった女学生の悲しい気持ちなど理解できないだろう。
「シゲミ」
「可愛くないわね。乙女の尊い犠牲で元の人間に戻れたんだから、ちゃっちゃと、私も元の世界に戻してよ」
「それは簡単なのだが」
 モンセラートが近づいてくると、シゲミも一歩後ろにさがった。
 いかにも、警戒してますというように、瞳は冷たい。

「ああ、すまん。すまなかった」
「……? どうしたのよ」
 額を抑えたり、目元をぎゅっとつまんだりしながら、モンセラートは言葉を溜めていた。いや、言ったほうがいいのか、ここで止まったほうがいいのか。
「この世界も捨てたもんじゃない、とシゲミに紹介してみたい。ここで返してもいいが、それでは、変なハムスターに召還されたあげく、ファースト・キスを捧げて、用済みとばかりに元世界に返されたという、心の傷になってしまう」
「よく分かってるじゃない」
「そういうこと、じゃなくてだな。……シゲミ、もう一回、キスしてもいいものかな」
「は?」
 ぽか、と開きかけた口に、魔法使いの呪文。
 好き、なんて詠唱ありましたっけ……?

「まったく、魔女の呪いも罪つくりな」
「それって、告白なの?」
 無愛想を装おうとして照れるモンセラートは何だか子供みたいだ。仕方がない、というような顔をしている。
「実はな、良心の呵責を感じつつ、シゲミが良いと言ってくれたら、都に行ってみないかと。それほど失望をさせない場所と思っている。魔女の件もあるしな。………ぅ」
 喜んだシゲミがモンセラートに飛びついた瞬間。
 めでたい、大団円。
「……っ、こらっ」
 赤くなった魔法使いは、至近距離につかまえた少女にキスをふらせた。
 一応人間語も喋ります。魔法も使えます。ちょっとハムスターだった過去があるだけです。そんな魔法使いモンセラートと清らな乙女シゲミの物語は、この辺から新しい章を迎えていく……。



 +++

 ここから、第一章が始まります
 でも、ごめんなさい。この物語はここで終わってしまうのです。 

 ……という、たまにはこんなゼロ章の物語。


 おわり






→余談の0.5章