続・魔法使いはハムスター/たとえばこんな0.5章の物語(後編)
十二夜 |
0.5章 (続き)
トリフィニーさんと思われるハムスターを拾ってしまいました、すでに手のひらの中で転がし済みです。
……だって、この状況、このタイミングで見つかるハムスターなんて、トリフィニーさん以外に考えられないんですが。
可哀想にモンセラートに尽くしたあげく、忘れられて、永遠に物語に出てこないところだったんですから。
現実には、魔女を倒して、森に帰ってきてみれば干からびたハムスターが一匹見つかって……な、結末なのでしょう。
ま、そこは普通削られると思いますけどね。主人公中心に回ってると、こんな可哀想なトリフィニーさん達がきっと、いっぱいいるに違いないです。
……あ。用を足しにいった男が戻ってきましたよ。
薄情者。
私が捕まえているハムスターに気がついたようだけど、ふっと細い目で凝視しただけで、その他の反応はありませんでした。あなたそれでいいの!? コレ、多分あなたの部下だよ?
要求するように、モンセラートを眺めていたら、冷たい一言が返ってきた。
「シゲミ、そのハムスターを捨てるか渡しなさい」
ウソぅ。そんなこと言う……!?
「いいから早く」
「やだ!」
「しょうがないな」
「トリフィニーさんなんだよ!」
私は確信に満ちた声で、主張した。
回り込んでハムスターを取り上げようとするモンセラートに、後ろを取られまいと、むっとしてしゃがみこんだ。この子は私が守るんだ、ひどいじゃないモンセラート。こんなふわふわのおひげで、きちんと毛並みも揃ってる愛らしいハムスター、いくら何でも乱暴は許されない。
「じゃあ、渡しなさい」
顔の真横に差し出された手に、ぷぃと断りをいれた。渡さないもん。
「……」
「ん……?」
取り合いっこの末に、私が選んだのは……。
えいっ、もう何とでもなれ!
大判ぶるまいじゃ!
ちゅ、と、……女子高生のセカンドキスが、ハムスターの鼻のあたりに舞い落ちる。本当に、舞い落ちた……、やってしまった。に、二度もハムスターに、……悔しい私の青春を返せ!
その瞬間、爆発するように、辺りが白く薄れる。空間ごと揺らめいて、おさまったと思ったときには、目の前に、二人の男が立っていた。
て、……あの、こちらの方は?
私は怖々と、指を指しながら、まだ見知らぬ男の説明をモンセラートに求めていた。
あまり、お近づきになりたくない類の人なんですけどぉ……。
スキンヘッドに、服装というか、……じゃらじゃらと鎖を何重かに胸の辺りで交差させただけでぇ……。あと素っ裸の上半身、ぴちっと引き締まった黒皮ズボンの下半身。一言でいうと、やばい。
まさか、……違うよね? 違うと言ってね?
「申し遅れました、私、モンセラート様の部下のトリフィニーと申します。このたびは、魔女の呪いより私を解き放たってくださってありがとうございました」
いやぁぁぁぁぁぁっ。
「言い忘れたが、……トリフィニーは魔法使いというより、……屈強な戦士だぞ」
それもいやぁぁぁぁぁぁっ。
というか、あれが戦士て!誰かそこに納得のいく説明をいれてください。
それよりも、私のセカンドキスがっ……、乙女の純情がトラウマに汚れていきますよ。
ああ、ファンタジー世界なんて大嫌いだ……。
私の意識はそこで途切れた。
+++
ガチャゴチャと。
食器さわってるみたい、とぼうっと解った。
人の活動する音が耳にはいってきて、意識は戻ってきたのだなあ、と変に冷静だった。逃避していたい気分だったから目を覚ましたくはなかった。
そのうち、なめらかに泡立て器で液体を手繰る気配を感じた。金属のボールかな、あれ……。
はっ、とそこで恐ろしいことを考えた。
……もしも、現実に戻ってきているとしたら?
ここで、お母さんが、おはよう、って言いに来たら?
瞼を解放すれば、それが確定するとしたら?
夢だった、で済むんだろうか。
ごめんなさい、それは遠慮します。
私はもう少し、あの世界にいたいのよ。それはちょっとした裏舞台。
せめてあと1章。
+++
ゆっくりと、目を開いていきますと、そこには、トリフィニーさんがエプロン姿で、朝食用の卵をかき混ぜているという、衝撃的映像が流れました。
見方によれば裸エプロン(やめなさい)。もう嫌だ。
「いつも……こうなんですか」
「モンセラート様のお食事は私がつくっておりましたよ」
世の中には、家庭的であっていいものと、家庭的であってはいけないものがあると思う。
言ってる傍から、ボールからフライパンに移動。その後ろ姿はどうかと突っ込みたくなるけれども、お母さんみたいに、手際がよいトリフィニーさんを見ていると、何だかこの人は職場を間違えているんじゃないかと思った。
「へえ……」
「シゲミ様の分もありますから」
スキンヘッドでマッチョなのに、細柔らかい物腰で、何だか外見とえらく違う人だ。
そうよね。外見で判断しちゃいけないわよね。
モンセラートはというと、何だかふてくされている。せっかく部下が元に戻ったっていうのに、上司は何が面白くないのだろう。最初は、捨てておけといってたし、もしかして……。
上下関係がうまくいっていないのだろうか。
うう、ありえる話だ。
「魔女、……リリィシェンヌ」
かすかに、低く押し殺したような声で、モンセラートが呟いた。
へ、誰に向かって言ってるの?と思ったら、彼ははっきりと、目の前の部下を睨んで、その瞳には殺意が浮かんでいた。
「モンセラート様、誤解なきよう。私はトリフィニーでございます」
そうそう。信頼関係は結んでおかなくちゃ。
「そのはずはない。やつは、自分に何かあったときには、先に魔女を倒しに行け、と口うるさく言ったものだった。探したりしたら舌を噛んで死んでやる、とそれはヒステリーだったぞ。そんなやつが、大人しく助けてくれてありがとう、なんて言うものか。私を怒りもせずに」
トリフィニーさんて、随分女っぽい人なんですね。
「……くっ。……まあ、いいわ。しばしの間、騙して楽しもうと思ってたんだけど、無理のようね。お久しぶり、リリィシェンヌですわ、宮廷付き魔法使いモンセラート様。今回は早めに白旗あげてあげる。まさか、ハムスターになっても、異世界から清らな乙女を呼び出す力が残っていたなんて思ってなかったわ。私の負けよ」
「トリフィニーを返してもらおうか」
「あら、それはお断りするわ。だって、彼気に入っちゃったんですもの。気は利くし、剣と魔法に長けて役に立つんですもの。どこかの派手格好悪い美形魔法使いより、よほどましよ」
ほほほほ、と高笑いをあげる魔女。どうでもいいですが、トリフィニーさんの格好で、女言葉で喋らないでください。すごいことになってるんですが。
「悪かったな。……ここで闘うなら受けて立つぞ、リリィシェンヌ」
「残念ながら、その気はないわ」
「何故だ」
「ページが無いからよ」
あっさりと言ってのけたリリィシェンヌ。
ページって、魔女さん何言ってるんですか。ここはファンタジーですよ? そんなこと気にしなくていいはずですよ!
白けそうな私に、はあ?とかうざったそうに、魔女が尋ね返す。
「ああ、夢の中とかじゃあないから、大人しく聞いてね、お嬢ちゃん。どうして、「こういう世界」は、魔王が現れたら、都合良くそれを倒す勇者とかが現れて、闘って勝って大団円、もしくはそれ以外のオチがつく、なんていう、序章から終章まで全て揃ってる、完成された物語みたいな世界なんだと思う? 魔王が現れただけ、とか、勇者が現れただけ、とかじゃなくて、絶対何かしらの出来事が起こって、それに対しての決着が着く世界なんだと思う? あなたの世界風に言えば、面白いことが起きないはずない世界なんだと思う? おかしいわよね」
ああ、それは。……ファンタジー(意味不明)だからじゃないですか?解らないけれど。
「いいわよぉ、そういう答え。歓迎しちゃう。裏事情話しちゃうと、そういうことなのよね。よく考えてみてね。2章単品とか、6章欠損とか、……許されないのよ。迫害されちゃう。これはこれで、この世界の運命みたいなもので、常に完結に向かって動いているの。うまくまとまらない世界なんて、ぽいされちゃうわ」
そういうもの?
「あなたの世界はどうよ」
かなり不条理ですけど。ええと、スマートに完結するなんて、「ありえません」けど。それでも、人はぽいなんてできないんですけど。
「ページが無いから、だから適当に切って、次の1章に回すのよ。そうすれば、途中変なところで退かないで済むでしょ。だって、この限られたページでは、何もまとめられないもの。だから、私はモンセラートとここで闘うのやめた、っと」
魔女は投げやりに、呪文を唱え、それを美形魔法使いにぶつけた。それは見事に命中して、また彼はハムスターに逆戻り。
「今度は、強いのかけておいたから、魔法も全然使えないと思うわ」
「私、戻ります。帰してください。失望したんですけど、この世界-ファンタジー-に」
「あら、残念。都でお待ちしてあげるのに。トリフィニーと一緒に」
魔女は、本当につまらなそうな顔をしていた。せっかく、準備万端にしたのに、というような恨みがましいものも感じる。
目を覚まさせてください。今すぐ。ここから、さっさと。
何なのよ、ここは。
+++
一度だけ、ほのかに瞼を薄く開けた。
ううん、開けるんじゃなかった。気づかれた。
「……シゲミ、大丈夫?」
身を乗り出して、押し倒されそうな背丈で迫ってくる、実兄。緊張でイッちゃってて、彼の声と触れてくる腕は、大きく震えていた。
良かった、なんていう安堵の声が聞かれて、お母さんが兄の後ろから、心配させるんじゃないわよぉ、なんて姉御っぽく呟いてきた。
兄の態度だけ、ぎこちなくて、なんていうか、……不条理。
「いいか、私は、シゲミのこと……」
言わないでよ、と思った。
それは言わないお約束。
シゲミも言いません。
もう少し眠らせてください。くすぐったい……、お母さんたら、もう、私の耳元にハムちゃん持ってきたでしょ。
兄さん、もう少し、待ってね。私なりのファンタジー<幻想>に区切りをつけたら帰ってきます。そしてその時は……。
シゲミ☆交換日記その5
くすぐったい、ヒゲの感触と、生温かい毛皮の存在が、いつの間にか私を眠りから引っ張り出します。傍にいてくれたのね、とすぐ分かる小さい身体の寄せ方で、目が合うと、いつも、一番にキスしてあげます。
朝、目を覚ますと、一緒に旅している魔法使いは、ハムスターの姿に戻っています。
というか、それが毎日なのです。この前、魔女に再び呪いをかけられてからというもの、夜にはまたハムスターに戻るようになっちゃって。日課としては、彼を人間に戻すところから私の一日が始まるのです。
……あらら、シゲミさん、ちょっと変ねえ、な元気の無さですが、……だって、モンセラートがしょげてるんだもん。
(*^-^*)とか使えないよ。
「世話をかけたな」
自分の姿を確かめながら、暗い調子で棒読みのモンセラート。本当に落ち込んでるんだ……、自慢の美貌と金髪が死にそうに翳っている、どよんとして生彩を欠いている。これで何度目の朝か。私と旅を重ねた分、人間と小動物の間を彷徨っているはずだった。
「元気だしなさい」
……へ?
それは私の台詞なんですけど。モンセラート?
このシゲミさん、あなたよりはテンション高いと思うのですが。本当。
分かってる?
「シゲミらしくない」
ほら、分かってない。……モンセラートが元通りに元気になってくれないと、私、駄目だよ。
いくら、('-'*) ~~~ヾ(^∇^) (*゚ー゚) ヾ(@⌒ー⌒@)ノ ̄O ̄)ノ、使っても書けないよ……。。
これを恋というのなら、シゲミは今、目の前の沈んでいる人が好きなので、どんどん動揺していっているのです。日記が、崩壊しそうな、ほどに。
だから。だから。だから。
駄目だ、終わらない………………。
0章で終わらせておけばよかったのに。
ぷちハッピーエンドだったのに。
そこでとまれば、後味の悪い思いもせずに済んだのに。
「モンセ……、っ……」
突然、熱い口腔の営みを感じました。苦しいほどに、きつく痛い唇と唇の絡み合い、……激しいキス。
求める舌は、お互い最初、恐怖に満ちていましたが、しだいに大胆に艶やかな世界へと墜ちていきました。
今しばし、……それだけでもいい。呼吸は焦って、どんどん苦しくなっていきました。涙、こぼれてしまいそうでした、嬉しくてそれを伝えたくて。
愛しい人の名を呼びました、偽らずに。
それは、カタカナではありませんでした。日本語の、実の……兄の名でした。
「シゲミ、……重美。決着をつけよう」
ベッドの上で、這うように覆い被さって、兄が赤い顔をしている。
美しい人だ、結構意固地な人だ。真面目で、妹想いの人だ。
モンセラートは、彼なのだと、……私も分かっては逃げていた。
ああ。帰ってきたんだ、私。
大きくて線の細い身体、優しくて力強い温かみ、とても釣り合えない人、到底結ばれない人、……赦されないから。
「決心した。重美のファースト・キスだけで我慢しておく。うむ、それが名案じゃないかと思った。お兄ちゃん、変態呼ばわりは避けたいからな。……それで、どうだ。……どうだ、って言ってもな。……ぁのな、好きだぞ、重美。頑張ろうな」
墜ちるのは、簡単だからな、と兄は付け加えた。
本当のハッピーエンドは。
型通りの道では、けして行方を教えてくれない。
「大好き、だよ」
抑えられるかな。心臓カンストしてしまわないかな。また、キスしてしまわないかな。兄は、たまにはな、と笑った。
ああ…………幸せ だ。あなたと素直に一緒にいられる「今」というものが。
握り返す手、握り返される手、ともに歩いていこう、今度こそ偽らない旅の一ページを。
+++
ここから、第一章が始まります。
でも、ごめんなさい。この物語はここで終わってしまうのです。
……という、たまにはこんなゼロ章(+a)の物語。
end
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